第5話 幸せの青い鳥

毎日観察記録をとっている。

いつ、どこで、どんな鳥が何羽いたか。

つがいだったか、単独だったか。

何を食べ、どんな様子だったか。

メスかオスか、幼鳥か成鳥か。


その日の天気、気温、風速。

様々な条件でやって来る鳥が違う。


今日は久しぶりに

イソヒヨドリのメスを1羽確認できた。

鳴き声もいい。まだ若そうだ。


この日本一の湖に生息する鳥類の数は

時期や範囲によって異なるが、

ここではこれまでに

200種類以上の野鳥が確認されている。

その中には春と夏だけやってくるものと、

秋から冬にかけて越冬しにくる渡り鳥も多くいる。


湖内の魚や周辺の山や田畑には

餌となる昆虫も多く、

湖上や湖岸の湿地帯を含め、

鳥達にとってここは

食うに困らない最適な棲家すみかだ。


だが地球温暖化や

環境汚染・自然破壊などの影響で

間違いなく生態にも影響が出ている。

以前までよく目にしていた野鳥も

突然姿を現さなくなったりで、

どうしたものかと考え込んでしまうこともある。


さっき発見したイソヒヨドリもそうだ。


対岸の湖西地域や

大津や草津といった都会では

近年定住しているとの観察結果も出ているが、

なぜか湖北ではここ数年、

目撃情報だけで正確な確認がされていなかった。


だから久しぶりに確認できた喜びで、

興奮しすぎて梯子から落ちそうになるほどだった。


もう少し見ていたかったが、

いいところで邪魔が入る。

そう、昨日俺に楯突いてきた

この道の駅の新顔だ。


「あんた、俺に恨みでもあるんか?」


「ありませんよ。そらぁ、第一印象は最悪でしたけど」


「ほうか。ほんならもう話しかけんでくれ。仕事の邪魔や」


「あのねぇ、こっちこそ仕事の邪魔されて困っとったんです。変な物音立てられて、えらい迷惑やったんです。一言謝罪くらいあってもええんとちゃいますか?」


よくもまあピーチクパーチク、

入りたての新人が何言うてんや。


「大型新人なんやて?あんた」


梯子を片付けながら、

昨日ここの駅長から聞いた話を思い出した。

東京でマーケティングの

コンサルだかをやっていたこの小娘が、

ここの経営立て直しに不可欠だから、

大目に見てやれと言っていた。


「私は昨日ご挨拶しましたんで、次はそちらさんの番やないの?」


「挨拶?何で俺が挨拶せなあかんのや。アホか」


「アホちゃいます。山本穂乃果いう名前があります!」


しつこい女だと思いながら、

これ以上、会話を続けるのも面倒で、

名乗ればええんやろと無言で名刺を渡した。


「村岡蒼介、琵琶湖バードセンター職員(長浜市嘱託)湖北野鳥の会・会員……」


「いちいち読み上げんな!」


「お兄さん、公務員やったん?」


「嫌味かいな……そこに嘱託しょくたくて書いてあるやろ」


「あ〜、臨時で雇われとる人?」


「これ以上いらんこと言うたら琵琶湖に落とすぞ!」


「あ、すんません。けど、専門職やし凄いわ」


「もうええやろ。ほな、さいなら」


ようこんな短時間で人の仕事を邪魔したり、

イラつかせたりできるなぁと

関心すらしてしまう。

歩き出すとまだ後ろで何か吠えている。


「あの、お兄さん!ちゃう、なんやったっけ……そうや、村岡さん!さっき言うてた鳥、なんて鳥?」


「は?聞いてどないするんや。興味もないくせに」


「興味あります!ここのええとこ知っとかんと、仕事にならんさかい」


知識ゼロの人間に教えるのも無駄だと

そう思いながらも

面倒だから答えようとすると、

電話が鳴りだして、

奴は慌てて中に入っていった。


「すんません!また今度教えてください!」


「はぁ?……」


また今度て言われても、

あの手の図々しいタイプとは

関わってもろくなことにならないから、

メモ紙をちぎって答えを書き、

ドアの隙間に差し込んだ。


「あんなんどうせ、すぐ辞めるやろ」


この道の駅と

職場である琵琶湖バードセンターは、

昔から何かと付き合いがあって、

バードセンターでイベントがある時は

道の駅にも協力してもらい、

その逆もあったりする。

どちらも市営のようなものだから仲間意識もある。


言うてもこっちは琵琶湖の生態系や水鳥の調査、

環境保全と啓発を目的とした非営利施設やから、

物を売ったり食事を提供する道の駅とは

そもそも役割が違う。


そやけどこの辺は街からも離れているから、

うちに見学に来たお客さんが利用したり、

俺含めた職員達も食事などで世話になっているし、

何よりうちの活動に理解や協力もしてくれるから

もの凄く助かっている。


アイツと無駄話をしたせいで

今日の勤務もそろそろ終わりだ。

センターに戻ろうとしたその時、

レストランの裏口から直哉くんが出てきた。


「おぉ、蒼介!もうしまいか?」


「はい」


「なんか収穫あったんか?えらいええ顔しとるな〜」


「あ、わかりますか?けど……邪魔されましたわ」


「邪魔?誰に?カラスでも来たか」


「ちゃいます。カラスゆうか……スズメやな、あれは」


「スズメ?可愛いやん!」


「可愛ないスズメや。よう喋る『いらんこと言い』やな」


「いらんこと言い?なんやそれ(笑)まぁええわ。お疲れさん!」


軽く頭を下げて別れた。

直哉くんとは子供の頃からの付き合いで、

近所で1番かっこええお兄さんやった。


若い頃からバイクや外車を乗り回して、

服や髪型もセンスがあった。

なんや日本人離れした顔立ちで、

友達や彼女も皆それ相応の人らやった。

タバコの吸い方もカッコようて、

ジッポで火をつける仕草を真似して

タバコを覚えてしまった。


けどそんなんは

持って生まれた何かがあって、

付け焼き刃ではどうにもならんことを知り、

憧れは憧れのまま封印した。


昔はちょっとヤンチャやったけど、

どんな人にも分け隔てなく接する直哉くんは、

地味で友達もいない俺にも

ずっと変わらず接してくれる。


ほとんどの人間は苦手やけど、

あんな風に損得勘定のない人が

少なからずいるせいで、

完全な人間嫌いにはなれず、

それはそれで厄介だとも思ってしまう。


「お疲れさん!今日は長いこと出とったなぁ」


「あぁ、イソヒヨがおったんで。あとちょっと妨害もあって……遅なってしまいました」


「おぉ、ほうか!けど妨害って何や?何かクレームでも入ったか?」


センター長の長山さんは、

日焼けした肌に真っ白い歯を見せて

いつも上機嫌な人だ。

話し始めると長いから、

こういう時は適当にかわす。


「なんちゅうことないです。適当に追っ払ったんで」


「ほうか、ほんなら久しぶりにどうや?イソヒヨ再来を祝して、一杯やらんか?」


「ご遠慮しときます。明日もあるんで」


たまにこんな風に誘われるが、

職場の人達と勤務時間外まで付き合いたくない。

他の職員ともあまり交流を深めたくないから、

なるべく関わらないようにしている。


「お先に失礼します」


「お疲れ〜」


俺より長くここにいる恩田おんださんという

女性職員とすれ違う。

恩田さんとも挨拶程度しかしないが今日は違った


「あれ?蒼介くん、何かええことあった?」


は?さっきから何や。

直哉さんといい恩田さんといい。


「ええことっちゅうか……イソヒヨおったんで」


「イソヒヨドリか!幸せの青い鳥や!きっとええことあるで〜」


「はい?……」


幸せの青い鳥は諸説あるし、

別にそこまでの希少種ではない。


何で人間はいらんこと考えるんや。

俺はただ、いらんこと言わん鳥を眺めていたいだけやのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る