第4話 キジも鳴かずば撃たれまい

この道の駅の売りはいったい何か、

どんな商品が売れ筋なのか、

そこから把握していかなきゃ。


私の売りはと言うと

東京で培ったマーケティング戦略のスキル。

これだけだ。


せっかく東京という

日本一競争が激しい場所で揉まれてきたんだ。

思い出したくないことも多いけど、

その分取り返したい。


自分の人生を。自分の価値を。


「わからんことあったら、なんでも聞きや?」


「はい。では早速ですが、ここで販売している商品の売れ筋を教えていただけませんか?」


「売れ筋ねぇ……」


何でも聞いてというわりに、

滝沢さんは面倒そうにしながら

過去数ヶ月にわたる

売り上げ管理表のデータを渡してくる。


「そんなことより、SNSを頼むよ。なんやこう、映えるもんどんどんアップして」


「はい、そやけどその前に知りたいんです。ここの良さを」


「はぁ?ここの良さ?」


今まで事務は

ほとんどこの滝沢さん任せだったらしい。

駅長や吉野さんも時々入ってくるけど

忙しいと店頭に出てしまい、

滝沢さんだけ事務所に残っているようだ。


「おっ、団体さん来たな。ほんなら俺は店出るさかい、あとはタッキーに聞きや?」


駅長がいなくなり、

滝沢さんと二人きりになった。


売り上げ表を見ると

ずば抜けて売れているものはない。

季節のフルーツがやや伸びている他は横並びだ。


私は持ってきたメモ帳に

気がついたことをメモしている。

東京にいた頃からそうしていた。

これがけっこう役に立つことがある。

最初に記したことは


「売れ筋は、特になし、っと……」


「ちょいちょい!漏れてる!心の声、漏れてるよ!」


滝沢さんが真顔で突っ込んでくる。


「あっ、すんません。つい……」


赤こんにゃく、小鮎の佃煮、

鮒寿司ふなずし、でっちようかん、近江牛のしぐれ煮。


確かに滋賀県の名物っちゃ名物だけど、

地元出身者の私も馴染み深いものではあるんだけど、なんかこう……足りん気がする。


他にも湖北ならではの

大豆、米、お醤油や酒も置いている。


朝は近所の契約農家さん達が

野菜や果物を届けてくれるから

そういった新鮮な地場物じばものも好評らしく、それらは早い時間に完売するらしい。


「私、ちょっと見てきてええですか?」


「見るって何を?何をするんや?」


「お店に出て市場調査してきます」


「はい!?山本さん、あんた事務で入ったんやないの?」


「はい。そやけど昨日は草むしりしました。とにかく、すぐ戻ってきますんで」


滝沢さんは不満そうだったけど、

机の上でじっとしているだけでは

わからないことが山ほどある。


お店に出て、直にお客さんの反応を見て、

どこで足を止めるか、

何を求められているかをこの目で確かめたい。


まずは到着したばかりの団体さんだ。


そうだよね、先にお手洗い行くよね。

それから物見遊山といった感じで

一応、お土産見たりして……


あ〜……ほとんどの人が

何も買わずに出て行った。


客足は波があって

混んでレジが並ぶ時と

全くお客さんが留まらない時間もある。


店内が空くと駅長は事務所に戻って行った。

そのタイミングで

レジにいる吉野さんが声をかけてくる。


「あれ、山本さんどないしたん?」


「営業中はどんな感じやろうって、見させてもろてました」


「ほうか。熱心やね!」


「いえ、いらんことして、すんません」


「全然いらんこととちゃうで。うちらはずっとここにおるさかい、気づかんこともあるやろうし、何か気づいたことあったら言うて?」


「いえ、そんなつもりや……」


そこに由佳さんもやって来て


「なぁ、ここの売り場はどない?私な、前から動線が悪いんやないか思うてたんやけど、来たばっかしの山本さんはどう思う?」


「確かに……そうですね」


コの字型の売り場は、真ん中にレジがあって

一方通行のような動線で

お客さん達は行ったり来たりがしずらそうだった。


吉野さんが言う。


「昔は動線が十字型の時もあったんやで。そやけどそうすると、歩くとこが狭なって、それはそれであかんかったんや」


「ふむ……そうなんや……」


三人で考えこんでしまい

店内を見渡していると、

入り口のドアの向こうから

知った顔が2つ視界に入って来た。


「なっ……!」


「あ、お客さんや」


「いらっしゃいませ〜。どうぞ〜」


「いや、あれ、お客さんちゃいます……」


「ん?誰?知り合い?」


「うちの親で……」


「え?山本さんのご両親!?」


父・省吾と母・亜希子がやって来たのだ。

たぶん、私の様子を見に。


「何やってん。入るんか入らんのかどっちかにして!」


「かんにん〜、来てしもた〜」


「いやな、ちょっと様子みて帰ろう言うとったんやけどぉ……」


よく言えば娘思いの両親。

悪く言えば過干渉で子離れできない人達。

そんな二人は手土産を持って

いい歳をした娘の職場に挨拶に来たのだ。


「うちの娘、ご迷惑おかけしてませんか?」


「厳しゅうしてもろてかまいません。どうか宜しゅうお願いします〜」


「やめてよ……」


空いている時間だったからいいものを

駅長まで出てきてくださり、

2日目もご迷惑をかけてしまったと

ちょっと申し訳なくなってきた。


父が言う。

「ええとこ入って安心や」


母が言う。

「たまにはこっちにも帰ってきいや?」


「うん……わかった。ありがとう」


両親が帰り、SNSにあげる用に

店の外観や商品の写真を撮り事務所に戻ると、

駅長が電話越しに平謝りしている。


「ほんまに申し訳ございません。はい、はい……おっしゃる通りでございます……」


なんやろ、何かクレーム?

滝沢さんが小声で状況を説明してくる。


「なんや昨日来たお客さんみたいやけど、うちで買った土産もんの1つが、賞味期限今日までやったみたいで、そんでえらい剣幕で怒ってはって」


「それは、あかんですねぇ」


「そやさかい丁重にお詫びして、新しいもん送ります言うたんやけど、直接謝罪に来いてごねられてしもて……」


「来いて、どこまで?」


「大阪」


「大阪!?」


「まぁ、うちが悪いんやけど。ついこの前、棚卸しやったばっかやし、期限迫ったもんはデータでもチェックしとるんやけど、漏れがあったんやな……」


駅長は電話で30分怒られて、

結局商品を届けに今から大阪まで行くという。


「すまんけど、あと頼むわ」


「はい。気ぃつけて」


「駅長、俺が行きます。これは俺の責任やさかい」


「ええって。俺が行かんと収まらん。ほれより他に漏れがないか、もっぺん皆んなでチェック頼むわ」


滝沢さんは仕入れやデータ管理を担っているから責任を感じているらしく、

自分1人で再チェックすると言い、

私は事務所に残された。


電話やメールの問い合わせもあるからと、

対応の仕方を即席で習い、

入社2日目の新人が事務所で1人

留守番をする羽目になる。


「ここ、ほんまに大丈夫か?」


そんな独り言をボヤいても

突っ込んでくれる人も

注意してくれる人もいない。


そもそもデータ管理の仕方が古いな。

これ、もっとこうしたら

こんなミスものうなるのに。


あぁ、またや。

『いらんことしい』がうずき始めている。

あかん。言われたことだけやらんと。

ほんで慣れてきたら

ちょっとずつ提案すればええんや。


キジも鳴かずば撃たれまい。

無難にいかんとな、これからは。


淡々とSNSの下書きを作っていると

微妙に外から物音がする。

それも不規則な、カタカタと何かが壁に当たるような音。


「ん……?」


気になって音のする方の窓から外を覗くと、

事務所から外のバックヤードに出るドアの横に

梯子はしごがかけられていて、

そこに上がっている昨日の

双眼鏡を覗きながら遠くを見ている。


「はぁ?何してんや……」


そうか、この梯子はしごが壁に当たって音がしてんやな。

昨日の今日で顔も見たくなかったけど、

しぶしぶ外に出て声をかけた。


「あのぉ……何してんか知りませんけど、音が気になって集中できんさかい、どうにかなりませんか?」


「うるさい。静かにしてくれ!」


「はい……?」


こっちのセリフやぞ。

そう思ったけど、

ここで言い返したら昨日と同じになる。


蒼介やつは双眼鏡を覗いたまま見向きもせず、

胸ポケットからメモ帳を取り出し、

ブツブツ言いながらメモを取りはじめた。


「2年ぶりや……」


「2年ぶり?」


「おぉ、アイツ来たん、2年ぶりやぞ!」


「はぁ?……」

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