第3話 歓迎会
「山本さん!当駅に来てくださって、ほんまおおきに、ありがとう!それでは歓迎を込めて乾杯!」
「乾杯!!」
やって来たのは琵琶湖の北にぽつんとある
周囲約6kmの小さな湖のほとりに建つ
民宿兼食事処・おおきに。
ここで私の歓迎会が開かれている。
この辺りは江戸時代に
店はその頃から続く
店主の『
奥さんの『かつ子』さんも一緒に店を切り盛りしていて、
さっきから料理を持ってきては
「あんたも食べや〜」とすすめてくる。
「おおきに。いただきます」
「さっ、我々もよばれよか(いただこうか)、今日はぎょうさん働いたさかい、ここは俺の奢りや!」
「おぉっ!駅長、太っ腹!」
駅長の坂本さんは恵比寿様のような
ふくよかで人の良さそうな顔立ちに
ブリッジがきいた黒縁メガネをかけている。
「俺はねぇ、ほんまは鉄道マンになりたかったんやけど……色々あってな、今は道の駅の駅長や!ほやけど、これはこれで幸せやで?」
聞いてもいないのに皆さん
入れ替わり立ち替わり隣に来て
自己紹介をしてくる。
駅長の次は経理と仕入れ担当の滝沢さんだ。
「ほんま助かったわ。ここの人達、パソコン全然あかんさかい、SNSなんて2年くらい放置しとったんやで?そやさかい商売あがったりや。頼むで!」
そんなこと言われましても……
やるはやるけど、売り上げのことは知らんし。
その滝沢さんは
皆さんから『タッキー』と呼ばれている。
若めに見えるけど
たぶん吉野さんと同じで私の親世代かな。
吉野さんは休憩時間に話したから
もう自己紹介もないけど
私の隣で皆さんのことを色々解説してくださっている。
次から若い人達に変わった。
ようやく話が合いそう。
「
由佳さんは主にレジと品出し担当で、
道の駅の看板娘的な人らしい。
去年からここでパートをしているのだとか。
お子さんがいるからと彼女はすぐ帰ってしまった。
ちょっとギャルっぽいけど性格は温厚そう。
落ち着いているし気さくだから、
仲良くなりたいな、と思った。
いや待って。
私、今日で辞めるんだった。
早く言わないと……
と思っているそばから
今度はレストランのスタッフが話しかけてきた。
皆んなから『
『
お二人とも厨房にいて時々配膳もこなしている。
美男美女だけど、昔は相当ヤンチャやったんやろうということが随所から垣間見える。
「そういえば今日、昼飯どしたん?」
「お弁当持ってきました」
「たまには
見た目に反してめちゃくちゃ優しい直哉さんは、
厨房で見た時はわからなかったけど、
長髪のイケメンだ。
笑うと細くなる目から人柄が滲み出ている。
私のタイプではないけど。
「今日、山本さんが草むしりしとるとこ見えて、大変やなぁ、可哀想やなぁて、仕事中もずっと気になっとたんや。けどあんた、ちゃんと休憩もしとったさかい、ちょっと安心したんやで?」
真弓さんがそう言ってくれた。
それは嫌味ではなく
本心で心配してくれていたのだと
話ぶりからしてわかった。
私がベンチで休憩しているのを見ていたスタッフさんは
この人だったんだ。
最後にまだ20代前半と思われる
若いバイトスタッフが挨拶に来た。
1人はまだ大学生だという
「聞いたで!せっかく東京出たのに、なんでこないな田舎にもんてきたん?俺やったら絶対東京残るわ〜」
「あ〜、私もそうやったけど、都会行ったらわかる。帰りたいてなるよ」
「へ〜。俺にはわからん!」
若いなと、ちょっと上から目線で笑ってしまった。
するともう1人の女の子が
孝介くんの頭をバシッと叩き
「そういうとこやで!あんたのあかんとこは!」
「痛っ!何すんや!」
彼女は
高校卒業後にすぐここで働きだしたらしい。
何か夢があるらしく、
休みの融通がきくように社員ではなくバイトを続けている。
「人には色々あるの!自分と同じ考えの人ばっかしやないんやで?山本さんに失礼なこと言いなや。謝らんかいな」
「ええよ。私、全然気にならん」
一通り話し終えた。
今日ここに来られなかった人達もいるらしいけど、
それでもスタッフは私含めて20人にもいない。
「こんな感じで少数精鋭やさかい、宜しゅう頼んます!」
駅長が締めの挨拶をしてお開きになった。
皆さん長浜市内の各地から通勤している。
普段は全員車で通勤しているけど
お酒を飲んでしまったから電車で帰る人もいる。
北陸本線の余呉駅はとても小さな駅舎で
このお店からも見える。
本数は1時間に1〜2本。最終も早い。
20時半には解散してそれぞれが帰って行く。
直哉さんは駅長や吉野さんと家が近いらしく
二人を外車に乗せてかっこよく帰って行った。
皆さん、今日私が起こした騒動に
全く触れてこなかったけど、
直哉さんだけは帰り際に
こんなことを言ってきた。
「アイツ、あんなやけど根は悪ないんやで?ほやから、かんにんしたって?」
「アイツって、蒼介さんって方ですか?」
「ほやほや。俺、アイツのこと昔っから知ってんや」
「へぇ……」
「ほんでもあれやで。アイツにあっこまで言い返せるんは大したもんや!」
直哉さんは笑いながら「ようやった」と
頭を手でポンポンしてくださった。
そう言われて「はい」と返事はしたものの
微妙な気分のまま帰宅した。
「ただいま〜……」
「おかえり!」
「疲れたやろう?お風呂沸いてんで。早よ入り!」
お爺ちゃんとお婆ちゃんは
私が疲れきっているからか
何も聞かずに労ってくれた。
「あ〜……辞めるって言いそびれてしもたな」
泥のように眠った翌朝、
私はまた道の駅に向かった。
「おはようございます!」
「おはようさん!」
「あの〜、今日は何から……」
「今日はぎょうさんやることあるで〜!」
勤務2日目。
ようやく仕事らしい仕事を任されたのは
2年間放置されていたSNSの更新だった。
「え……フォロワー、これだけですか?」
「ほうや。今んとこな、ここの従業員とお隣とその家族、あとは道の駅マニアくらいや。ハハハ!」
フォロワー100人未満のSNSには
道の駅の情報は皆無で、
ただ琵琶湖の風景だけが投稿されていた。
「こらあかん……」
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