第2話 鳥達の楽園

どこの誰かも知らん人に突然キレられて

あまりの理不尽に

心の中でゴングが鳴った。


「お言葉ですけど、私かて今日何もわからんまま草刈り1人でやらされて、そやけど任されたからには、どないかやらんとて必死に考えたんです。そら勝手にやろうとしたんはあかんかったかもしれんけど、それやったら、ちゃんと指示せんかった駅長さんがあかんやないの?しかも何?あんたさんこそ何なん?ここの人とちゃいますよね?そんな作業着の人おらんし。そっちこそ勝手に入ってきてなにくつろいでんや!」


「はぁ?俺は部外者ちゃうぞ。お前、今日入ったばっかしのくせに、えらい生意気やな!」


「そやからぁ、こっちはもう名乗ったんやし、まずそっちも名乗るべきやないの?」


バックヤードとはいえ、

大声で口論になったから、

騒ぎを聞きつけた駅長や吉野さんが駆けつけて、

私とは引き離された。


「どないしたんや?中まで聞こえたで〜」


「何々?何があったん?」


「ほやからコイツが勝手に除草剤持ち出してばら撒こうとしとったさかい……」


「違います!忙しそうやったさかい、あとで報告しよう思うとったんです!」


「わかった、わかったて!2人とも落ち着き!ほれ吉野さん、彼女と休憩行きや〜」


「はい!ほんなら山本さん(穂乃果)、休憩しよう!」


「待ってください!あの人誰です?私、めっちゃキレられて。謝ってもらわんとおさまりません!」


「わかったて!話は後で聞くて!」


強引に休憩室に連れていかれ、

吉野さんとお昼休憩になった。


勤務早々もめ事をお起こした私は、

もうこんなとこ辞めてやると開き直り、

誰にも謝る気がおきなかった。


2階の休憩室には

長テーブルとパイプ椅子がいくつか置かれていて、

レンジやら冷蔵庫があるくらいで

なんだか殺風景な空間だった。


お弁当は持ってきたけど、

今はとても食べる気分になれず、

テーブルに置いたまま

ただこの怒りの感情を鎮めようと口を閉ざしていた。


吉野さんの年齢は聞いていないけど、

たぶん私の親世代かな。

お母さんっぽい雰囲気やし。


これくらい歳が離れていると

説教する気にもならないのか

不貞腐れている私に

ペットボトルのお茶を差し出してくる。


「え……いいんですか?」


「外、暑かったやろう?遠慮せんで飲みや!」


「おおきに、いただきます……」


確かに喉はカラカラだった。

外作業をしたせいもあるし、

あれだけ大声を出したから

そのせいでもある。


どうせ今日で辞めるし、

もうどう思われてもいいやと思いながら

キャップを開けてグビグビ飲んだ。


「あ〜っ、おいっしい」


「アハハハ。そやろ?キンキンに冷やしといたさかい」


この人、何も言わないんだ。

そっかきっとこの人も、

この子はどうせすぐ辞めると思ってんやろうな。


「ほら、お弁当食べ!せっかく作ってきたんやろ?もったいないて」


「自分で作ったんやないんです」


「お母さんが作ってくれはったん?ほんならなおさら食べんと」


「いえ、お爺ちゃんとお婆ちゃんです。たぶん昨夜の残りもん詰めてくれたんやと思います」


「へ〜、お爺ちゃんお婆ちゃんが?お元気なんやね〜」


「はい。今一緒に住んどって」


食欲はなかったけどお弁当を開けてみた。

かぼちゃの煮物や卵焼き、赤いウインナー、

インゲンとお揚げさんを炊いたんが詰められていた。

ご飯の上には自家製の梅干しと稚鮎ちあゆの山椒煮が乗っかっている。


「いただきます……」


残りもんなんかじゃなかった。

朝、2人が私のために作ってくれたのだろうと

その姿を思い浮かべ、

一口食べた途端、目頭が熱くなった。


吉野さんもお弁当を持ってきていて、

窓から見える琵琶湖を見つめながら

並んでお昼を食べている。


「今日は天気ええなぁ。竹生島ちくぶしまもよう見えるわ」


「はい……そうですね」


「山本さんは東京行っとった言うてたけど、やっぱり言葉がどことのう東京やな?」


「そうですか?確かに東京むこうでは言葉なおしましたけど、こっち戻ってきたら、やっぱり戻ってしもたと思うてました」


「ほうやなぁ、さっき蒼介そうすけくんにまくし立てとった時は、完全にこっちやったね」


吉野さんは思い出し笑いをしながら、

こっちをチラチラ見てくる。


「あの人……蒼介さん、いうんですか?」


「うん、村岡蒼介むらおかそうすけくん。隣のバードセンターの職員さんや」


「へぇ」


さっきのアイツは、

隣接している琵琶湖バードセンターという施設の職員らしい。

完全な部外者ではないらしいけど、

ほんでも何でこっちでタバコ休憩しとったんやと

また怒りがぶり返してくる。


サボっとったん?

なのに私にあんなん言うてきて、

ほんまなんやねん!


心の中で暴言を吐いている私をよそに

吉野さんは穏やかな口調で


「知っとると思うけど、琵琶湖は渡り鳥やら水鳥がぎょうさん住んどるやろう?」


「はい」


「そやからその生態調査やら自然保護活動で、バードセンターの職員さんらも年中観察やら見学者の対応で大変なんや」


「ふ〜ん……」


「特にこの辺は街から離れとって自然豊かやろ?そやさかい鳥や他の動物もようけ住んどるさかい、うちの周りも巡回して、何か変わったことがないか見ながら、ゴミ拾ったり、草刈ったりしてくれはるんや。あの人らのおかげで鳥達の楽園なんやで、ここらは」


「へぇ……」


「たぶんさっきも、その合間あいまにいっぷくしとったんやと思う。もうな、お隣さんとは皆、顔見知りやさかい。いつでも休憩してってこっちから言うてんや」


「そやけど、何であないに怒られたんかわかりません。どうせ草刈るんやったら、除草剤撒いても別にええやないですか」


「う〜ん……私も駅長も事前に説明せんかったさかい悪いんやけど。草もな、刈ってええ草とあかん草があるんや。鳥達が外敵から隠れられる棲家すみかは残して、余計な草だけ抜く。そやから、のべつまくなし抜いたらあかん。ましてや湖に近いとこで除草剤撒いたら、生態系に影響及ぼす可能性もあるさかいな」


「ほんならあの除草剤はどこに使うてるんです?」


「あれは駐車場とかな、お客さんの目につく店の周りに時々まいてんや」


「それやったらそう説明してくれたらええのに。あんな急に怒鳴ってきて」


「ほうやなぁ。あの子、ちょっと気難しいとこあるさかいな。けど、あんま気にせんといて?」


「……」


事情はわかったけどスッキリはしなかった。

でも吉野さんと話して

とりあえず怒りはおさまった。


とにかく今日は最後までここにいないと。

嫌なことがあったからって

途中で帰るなんてことはできない。


午後は道の駅内に置かれた

観光用のパンフレットを補充したり、

品出しを手伝った。


閉店後は朝ご挨拶できなかった皆さんに

挨拶回りをしに行った。

どうせ今日で辞めるのにと思いながら……


だけど皆さんとても気さくで、

想像以上に歓迎してくれた。

そして帰り際、駅長が皆んなを集めて


「山本さん!今日はあんたの歓迎会やで!」


「え……でも私、今日で……」


「ええから行こ!」


「行こ行こ!」


「行くで〜!」


「行くって、どこに!?」

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