第1話 いらんことしい
「
「うーん、出る出るー」
「忘れもんないか?初日やさかい、きちっとせんと」
「わっかとるて。ほな行ってきます〜」
「あ〜、これ、弁当!」
「ほやほや、忘れるとこやった。おおきに!」
「他は大丈夫か?」
「大丈夫!」
「ほうか。ほんなら慌てんで、安全運転やで?」
「わかってるて、行ってきます〜」
「気ぃつけてな」
ここは滋賀県長浜市。
日本最大の湖・琵琶湖の北東に位置し、
県内では湖北と呼ばれるエリアだ。
祖父母に見送られて
私は今日からこの街で働く。
長浜市は市町村合併により
市域が大幅に広がった。
私がもともと住んでいたのは長浜の中心地で、
今いるのはそこから更に北に進んだ
旧・
福井県との県境に連なる山々が迫った土地で、
冬は豪雪地帯となる。
そこから車で30分ほどの場所にある
『道の駅・湖北バードステーション』で今日から勤務する。
地元の役に立ちたくて
就職して3年が過ぎた今年、東京からUターンした。
制服は道の駅オリジナルロゴ入りTシャツに、下は華美でないズボンなら何でもいいカジュアルスタイル。黄緑色のTシャツがちょっとダサいけど、今までのオフィス仕様に比べれば毎日コーディネートを考えなくていいし、断然動きやすい。
「本日からお世話になります。
「若い人が入ってくれて、活気出るわ。宜しゅうお願いします!」
「はい!こちらこそです!」
近年、道の駅がブームになり、かつてのようにドライブの休憩がてら立ち寄るだけという場所ではなく、道の駅自体が旅の目的地となり、ただ観光客向けの土産を売るだけでなく、
その人気度は、ネットの口コミやSNSの発信が大きな反響を呼ぶことがわかっていて、私はそういった広報活動要員として中途採用されたわけです。
湖岸を通る『さざなみ街道』に面したこの道の駅からは、湖がよく望めるため、2階は展望室を兼ねたフリースペースとなっている。
「やっぱ琵琶湖はええな〜」
この海のような湖は滋賀県の面積の6分の1を占め、
湖岸の総延長はおよそ235km。
車で走っても1周ノンストップで5時間はかかる。
特にこの北岸は南岸よりも大きく湖面が広がっていて、
対岸が見えないほどだ。
「初日から、かんにんやでぇ」
「いえいえ。こんくらい、なんてことありません!」
事務職で入ったものの
今日は土日で忙しく、
駅長を含む事務員までレストランや売店に駆り出されて、
新人に仕事を教える時間も人も確保できないらしく、
まさかの周辺の草刈りから始まった。
なんてことない、と言ったものの
終わりが見えない屋外作業と
日陰ゼロ、直射日光を浴びまくりの状況に
さっそく不満が溢れる。
「なんちゅーか、思ってたんとちゃうな……」
琵琶湖を望む屋根付きのベンチに腰掛け、
勝手に休憩をとった。
だって誰も来てくれないし、
指示もしてくれない。
こんなことして何になるんや
こんなんシルバー人材のおっちゃんらに頼んだらええやん
道の駅内は昼時で混んでいる。
天気の良い土日のせいか
広い駐車場には車やバス、
バイクやロードバイクの集団が
ひっきりなしに出入りしている。
レストランからも湖が望めるようになっているから窓側の席は満席だ。こっちからもその様子が見えるように、向こうからも見えている。そう、だって私はレイクビューの特等席に座っているのだから。
マズい……スタッフらしき人がこっち見てた。
仕事に戻らんと。
というか、ここのスタッフがいったい何人いるかもまだわかっていない。
今日は駅長の
パートの偉い人っぽい
顔を合わせていない。
面接だってその2人だったから
どんな人達が働いているのか……
同世代は1人くらいいるかな。
面接の時は平日でガラガラだったから
帰りに店内を覗いた時は、
大学生くらいのバイトの子しか見かけなかった。
そもそもだけど、普通は新人が入ったら
開店前に全員集めて自己紹介とかしない?
雑草をむしり取りながら
心の中が真っ黒になっていく。
ていうかこれ
絶対、草刈機とか除草剤撒いたほうが早いわ。
こんな草ボーボーやから
せっかくのロケーションなのに誰も
たとえ雑用でも
どうせやるなら頭使って本気でやんないと。
それにここを綺麗にしたら、
初っ端から「この新人やるな〜」って
一目置かれるかも……
私は子供の頃から
なんでも頭を使って行動することを心がけてきた。
それは父と母からの教育で、
ただ言われた通りにやるのではなく、
どうしたら上手くいくか常に考える
という我が家の理念のもと勉強も仕事もやってきた。
気が回りすぎて
時々『いらんことしい』と思われることもある。
要は余計なことまでやってしまうということ。
でも初日から腐っている場合じゃない。
ここは私の本領を発揮できる絶好のチャンスだ。
店内に戻り早速行動に移す。
一応、駅長に許可は取らないとね。
店内で接客にあたっている駅長が
お手隙になったタイミングを見て話しかけた。
「あの〜、今ちょっとよろしいですか?」
「あ〜、かんにん!今から業者さんと打ち合わせでなぁ。ほったらかしで、ほんますまんけどぉ、適当に休憩してや?」
「はい……」
パートの吉野さんを捕まえようにも
観光バスの団体さんが入ってきてしまい、
またもやタイミング悪く話しかけられない。
見渡しても誰に聞いていいかわからず、
仕方なく自主的に行動することにした。
えっと、何か機材とか
そういうの置いてる倉庫的な場所は……
外に出て関係者以外立ち入り禁止の
バックヤードを見つけた。
ほうほう、大量のゴミはここに集められるのか。
掃除道具はここやな。
除雪道具も保管されている。この辺にありそう。
様々あさっているうちに
なんと業務用の除草剤を発見する。
「あった!これや!」
重たい容器を両手で持ち上げ、
さっきの場所へ向かおうと歩きだしたその時、
背後から声をかけられる。
「それ、どないするつもりや?」
「はい?」
関係者らしき男性がタバコを吸っていた。
ん?でもなんか違うような……
ゴミ収集の人?
その人はタバコの火を消して近づいてくる。
そして、いきなり除草剤を取り上げられた。
「な、何するん?」
「これ、ここのやで?」
「あ〜、はい。わかってます」
「わかってますて……こんなん盗んで何をする気ぃや?」
「そやさかい、除草します」
「はぁ?どこを?」
「そこを……」
「誰がいや?」
「私です」
「何で?」
「駅長に草むしりしてって言われましたんで。けど、手でやっとたら時間かかるな〜って。ほんならここに除草剤あったんで、これええわ思うて。ほんで……」
あっ、そうや。
この人、私がここに入った新人って知らんから
不審者や思ってはるんやな。
誰か知らんけど、名乗っとくか。
「ご挨拶遅うなってすんません。私、今日からここでお世話になります。新人の……」
挨拶の途中でその人の顔色がみるみる変わっていった。
え……何?何で怒ってんの?
なんとか挨拶を終えると、
彼は除草剤をドンと下に置き、
もの凄い形相で怒鳴ってきた。
「いらんことすな!!」
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