2章 超侵略的科学の幕開け

不吉な夢




 ――遠くから、アヤカの声が聞こえる。


 ぼんやりと目の前に映し出されたのは研究室のような場所。部屋の隅を見れば蜘蛛の巣が張り巡らされ、窓ひとつないこの空間は外界から完全に閉ざされている。床には資料が散乱し、室内に充満するのは薬品の匂い。


「いやああああ!!! やめてええええ!!!!」


 ――アヤカ!?


 アヤカはガラス越しに繰り広げられる惨状に向かって拳を振り下ろしながら、力なく泣き叫んでいた。彼女の目の前には――


 ――なんだ? この化け物は?


 大人の人間の1,5倍程の体調があるであろう巨体に、耳元まで裂けた口とむき出しになった瞳。灰色に染まった肌はところどころ裂けて肉や骨が露出し、赤黒い血がぽたり、ぽたりと床に滴り落ちる。

 まるで映画で見たゾンビのような化け物の目の前には、3人の男子生徒。彼らが着ているのは、僕と同じハーモニア大学附属学院中等部の制服だ。知っている顔……同じクラスの男子達だ。


 化け物が襲い掛かり、1人が弾き飛ばされ壁に叩き付けられ動かなくなった。それを見た残りの2人の学生が、散り散りに逃げるが、1人が壁の隅に追い詰められた。


 一方、その様子を2つのモニターで観察する3人男。


 一人は科学者のような白衣の小柄な中年男性。

 一人は黒いコートに黒い帽子の細身な男。

 そして、もう一人は……


 ――芹沢ユウジ……!?


 高級そうな黒のスーツ、細身でありながら通常の人より遥かに高い身長に綺麗に整えられた灰色の髪。その場に立っているだけで無言の威厳を放つ男・芹沢ユウジ。



「やはり、失敗作でございましたか。イサム博士、ご自身の息子と同じ年の子供たちが死んでいく様子はいかがですか? 心の優しいあなたは、さぞ胸が痛むでしょう」

「これも全て、人類の未来のため……私の研究が再び世に認められるためには、避けられない犠牲なのだ……」

「そうですね、ですから私はあなたに力を貸しているのです。あなたがかつて追い求めた理想は人々に理解されなかった。ですが、私にお任せください。あらゆる手を使い、あなたの研究を世に知らしめてさしあげましょう」


 イサム博士……どこかで聞いたことのある名前だ。彼らはまるで実験動物でも見ているかのような、どこか一線ひいた視線をアヤカと学生達に注ぎ、研究室内は化け物の唸り声と男子生徒の悲鳴、そしてアヤカの叫びで満たされていた。


 そんな地獄絵図のような光景の中で、男子生徒の1人が壁にもたれかかり、その瞬間――背後の扉が開錠した。


「逃げて!! タクミ君!!」

「――!! うっ……わあああああああああああ!!!!」


 アヤカが叫び、開錠した扉に気が付いた少年は一気に走り出した。







「――!!」



 白い天井が目の前に映り、横に視線を向ければ青いストライプの入ったカーテンの外はまだ暗い。

 

「夢、か。一体あれは……?」


 起き上がり、あたりを見回した。ダークブラウンの勉強机と椅子と、設置された本棚には教科書と本棚。ここは僕たち学生一人一人に与えられる、学生寮の一室。軽く混乱している頭が徐々にクリアになり、先程見た夢の内容を思い返した。


 ――夢の中の少女は、間違いなくアヤカだった。


 あの夢は何だったんだ? 

 起き上がって室内に設置された小型の冷蔵庫から炭酸水を取り出し一杯飲み干すと、着替えを済ませて部屋を後にした。


 皆が寝静まっている間に起き、トレーニングを済ませるのは僕のルーティンのひとつだ。秋の初めの今の時期は、まだ夏の暑さが残っているけど、朝方の空気は清々しく気持ちいい。ランニングに軽い筋力トレーニング、練習相手がいれば組手をすることもあるけど、その練習相手は今海外遠征で不在だ。

 学生たちが起き出す6時半には寮に戻り、シャワーを浴びて制服に着替え、今度は学園内に変化がないかを「散歩」しながら見回る。全部、ボディガードとしての仕事の一部だ。



 ――朝の夢の研究室は、もしかして「不気味な地下研究所」なのだろうか。


 学生たちの間で七不思議として噂となり、先日の侵入者達も探していた、この学園に隠された研究施設。でも、どうしてそこにアヤカが? 

 体育館裏や中庭の一角の木々の終結する場所、校舎と外壁の間等至る所を調べたけど、やっぱり見当たらない。やがて学生寮から登校する学生たちが徐々に姿を現し始め、今日の探索はここで終了することにした。





 


 入学から2年半。アヤカのボディガードとして、侵入者を撃退する事は何度かあったけど、特に問題なく学校生活を送っていた。


 でも――微かな違和感は以前から感じていた。それは、時折生徒達が見せる「無機質な表情」だ。


 初めて気づいたのは、この学院の入学試験の為に足を運んだ日の事。

 綺麗な中庭やくつろぐ先輩生徒達、校舎に向かって歩く教員。何の変哲もない風景だったけど、普通の学生とは微妙に異なる微かな違和感に、過去に裏世界で培った”本能”――体が、訴えてきた。


 ――この場所は、危険だ、と。


 時折見せる、まるで人形のような無機質な表情と、周囲を定期的に観察する時の冷たい瞳。今朝の夢の光景が頭から離れず、久しぶりのその感覚に体がざわついた。


「何かが動いている気がする」


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