アヤカとの出会い
アヤカと初めて会ったのは、11歳の春だった。
影縫いから逃げた僕は若い科学者の男性に匿われ、それまでの戦闘経験を活かしボディガードと言う仕事に就いていた。
子供のボディガードの需要は僕の予想以上で、実績を重ね、澤谷さんから娘の警護を依頼されたのは仕事を始めてから丁度一年程の頃の事だ。
当時僕が世話になっていたのは、田んぼと山に囲まれた田舎の小さな研究所。そこに澤谷さん宅の高級リムジンが停車した時は、100もいない村の大人達が畑仕事を放り出して集まり、その光景に僕はこの依頼を受けて本当に大丈夫だろうかと先行きが不安になったのを覚えてる。
向かったアヤカの実家・澤谷邸は、田舎とは打って変わって時の流れを感じさせるレンガ造りの古い洋館。手入れの行き届いたヨーロピアン風の中庭には、美しく整えられた木々と花々。屋敷内では澤谷さんの専属秘書や専用シェフなど、ざっと見渡すだけで50人ほどの使用人が忙しなく働いていた。
玄関と言うより門と表現した方が良いのだろう重厚な扉を開け、四畳半が延々と続くような広い廊下をダークグレーのスーツに身を包んだ使用人数名と歩く。
――「すごいな……」と思わず呟いた声は、大理石の廊下に響く足音でかき消された。
若干不安を感じながら招かれたのは、レトロクラシックな家具に高そうな絵画が飾られた来客室。雇い主の澤谷さんは茶髪をきっちり七三分けに整え、皺ひとつないオーダーメイドのスーツに身を包んだ壮年の男性。そして、優し気な微笑を浮かべる彼の隣に立つ白いワンピースの少女がアヤカだった。
「初めまして、羽瀬田リュウといいます。アヤカさんを守る依頼を受けて来ました」
「私を、守る?」
首をかしげたアヤカが僕に近付き、顔を寄せてじっと瞳を見つめてきた。
「……!?」
――いったい、何なんだ?
間近に映る、お人形みたいなライトブルーの瞳。その純粋な輝きに心の奥底が覗き込まれてるみたいで、任務の緊張感とは全く違う冷汗が額に滲んだ。
「わあ! 君の心の色、とっても綺麗!」
「こ、心の色?」
「どこまでも澄んでキラキラしたガラス玉みたい!」
「……あ、りがとう……ございます?」
笑顔を見せるアヤカに僕は立ち尽くすしかなく、そのやり取りを小さく笑いを堪えながら見守っていた澤谷さんが後に事情を教えてくれた。
「私は過去に妻と娘を亡くしてね、自暴自棄になっていた時、妖精のアヤカが私のもとへ舞い降りてくれたんだ」
「すみません、仰ることが理解できないです」
「君は言葉遣いも大人並だね、礼儀もしっかり身に付けているようだ。今日に限り質問を許そう、アヤカについて気になる事は何でも聞いてくれたまえ」
「……」
「遠慮はいらないよ、これは命令だ」
「……では、聞きます。澤谷さんはアヤカさんを引き取ったと言う事ですか?」
「いや、私の心の色を妖精の宿命体として決めたそうなんだ。それ以来私の娘として、この子とは一緒に暮らしている」
宿命体――妖精たちの間ではデスティネイトと呼ばれるそれは、精霊界で生まれた妖精たちが人間界で「エネルギーを蓄える間共に過ごすパートナー」のような存在らしい。
「そんなおとぎ話みたいな話が、本当にあるのか? と思うだろう?」
失礼だとは思ったけど、正直まだ信じられなかった。思ったまま口にするか一瞬悩んだ。けど……
「はい。正直信じ難いです」
「正直で良いね、疑問に思うのは当然だ。しかしアヤカと共に過ごしていれば、いずれその答えが見えてくるだろう」
澤谷さんはゆっくりと腰を落とし、目線を合わせるようにして、こう言った。
「アヤカは可愛いだろう?」
「……えっ!?」
完全に意表を突かれた言葉に、僕は思わず素の返事を返してしまった。
「そうそう、今のようにもう少し少年らしさを見せるといい。アヤカもその方が嬉しいだろうからね」
……完全に、してやられた。この豪邸の重厚なイメージと相反した穏やかな人柄が印象的な澤谷さんだったけど、その優しい口調の中には深い洞察力が潜んでた。当然といえば当然だ、金銭目当てで近づいてくる人間が大半である資産家は、人の本質を見る術を持たなければ容易に没落してしまうものだ。
「依頼人とボディガードという間柄だが、君はその前に11歳の少年なんだ。アヤカと良い友達になってあげてくれないかな?」
――これが妖精が宿命体に選ぶ人間と言う事なのだろうか?
澤谷さんの微笑みは高慢さを感じさせるものではなく、むしろその優しげな表情に、不思議と心が穏やかになるような感覚を覚えた。
あれから4年近く経ってアヤカは思春期も迎えたけど、彼女と澤谷さんの絆はますます深まり、父と娘と言うより恋人に近いような印象を受ける。これは普通の父と娘ではなく、妖精と宿命体という間柄が為す特別な絆なんだろうと僕は認識してる。
だからこそ澤谷さんが食事の約束を破った事は、アヤカにとって、とても悲しい事だったんだと思うんだ。
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