第3話 粉雪色のマーメイド

 この世界には四季が存在しない。一部の地域でほんの僅かな期間だけ雪が降るが、それ以外の場所では一年中温暖な気候が続く。生存する動物の種類は前世の世界並みに多種多様で、モンスター化したのはその内役四割程だが、それだけでもこの世界の生態系には充分な脅威となっている。

 フォンクを仲間に加えてから、今の所大きな事件には遭遇していない。モンスターと相見える為には、人里から離れて移動しなければならず、変化に乏しい森の中を進み続ける事に、頭の中がややダレて来た。

 前を歩くプァムとフォンクの雑談が、そよ風に流され耳の中に注がれてくる。

「私、属性魔法が全然上達しなくて…」

「焦らなくてもいいよ。あれだけ凄い魔法を使えるんだから、絶対上手くなるって!」

 彼女達の後ろでポツポツ話を聞いている内に、属性魔法とやらの概要が漸く理解出来た。各魔族ごとに自然界の力を利用した攻撃魔法の力が備わっていて、鍛練を積む事によって、強力な武器として使いこなせる様になるらしい。プァムは風、フォンクは火。後者の力は既に見せて貰ったが、プァムの風魔法がどの様なモノなのか、サッパリ見当がつかない。

 そうこうしている内に森の中を抜け、人と自然が共存する里山の様な田舎の風景が見えて来た。

「一服させて貰おうよ」フォンクが振り返って俺達に言った「村の人に頼めば飲み物くらいは御馳走してくれるでしょ」

 彼女の服装もプァムの様な野球系のユニフォームを思わせる形をしている。下半身のホットパンツはプァムより短めで、そのせいなのか体型的にはほぼ変わらないが、褐色の肌の方がよりハチ切れそうな躍動感を漂わせている。

「私も喉が渇いちゃった」やっと敬語無しの話し方に慣れて来たプァムが額の汗を拭いながら「ヒデも疲れたでしょ?休ませて貰おうよ」

 そう言ってフと横を見た途端、表情が固まり、時間が止まったかの様に全身が動かなくなった。思わず彼女の視線の向く方に目をやると、数メートル先に四つ足の大きな生き物が様子を伺う様にジッとこちらを見て佇んでいた。馬の様な外見と大きさで、細部のデザインは異なるが、前世の俺が見ても馬と認定する事にほぼ異存は無い見た目をしていた。その全身からノホホンとした雰囲気を漂わせて、穏やかな顔でこちらを見つめていた。

「あぁ、小型のモンスターだね」フォンクが早くも魔法の構えを見せながら、近付いて来た「獲物としては小さいけど、手慣らしとして仕留めるにはちょうど良いか」

「殺しちゃうの?」プァムが驚いた様子で隣に立ったフォンクを見つめた「襲って来る様子も無いし、大人しそうだし、無理にやらなくても…」

「アンタまだまだ甘いね」フォンクはそう言うとプァムを押しのける様に前に進み出た「アレが数年後には更にデカくなって、アタシ達に襲い掛かって来るんだよ。悪い芽は早目に摘んだ方がいい」

 躊躇う俺達を尻目にフォンクは馬型モンスターとの距離をズンズン縮めて行き、手を伸ばして何とか届く位の位置に進んだ所で歩みを止め魔法の構えに入った。

「特別に苦しまない様にやってやるよ。次は普通の動物に生まれて来るんだよ」

 野球のセットポジションの様な構えから、フォンクがサイドスロー気味にゆっくりと右腕を馬型モンスターに振り抜いた…時。

 俺達の背後に流れていた小川の水が、鞭の様な形となって何本も流れの中から飛び出し、唸りを上げてフォンク目掛け勢い良く伸びて行った。完全に不意を突かれたフォンクは無防備のまま水の鞭の殴打を背中に数発喰らって前のめりに倒れた。

「くぅっ…!なっ、何なの ! ? 」

 うつ伏せのフォンクに水の鞭が更に追い打ちを掛け、彼女の手足に素早く巻き付くとアッと言う間に体ごとグルグル巻きにしてしまった。

「あぁっ、フ、フォンク…!」

 慌ててプァムが倒れたままのフォンクに駆け寄った時

「安心して下さい。傷は付けていません。すぐに解きます」

 穏やかな声と共に水の鞭がスルスルとフォンクから離れ、小川に戻って行った。呆気に取られた状態の俺達が声の方に目を向けると、長い金髪を腰まで降ろした美しいスタイルの女性が、馬型モンスターに寄り添いながら、優しい青い瞳でこちらを見つめていた。

 シュクゥルと名乗るその魔女との初対面は、色々な意味で劇的と言うに相応しいモノだった。


「手荒な事をしてしまって、申し訳ありません…」

 質素な造りの独り暮らしの家に俺達を招待したシュクゥルは、暖かいお茶を入れながら丁寧な口調で詫びを入れた。一方その対象となっているフォンクは、これ以上無い不機嫌全開の顔をして、無言のままシュクゥルを睨み付けていた。

「こ、これだけ丁寧に謝ってるんだし、悪い人では無さそうだし、ね。フォンク、許してあげようよ…」

 仏頂面のフォンクをプァムが必死でなだめる。シュクゥルは穏やかな表情と口調を変えずに

「あの体勢で力を抑えた殺傷魔法を使えるのは相当な技術の持ち主です。先程は奇襲の様な形で何とか私の魔法も通用しましたが、普通の勝負なら私は恐らく貴女には勝てません…」

「ホ、ホラ、こんなに誉めてくれてるし、フォンクの実力もちゃんと理解してくれて…」

 右往左往してなだめ捲るプァムをガン無視したフォンクは

「容赦なく手段を選ばないやり方が出来るアンタの方がずっと大したモンだよ!」

 と毒々しい物言いで吐き捨てると、プンとソッポを向いた。プァムは見てて哀れに思える程にオロオロして

「ごめんなさい。本当はいい人なの!ちょっと、今は虫の居所が…」

「いいんです。悪いのは私の方なんです」

 優しい佇まいを変えないシュクゥルの横に先程の馬型モンスターがゆっくりと近付いて来て、鼻先を擦り付けた。シュクゥルは労る様にその大きな顔をソッと撫でた。

「でもこのセハイは私の命を助けてくれた大切な友人なんです。モンスターである事は分かっているのですが、特別な存在というか…」

 熱い眼差しをセハイに向けながら横顔を撫で続けるシュクゥルに

「モンスターを退治するのが魔女の仕事でしょ ! ? それを放棄したらアタシ達の存在価値なんて無いも同然なんだよ。アンタそれを分かってんの ! ? 」

 とフォンクが喧嘩腰で吹っ掛けた。そして忌々しそうに

「アタシをどうこうしたのかは大した問題じゃないよ。それより魔族としての心構えが出来てない事にイライラしてるんだよ!」

 と言ってシュクゥルを軽蔑する様な目付きで見た。

「で、でも私も時々そういう気持ちになる事あるし…」

 懸命にフォローするプァムに、フォンクは大きな黒い瞳をギョロリと向けた。

「ヒッ…」

 射抜く様な鋭い視線を受けたプァムは思わず縮み上がった。シュクゥルは穏やかな雰囲気を崩さずに

「お詫びに何か御馳走しますね。買い出しに行くのでどうぞ休んでいて下さい」

 と俺達に告げて立ち上がり、外出の準備を始めた。

「要らないよ!もう出発するから!」

 語気荒く言葉を返したフォンクをプァムが

「せ、せっかくだから、御言葉に甘えようよ?ね!」

 と必死になだめた。それを見つつも、俺はこのシュクゥルという、およそ魔女に似つかわしくない女性の素性が気になって仕方なかった。興味を抑える事が出来なかった俺は、プァムにフォンクのなだめ役という難作業を押し付けるのを心の中で詫びつつ、シュクゥルの後を追って買い出しに同行させて貰う事にした。


 家を出て並んで歩き出した俺達の後ろから、セハイがのんびりとした様子でゆっくりと付いて来た。

「私、実は魔族城から追い出されているんです」歩を進めながら、シュクゥルがいきなり衝撃発言をかました「理由は先程の…フォンクさん…と言いましたか。あの人が言ってた事と殆ど同じです。モンスターに対して中々冷酷になれない私にお父様がお怒りになって、魔族としての心構えを持つまで帰って来るな、と…」

「き、厳しいですね…」

 思わず感想を吐露した俺に、シュクゥルは自嘲気味に笑って

「魔族の世界では当たり前の事です。昔はともかく、今の魔族はモンスターを倒せてナンボ。武者修行も経験しましたが、片手で数えて間に合う程の退治しか出来ず、従者からの報告を聞いたお父様の堪忍袋の緒が切れてしまって…」

「最近の事ですか?」

「いえ、一年程前」

「一年も ! ? 」

 驚いた俺に、シュクゥルはクスクスと笑って

「本当は城に帰りたくて仕方ないのに、一年以上、覚悟を決める事が出来ずにズルズルと今まで来てしまいました。途中セハイと会った事で余計踏ん切りがつかなくなって…」

 近くの村の食材店で用事を済ませ、帰り道につきながら話を続ける内に、シュクゥルとはかなり打ち解けた感じになって来た。相変わらず後ろからのんびり感を出してついて来るセハイも、俺が撫でる手に親しげに顔を寄せる様になった。

「実は私の家系は、魔族としての本能を覚醒させる力のある物質と深く繋がりがあって、それを体内に取り込むと心身共に一人前の魔族になれる体質を代々受け継いで来たのです」

 帰り道を歩きながらシュクゥルが新たな情報を教えてくれた。

「その物質はグナロアと呼ばれているのですが、特定のモンスターの体に発生する物で、モンスターが生命の危機に陥ると光体となって浮かび上がって来ます。モンスターにトドメを刺すと手中に収める事が出来るのです」

「じゃあ実質そのモンスターを見つけて倒してしまえば、家に帰れるんですね」

「ハイ。この近くにそのモンスターが棲息していると前々から聞いていて、もし遭遇すれば、そのグナロアを得る事が出来ると思うのですが…」少し困った様な笑顔を見せて「私欲の為にモンスターを殺せる事が出来るのか、今一自信が無くて…」

 フォンクが聞いたら、その煮え切らなさにブチ切れるだろうな、とぼんやり思いながら、曖昧な相槌を打ったが、後方で大人しくしていたセハイが何やら鼻息を荒げ、体を振るわせ出した。

「どうしました?セハイ」シュクゥルがセハイの顔を豊かな胸に抱きながら「近くに別のモンスターが迫って来ているのかも知れません。御用心を!」

 と俺に注意を促した。そして彼女の予感は時間を掛けずに目の前に実現された。道を挟んで左右に広がる森がざわめくと、巨大な生き物が突如上空に飛び出し、地面を揺らし着地して俺達の前に姿を現した。

「初見のモンスターです!」

 シュクゥルが低く叫ぶと、素早く辺りを見回した。

「どんな力を持っているのか分からない。それにこの状況では逃げ切るのは不可能…」

 そう呟いてシュクゥルは唇を噛むと、やむを得無し、と覚悟を決めた表情を見せ

「戦うしかありませんね…。気が進まないですが、仕方ありません…!」とモンスターに対し身構えてから「ヒデさん、セハイを連れてあの大木の陰に隠れて下さい!」と俺に手短に指示を出した。

 その言葉が終わらぬ内に、ゴリラとトカゲの複合体の様な二本足立ちのモンスターが猛然とシュクゥルに襲い掛かった。間一髪身を交わしたシュクゥルは片手を振り抜き、掌から凄まじい勢いの水流を出してモンスターにブチ当てた。彼女の属性魔法は水だったのか。ひっくり返ったモンスターに対し、シュクゥルが左手を高々と掲げ追撃の構えを取る。Vサインの様に中指と人差し指を立ててから、その二本の指をクイッと曲げた。フォンクの構えに似ているが、こちらは指を深く曲げずに、やや両指の間隔を開けている。そのまま一気に…と思いきや、彼女に一瞬の躊躇いが生じた。やはり非情に成り切れないのか…?その隙を突いたモンスターが逆襲に出る。再び突進した怪物を辛うじて避けたシュクゥルだが、バランスを崩し倒れ込んだ。

 危ない!

 俺は懐に手を入れステッキを握った。しかしそれよりも早く横に居たセハイが飛び出し、モンスターに全力で体当たりをかました。まさかの奇襲に吹っ飛ぶモンスター目掛け、体勢を立て直したシュクゥルが全身を大きく使って左手を思い切り振り抜いた。

 彼女の手から光の球体がまさに光の速さでモンスターの顔面向かって飛んで行った。が、そのまま命中すると思われた球体はモンスターの左横(こちらから見て右横)にフッと逸れた。外した?と思いきや、球体は急激にカーブし、モンスターの口内に勢い良く飛び込んだ。モンスターの動きが一瞬止まる。と、次の瞬間、球体が目も眩む程の光を発し、モンスターの頭部を内側から吹き飛ばした。

 肉片が四方八方に飛び散り、胴体だけとなったモンスターはゆっくりと地面に地響きを立てて崩れ落ちた。大きく息を吐いたシュクゥルにセハイが近寄り、無事を確かめるかの様に全身を擦り付けた。穏やかな表情を取り戻したシュクゥルは、セハイの頭を抱え優しい手つきで愛撫したが、俺が大木の陰から出て彼女に駆け寄ると

「お怪我はありませんか?」

 とセハイを撫でながら心配そうな眼差しを向け安否を確かめた。

「シュクゥルさんこそ大丈夫ですか?」

 俺が逆に尋ねると

「ハイ。何とか…。でもやはり駄目ですね。セハイのおかげで何とか退治出来ました」

 と言って、頭部を失ったモンスターの死骸をジッと見つめた。

「光体は見られませんね。このモンスターの体にグナロアは無い様です」

 モンスターガチャの外れを確認した後、己の掌をジッと見据え

「今使った魔法も非情になれない原因の一つなんです。我が一族伝統の攻撃魔法なんですが、正直好きになれません…。せめてもう少しソッと逝かせる事が出来れば…」

 確かにプァムやフォンクの攻撃魔法に比べると18禁要素の強い仕留め方だった。殺生に抵抗のあるシュクゥルには、刺激が強過ぎる魔法なのかも知れない。何はともあれ無事を確認すると、俺達は急いで帰途に着いた。


「遅かったね。心配してたよ!」

 帰るや否や不安げな顔を見せて、すがり着くに身を寄せて来たプァムに、俺は帰り道でのモンスターとの一戦を手短に話した。驚くプァムと少し気に掛ける様な顔をしたフォンクにシュクゥルは

「心配掛けてスミマセン。すぐ料理を作りますから…」

 と明るい笑顔を見せて、手を洗いエプロンを着けると、休む間もなく調理に取り掛かった。

「そんなに無理しなくていいよ。手伝うから何でも言って!」

 そう言って慌ててキッチンに入ったプァムを見ながら、俺はフォンクに道中で聞いたシュクゥルに関する話を色々と聞かせた。終始興味半々な感じで聞いていたフォンクは

「結局そのグナロアとやらをモノに出来るか出来ないかは彼女次第だからね。とにかくアタシは早く出発したいんだ。これ以上関わりたく無いよ」

 とシュクゥルの話はもう沢山と言った顔をした。プァムも料理を手伝いながら、本人直々に話を聞いた様だった。

「グナロアってね、モンスターを倒さなくても手に入れる事が出来るんだって」          

 一泊させて貰う事になったその晩、ベッドを整えながら、プァムが例のグナロアという物質に関する新たな情報を教えてくれた。

「えっ、そうなの?」

「ウン。この世界の何処かにグナロアが埋まっている場所があって、その魔族の人当人が直に掘り出せば、能力を覚醒出来る力が得られるらしいよ」

「その場所って具体的には分からないんだ」

「そう。だからシュクゥルさんもそのやり方で手に入れるのは諦めているみたい」

 そう言ってベッドに潜り込んだプァムは

「何とかしてあげたいけど、私達も自分の事で手一杯だし、フォンクに睨みつけられるのも怖いから、シュクゥルさんの健闘を祈るしかないね」

 と独り言の様に言うと毛布を被って静かに目を閉じた。


 翌日はやや曇り気味の天気だった。

 早朝に出発する事にした俺達は、シュクゥルと別れの挨拶を交わした。

「色々お世話になりました。本当にありがとう!また会えるといいね!」

 固く握手をするプァムにシュクゥルも笑顔を湛えて

「こちらこそ、出会えて嬉しかったです。体に気を付けて武者修行頑張って下さいね」

 そして、ソッポを向いたままのフォンクにも手を伸ばし穏やかに微笑んだ。

「いつかまた、今度はゆっくり話し合えたらいいなって思ってます。お元気で!」

 フォンクは差し出された手を事務的に軽く握り返して、視線をあさっての方向に向けたまま

「もう会う事は無いから」

 と素っ気なく言い放った。最後に俺が一通りの挨拶をし、固く握手を交わした後、三人はシュクゥルとセハイに見送られて、出発した。

 暫くはシュクゥルの話題に花を咲かせたかったが、フォンクが絶対良い顔をしない事が分かっていたので、俺とプァムそれぞれ頭の中で色々思い起こしつつ、静かに歩を進め先を急いだ。

 暫く歩いて森の半ば辺りまで来た時、前方の上空に、正体不明の物体が三、四体程飛んでいるのを発見した。それを見たフォンクは険しい表情を浮かべると、俺とプァムに木々の中に隠れる様に忠告し、自らも大木の陰に身を潜めた。

「どうしたの、フォンク?あれらは何なの?」

 プァムが不安そうに尋ねると、フォンクはジッと空を見ながら

「凶暴な飛行型モンスターの群れだよ。個別で対処すれば何とかなるけど、集団戦法を取って来るから、複数確認した時は戦闘を避けた方がいい。今のアンタ達には荷が重い相手だね」

 と説明した。

「四、五メートルはありそうだな」

 俺が目測で言うと

「その位だね。群れている時はかなり飢えているから、見境無く襲って来る。やり過ごした方がいいね」

 と上空を睨んだまま返答した。フォンクがそう言う位だから、俺とプァムなら一溜まりも無いだろう。やがて、ギャアギャアという忌まわしい鳴き声が近付いて来て、少しの間上から聞こえていたが、息を潜めていると徐々に小さくなり、数分後には遙か彼方に消え去って行った。

 俺は安全を確認すると、プァムにしがみ付かれたままフォンクの後に続いて木々の陰から身を出し、道に戻った。プァムは暫くモンスターの群れが飛んで行った方向を不安げに見ていたが、視界から飛行物体が消え去ると、漸く息をついて俺から離れた。

「怖かったね。でも早く戦える様になりたいね」

 そう言って再び歩き出したが、急に思い出した様に振り返り、俺の袖を掴んだ。

「モンスターが飛んで行った方向、シュクゥルさんの家がある方じゃない ! ? 」

 俺は確信が持てないながらも

「そうかもな。あまり自信無いけど」

 と、一応額に手をやり遠方を伺う素振りをした。するとプァムの俺の袖を掴む力が更に強くなった。

「大変!やられちゃうかも知れない!ねぇ、引き返そう!もし襲われていたら助けてあげないと!」

 それを聞いたフォンクは信じられないと言わんばかりに

「もうアタシ達あの娘とは関係無いでしょ ! ? いつまで関わるつもり ! ? 」

 と声を荒げた。そんなフォンクにプァムは懇願する様な顔で必死に訴えた。

「たった一晩だけど、色々お世話になったんだよ!魔族としての心構えはともかく、凄い優しくていい人だったじゃない!同じ魔族の仲間として見殺しになんか出来ないよ!」

 フォンクは渋い顔をして

「あんな厄介なモンスターにわざわざこちらから、戦いを挑む訳?」

 と明らかに乗り気の無い言葉を返した。プァムが今度は俺に視線を向けた。それを見た時、細かい理屈抜きの情念が俺を動かした。あの時無心で激流に荒れ狂う川に飛び込んだ時と同じ様に。

 俺は全ての指を曲げた手を突き出し引っ込める動作を繰り返した。当然アレを呼ぶ為だ。すぐに上空の彼方に一点の光が輝き、そこから数秒と経たずに一本の箒が俺の元に飛んで来た。

「プァム、後ろに乗って!」

 箒に股がった俺がプァムに目をやると、彼女は決意と覚悟を秘めた表情で迷う事無く俺の後ろに乗り、背中にしがみ付いた。

「ああ、もう!」フォンクはヤケッぱち気味に大声を上げた「バカなの ! ? アンタ達だけで行ったって無駄死にするだけじゃん!もうっ、アタシも連れてきなさいよ!戦い方の手本を見せてあげるから!」

 そう来なくちゃ!俺は感謝の笑みを彼女に向けて

「スマン。乗るスペースが無いから、空いてる箇所に掴まってくれ!」

「いいから早く飛びなさいよ!」

 それでこそフォンクさんだぜ!

 俺とプァムが股がりフォンクがぶら下がる形で、三人を乗せた箒は猛スピードでシュクゥルの家に向かって飛んで行った。後で気付いたのだが、無防備で風を切っていたのに呼吸が全然苦しくなかった。魔法界の乗り物は見た目以上に高性能の様だ。

 シュクゥルの家の上空まで来ると、プァムの不安が最悪の形で的中していた。家の半分近くが倒壊し、ぐったりと倒れたシュクゥルを取り囲んだ五匹の烏の化け物の様なモンスターが、今まさに獲物に有り付こうと鋭い牙を光らせていた。絶望に染まった弱々しい瞳で、凶暴な捕食者達を虚ろに見上げる美しい魔女の横には、体の至る所から血を流したセハイが、半死半生の状態で横たわっていた。

 モンスターの内の一体が、最初の一口を頬張ろうとシュクゥルの体に牙を近付けた。それを見て急降下させようとした箒が急に軽くなった。真下を見ると、手を離したフォンクがモンスター目掛けてダイブを敢行していた。

「ハイ、ハイー!悪いけど、おまんまはお預けだよ!」

 そうモンスターに向かって叫んだフォンクの片手から火柱が上がると、みるみる内に巨大な剣に変化を遂げた。それを振りかざして落下したフォンクは、シュクゥルに食らい付こうとしたモンスターの脳天に、刃の根元が届くまで深々と突き刺した。

 グルルゥアァァァッ!!!

 絶叫が響き渡り、頭から股まで炎の剣に貫通されたモンスターがバッタリとその場に倒れた。飢えた残りの四体が狂気に満ちた目で、着地したフォンクに狙いを定める。

「寄らないでよ!キモいなぁ!」

 フォンクが怒鳴りつけながら手刀の様に鋭く手を振ると、その先からブーメラン形の炎が次々と繰り出され、激しくモンスター達に打ち当てられる。隙無く連射される飛び道具の前に、残りのモンスターは反撃の構えにすら入れない。

「スゲェ…。これが武者修行最多退治記録保持者の実力か…」

 感心している場合では無い。俺達も参戦しなければ。箒の高度を下げようとした時、後ろのプァムが

「ヒデ、距離を測ってモンスターの目の高さまで移動して!」

 と勇ましい口調で俺に命じた。何か随分と逞しくなったな。いや、そもそも俺は従者なんだから、本来はこれ位ビシビシと指示をされるのが当然なのだ。お任せ下さい、ご主人様!

 箒を操って、残り四体のモンスターの内の一体に接近すると、プァムは定番の両端指曲げの構えから、鋭く小さいモーションで腕を振り抜いた。閃光が走り、前のマンホールの蓋とは違う小型の球体が、狙いを定めた獲物目掛けてハイスピードで飛んで行く。勢いを増してモンスターに襲い掛かった球体は、まず眉間の狭いスペースにピンポイントで突き刺さり頭部を貫通すると、今度は背後からこれまた狙い外さずに心臓部のド真ん中を貫き胸部から飛び出した。そして僅か十数秒の間にモンスターの全ての急所を正確無比に突き破り捲る活躍を見せた後、プァムの掌にこれもピッタリ正確に帰還し消散してその役目を終えた。

 残り三体。プァムの絶妙のコントロール魔球殺法が繰り広げられている間に、フォンクが巨大な三つ叉の槍を残りの内の一体に落下させ完璧に葬っていた。だがここで残り二体の内の一体が箒に股がった俺に飛び掛かって来た。

「危ない、ヒデ!」

 間一髪身を交わした俺はステッキを取り出すと、初めての攻撃魔法を唱えた。飛び切り派手なのをお見舞いしてやる!

「ヒアキラズカナリ、ヒアキラズカナリ!コイツの腹をブチ抜け!」

 ブチ抜けなかった。モンスターは身を翻すと再び攻撃を仕掛けて来る。どうなってるんだ ! ?

「ヒデ、強力な魔法は咄嗟には発動出来ないよ!じっくり力を溜め込まないと!」

 箒に股がって逃げ回る俺に、プァムが地上から大声でアドバイスした。それを先に言え!これ以上追い掛け回されたくない俺は、別の魔法を唱えた。

「ヒアキラズカナリ、ヒアキラズカナリ!頭から地面に落下させろ!」

 今度は効いた。真っ逆さまに地上に叩き付けられたモンスターは全身を痙攣させて虫の息になった。そこにフォンクが駆け寄り、再び炎の剣を出してモンスターの心臓部に突き刺し、息の根を止めた。最後に残った一体は形成不利と見たのか、宙に舞い上がるとアッという間に遙か彼方に飛び去って行った。

「シュクゥルさん、大丈夫 ! ? 」

 モンスターの脅威が去ると、プァムが真っ先にぐったりとしているシュクゥルを介抱した。

「大丈夫です…。ありがとう…ございます…。本当に…」

 弱々しくも、何とか体を起こしたシュクゥルは、俺達に精一杯の笑顔を作って見せた。

「アンタの相方はダメみたいだけどね」

 フォンクの無慈悲な言葉を聞いて思わず隣を見ると、セハイが傷だらけで横たわったまま、苦しそうに呼吸をしていた。

「あぁ、セハイ…」シュクゥルが這いよりながら、死にかけのセハイに声を掛けた「私を守る為に懸命に戦って…」傷付いた巨体に被さると涙を流して「本来なら私が逆に守ってあげなくてはいけないのに…。ごめんなさい…」

 セハイはその声に反応するせず、苦しそうな呼吸を続けていたが、その体にある異変が起こった。満身創痍の体がぼんやり光始めると、やがて直径20センチ程の球体が胴体から浮き出して来た。

「これは…」シュクゥルが驚愕の表情を見せて「グナロアです…。私達一族の魔力を覚醒させるあの物質…」

「コイツは驚いたね」フォンクがあまり驚いたとは思えない様な冷静さを見せて言った「長年探してた物が一番近くにいたモンスターの中にあったとはね…」

 プァムがセハイに被さったままのシュクゥルに寄り添い言葉を掛けた。

「シュクゥルさん…、どうするのですか?これを手に入れる為には…」

「そんなの迷う必要無いじゃん!」フォンクがくだらん事聞くなと言わんばかりに「どうせそのモンスターはほっといても死んじゃうんだし、さっさとトドメ刺してグナロアを頂く事一択しか無いでしょ!」

 セハイの顔にシュクゥルが口元を寄せて何やら小声で呟いていたが、少し頭を上げると聞き取りにくい音声で短く言葉を発した。

「…殺しません…」

「え… ! ? 」

「セハイは殺しません…。いえ、殺せません…。出来ません…、そんな事…。絶対に出来ません!」

 フォンクがプァムを押し退ける様にシュクゥルから引き離すと、セハイに被さったままのシュクゥルの胸倉を思い切り掴み、怒鳴る様に言葉を浴びせた。

「バカなの ! ? アンタ ! ? いつ手に入れれるか分からないシロモノなんでしょ ! ? 友情なのか何なのか知らないけどさ!バカみたいな情けを掛けて誰が得をするの ! ? このモンスターはどっちみち死んじゃうんだよ ! ? 非情になれないにも限度ってモノがあるよ!…もう、いいよ、アンタが出来ないって言うのなら…」

 フォンクは立ち上がると炎の剣を実体化させ両手に構えた。

「アタシが楽に逝かせてやるから!アンタは後ろ向いて耳を塞ぎなさい!グナロアが取れたら死体を見なくていい様にアタシが手渡してやるよ」

 剣を手にしたフォンクが大きく振りかぶった次の瞬間

「や”め”てぇ”ぇ”ぇ”ぇ”っ!!!」 

 つんざく様な絶叫が響き渡り、懸命に体を起こしたシュクゥルが音速を超えてフォンクに飛び付いた。不意を突かれたフォンクは勢い良く弾き飛ばされ、仰向けに転倒した。

「死ぬとは分かっていても、自分が手に掛けるなんて…、絶対に嫌、出来ません!」更に呼吸か弱々しくなったセハイにしがみ付くと「いいんです、もう…。セハイは私にとって初めての親友なんです。何度も私を守る為に体を張ってくれたんです。彼を殺す位なら、グナロアはもう諦めます。このままこの子が息を引き取るまで看取らせて下さい…」

「あぁ、もう、バカバカバカバカ!!」

 起き上がったフォンクは相手にならないと言わんばかりに首を激しく振り「行こうよ、プァム!コイツはもう一人前の魔女にはなりたく無いんだってさ!アホらしい!相手にするだけ損だよ!とっとと行こう!あーぁ、無駄な人助けだった!」

 忌々しそうに荒い足取りで立ち去り始めたフォンクの袖を引っ張り、無言で引き留めたプァムは、泣きじゃくるシュクゥルを思い詰めた表情で見ていたが、何かを思い付いた様な顔になって、俺に近づき耳打ちをした。それを聞いた俺は驚いてプァムを凝視した。突飛過ぎる提案だった。だが、プァムの真剣な顔を見て、現状を打開する為にはやるしかないという気持ちが強まった。

 俺はシュクゥルに近寄ると

「セハイを死なせはしませんよ。少し離れて貰っていいですか?」

 と落ち着いたトーンで声を掛けた。その言葉が一瞬理解出来なかったのか、シュクゥルは顔を上げ、眼を広げて俺を見つめた。俺は彼女に手を貸すとゆっくりと立ち上がらせ、数歩後退させた。そしてステッキを取り出すと、瀕死のセハイに向けて魔法を唱えた。

「ヒアキラズカナリ、ヒアキラズカナリ。回復と永遠の保存で包め!」

 ステッキを振ると、セハイの真上に彼の体長と同じ大きさの赤い透明な球体が出現した。それがゆっくりと降下して内部にセハイを取り込んで行き、やがてその巨体を完全に球体の中に納め入れた。そして、徐々に縮小を始め、数秒後には野球ボール程の大きさになって、俺の掌にフワリと乗っかった。

 驚きと不安を混ぜた様な表情でこちらを見るシュクゥルに俺は

「この球の中でセハイの治療と延命処置が行われます。貴女が愛情を込めて撫でれば、球の封印が解けセハイが復活します。封印を解くまでセハイの命は永遠にこの中で保たれます」

 と言って彼女の手に赤い球体を握らせた。それを見つめていたシュクゥルはやがて安堵したかの様に深い愛情と感謝を込め目を閉じて球体を胸に抱き締めた。

 その様子を見ていたプァムがシュクゥルに近寄り語り掛けた。

「シュクゥルさん、魔族の力を覚醒させるグナロア、私達と探しに行きませんか?」

 球体を大事そうに抱えていたシュクゥルはその言葉に青い瞳を見開き、無言で驚きながらプァムをまじまじと見つめた。もう一人、声を出して驚いたフォンクがプァムの肩を後ろから掴んだ。

「どういう事 ! ? コイツに付き合ってグナロアを探し回るって事 ! ? 武者修行は !?」

「私達の旅に同行して貰う形で、あちこちを巡ってグナロアを探して行けば良いかと」プァムはニコニコしながら「私達は私達で武者修行を続けて行くの。目的は違うけど、仲間が多い方が良いと思って」

 座り込んでプァムの話を聞いていたシュクゥルは暫し地面を見つめ悩み考え込んでいる様だった。だがやがて決意を固めた顔で立ち上がり俺達に近寄ると、白く細いしなやかな指を揃えた掌を差し出した。

「私の様な者で宜しければ、同行させて下さい。あの…、足手まといになるかも知れませんけど、ここまで色々助けて頂いて、何もしないで済ます事は流石に出来ません…。是非お供させて下さい。何でもします!よろしくお願いします!」

 そう言って深々と頭を下げた。プァムは弾けそうな笑顔でフォンクを見て

「いいでしょ?こんなにお願いしているんだから。それにシュクゥルさんの魔法、素直に凄いと思う。フォンクが助言すれば自信を持ってモンスターと向き合えるかも知れないし!」

 フォンクは呆れた様にプァムを見た後、何てこったいと言った態度を見せて腰に両手を当て天を仰いでいた。シュクゥルがそんなフォンクに歩み寄って

「道中で不満があったら何でも言って下さい。貴女には命を助けて頂いた恩があります。一生懸命頑張ります。お願いします!」

 と直立不動で頭を下げた。フォンクは厳しい顔をして暫くシュクゥルを苦々しい目付きで見ていたが

「じゃあ、一つ約束してよ」

 と腰に両手を当てたままぶっきら棒な口調で言った。

「な、何でしょうか…?」

 おどおどしながら問うシュクゥルにフォンクは素っ気ない喋り方で

「アタシ達の名前を呼ぶ時は基本呼び捨てだから。後、丁寧な物言いも止めてよね。アンタの喋り方は素みたいだからある程度は仕方ないけど、極力対等な感じで話して。それだけ」

 そう言うとクルリと背を向けて

「早く出発するよ!時間が勿体ない!せっかく進んだのを引き返して来たんだから」

 と早足でスタスタと歩き始めた。

 何だかホッとした空気が流れるのを感じる事が出来た。プァムは晴れ晴れとした笑顔で俺に

「申し訳ないけど、シュクゥルさ…、シュクゥルを先に次の村まで運んで治療を受けさせてあげて。私とフォンクは歩いて行くから」

「わ、私は平気です!これ位…」

「駄目だよ!何でもするって言ったよね。じゃあ、言う事聞いて怪我を治して!」プァムはそう言ってシュクゥルに片目をつむると、俺に「よろしくね、ヒデ。大事に運んであげてね」

 と言って両手で背中を押した。やれやれ、使える魔法を持たされるのも、中々難儀なモノだな。

 俺は再び箒を呼び寄せシュクゥルを先に股がらせると、自分はその後ろに位置を取り、彼女のくびれた胴を両手で後ろから挟んでから柄を握った。

「優しく飛んであげてね」

 心配そうに言うプァムに俺は

「任せろって。それより、急いだ方がいいぞ。フォンクが滅茶苦茶早足で歩いているから」

 と言って安全を確認してからゆっくり浮上して、次の村を目指し飛行を開始した。空中を進む中、シュクゥルの

「素敵な人達ばかり…。良かった…」

 という微かな呟きを聞いた…様な気がした。フと下を見ると、丁度フォンクの頭上を通過した所だった。褐色の恵体が人形の様に小さく見えた。目を凝らすと上を見上げて微かに微笑んでいる…様に見えた。


 

 

 

 


 


 

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