第2話 黙って俺達について来い!

 魔族城を出発してから数時間、俺とプァムさんは会話らしい会話もせず、まだお互いに遠慮した気分を抱えながら、森の中を通る道をひたすら歩き続けた。

 俺の服装は動き易い野球のユニフォームに似た仕立てで、その上に黒いマントの様な物を羽織る形で余り体に抵抗感は無い。プァムさんはアンダーシャツを除いたソフトボールの選手の様な服、下はホットパンツでかなりフットワークが軽そうだ。

「俺まだ、この世界に来たばかりで、よく飲み込め切れてないんですが…」並んで坂道を下りながら、俺はプァムさんに打ち明けた「これから旅に出て、具体的に何をどうして行けば良いのですかね?」

「この世界では各地に大型のモンスターが棲息していて」プァムさんが若干緊張した面持ちで「人々の生活を常に脅かしています。それを退治するのが私達魔族の役目なのですが、この武者修行はモンスターとの実戦経験を積むのが主な目的になっていて、一定期間にそれをこなすと魔力の向上にも繫がるんです。勿論危険も伴い、生きて帰れない事もあります」

 この世界に召喚されてから、有無を言わせず旅のお供を任せられる形になってしまったのだが、この先大丈夫なのか?正直優秀とは言えない魔女を使い慣れない魔法で援護する。死亡フラグが立ち撒くっている様にしか見えないのだが?

「大丈夫だと思います。きっと!」俺の不安そうな表情に気付いたのか、プァムさんが敢えて明るく振る舞い「二人で力を合わせれば。それに…」少し恥ずかしそうにはにかみながら「お父様はあの様に言っていたけど、私だってやる時はちゃんとやるんですから!」

 そう言って屈託の無い笑顔を見せた。ウン、この娘が裏表の無い素直な性格だと言うのは分かった。でもそれが安心に繫がるかどうかは別問題なんだよな…。

 いつまでも続く森の中を歩き続けている内に陽が高く昇り、気温も上がって来た。時間的にもお昼をとっていい頃だ。少し進むと木々の少ない開けた場所に来た。近くには川も流れている。俺達はそこら辺に転がっている大木の上に揃って腰を降ろした。

「お腹空きましたね。お昼の準備をしましょう」

 そう言うとプァムさんは素早く辺りの木々から果実をもいで回り、川に近付き掌を水面にかざすと、そこから光を発して忽ち二、三匹の魚を捕獲した。そして、それらの食材を草の上に並べると、掌を広げ親指と小指だけを曲げた状態からピンクの光を出した。するとその光を浴びた食材がみるみる変化し、見事な色添えのサラダと程良く焼き上がり綺麗に捌かれた魚料理に姿を変えた。

「どうぞ召し上がれ!」

 半ば呆気にとられながらもそれらを頬張ると、口の中に美味が広がり思わず、美味い!という言葉が飛び出した。

「エヘヘ…」とプァムさんは少し照れた様な、かつ得意気な笑顔を見せて「お母様直伝の料理魔法です。これだけは自信あるんですよ!」

 と心から嬉しそうに言って俺を見た。

 そんな魔族の娘を俺は改めて目視した。一点の穢れも感じさせない愛らしい美貌に、グラビアアイドルと言われたら素直に信じそうなプロポーション。体のあちこちがはち切れそうで、健康的な艶やかさが全身から溢れ出している。逆にこのアイドルの様な見た目の娘が、物騒なモンスター相手とやり合う姿がどうしても想像出来なかった。

「私も口をつけていいですか?」

「あ、ああ…。ど、どうぞ…」

「では…、いただきまぁす!」

 俺の真横に座ったプァムさんは、美味しそうに自分の手料理を食し始めた。その姿を横目に見ながら

「何かピクニックみたいだな…」

 という言葉が思わず口からこぼれた。雲一つ無い青空。心地良い微風。小鳥のさえずる声。このまま何も起こらないで旅が終わらないかな…。

 そんな思いを抱きながら何気なく空を見上げると、変な形をした鳥がゆっくりと旋回しながら、俺達の方に舞い降りて来た。変わった鳥だが、この世界の特種なのだろう。と、途中までは思っていた。

 見事に違った。

 目の前にドスンと降り立ったその生物は、鳥と呼べる様な生易しい物ではなかった。身の丈四、五メートルで巨大な翼に哺乳類の顔…。そう、コウモリ!コウモリの化け物だ!キキキと鳴きながら邪悪な視線をこちらに向けている。これ絶対襲い掛かって来るパターンだ。

「プァムさん、どうするの ! ?」

 振り返って回答を迫ると、咄嗟のモンスター襲来に面食らったのか、焼き魚を喉に詰まらせてむせて咳き込んでいる。俺は彼女の背中を叩き嚥下を促すと

「戦うんですか?逃げるんですか?」

 と判断を仰いだ。漸く魚を飲み込んだプァムさんは

「たっ、戦います!逃げたら修行になりませんから!」

 と言って立ち上がり、コウモリの化け物を睨みつけた。そして

「ヒイデさんはステッキの魔法で援護して下さい。私が息の根を止めます!」

 と俺に指示を飛ばすと、料理魔法の時と同じ様に掌の親指と小指を曲げて、身構えた。これが彼女の魔法発動の基本スタイルらしい。

「懐に手を入れてステッキの形を頭に思い浮かべて下さい」

 言われるがままにすると、手に棒状の物体の手応えを感じた。懐から手を抜いたら、一昔前の魔女っ子アニメに出て来そうな、派手な装飾のステッキが握られていた。と、こちらの様子を伺っていた巨大コウモリが突如飛び掛かってきた。ちょっと!まだ、ご教授中なの!

「モンスターの動きを一時的に止めて下さい!念じてステッキを振るんです!」

 化け物に追い回される俺に、プァムさんが大声を上げ指示を送る。出だしから散々だよ、もう!え、えーと、確か呪文を二回繰り返すんだよな…。確か…。

「セウショイワヘイ、セウショイワヘイ!コイツの動きを止めろ!」

 叫びながらステッキを振ったが、モンスターはストップする様子を見せずに、相変わらず俺を追い掛けて来る。何だよ!効かねぇじゃねぇか!俺は必死の思いで同じ行為を繰り返したが、巨大コウモリは一向に追い掛ける事を止めようとしない。

「ヒイデさん!呪文が違います!ヒアキラズカナリですよ!」

 ひたすら逃げる俺の耳に、プァムさんの修正を指示する声が聞こえて来た。呪文違い ! ? 記憶違いか?クソ、メモ取っとけば良かった。と思った次の瞬間

 バシーン!!

 モンスターのデカい翼が俺を引っ叩いた。痛みは少なかったが、吹っ飛ばされた俺は地面に勢い良く叩きつけられた。

「危ない!」

 プァムさんが波動の様な魔法をモンスター目掛けて放った。巨大な敵に撃たれたその攻撃魔法は、何故か地面に突っ伏している俺に命中した。

 またかよぉっっ!!

 宙を舞った、イヤ舞わされた俺の体はモンスターの足元、つまり巨大コウモリの余裕で手の届く範囲内に落下した。

「あぁ…。ごっ、ごめんなさい…」

 プァムさんの慌てふためいた声と、モンスターのキキキ声が同時に聞こえた。目の前には嫌らしい哺乳類フェイス。

 詰んだ。

 死ぬ時って呆気無いもんだな。川に流された時もそうだった。今までの出来事が走馬灯の様に…。

 流れなかった。突如、凄まじい爆音と共に真っ赤な火炎状の槍が二本飛んで来て、モンスターの両翼を貫いた。大絶叫を上げた化け物から俺が何とか離れると、空中に無数の鋭い槍が出現し、一斉にモンスター目掛けて落下した。

 ズドドドーッ!!

 立ち込める土煙。それが晴れると、落とされた複数の槍にズタズタにされ、弁慶の如く立ったまま絶命した巨大コウモリの姿がそこにあった。

 助かった…。

 気の抜けた状態で目の前の敵を見つめていると、プァムさんが慌てて駆け寄って来た。

「ヒイデさん、ごめんなさい…!大丈夫ですか ! ?」

 彼女が懸命に俺を抱き起こし介抱しようとしていると

「アンタら、大丈夫~?」

 とハスキーな女性の声が聞こえた。振り返ると、褐色な肌をした黒髪の女子高生位の歳の娘が、半袖短パンのラフなスタイルでそこに立っていた。プァムさんは俺を抱き起こすと、肩を貸しながら一緒に褐色の娘に歩み寄り、頭を下げて礼を述べた。

「済みません。ありがとうございます!おかげで助かりました」

「いいんだけどさ」褐色の娘は腰に両手を当てて「見た所、魔女と従者らしいけど…」と訝しげな表情で俺達を見た。

「そうです。武者修行を始めたばかりで…」

 プァムさんが遠慮がちに答えると、相手は驚き呆れた口調で

「本当にそうなの ! ? 信じられない!」と吐き捨てる様に言って、見下した視線を俺達に向けた。そして「あんな程度のモンスター相手にあそこまでワタワタしてる奴初めて見たよ!ガキンチョレベルじゃん!つかさ、アンタ、何で属性魔法を使わないの?」

 と痛烈にディスり始めた。口の悪い命の恩人に戸惑いつつ、属性魔法という初耳の言葉が気になり、無意識の内に小声で復唱したが、相手はしっかりと聞き取っていた様だった。

「属性魔法知らないの?アンタ」呆れを通り越して最早憐れんでいるかの様な言い方だった「素人以下だね。ヤル気あんの?悪いけど、それじゃ近い内にモンスターに殺られて終わるよ」ハァッ、と大きく溜め息をつくと「まぁ、いいや。その人怪我してるみたいだし、手当だけはしてやるよ。付いておいで」

 と言って、俺達を導いた。


招かれた場所は、森から少し離れた所に建つ小じんまりとした木造の一軒家だった。絆創膏をペタペタ俺に貼るプァムさんに、野菜ジュースの様な緑色の飲み物を出しながら、家の主が尋ねた。

「アンタの属性魔法は何なの?」

「風…です。えっと、あの…」

「アタシの名前はフォンク。呼び捨てでいいよ。アンタは?」

「あ、プァムです」

 フォンクが俺に視線を向けた。

「小や…。い、いや、ヒイデです…」

 するとプァムさんが思い出した様な顔をして、フォンクに尋ねた。

「ひょっとして、武者修行経験者の中で、最も多くのモンスターを退治した事で有名な、あのフォンクさんですか?」

「あぁ、知ってたんだ」フォンクはどうって事無いと言った素振りを見せ「大した事じゃないよ。モンスター見ると自然と殺意が高まって、攻撃本能が全開になるから、それに任せて暴れただけ。一緒にいた従者も楽で助かったって言ってたよ」

 そう言うと、壁に取り付けた棚に乗っている小さな人形を見つめた。彼女の視線に合わせて棚上の人形に目を移したプァムさんが

「可愛らしい人形さんですね」

 とフォンクに話題を振ると

「お母さんの形見」と人形を見つめたまま素っ気なく返事をした「これしか残らなかった。両親も兄弟も家も全部モンスターにやられた。アタシはその怨念だけで生きてる様なもんだよ。武者修行の時もその思いのみで暴れ捲っただけの話。モンスターを片っ端から殺って、心の傷を癒す。もう何年もそうして生きて来たんだ…」

 それを聞いたプァムさんは慌てて頭を下げた

「ごっ、ごめんなさい…。辛い思い出を話させてしまって…」

「別にいいよ」大きく伸びをして、質量豊かな胸を前に突き出した「それよりアンタ達これからどうすんの?もう出発するの?」

「ハイ。いつまでも御世話になる訳には…」

 プァムさんの返答を聞いたフォンクは、椅子から立ち上がると窓の外を見て言った。

「そろそろ暗くなって来たし、今出発すると危ないよ。アンタ達みたいな連中だと特にね。一晩泊まって行きな。それくらいは面倒見てやるよ」

「そんな…。迷惑ではありませんか?」

「気にすんなって!」フォンクはエプロンを腰に巻きながら、プァムさんを軽く笑った「アンタ、そういう所がモンスター退治の際に足かせになるんだよ。善人過ぎると、楽に倒せる相手も倒せなくなるよ」

 そう言って、キッチンらしき場所に立つと、フライパンを片手に料理を始めた。

「あの…、お手伝いします」

 プァムさんがフォンクの横に立つと

「ホント、アンタは気配り屋さんだね」と苦笑いして「じゃあ、そこの野菜切って。魔法は無しだよ。手作りが良いってお母さんが言ってたから…」そして俺の方を見て「アンタは皿とか並べて。それ終わったら休んでな。怪我人なんだから」

 とテキパキと指示をして、プァムさんと二人で料理を作り始めた。

 最初は思い切りディスられたけど、悪い人ではないみたいだな…。俺は食器棚から皿を取り出しテーブルに並べながら、小さく安堵の溜め息をついた。


 その晩、夕食を御馳走になりながら、俺はフォンクに魔族城では聞けなかったこの世界の色々な知識を教えて貰った。俺が転生者である事をプァムさんが説明したが、フォンクは特段驚いた様子も見せなかった。しょっちゅうでは無いが異世界からの転生は、この世界ではそれ程大騒ぎする様な事では無いらしい。

「それじゃ、まだこの世界の事は完全に把握して無いんだ」

 フォンクは俺を見てそう言うと、魔法やモンスターが存在する中世風のこの世界の内容をポツポツと語り始めた。

「最初に言って置くと、アタシ達魔族の魔法って昔に比べて大分変化しているんだ。特化というか、ある意味退化というか…」

 その昔、この世界に住む魔族は万能の魔法を使って世の中の秩序を維持していた。人間達と上手く共存し、持ちつ持たれつの関係で自らの魔法を活かし世界をまとめていた。

「でも、今から数十年前に相次ぐ異常気象に見舞われて、生態系のバランスが崩れ、数々の生物が急激な進化、変化を果たした。それによって大量のモンスターが産み出され、人類の生活は大きく脅かされる事になったんだ…」

 ここまで話したフォンクは険しい顔をしてフーッと息を吐いた。プァムさんも難しい面持ちで相槌を打つ。

「そんな状況で、アタシ達魔族がモンスター退治を任される様になった。人間の力じゃ太刀打ち出来ないからね。以降今に至るまで、魔族はモンスター退治を続けて来たという訳」

 そんな中で魔族の使う魔法は、自然と万能型から攻撃型に特化して行った。それまでは、創造魔法、治癒魔法と言った多種に渡る魔法が使われていたが、モンスター退治が主流になるにつれ、不要な能力として使われる頻度が減り、数十年の歳月を重ねる内に魔族の遺伝子からも姿を消して行った。

「今では万能型魔法を使えるのは魔族王クラスの実力者だけ。その他の魔族は攻撃魔法以外では幾つかの例外を除いて、せいぜい料理とか軽作業用の魔法しか使えなくなった。ただ厄介な事にモンスターもアタシ達の攻撃魔法に対して、対抗する様に進化を繰り返しているんだ。だから魔族の力をフルに活用しても中々絶滅までには至らない。だからアタシ達も攻撃魔法を磨いてモンスターに対抗する…。もうイタチごっこみたいな物だよ…」

 色々話を聞いている内に、料理は殆ど平らげられ、空いた皿が目立ち出した。

「御馳走様でした。美味しい料理を有難うございます。後は私が片付けますね」

 プァムさんが立ち上がって使用済みの皿をキッチンに運び出したので、俺もそれに従い後片付けを手伝った。

「ここまで行儀の良いお客さんは初めてだよ」椅子に座ったままでこちらに首を向けたフォンクが、感心と呆れが混じった口調で言った「気を遣わなくていいから、少し休みなよ。風呂を湧かしておくから、好きな時に入っていいよ。悪いけどアタシは先に寝るね。アンタ達の寝床は奥の部屋に用意しておくよ。鍵だけは先に掛けるから、外出したい時は言ってね」


 その夜、思わぬ形で親切な宿に泊まる事が出来た俺は、激動の一日を振り返りながら、今後の旅に思いを巡らせた。

 のっけからエラい目に遭った。フォンクが助けてくれなかったら詰んでいたから、実質黒星スタートだろう。後、属性魔法とかいうヤツ。プァムさん、使えないから黙っていたのかも知れないけど、ちゃんと教えて欲しかったなぁ…。この先大丈夫なのか?プァムさんは旅を続ける気でいるけど、命の保証は?と問われると正直心もとない…。

 疲れている筈なのに、中々寝付く事が出来なかった。悶々としながら、ベッドの中でゴロゴロしていた、そんな時。

 ドスン!グラグラッ…!

 激しい衝撃音と共に、家全体が激しく揺れた。地震 ! ? 慌てて跳び起き、辺りの様子を伺っていると、屋外から爆発する様な音が聞こえた。

 外に飛び出すと、フォンクが寝間着姿で大型のカバの様な生き物が倒れている横に仁王立ちしていた。

「怪我無かった?」俺を見て、平常運転と言った顔と口調で足元の生き物を顎でしゃくった「コイツが森の方から走って来て、家にぶつかったんだ。小型の雑魚モンスターだよ。もう仕留めたから大丈夫だよ」

 フォンクの言葉が終わると、プァムさんが半分寝ぼけまなこで、ワタワタと家から出て来た。俺が頷いて大丈夫、という意思表示を伝えると、ホッとした表情を見せた。

「しかしコイツは普段森から出て来ないのにね」フォンクが鬱蒼と茂る木々の方向に目をやり「何かに追われてたのかな?コイツを捕食するクラスとなるとかなりの大型だね」

 その推測に誤りは無かった。程なくして、地面を揺らす足音を鳴らして、巨大な肉食恐竜の様なモンスターが森から飛び出して来た。しかも二匹だ!

 「チッ、こんな夜中に…」フォンクは忌々しげに呟くと「アンタ達は下がってて!家の後ろに隠れていて!」

 と指示し、目にも止まらぬ早さで炎の波動砲をモンスターに喰らわせた。強烈な一撃を浴びたモンスターが豪快にひっくり返る。だがもう一匹がその間を突いて猛然とフォンクに飛び掛かった。

「危ない!」

 フォンクが間一髪身をかわすと、標的を失ったモンスターの巨体が、彼女の住居に勢いよくぶつかった。激しい音と共に家が半壊し、大量の土埃が舞い上がった。すぐに立ち上がって再びフォンクに狙いを定めたモンスターだが、その姿が徐々に消え、数秒後には完全に見えなくなった。

「闇に同化したんだ」フォンクが焦りながら「そういう体質を持ってたのか…。くっ、どうすれば…」

 山の様な二つの巨躯が、姿を消してこちらを狙って来る。とっ、取り敢えずプァムさんの安全を確保しないと…。俺が呆然と立ち尽くすプァムさんに近付こうとした時

 「キャアッ…!」

 大きな衝撃音が響き、フォンクの体が吹っ飛ばされて、半壊した家の柱に激突した。すぐに顔を上げ正面を見据えるフォンクだったが、ダメージが大きく中々立ち上がる事が出来ない。

「フォンクさん、しっかり!」

 プァムさんが慌てて駆け寄り、フォンクを引き起こした。

「あ、危ない!」

 今度は俺が二人を引っ張り、ほぼ原型を留めていない家から安全圏内まで引き離した。直後

 ガッシャーン!

 背後で大きな破壊音が鳴り、振り向くと家が完全に粉々になっていた。姿を消したモンスターの突進をタッチの差で交わした様だった。

「ヒイデさん、このままでは私達…」

 プァムさんが困惑し切った顔で、すがる様に俺を見てくる。俺を当てにされても…。と、こちらも困り果てて辺りを見回していたが、突然の閃きが頭の中に浮かんだ。俺はプァムさんに

「攻撃魔法の準備をして!」

 と指示してから、懐からステッキを取り出し、呪文を脳内で反芻し確認し直した。ヨシ、もう間違え無ぇぞ…。

「ヒアキラズカナリ、ヒアキラズカナリ!闇を排除し辺りを明るく照らせ!」

 高らかに魔法を唱えると、眼球を貫く様な眩い閃光が一面に走った。何とか薄目を開けると、周囲が昼間の様に明るくなっていた。そして俺達を狙って身構えている二匹のモンスターの姿が、ハッキリと確認出来た。

「プァムさん、今だ!」

 俺が叫ぶと、プァムさんが親指と小指を曲げた掌を思い切り振り抜いた。するとその掌からマンホールの蓋程の大きさの光る円盤が発射され、左右に揺れながらモンスター目掛けて勢い良く飛んで行った。それが片方のモンスターの頭上で停止すると、ゴゴゴゴ…と重低音を響かせながら降下を始めた。モンスターが頭を抑え付けられてそのまま沈められる様に、足元から地面にのめり込んで行く。数秒後にはその巨大な体が完全に地中に埋め込まれ消えていた。

 これを見たフォンクがヨロヨロと立ち上がり、片手を高く掲げVサインの様な手の形を作った。そして中指と人差し指の第二関節を曲げると、そのまま上げた手を振り下ろした。同時に空に数メートルはあるビッグサイズの包丁が出現し、もう一匹のモンスターの脳天にマッハのスピードで落下した。鋭い切断音が響き渡ると、モンスターの体が左右キレイに真っ二つにされ、それぞれ地面に倒れ落ちた。

「………」

 三人が同時に深く長い息を吐いた。最初に我を取り戻したのはプァムさんだった。すぐにフォンクに駆け寄り声を掛けた。

「大丈夫ですか?お怪我は…?」

 フォンクは力の抜けた状態でプァムさんに顔を向けたが、僅かに口元を綻ばせ小さく返事をした。

「有難う。大丈夫だよ…」

 それだけ言うと、崩壊したマイホームに向かってヨロヨロと歩き出した。暫くの間木の残骸と化した廃墟の中を彷徨っていたが、何かを見つけたかの様にしゃがむと、小さな物体を手に取ってそのまま黙り込んだ。近寄って覗き込むと、壊れ果てた母親の形見の人形を掌に乗せ、それを無言で見つめていた。

 俺は慰めの言葉が中々思いつかず、居たたまれない気分で突っ立っていたが、プァムさんも言葉を選ぶのに苦労している様だった。暫しの沈黙が続いたが、やがてフォンクが立ち上がり、振り切れた表情で明るく俺達に言った。

「形ある物はいつか壊れる。仕方ないよ。それより助けてくれてアリガトね。アンタ達やれば出来るじゃん!凄かったよ!」

 大切な物を失ったのに、何て眩しい笑顔なんだろう。急にこの人を絶対に助けたい、という思いが心の中に溢れ返った。それに反応したのか、ある閃きが頭に浮かんだ。

「それ、ちょっと貸して貰えませんか?」

 俺が手を差し出すと、フォンクは不思議そうな顔をして

「どうするの?壊れてるのに…」

 と言いながらも、人形を手渡した。それを受け取った俺は

「ちょっと失礼」

 と彼女の目の届かない瓦礫の陰に隠れると、懐から手鏡を取り出し蓋を開いた。初使用だな。呪文を間違えない様に…

「セイショイワヘイ、セイショイワヘイ…。凄腕造形職人に変身!」

 全身が光に包まれ、気が付くとそれっぽい衣服を着た姿に変わっていた。見た目から入るのか。凝った魔法だな。そう思いながら、改めて人形を治すべく見てみると、次から次へと専門知識が頭の中に浮かび、手先が勝手に動き始める。あれよあれよと自分でもビックリする内に、壊れた人形はたちまち元の姿に復元された。

 瓦礫の陰から衣服を変えて姿を見せた俺に、フォンクは驚いた様子を見せたが、元に戻った人形を手渡されると、その何十倍もの驚いた表情を浮かべた。そのまま何も言わずに暫く胸に人形を抱き締めていたが、顔を上げると感謝と尊敬を込めた目付きで、優しい笑みを浮かべながら、俺に熱い視線を送った。アレ?この人、こんな可愛い顔してたっけ…?

「フォンクさん…」その様子を見ていたプァムさんが、躊躇いながらも意志を込めた口調で「この後なんですけども、私達の武者修行に同行して頂けませんか?私達まだまだ未熟で貴女に教えて頂きたい事が沢山あるんです!無理にとは言いませんが、もし…可能ならば…」

 俺は驚いてプァムさんに訊いた。

「従者って増やして良いんですか?」

「あくまでも、連れ添いという事で」プァムさんは抜け目なさそうな笑顔を見せて「従者という定義に沿わなければ大丈夫です!」

「でも…、良いのかな…?」

「善人過ぎてもいけませんから」抜け目ない笑みが更に広がった「出来る事も出来なくなりますからね。それに、住む所の無いフォンクさんを置いて出発するのも、気が引けますし…」

 これを聞いたフォンクが、いきなり大笑いしながら、プァムさんにもたれ掛かった。

「そういう所が善人なの!アタシの事なんて気にしなくてもいいんだよ。でも…」少し恥ずかしげに微笑んで「何かアンタ達の事が気に入っちゃった。ここに居るよりアンタ達に同行して旅した方が、良い事ある様な気がして来たナ…」

 そして俺を熱く見つめながら

「それにアンタには借りが出来ちゃったからね。とてつもなく大きな借りが。これは暫く面倒見てあげないと返せそうに無いから…。いいよ、こうなったら、アンタ達にどこまでも付いて行ってあげるよ!」

 プァムさんは嬉しさを抑え切れない感じでフォンクに抱き付いた。

「有難うございます!フォンクさん!」

「あのさぁ…」フォンクが苦笑いをして軽く頬を掻きながら「呼び捨てでいいって言ったじゃん。アタシ、そういう呼び方されるの苦手なんだよね。これからはさ、対等で行こうよ、プァム!いい?呼び捨て以外は受け付け無いからね!」

「は、はぁ…」プァムさんはかなり迷いつつも「わかりまし…、わ、分かったわ、フ、フォンク…。これからもよろしく…、ね…」

 と辿々しく言うと、顔を赤らめた。満足そうに満面の笑みを見せるフォンクを見て、俺もかねてからの提案をする事にした。

「あの、序でにと言っちゃなんだけど、俺もさ…」頭をボリボリ掻いて「姿形はヒイデだけど、何か違和感がね…。前の名前にもちょうど秀って入ってたから、ヒデって呼んで貰えます…?」

「えぇ…?」

 プァムさんが更に迷い顔になった。フォンクが嬉しそうに

「そうだ、アンタ達も対等になりなよ!アタシだけ呼び捨てなんておかしいじゃん。気の合う仲間って事でサ!お互い肩張らないで行こう!」

 よもやの提案の連鎖に、俺とプァムさんは真顔で奇妙な睨めっこをした。

「い、いきなりそんな事言われても…」

と、プァムさんはこれ以上ない位にモジモジしていたが、やがて意を決したかの様に「ヒデさ…、ヒデ。こっ、これからも頑張ろう…ね…」

 とそれだけ言った後、一層真っ赤になってうつむいた。やれやれ、俺は名称を変えてくれと言っただけなんだがな。

「あ、あぁ…。頑張ろう…、プ、プァム…」

 何、照れてんだ?一応三十路だろう?どうにもこうにも考えがまとまらなくなってしまったが、おかげで肝心な事を訊くのを忘れてしまっていた。

「あの、プァムさ…プ、プァム。変身解く時って、どうすればいいの?この姿のままだとちょっと…」

 プァムは、あ…と言った顔をして、クスクスと少し笑った後

「ごめんなさい。教えてなかったですね…、お、教えてなかったね。コカアタハッノナヨロロロロ。これを唱えれば元に戻れま…、も、戻れるよ」

 教えられた通りにすると一瞬視界がブレたが、衣服を見ると無事元の姿に帰る事が出来ていた。同時に頭の中に溢れていた専門知識もキレイに消えていた。それを見ていたフォンクが、俺の肩をポンと叩くと

「便利な魔法だね。これからも頼りにしてるよ!」と朗らかに言って「今から出発すれば昼には隣の村に着いてお昼食べれるね。じゃあ、行こうか!」

 と元気な足取りで歩き出した。プァムが慌ててその後に続き

「ま、待ってくだ…、待ってよ、フォンク!んもう、一々面倒だなぁ!」

 と新たなルールに不満をこぼしながら、小走りで駆け出した。やれやれ、仲間が増えたのはいいが、思わぬ言葉縛りを掛けられてしまったな…。

「ま、いいか…」

 俺は観念した気持ちで、前を行く二人の魔女を追い掛けた。辺りは夜明け時を経て、今はすっかり朝の陽射しに支配されていた。夜の闇の中で抱えていた悶々とした思いが、明るい陽の中で徐々に消えていくのを、俺は何となく感じ取っていた。

 


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