レトロ魔法を付与された俺の身にもなってみろ!
紫葉瀬塚紀
第1話 いい日(?)旅立ち
暴れ捲っていた巨大な肉食恐竜型のモンスターが、目の前でブスブスと黒い煙を上げながら、完全に息絶え変わり果てた姿になって横たわっている。
俺は大きく息を吐いて額の汗を拭うと、目を閉じて勝利を噛み締めるかの様に軽く天を仰いだ。
「手を煩わせたけど、まっ、こんなモンよね!」
俺の背後の二人の美少女の内、褐色の勝ち気な顔立ちの娘が得意げに言う。
「少し可哀想な気もしますけどね…」
もう一人のおっとり系のお淑やかタイプの娘が情けを掛ける様に言うと
「何言ってんの!やらなきゃウチらがやられてたんだよ!」
と褐色娘が荒く吐き捨てた。
「それはそうですが…」
二人のやり取りを聞きながら隣のプァムを見ると、申し訳無さそうに控え目な視線を俺に向けていた。
「また、ヒデの御世話になっちゃったね…。いつも…ゴメンね…」
俺は彼女の肩を優しく抱くと、後ろの二人の軽い嫉妬の眼差しを感じつつ、今回の戦いを締める意味を込めて、呟く様に言った。
「気にすんな。これが仕事だから」
台風が来た。気象衛星も観測出来ない記録破りの超大型クラスだ。俺、小山秀永が警備を務める実家も危険区域内に指定され、急遽避難を余儀なくされる事になった。自室に引き籠もって数年間、まさかこんな形で外出を強制される事になるとは、予想すらしていなかった。避難先でパソコンは使えるのか?俺はデカいリュックに必要性の高そうな物を手当たり次第に詰め込むと、既に雨風が吹き荒れる屋外に出て、家族と共に避難所に向かった。
この地域は背後に山がそびえ、前方には巨大な川が流れる、絵に描いた様な自然災害の猛威をモロに喰らう土地だ。避難場所は数キロメートル離れた小学校。早くも荒れ狂う川を横に見ながら、先を急いでいると、聞き覚えのある女性の絶叫が耳に飛び込んで来た。
「留衣が!川の中に…!!」
隣近所の家族の奥さんだ。いつもは引き籠もりっきりの俺に蔑む様な視線を向けているが、今はすがり付かんばかりの顔で俺に助けを求めて来る。目をやると、激流と化した川の中に幼い娘さんが巻き込まれている。飛び出した岩に辛うじてしがみ付いているが、見る限り力尽きて流されるのも時間の問題だ。川の淵に何人か集まってロープを投げたりしているが、とても助けられる状況ではない。
迷う俺の目に風前の灯火の留衣ちゃんの姿が映った。泣き叫びながら、それでも対岸の母親に必死に手を伸ばし、絶望と戦っていた。
俺の中で何か強い意志が動くのを感じた。働きもせずに部屋に閉じ籠もり、ゲーム三昧の生活を続ける三十路過ぎの俺に、周囲の人は常にバカにした様な見下した視線を向けていた。でもこの子だけはいつも無邪気な笑顔で俺に手を振ってくれた。オジチャン、ゲームしてるの?じゃあ、遊ぼ!数日前にもそう言ってくれたばかりだった。親以上に俺に理解を示してくれていた。
気付けば俺はリュックを投げ捨て、川に飛び込んでいた。荒波をかき分け、無心で孤立無援の留衣ちゃんに泳ぎ進み、いつも俺に振ってくれる小さな手を懸命に掴んだ。そのまま激流に抗い、気力のクロールで岸に向かう。まさに火事場の馬鹿力だ。今は火ではなく水の中だが。必死の思いで岸から手を伸ばす人達に留衣ちゃんの体を掴ませ、引き上げさせる。ずぶ濡れの留衣ちゃんに抱き着く母親。それを見てホッとしながら、俺も川から上がろうとした、次の瞬間。
川の上流から凄いスピードで大木が流れて来て、川から半身を出していた俺に激しくブチ当たった。アッという間に、俺の体は岸から引き剥がされ、荒れ狂う川に呑み込まれ流された。留衣ちゃん親子ら岸にいる人達の姿が、みるみる内に小さくなって行った。口や鼻から水が入り込み呼吸が出来なくなり、意識が遠くなって行く。最後に目に映ったのは、どこまでも濁った茶色い川の水だった。
どれ程意識を失っていたのか。気が付くと俺は眩い陽射しの中、緑の草原で仰向けになっていた。何だ?ここは?何処に流されたんだ?つか、俺生きてるのか?
上半身を起こし、体を確認すると何処も濡れていない。いや、そもそも着ている服が違う…。
どうなってんだ…?
俺は辺りを見回しながら、現状を認識しようと必死になった。だが、それも許してくれない事態が、突然目の前に展開された。
俺が腰を下ろしている数メートル先の地面が、いきなり盛り上がった。そして地震の様に回りが激しく揺れると、盛り上がった地面から巨大な爬虫類を思わせる生物が、唸り声を上げながら勢いよく体を突き出し、その恐るべき姿を俺の前に現した。
「な…、何だ ! ? 」
もう情報量が多過ぎて何が何だかサッパリ分からない。それでも、このままでは身の安全が保てない事だけは何とか理解出来た。俺は慌てて立ち上がると、全力でその化け物から逃げ出した。
その時!
激しい閃光が走り、俺の体が大きく吹き飛ばされた。もんどり打って地面に叩き込けられた俺は、再び意識が薄れて行くのを感じた。
もう…どうなってんだよ…?
迫る化け物の足音。危機感を感じつつも目が霞んで行く。その中で慌てた顔をした若い女性が心配げに俺の顔を覗き込んだ…様な気がした。それを確認する事もなく、俺はまたしても気を失った。
「何をしているのだ!バカモン!!」
「御免なさい。御免なさい…」
「全くいつもそうやってお前は…!」
「ご…御免なさい…」
三たたび目を覚ました俺は、回りの状況を認識する前に、親娘らしい二人の人物のやり取りを、まず最初に聞き取った。ぼんやりとしながら体を起こすと、どうやら俺は大きな建物の中に寝かされている様だった。広い室内は石造りの中世ヨーロッパの教会を思わせる雰囲気で、俺が寝ているベット(らしき物)、配置されているテーブルや椅子、壁際の書棚、立派な置物、と見る物全てが現代日本のそれとは異なる形をしていた。
「おぉ、気付かれたか!」
俺がここまで見極めた所で、初老の男性の声が聞こえて来た。声の方に目をやると、これまた、明らかに日本とは違う顔立ち、服装をした二人の男女が立っていた。男性の方は声のイメージそのままの60歳位でかなりの大柄。頭がやや禿げ、長い顎髭を生やして少し威厳の漂う面持ちをしている。そして服装はこれも中世ヨーロッパの王様を思わせる豪華な彩りと造りをしていた。
もう一人の女性は十代半ば程の若さで、明るい茶色の長髪を背中まで伸ばしている。その髪より更に明るいブラウンの大きな瞳が遠慮がちに俺を見つめていた。身長はそれ程高くなく女性としては標準的。ゆったりした造りの衣に身を包ませているが、バランスの良いふくよかな体型をその衣装越しに察する事が出来た。
「この度はようこそ、アキワの国へ。先程はウチのプァムが失礼な事をしてしまい、誠に申し訳なかった。其方には早速、前々世の力を覚醒して貰いたい」
何言ってだコイツ…?
煙に巻かれた状態の俺の顔を見た女性が初老の男性に言った。
「お、お父様…、まだ何も分からないみたいだから、最初から説明してあげた方が…」
「そうだな」男性は軽く頷くと「我々やこの世界の事、其方がここに召喚された経緯、諸々あるが、ザッと説明しよう」
そう言って俺に近付くと掌を俺の額にかざした。その掌が明るく光ると、俺の視界全体が眩しさで一杯になり、若い男の声と共に色々な説明映像が目の前に流れ始めた。以下その内容。
ここは俺の居た日本と全く別の中世ヨーロッパ風の世界。人間と魔法を使う魔族が存在する。この男性と女性はその魔族の中の一族らしい。俺はあの川の事故で絶命し、本来は天界に行く所をこの世界に召喚された。
スゲェ、プロモビデオ映像みたいだ。これも魔法…?以下続き。
この世界の魔族はある年齢になると、魔法使いとしての腕を磨く為、一定の期間武者修行の旅に出る。ここに居るプァムという若い娘が今まさにその旅に出る直前らしい。ルールがあり従者を一人付ける事が出来るが、その適任者として俺がわざわざ別世界から招かれた、という説明が次々と流れていった。
「何で俺が召喚されたの?」
無意識の内に当然とも言える質問が俺の口から発せられた。プロモビデオ魔法を止め、目の前の光を収めた男性─魔族のオッサンが謎の笑みを見せて俺に言った。
「其方の前世は日本のコヤマヒデナガだが、その前、つまり前々世は元々この世界の魔族に仕える賢者だったのだよ。要は前世から元の世界に帰って来て貰ったという訳だな」
「賢者って何?それホントなの?」
「本当です」女性─プァムさんが控え目な口調で「この世界の賢者は魔族程ではないけど、魔法が使えて私達を助けてくれる存在なのです。貴方はかつてヒイデという賢者で、私達一族に仕えてくれていたのです。惜しくも亡くなってしまったのですが…」
「とても頼りになる存在だった」魔族オジサンが過去を懐かしむ様に空を見た「何としても帰って来て従者になって欲しかった。それと言うのも…」と困った感じの目付きでプァムさんをチラ見して「このプァムという…、私の長女なのだが、まぁ何というか、手の掛かる娘でな…。人並みの賢者では何とも心細くて…」
こう言われたプァムさんはバツが悪そうにうつむいた。魔族オジサンが呆れた口調で
「先程も召喚した其方を迎えに行かせたのだが、たまたま現れたモンスターを追い払う魔法を、誤って其方に当ててしまったようで…。その後何とかモンスターは退けたらしいが、万事がこんな調子でな…。キツく叱っていたのだが…」
父親に厳しい視線を向けられたプァムさんは、更に下を向いて消え入りそうな声で
「ごめんなさい…」
と心底申し訳無さそうに謝罪した。
魔族オジサンが再び掌を俺に向けると、またしても光が輝き大きな縦型の鏡が出現した。そこに映る俺の姿…。
誰だよ、コレ ! ?
今までの数多の出来事にすっかり気を奪われていて、自分の姿等全く意識していなかったが、コレ本当に俺なのか?
まず年齢からして違う。十代半ば過ぎ…、間違い無く成人ではない。顔も日本人離れした濃い茶髪の引き締まったクールな造り。
「ヒイデは早熟の天才賢者だった」魔族オジサンが自慢げな顔で言った「亡くなったのが一ヶ月前でな。悲しみに暮れていた所に、彼の次の人生を受け継いだ其方が今回の事故で絶命した。ならば又この世界に戻って貰おう、という訳で時間を遡って転生して貰ったのだ」
よくよく聞いてみると無茶苦茶な話だ。賢者だか何だか知らんが、何も分からない俺にいきなりアレコレ押し付けられても迷惑なだけだ。俺は理解が追い着かないながらも
「でも俺、ヒイデさんとやらの事は何も知りませんよ。魔法とか言ってもどうすれば…」
「転生だし、多少の物事のズレは仕方ない」魔族オジサンは俺の戸惑いに対し意に介する様子もなく「元のヒイデに完全に戻らないのは承知済みだ。期待しているのは彼の持っていた能力だ」
魔族オジサンがここまで語った時、部屋の入り口の方から女性の事が聞こえた。
「ヒイデ!本当に戻って来たのですね!」
見ると背の高い体型の美しく整った長髪のご婦人が、厳かな雰囲気を漂わせながらこちらに近付いて来た。一目見てプァムさんの母親と判断出来た。顔立ちがそっくりだ。
「そうだ、ミラーソ。プァムの今回の武者修行の従者として召喚した」
魔族オジサンが誇らしげな表情をした。ミラーソさんは慈愛に満ちた眼差しで暫し俺を見つめていたが、気付いたかの様に
「ロジーユ…、いえ、ヒイデの前では魔族王様、でしたね。一応彼の能力が健在か確認して見てる必要があるのでは?大丈夫とは思いますが、転生の影響が無いとは言えません」
「フム」魔族オジサン改めロジーユさんは少し考えた後「まさかとは思うが取り敢えず見ておくか…。ヒイデ、魔法光を発して見てくれ」
といきなり俺に意味不明な事を言った。マホウコウ…?
「その記憶は残っていなかったのか?」ロジーユさんは驚いた様な少し怪訝な顔をして「両手を合わせ太陽を思い浮かべるのだ。光を放てれば魔力の健在が証明される」
いきなりそんな事言われても…。でも今は指示に従うしかない。俺は合掌する様に両手を合わせると、頭の中に太陽を想像した。こんなんで光が出せるの?
出せなかった。周囲の三人が驚愕の表情を浮かべる。
「どうした?」ロジーユさんが動揺した様な顔になって「もう一度やってみろ。もっと強く念じるのだ!」
訳の分からぬまま、俺は体中に力を込めて、必死にお天道様を思い浮かべた。うんとこしょどっこいしょ…、やっぱり力は出せません…。
「駄目な様ですね…」ミラーソさんが呟く様な声で「やはり転生の影響がありましたね。以前の魔力は失われていますね…」
この時のロジーユさんの顔が今でも忘れられない。驚嘆と絶望と落胆が見事にミックスされた、見ていて大丈夫か、と思ってしまう様な、虚ろな表情のまま口を半開きにして、無言で俺を見つめていた。反対にミラーソさんは冷静に事態に対処していた。
「ヒイデを従者にするのは、もう決定済みなのですか、プァム?」
「ハイ、お母様」
「変更は出来ない決まりになっていますから…。無能力のままで出発させたら恐らくこの世界では命が持たないでしょう。それならば、プァム」と娘に目を向け「アナタの力で彼に魔法を付与する事にしましょう。魔族王様の力ではヒイデの体への付加が強すぎますが、アナタのレベルなら彼の体力の負担は少ないでしょう」
母親の指示を聞いたプァムさんは、茫然自失状態で立ち尽くしたままのロジーユさんの横を抜け俺に近寄り
「目を閉じて下さい」
と俺に優しく言うと、自らも目を瞑り俺の額に掌を当てた。そして一転して凛々しい声になり、鋭く言葉を発した。
「オチョウサンウェイルズーメ!」
すると天井が明るく光り、それが消えると同時に大小三つの物体がボトボトと俺の前に落下した。プァムさんは申し訳無さそうに
「スミマセン…。今の私にはこれが精一杯です…」
と床に転がった三つの物体を拾い上げ、俺に手渡した。
掌に収まる円形の開閉式の手鏡。
指揮棒サイズの派手なステッキ。
床箒。
訳の分からぬまま、この三つを手にした俺にプァムさんが解説を入れてくれた。
「この手鏡を使うと、色々なものに姿を変える事が出来ます。ただしその為には呪文を唱える必要があります。セウショイワヘイ。これを二回繰り返して下さい。そして」と次にステッキを指して「これは万能魔法用のステッキです。願った事は大抵叶える事が出来ます。これも使う時は呪文を唱えて下さい。ヒアキラズカナリ。これも二回繰り返しです。」そして最後に床箒を指し「これにまたがると空を飛べます。呼び出す時は指を全部曲げてその手を数回前に突き出して下さい。そうしたら、貴方の元に飛んで来ます。あの…」ここまで説明すると再び済まなそうな顔をして「どれも古いタイプの魔法用具ばかりなのですが、全く役に立たない事はない…と思います…ので…」
説明が終わると三つの魔法用具は光りの粉に変化し、手鏡とステッキは俺の懐の中に入り込み、箒は空中に消えて行った。
「早く使いこなせる様に努力して、プァムと力を合わせて困難を乗り切って下さい」俺にそう言うと、ミラーソさんは漸くショックが緩和した様子のロジーユさんに「魔族王様、嘆いていても仕方ありませんよ。二人を信じて送り出してあげましょう。必ず立派に成長して帰って来ますよ。だから、今は優しく見守りましょう」
と諭す様に言葉を掛けた。ロジーユさんも覚悟決めた様だった。深く溜め息をつくとプァムさんに近寄り
「くれぐれも無理だけはするな」と彼女の両肩に手を添え「自分の命を一番大切にしろ。出来る範囲で頑張ればいい。辛くなったらいつでも帰って来い」
それだけ言うと俺に
「プァムの事は任せた。其方も無理だけはしない様にな」
と言って背を向け、ゆっくりと部屋から出て行った。
その晩、細やかな壮行会が開かれ、暫しの別れとなるミラーソ、プァム母娘は水入らずの会話に花を咲かせ無事を誓い合った。ロジーユさんは姿を見せなかったが、翌朝目を覚ますと枕元に激励と俺達の身の安全を祈る文章の綴られた手紙が置かれてあった。ルールに則り、母親のみが見送る中、俺とプァムさんは小高い丘にそびえ立つ大掛かりな造りの魔族城を後にした。
「何か…、疾風怒涛って感じだな…」
どこまでも舗装されていないこの世界の道を歩きながら、俺は現状に至るまでの事の流れを、まるで夢であるかの様に思い返していた。
留衣ちゃんを助けて川に流され、この世界に以前いた賢者とやらの体に転生され、魔族の娘の魔法武者修行の従者を任され、魔力が使えないと一方的に失望され、使い勝手の悪そうな魔法を授けられ、魔族の娘と旅を始める成り行きと相成った…。
未だ腑に落ちない思いを抱いたまま、俺は前を行くプァムさんの後ろ姿を眺めつつ、歩みを進めた。
そしてこれから俺の身に更なる疾風怒涛の出来事が、まるで前世の台風の如く襲い掛かって来る事を、この時は全く予想していなかった。
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