第1話 心の交差点



「朝のミーティングをします。おはようございます。」


 白を基調とした床と壁、手狭に感じるその部屋は心臓の波形を看視するモニターがあり、夜勤者の使うパソコンが乗った台車や申し送りのする机、点滴台が所狭し、と置いてあり狭く感じる。


 その中、休み明けで出勤した高橋健一は休日と今朝の夜間帯の情報を必死に収集していた。ずっと座って情報収集してると眠くなるが、師長の声で目がすっきりする。


「本日朝食後、トイレ誘導時に105号室の——さんが車いすから転落をしま—————120号室の——さんですが—————」


 椅子から立ち上がり、夜勤者から全体の送りを聞き、師長は気怠そうに朝のミーティングをする。

 ここは看護師たちが記録や薬剤を詰めたりする詰所と呼ばれるところ、ナースステーションと呼ばれる場所である。


 そう、健一は病院で勤務する男性看護師である。


 健一の所属する病棟ではスタッフと担当する患者を2チームにわけており、健一のチームだと今日は旗日でもあるため二人だけでの日勤であった。


「健一さんお疲れ様です、転んだみたいですね」


「みたいだね、人も少ないから大変だっただろうな」


 健一に話しかけてくれたのは同じチームスタッフの鈴木さんだ。ショートヘアがすごく楽でいいとこの前話していた、健一にとって頼れる後輩だ。


「私、トイレ誘導のほう行ってきますね。そのあと清拭に合流します。」


「うん、送り聞いたら俺も合流するよ。」


 乱れた髪と赤くなった目で電子カルテとにらめっこしているお疲れ夜勤ナース坪井さんから送りを聞くため、気を引き締めるのであった。






   ♱ ♱ ♱






 少しだけ残業をして仕事が終了した。鈴木さんも記録が終わったみたいだし帰ってみるか。


「鈴木さん帰れそうかな」


「あ、大丈夫です。必要度も入れてあるし、一緒に帰りましょ。」


 電カルと机をアルコールシートで拭き、手を洗う。夜勤者と遅番の人がトイレ誘導と食事と配薬準備をしている。その横を健一と鈴木は解放される喜びに満ちて更衣室へと向かう。足取りはもちろん軽めだ。


「いやあ、何事も起きなくてよかったです。」


「だなあ、よかったよかった。」


 健一の横で一緒に歩く鈴木は花が咲くような笑顔であった。二人はエレベータ前で止まり自分たちの階に来るのを待っている。鈴木はおもむろにスマホを取り出し深呼吸してから健一へ話しかける。

「あ、あの健一さん」


「ん、なに。やり残したこととかあったの。」


「いえ、その。パイン交換しませんか」


鈴木はSNSのパインのQRコードを出して健一に見せる。健一はほんの少し驚いたが、微笑みながら話した。


「交換、いいよ。今出すね。」


「あ、ありがとうございます。やった!」


   ╲╲ パァェァイィン ╱╱


「追加しました、よろしk……」


 出てきたプロフ画をみて鈴木は固まる。瞬きを忘れるぐらい凝視する。彼女の脳細胞はフル回転し、導き出された答えを口から垂れ流す。


「も、もしかして横の人って…彼女さん…ですか」


 そこにはネズミーランドの遊園地でツーショットを撮る男女の画像だった。左は健一、もう片方は…。


「ああ、うん。そうだよ。結構前に行った時の写真かな。」


 世界は残酷である。残酷な言葉が悪魔の口から吐き出されたが、そう話す本人はなんだか寂しそうな顔をしていた。鈴木はそんな顔をする健一に探るように話しかける。


「…その、付き合って長いんですか」


「看護学生の頃からだから7~8年は経つのかな」


「結構長いんですね。い、いいなぁ…」


「でも正直、あまり好きじゃないんだ。むしろ…」


  ╲╲ チーン 3階デス  ╱╱


 健一が話していた途中で目的の3階に到着する。更衣室は3階にあるが男女で別の所にあり、離れている。


「あ、着いたし、それじゃまたね鈴木さん。今日もありがと、連絡するよ。」


「あ、はい。お疲れ様です、ありがとうございました。」


 鈴木は男子更衣室に向かう健一の背中を少し見た後、自分も女子更衣室へ向かう。今日はバッティングセンターへ向かうしかない。成功と失敗があったが、まだ挽回できるはずだ。相手は数少ない男性の看護師、こちらから行かねば食いついてこない。


「…あまり好きじゃない、むしろ…か。」


 丸まった背中は少しずつまっすぐになり、暗かった目は燃え上がる。

 早くなった足取りと共に、転んだ心も再び歩き出す。


「いける、私のほうが可愛い。がんばれ桃子!」


 鈴木桃子、恋に燃える24歳、確実に一歩一歩と進み続けている。

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