静寂の中で響く愛

平岡夏子

第一章: 失われた音

第0話 静かな記憶



 駅のホームで佇む。熱くなった地面と日の光で頭がクラクラとする。


 むせ返るほどの暑さで汗が滝のように流れてくるため、汗で補聴器が壊れてしまわないか心配になってしまう。

 ハンカチで汗をぬぐいつつ、健一は実家に帰るため駅のホームで立っていた。


「あついな…」


 口から出てくる言葉とともに独りの寂しさと気恥ずかしさをごまかしているのは健一にしかわからないだろう。


 こぼれた言葉を置いていくように近くの椅子に座る。熱くなった背もたれを布越しに感じていると左肩を軽く叩かれた。


 左へ顔を向けるとTシャツにジーンズとラフな格好をした女性が立っている。片手でペットボトル2本を抱え、もう片方の手でメモを見せてくる。


『どっち』


「ありがとう、彩香」


 少し空腹感もあったせいか甘いのを飲みたくなった健一はオレンジジュースのほうを指さす。

 彩香は健一にオレンジジュースを渡した後、くたびれたメモ帳に文字を走らせる。


『どういたしまして』


 殴り書きではあるが線は細く丸みをおびた字で分かりやすい、健一にとって読みやすい彩香の字は好きだ。


 彩香はキャリーケースを引きながら健一の隣の椅子に座る。髪の隙間から白い耳掛け型補聴器とピンクのイヤーモールドが見える。

彩香の来ている薄手の服と色合いがあっていて健一は見ていて気持ちよかった。


 ベンチに座る二人は照り返す暑気に耐えながら、次の電車を待っている。駅の喧騒は二人には届かないが、それが日常になりつつあった。


 横にいる彩香はスマホの漫画を読んでいる。その姿を見ながら健一は彩香と出会ったころを思い出していた。





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