【5月】老犬と海
【5月】老犬と海 第1話
(始業の予鈴チャイムの音)
(ゴミ袋を草地に置く音)
「お疲れ様。だいぶきれいになったよ」
あなたはタマキに誘われ、学校の周りを清掃するボランティア活動に参加していた。高台にある学校の傾斜からは市街とその先にある海までもが見渡せる。
「ありがとう。手伝ってくれて……」
(氷の触れ合う音)
タマキがクーラーボックスから冷えたスポーツドリンクを手渡してくれる。
「風が気持ちいいね……風薫るってこういう感じ……なのかな……?」
ふわりと若草の香りが舞う。
「あれ? これ……首輪……?……」
タマキが草地の中から古びた首輪を取り上げた。サイズからして犬用だろうか。
「わふん……」
タマキが犬のくしゃみのような声を上げる。
ざわっと大きく風が吹く。
タマキの頭には犬耳が、お尻にはくるんと巻いた尻尾が生えていた。
「犬の霊がついてたみたい……」
霊媒体質の生徒会長はくるりとあなたのまわりをまわってささやいた。
「……また、あなたの出番……かな……?」
始業のチャイムが鳴った。
◆
(終業のチャイムの音)
(ざわめき)
(ノックの音×3)
「わふん……どうぞ……」
(引き戸を開く音)
「やあ、きてくれてありがとう……ふぁ……」
生徒会長
「この子に憑かれてから、ずっと眠くって……ふぁあ……」
タマキの頭からは犬耳が生えたままだ。
「あ……これ……大丈夫……あなた以外には見えてない……はず……」
首には拾った首輪も巻かれている。
「……これ……は……チョーカーって……ことにしたの……」
この方が、この子が落ち着くから。タマキは続ける。ここに来る途中ですれ違った風紀委員長の機嫌が悪かったのはこれが原因かもしれない。
あなたが来るのを見越してお湯を沸かしていたのか、ポットのお湯がポコポコと音を立てた。
「お茶……淹れるね……ふぁ……」
タマキは大きく頭を振りながら立ち上がる。お湯を扱わせるには危なっかしい。
「え……淹れてくれる? ……じゃあ、お言葉に甘えるね……」
生徒会室にお邪魔になるたび、タマキがお茶を入れるのを見ている。あなたはタマキに教えてもらいながら、お茶とお茶請けを二組、ローテーブルに並べ、ソファに座る。
「今日の……お茶請けは……柏餅……だね……」
タマキは熱いお茶をすすると、柏の葉を剥いてむにゃりと餅にかぶりつく。
「柏は新芽が出るまで古い葉が落葉しないから……子孫繁栄の縁起物とされている……とか……」
タマキはむにゃむにゃと柏餅を食べ終わると、ずずとお茶を啜る。
「……で、私に憑いているこの子のお願いを一緒に叶えてほしいのだけれど……」
タマキは言いよどむ。
「……この子、おじいちゃんだからなのか……よく思い出せないの……眠いのも、そのせいだと思う……」
「とりあえず、撫でてもらえるかな……何かのきっかけで思い出せるかもしれない……」
タマキはあなたの隣に座りなおした。背中をゆっくりと撫でていく。
「……っ……ぅん……」
タマキはあなたの肩に頭を乗せるとすぐに心地よい寝息を立て始める。
(コチコチと秒針の動く音)
(背中を撫でる衣擦れの音とタマキの寝息だけがしばらく響く)
「んっ……」
肩からタマキの頭がずり落ちかけて、あなたは慌ててそれを支えた。ローテーブルに脚がぶつかり、食器がぶつかり合うかすかな音が生徒会室に響く。
「……っ……ごめんなさい……」
少し気まずそうにあなたから距離を置くタマキ。
「撫でてもらうこと……は……近そう……」
「でも、何か足りない……」
「やっぱり、この子の本来の飼い主を探すしかない……かな……」
「副会長さんに、飼い主さん探してもらっているけど、首輪だけだと情報が少なすぎて……ね……」
タマキの良き理解者だという副会長の姿をあなたはまだ見たことがない。そもそも生徒会室にタマキ以外がいるのを見たことがないのだが。
「とりあえず、やるだけのことはやってみましょう?」
タマキは席を立つと生徒会室のカギをとった。出かける気配にあなたは柏餅をお茶で流し込む。
タマキはカバンから真っ赤なリードを取り出すと自分の首輪にとりつけた。
「私を散歩に連れて行ってもらえる……かな?」
リードの端をあなたに渡すとタマキはくるんと尻尾を振った。
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