【4月】ワガハイは猫である 第4話

「……額……そこがいいの……?」


 ワガハイにしていたように指先でタマキの整った眉毛の間、猫のひたいのような眉間を優しくなぞる。目を細めるタマキ。


「……きもちいい……みたい……」


 すりすりすり。眉根を撫でているとタマキはしなだれかかってきた。肩でタマキの肩を支える。タマキの頭が近い。


「……あなたの撫で方は優しいね……ワガハイちゃんも喜んでる……」


 それでもずり落ちてきたタマキの小さな頭をあなたは胸で支える。タマキの吐息が首筋から上がってきてくすぐったい。


「ふぅ……ん……耳の後ろ……好き……」


 ちょうど目の前にワガハイのネコミミ。血縁に長毛種が混ざっているのかふわふわの鼠色した耳は三角に切り込まれている。


「そこ……優しく掻くように……そう……そう……」


 タマキの髪とワガハイのネコミミの境界は曖昧だ。耳の裏を掻くように撫でてやるとタマキはすんすんと鼻を鳴らした。


「にゃあー……」


 タマキが甘えたような声をあげる。潤んだ目。


「喉、喉も撫でて……ほしい……みたい……」


 ソファの上でころんとひっくり返るタマキ。首筋の汗から立ち昇る石鹸の匂いが鼻腔をくすぐる。あなたは迷わずにその喉に手を伸ばした。


 すりすり


 ワガハイの顎は長い毛で覆われていてもふもふだったが、タマキの喉は瑞々しく艶やかだ。


「指の背中の段々が気もちいい……」


 だが、いつも通り、指の背でその喉を転がしているとワガハイの喉を撫でているような気持ちになる。


「背中……? 背中も……だって……」


 タマキはブレザーを脱いでソファにかける。うっすらと汗をかいたブラウスから立ち昇る香りが一段と濃くなる。


 ネコミミの生えた生徒会長はあなたの胸に額を押し付けて、背中をどうぞと差し出してくる。


 あなたの指とタマキのブラウスが擦れてスルスルと音をたてる。


「あなたの指で、私の背中、ギロみたいに鳴らされてしまっている……」


 ふぅふぅと心地よさそうに吐息を吐き出すタマキ。あなたの胸を掴む指はしっかりと握りしめられておろしたてのシャツに皺を作っている。


「大丈夫……ワガハイちゃんも気持ちいいって……」


 その表情が辛いように見えてあなたは声をかける。だが、帰ってきたのは満足げな表情だった。


「あ……ふぁう……尻尾……立っちゃった……」


 するすると背中を撫でているとタマキの口は半開きになっていった。流れ出したよだれがあなたの胸にシミを作っている。


「……にゃふ……」


 手を止めたあなたをタマキが見上げる。その眼にはまだ満たされない欲望の色が見える。それがタマキのものかワガハイのものかはあなたには判断がつかない。だが、いつもワガハイにするようにあなたはタマキのお尻の側にまわっていた。


「……なに……?……はじめる……の……?」


 短い鼠色の尻尾を振りながら、くるりと座り直すタマキ。声色には困惑が二割、期待が八割。


「こっちに……手をつけば……いい?」


 タマキはソファに手をつくとヨガの猫のポーズのように背を逸らせてお尻をあげる。あなたはそのまるいお尻に手を伸ばすと、


 トンっ


 期待に震える短い尻尾の付け根を軽くタップした。指の関節の硬いところを使った強すぎず弱すぎない打擲。


「あ……ひんっ……」


 期待していた衝撃にタマキは背筋を振るわせた。ソファに顔を突っ伏すとはぁはぁと荒い吐息を漏らす。


「ワガハイちゃん、いいって……」


 トントンと骨盤を揺らす。


 最初は警戒して近づいても来なかったワガハイ。


「……嬉しいって……」


 トントントン


 油断して引っ掻かれた日もあったっけ。


「あなたに遊んでもらって楽しかったって……」


 トントントントン


 脛をこする短い尻尾の感触を憶えている。


「またね……だって……」


 トントントントン


 拳に感じたふわふわの猫耳の感触を憶えている。


「あ……はぁー……ん」


 タマキが大きく息をつく。タマキの身体から、ふわふわの耳が、短い尻尾が光の粒子になって舞い上がっていく。それはまるで桜吹雪のようで、あなたは手を止めてそれを見上げた。


 光の粒は生徒会室の中を二、三回宙返りするように踊る。ほとんどの光の粒は窓をすり抜けて空へと上がっていった。


「……ワガハイちゃん……いったみたい……」


 荒い息を整えながら、タマキがあなたの膝を枕がわりにしながらあなたを見上げた。


 部屋には飛び出していった光の残滓が粉雪のように舞っていた。そのうちの一つがあなたの鼻先で弾けて消える。


 ワガハイのふわふわの耳も、膝を叩く尻尾の感触も今はあなたの中にある。でも、いつかはそれも忘れてしまう……。


「忘れたとしても、生きているものは何かしらを繋いでいける。私は、そう考えてるよ……お疲れ様……」


 涙を堪えて訴えるあなたの頭を撫でながら、タマキは幼子に言い聞かせるように言う。


 いつの間にか風は凪いで、生徒会室は夕焼けの色に包まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る