4 憑鬼使い
言葉の意味がまったくわからずに、顔にはてなマークをでかでかと浮かべるわたし。
美人さんはそんなわたしの顔をまじまじと見つめると、ふむ? と首をかしげた。
「あれ、おかしいな。きみ、ほんとにまったく何も知らないかんじ?」
そう言うと、わたしの首のあたりで手をひらひらとさせる。
「ってことは、それ、自分でやってるわけじゃないのか。嘘をついてるようでもないしね。じゃ、まずは話を聞いてみようか。
美人さんは言うなり、私を抱え上げて空を飛んだ。
「ふぎゃっ」
うっっそでしょ……!
さっきまでわたしが総合ビルが眼下に見える。
「だいじょうぶだよ心配しなくて。君の体はあの場に残してあって、ぼくが運んでるのは魂だけだから。そのほうがはやいからね」
いや、それってどういうこと? ぜんぜん安心できませんけど?
「君さあ、いまかなり状態がヤバイんだよね。はやいとこ社に入れれば、ちょっと進行が遅くなるかもしれないから。だからとりあえず、魂だけでも運んじゃおうかと思って」
駅から北の方角にしばらくいったところに、市ではいちばん大きな神社がある。美人さんは空を飛んで社の屋根におりたった。
ひーーっ、高い!
美人さんは平気な様子で屋根の上を歩いて、屋根のぎりぎりはしっこまでいった。
そこから身を乗り出したまま、人差し指と中指の二本を立てた手で、空中をさっと星形に切る。
さっきの、ラギって呼ばれてた男の子がやってた動作とそっくりだ。
美人さんは指で輪を作って、そこから遠くをのぞくようにした。人差し指と小指は立てて、親指と中指と薬指をくっつけた、「キツネの手」ってやつだ。
「あの、あの男の子は置いてきちゃってよかったんですか」
「ああ、ラギのこと? うん、心配しなくていいよ。ラギもそろそろ来るからね」
「あの、ラギって、あの男の子のことですか?」
「そうそう、さっき図書館で会ったでしょ? あいつは修業が足りないからね、まだ
輪の先をのぞいたまま、美人さんはきしし、と顔に似つかわしくないイタズラっぽい笑い方をした。
あの指っていったいなんだろう。あれで、何か遠くが見えてるのかな?
「あの、あなたたちはいったい何者なんですか……?」
うん? といって美人さんはこちらをふりかえった。
「ぼくらは、憑鬼使いだよ。」
「じゃ、ラギが来るから社務所で話をきこっか。おいで」
美人さんはそういうと、またわたしを軽々とかかえて屋根から飛び降りた。今度はわたしも、舌を噛まないようにおとなしくしていた。
社務所にやってきた彼は、背中にかついでいたわたしの体を畳のうえに投げ出す。
もうちょっと丁寧に扱ってくれないかな!
「さて、君が相談をしたいんだったね。ぼくは
「だから、なんでいつもわざわざ短くして呼ぶんだよお前は」
かみつきそうな顔でラギくんは美人さん、もとい梓さんに言う。
「梓さんに、ラギくんですね。わたしは、宮ノ内小桃っていいます」
「おれのことをラギと呼ぶな」
いきなりギンッとにらまれた。
はあい。狐代くんね。
「えっと、あなたたちが、お祓いとかをしてくれる人たちなんですか……?」
わたしはまじまじと、二人の様子を見つめた。
わたしは自分が不運なことと、クラスメートから、それは何かに憑かれているせいなのだと言われたことを話した。
「
ヒトカちゃんどうしてるかな? 心配だけど、連絡をとることができない。さっきの騒動に、まきこまれてないといいんだけど。
梓さんは神主さんみたいなかっこうだからまだそれっぽいけど、狐代くんはごく普通の制服姿で、少なくとも見た目は、何も特別な様子はない。
わたしには、その外見の普通っぷりがちょっと意外だった。
彼の外見でいわゆる「それらしく」見えるところといったら、首に巻かれている太い黒革のチョーカーと、今まで生きてきて笑ったことなんか一回もないですよ、的な仏頂面くらいなものだった。
しかしその仏頂面を差し引いても、狐代くんは目を惹く顔立ちをしていた。涼しげな目元、すっと通った鼻筋。
「うん、どうかした?」
じっと二人を見つめていたら、梓さんが聞いてきた。
「いや、おふたりともなんか普通なんだなあって。白装束とか黒い羽織とか五芒星が刻まれた手甲だとかを勝手に想像してて」
ぶは、と梓さんが噴き出した。
「やだなあ、そんなの普段から着てるわけないでしょ。儀式のときだけだよ」
儀式のときは着てるんだ!
「で、とりあえず、そのお友達の言うとおり、君は憑いているモノがいるよ。
そうして、梓さんは私に憑鬼のことを教えてくれた。
――この世には、
憑鬼は一種の精霊のようなもので、その名の通り人間に取り憑いて生きている。
といっても普通は、それで何か人の体などに影響が出たりするようなことはない。彼らは、ごくわずかな人間のエネルギー(
その憑鬼の中でも特に力のあるものと契約をし、己の為に使役するのが〈憑鬼使い〉である。
憑鬼使いは自分の体を寄り代にして憑鬼に取り憑かせる。そして自分の体から精気を与える代償として、憑鬼使いは憑鬼が持っている様々な能力を使えるようになるのだそうだ。
狐代くんはまだ若いけれど、代々伝わるその憑鬼使いの家系の中でも
梓さんが語ったのは、だいたいこんな話だった。
黙って聞いていた狐代くんは、そこでわたしに向かって声をあげた。
「お前、ほんとに憑鬼使いじゃないのか?」
「いや、そんな言葉はじめて聞きましたケド」
「俺は、てっきりお前も憑鬼使いなんだと思ったんだ。それも、自分に取り憑かせてる憑鬼を酷使してる憑鬼使いだって。あんなに、――もう、死ぬ寸前になるくらいにまで」
狐代くんはわたしの首のあたりに視線をやりながら言った。確かにわたしは、さっき狐代くんに言われた言葉が気になっていた。
“ツキをこんな風に使う人間”
あの時のわたしには、その意味が分からなかったけれど、もしかしたら“ツキ”とは、憑鬼という生き物のことだったのではないだろうか。
っていうか、憑鬼使いってなに?
そんなものになった記憶は、まったくありませんけど?
しかも、狐代くんが言った“憑鬼をこんな風に使う”、いったいどういう意味なんだろう。
それは、わたしに憑いている憑鬼が瀕死だということと、何か関係があるの?
頭の中がパンクしそう。
「普通、憑鬼は契約を結んだ相手以外の人間に、長く取り憑いていることはないんだ。一瞬だけ人に取り憑いてその精気を得て、代わりにちょっとした幸運をもたらしてくれたりする」
狐代くんの説明に、梓さんが言葉を続ける。
「よく、ラッキーなことがあったときに、“今日はツいてる”とか言ったりするでしょ? あれはね、その時その人にはホントに憑鬼が憑いてるんだよ。憑鬼が人に取り憑いて精気をもらったとき、ちょっとした幸運が起きるんだ」
「ええと、でも、わたしに憑鬼が憑いてるんだったら、むしろわたしにだってそういうラッキーな出来事が起きててもいいんじゃないんですか?」
ラッキーとはほど遠い自分の生活を振り返り、わたしは疑問を口にした。
憑鬼使いは話が別だ、狐代くんが答える。
「幸運を得る代わりに、俺たち憑鬼使いは憑鬼から力をもらってる。自分の精気を与えてな」
「ラギはまだまだだけど、修行さえ積めば、人の心を読んだりとか、過去の出来事を視たりすることだって出来るようになるんだよ」
梓さんがニコニコという。
でも、と梓さんは言葉を続ける。
「今の小桃ちゃんみたいに、本人に記憶がないのに憑鬼と契約しちゃってるケースは
え、それって最悪では?
わたしがハンバーグを失うよりよっぽどひどい。
わたしは思わず自分のお腹を押さえた。
そんなひどいこと、わたしがやってるだなんて思いたくないんだけど!
「ま、とりあえず実際に憑鬼を見てもらうのがいちばんじゃない? ラギ、ちょっと
梓さんがそう言うと、狐代くんはあからさまにしぶしぶといった様子で、人差し指と中指を突き出した右手で、何やら印を描いた。
「出でよ、
狐代くんの言葉に応えるように、空中に光が二つ、ふわりと浮かび上がる。
そしてわたしは「
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