3 憑いてる彼とツいてない出会い
わたしは翌日、ヒトカちゃんと約束をした、二駅離れた町にある総合施設に来ていた。
このビルの中には、地域の物産ショップに図書館、貸会議室、児童館などが入っている。わたしはここの入り口にあるカフェで、ヒトカちゃんと待ち合わせしていた。
ちなみに、朝はずいぶん早くに家を出てきたんだけど、飼い主さんをふりきって逃げてきたチワワにおいかけまわされたり、おばあちゃんが目の前で落とした荷物を拾い集めたりしていたので、着くまでにけっこう時間がかかってしまった。
「こんなこともあろうかと、早いうちに家を出てきてよかったよ……」
すでに不運に慣れっこになってしまっている自分がかなしい。
しかし、ラッキーなことに今日はそこまで立て続けに不運な出来事はおきなかったので(うーん、それってラッキーなのかな??)、ヒトカちゃんとの待ち合わせ時間までには、まだしばらく余裕があるのだった。
おねえちゃんと約束をしてしまった手前、やっぱりひとりで会うのは気が引ける。
でも、紹介をお断りしようとヒトカちゃんに連絡をしようとして、わたしはそのときはじめて、ヒトカちゃんの連絡先を知らないことに気がついたのだった。
(おっかしいなあ。なんでわたし、ヒトカちゃんの連絡先知らなかったんだろ。仲良くなったらだいたい、電話番号とか、アカウントのアドレスとか聞いてるはずなのに……)
しかたがないので、わたしはとりあえず待ち合わせ場所までは行くことにしたのだ。
そこでヒトカちゃんに直接お断りの話をしよう。
もし、相手が怪しい人だったとしても、この建物の中なら人も多いし、そうそう変なことも起きないだろうしね。
まあとりあえず、待ち合わせの時間までは、図書館にでも行って時間をつぶしていようかな。
わたしはエントランスから奥へと入っていった。
そして、図書館の学習室の中にいた男の子になんとなく目がとまった。
その子は机について、何やらノートに書き込みをしていた。ととのった顔立ちの子で、このあたりでは見たことのない制服を着ている。
それにしてもなんなんだ、あの眼光の鋭さは!
男の子がふっと顔をあげたので、思わずわたしは学習室のドアの陰にひそんだ。
まるで研ぎ澄まされた刃物のようだ。
なんか近寄りがたいんだようこわいじゃん。でもなんでだろう、なぜか彼のことが気になる。
私はドアにもたれたままちらちらと、彼の様子を盗み見ていた。
その時。
彼の周りの空気がゆらりと揺れて、その髪が銀色に光ったような気がした。そして何だろう、あれは、彼の背後に時折見える、あの、ちいさな動物みたいな影は――?
思わずわたしが目をこらしたその瞬間、少年が勢いよく顔をあげてこちらを見た。鋭い視線がわたしを射抜く。そこに込められた強い感情に、はっとして思わず身を引いたその瞬間、がたんと音を立てて学習室のドアが外れた。
ドアにもたれかかっていたわたしはそのまま、態勢をくずして床に倒れこんだ。
――ああ、まただ――!!
ちょっと寄りかかったくらいでこんなに簡単にドアが外れるなんてこと、普通はないはずだ。これもやはり、いつもの不運に違いない。
幸いドアのまわりには誰もいなかったので、あたふたと体を起こしたのはわたし一人だった。
「何を、やってるんだ」
そこへ、頭上から声がかけられた。穏やかだけど、冷たい声。
黒いスニーカーを履いた足が、すっとわたしの目の前まで来て止まる。
口調は柔らかだったけれど、声にこめられているのは、さっきの視線と同じ感情だ。
――怒り。
恐る恐る顔を上げたわたしの目に飛び込んできたのは、厳しい顔つきでこちらを見下ろす顔だった。
わたしに一声、声をかけた後、男の子は黙ってわたしを見ている。
ううん、その視線は、にらんでいるといった方が正しい。
彼は何か、わたしに対して怒っている。どうして。一体何に。だって明らかに、わたしと彼とは初対面だというのに。
「あ、あの、ご、ごめんね。わざとしたわけじゃないんだよ」
あわてているせいか、なかなか言葉が出てこない。
ドアを倒しちゃったのは確かに迷惑だったけど! これって、職員さんに頼んだら直してもらえるのかな。
わたしはようやく立ちあがると、男の子と向き合った。
わたしはクラスの中ではまあまあ背が高いほうだけど、彼の目を見て話そうとすると、かなり上を向かないとならない。
鋭い目つきに一瞬腰が引けそうになる。
「おまえ、自分がどんなことをしているのか、わかってるのか?!」
しかしわたしの言葉をさえぎって、彼はいきなり、わたしのむなぐらをつかみあげた。
怒りに燃える両眼がわたしを射抜く。その声のあまりの厳しさに、わたしの体の動きがいっしゅん止まった。
「ラギ!」
その時、背後から少年に向かって呼びかける声がした。
(ラギ?)
その名前を聞いたときに、ふいに体がぴくん、と反応した。
ラギ、なんて名前、知らないけど……。
いや、わたし、ほんとに知らないのかな? なんとなく、昔どこかで、その名前に記憶があるような……。
そこへ、もうすこし年長の男の人がひとり駆けよってきた。なんと珍しいことに、神社の神主さんのような恰好をしている。
「ちょっとちょっと、図書館のなかで騒いでると思ったら、いったい何してるのさ。しかも女の子にこんなことして!」
男の人はやってくると、ラギと呼ばれた男の子の手を放して、そっとわたしの体を遠ざけてくれた。
「こいつが、俺らを呼び出したやつだ。それに、ツキをこんな風に使う人間に、被害者ぶる資格なんかねえよ」
ツキを使う?
こんな風に?
いったいどういう意味なんだろう。
だがわかったのは、彼はわたしがドアを倒したことを怒っているわけではないということだけだった。
あとから来た男の人は、まじまじとわたしを見た。
うわ、すっごい美人さん!
でも、わたしはその時、あることに気がついた。
この人、体が透けている……?
それに、こんな格好をしたこんな美人がいたら、まわりの人が気にしそうなものなのに、通り過ぎていく人たちはだれも、この男の人のことを見ていない。
美人さんは、たおやかな体つきから想像できない力で、わたしをひょいっと肩にかつぎあげた。
「あっ、あのうぎゅっ」
美人さんに話しかけようとしたらまんまと舌を嚙んだ。うん、これは不運じゃないね、ただの自業自得だね。
「舌噛むよー」
「あい……」
のんびりと言われたけど、時すでに遅しだ。
「あ、もう嚙んじゃってた? ごめんねえ」
なんだかのんびりしたしゃべり方をする美人さんは、それでも足をとめてくれた。
美人さんが、ふいにいっきに冷たくなった声で言った。
「で、きみが、ぼくらをここに呼び出した相談者だね。いったい何が目的なのかな? 憑鬼主さん」
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