22話 解放

 レクスはランに覆い被さっていた男を蹴り飛ばすと、外に声をかけた。


「その男を捕らえろ」

「はっ」


 その声に数人の男達が部屋に入ってきて、男を引っ立てて連れて行った。


「……レクス、本当にレクス?」


 ランが震える声でそう問いかけると、レクスは上着を脱いでランにかぶせる。


「そうだ」

「……っ」


 レクスに抱き起こされ、ランはその胸に顔を埋めた。恋しくて堪らなかったレクスの腕の中でランは静かに涙を流した。


「……よく頑張った、ラン」

「信じてた。きっと来てくれるって」

「うん」


 レクスはランの縄を切ると、その顔を両手で包んで見つめた。

 ランの顔は何度も殴られて青黒く腫れている。


「……こんなになって」

「そうだ、ルゥは!?」

「無事だ」

「そっか……良かった……」


 ランはルゥが無事だと知ると、急にふっと緊張の糸が切れた。


「レクス……帰ろう」

「うん、そうだな」


 レクスは痛めつけられたランの体を抱きしめた。その体温と、恋い焦がれたレクスの香りに包まれると、ランの意識は遠のいていった。




「……ん」


 次にランが目を覚ましたのは王城の自室のベッドだった。


「ママ?」


 あたりを確認しようとすると、ルゥのまんまるな瞳がこちらを見ていた。


「ルゥ……」

「ママぁ……」


 しがみついてくる小さなかたまりに、ランは優しく手を伸ばす。


「ルゥもがんばったね。えらいね」


 そうして泣きじゃくるルゥをずっと撫でていると、レクスが部屋に入ってきた。


「ラン、目覚めたか」

「レクス……」


 ランが身を起こそうとして痛みに顔をしかめると、レクスはそっと首を振った。


「打撲がひどい。じっとして」

「うん……」


 布団をかけ直し、レクスは優しくランの髪を梳く。


「レクス、あれからどうなった? ルゥはどうやってレクスの元まで戻った?」


 ランが早口ぎみになりながらそう聞くと、レクスはロランドを呼んだ。


「ルゥ、ママとふたりでお話するからロランドと遊んでて」

「いいよ」

「ロランド、ルゥを頼む」

「かしこまりました」


 二人が部屋を出て行くと、レクスはドアを閉めてランのベッドの端に座った。


「犯人達は捕まった。彼らは反王政の過激派だ。そのうち裁判にかけられるだろう」


 レクスがぎゅっとランの手を握る。その手は緊張の為か少し汗をかいていた。


「そっか……ルゥは? 怪我とかしてない?」

「転んだみたいで膝をすりむいたみたいだ。あの廃屋は郊外にあって、早朝に散歩をしていた人がルゥを見つけてくれた」

「良かった……」


 あの最悪な場所からルゥを逃がしてやりたい一心で、ランは必死だった。けれどその後心配で心配で身を引きちぎられそうだった。


「ちゃんとママを助けてって言ったそうだ。かしこい子だな」

「うん。オレとレクスの子だもん……」


 ランはレクスの薄緑の瞳を見つめ返しながら、繋がれた手にもう片方の手を重ねた。

***


「良かった」

「ラン……ごめん」

「え?」

「お前を巻き込んでしまって……済まなかった」


 見るとレクスは震えていた。それは怒りなのか後悔なのか。やり場のない渦巻く感情にレクスは翻弄され、謝罪の言葉を繰り返す。


「やめて。レクスが助けに来てくれた時、本当に嬉しかったんだ……。悪いのはあいつらだ」


 主張があるなら暴力ではなく言葉で訴えるべきだ。この国には議会だってあるのだから。とランは思った。


「……ラン」

「きっとオレを必死に捜してくれてるって思ってた」


 ランはレクスの腰にぎゅっと抱きついた。ずっとこうしてくっついていたい。


「レクス、お願いがある」

「どうした?」

「オレを……抱いて」

「ラン……怪我してるんだぞ」

「そんなの……それよりずっと気持ち悪いんだ。あの男が触れたところが」


 そう口に出すと、ランはあの感触が生々しく蘇ってくるのを感じた。


「ラン……」

「こんなオレを嫌じゃなかったら抱いて欲しい」


 その途端に、ランはレクスに抱きしめられた。ぴったりと合わさった体から伝わってくる体温が心地よい。


「そんなつまらないことを考えるな」

「レクスっ……」

「ラン、俺はお前を愛している……お前がどこに居ようと、どうなろうと」

「うん……うん……そうだね……」

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