21話 監禁
その時だった。軋んだ音を立ててドアが開いた。
「目を覚ましたようだな」
「お前……どこの誰だ、こんな……」
それはまったく知らない男だった。短く刈り上げた金髪に酷薄そうな細い目、その頬には一筋傷が走っている。男はランを無視して言葉を続ける。
「王太子妃ランで間違いはないか?」
「……」
ランが答えずにいると、男はため息をついて腰の短剣を抜き、ランの喉元に突きつけた。
「ひっ……」
「王太子妃か?」
「そ、そうだよっ……」
ランがそう言うと、男はランから離れてランプに火をつけた。
「ふぅん……」
部屋が明るくなり、男の値踏みするような視線がランを捉える。
「……誰の差し金なんだ。アレン様か?」
そのまとわりつくような視線から目を逸らしながらランがそう聞くと、男はふっと鼻を鳴らして答えた。
「我々は身内で争うほど程度は低くない」
「そ、そうか」
ランは更に警戒心を募らせながら、同時にどこかほっとしていた。アレンはラン達になにか含むところはありそうだったが、こんなことをする人ではなかったということだ。
「あ、あの……オレ達をどうするつもりなんだ?」
「我々の交渉材料になってもらう」
「交渉……?」
男はきょとんとしたランの表情が気に入らなかったのか、乱暴にランの腕の縄を引っ張り、ランを起き上がらせた。
「ああ、そうだ。王太子の廃位を我々は求める」
我々、というからには男は組織の一員なのだろう。ランが黙っていると、首を掴まれ上を向かされた。
「特権階級を振りかざし、贅沢三昧の王家を崩壊させるのが我々の目的だ」
「反王政派……」
「そういうことだ」
男が急に手を放す。ランはそのまま地べたに這いつくばった。
「それまで大人しくしてるんだな」
男はそう言うと、部屋から出て行こうとする。ランはそんな男を大声で呼び止めた。
「待って! 待ってっ!」
「……なんだ」
「オレはいいからっ、ルゥの縄を解いてやってくれ。こんなに小さいのに可哀想だ」
まだひとりでトイレにもいけないルゥをこのままにしておく訳にはいかない。
ランは必死で男に頼んだ。
「……親心か。いいだろう」
男はルゥを縛っていた縄を解くと部屋を出て行った。
「ママっ……」
途端にルゥがしがみついてくる。きっと不安で怖いだろうに、泣きもしないルゥの姿が痛々しかった。
「大丈夫、きっとパパが来てくれるから……」
ランはそんなルゥに繰り返しそう語りかけるしかなかった。
***
「食事だ」
しばらくすると、またあの男がやってきた。コップに入ったお茶とサンドイッチを床に置くとそのまま退室しようとする。
「ちょっと、これじゃ食えない」
「……お上品なことだ」
男は至極面倒そうな顔をしてランの腕の縄を解いた。
「ルゥ、ちゃんと食べようね」
「……嫌」
「元気がなくなっちゃうよ」
ランはむずがるルゥになんとか言い聞かせながら食事をさせた。
「ん、よしいい子」
「ママ」
「何?」
「おしっこ」
みるとルゥはもじもじしている。ランは慌てて見張っていた男を振り返った。
「……あの」
「……そこの隅に」
男にそう言われてみると、おまるが置いてあった。
「ルゥ、そこでしな」
「うん」
ルゥのお漏らしの危機を脱すると、ランはやっかいなことに今度は自分もしたくなった。
「すみませんオレも……手の縄を外して」
男はランを引き摺って立たせると、上着の前とズボンを寛げはじめた。
「ちょ……っ」
そのまま下着の中に手を入れられて、ランはビクリと身を強ばらせた。
「ほら、しろ」
「……くそっ」
男から性器を引っ張り出され、摘ままれたままランは排尿するしかなかった。その屈辱でランの顔は歪む。
「……ようやくいい顔になってきた」
男はそんなランを見て、満足そうにしている。
こんな男のいいなりになるしかないなんて、とランは悔しくてたまらなかった。
「向こうの色よい返事を待つことだな」
男はそう捨て台詞を残して去っていった。
「……くっ、いつまでもここに居るわけにはいかない……」
見張りがいなくなり、ランはどうにかここから出られないか考えはじめた。ランだけならまだいい。ここにはルゥもいるのだ。
あの男達が無事に帰してくれるのか、確証もない。
「ママ、さむい」
「うん、ママにくっついて」
こんな風に後ろ手に縛られていては、ルゥを抱きしめてやることも出来ない。
ここは隙間風も酷くて、夜風が冷たく吹き込んでくる。
「……ん? 隙間風?」
ランはそのことに気が付いて身を起こした。どこかから風が入り込んでくるなら、その穴が空いているはずだ。
ランが五感を研ぎ澄ませて風の入り口を探ると、朽ちた木箱の後ろの壁が崩れているのを発見した。
「ここ……、ここから出られるか……?」
ランは漆喰の壁と中の木材をつま先で剥がそうとした。
すると存外に大きな音がして、ビクリとしてしまう。
「バレないように……少しずつ……」
ランは根気強くそこを足でひっかき続けた。
どれぐらい時間が経っただろうか、窓も塞いであってよくわからないが、明け方の鳥の鳴き声がする。
「これぐらい空けば……」
そこは先程よりも大きく空いていた。この大きさなら外に出られる。ただし……ルゥだけ。
「ルゥ」
ランは眠っていたルゥに声をかけた。
「なに、ママ」
「あのな、ここから外に出てパパにお迎えに来てくれるように頼んで欲しいんだ」
「ママは?」
「ママは行けない、ルゥひとりでいけるか?」
ルゥはじっとランの顔を見つめた。そして元気よく頷く。
「うん、できるよ」
「よし、いい子だ」
ランは身を引きちぎられそうな思いで、ルゥを穴から外に出した。
「ママ、まってて」
「うん! 頼りにしてるよ」
精一杯の笑顔をルゥに向けると、ルゥはしっかりした足取りで歩いていった。
「これで、ルゥだけでも助かる……」
ほっとした直後、すぐに不安が襲ってくる。ルゥが途中でまた奴らに捕まったら。もしくはどこかで事故にあったりしたら。
「ふっ……くっ……」
ルゥがいたことで張り詰めていた気持ちが揺るんで、ランは涙を流した。
「大丈夫、あの子はしっかりしてるから」
自分にそう言い聞かせ、ランは唇を噛みしめた。
***
それからどれくらいの時間が経っただろう。ルゥの居ない時間が途方もなく感じられ、ランが悶々としてじっとしていると、部屋の扉が開いた。
「食事だ」
またあの男が無表情で食事を運んできた。ランは無言のまま、部屋の隅で男が居なくなるのをじっと待つ。
「どうした?」
そんなランの様子を、男は不審に思ったのだろう。食事を机の上に置くと、ランをじっと見る。
「……ん? ガキはどうした」
「……」
やはりすぐに気付かれてしまったかとランは男から目を逸らした。
「逃がした」
「……なんだって!?」
ランが観念してそう答えると、男はツカツカとランの目の前まで近づくと、その胸ぐらを掴んだ。
「貴様……」
「あの子は王族になりたくてなった訳じゃない」
「黙れ!」
男は思いきり、ランの頬を殴りつけた。
「痛っ……」
ランは冷たくジメジメした地べたに体を打ち付ける。頬はジンジンと腫れて、口の中を切ったようだ。鉄臭い血が口の端から滲んでいくのを感じた。
「くそっ」
男はランにツバを吐くとバタバタと部屋から出ていった。ルゥを探しに出たのだろう。
「はは……やった」
しかし、ランはそれを喜んでいた。男が慌ててルゥを探しに行ったということは、いままで気付かれていなかったということだ。
「ルゥはまだ無事だ。あいつらに見つかってない」
自分はどうなってもいい。ルゥさえ助かってくれれば。ランはルゥが誰かに保護されてレクスの元に戻ってくれることを祈った。
「余計なことをしてくれた」
しばらくすると、男が怒りに目をギラギラとさせながらランが監禁されている部屋に戻ってきた。
「どこに行ったか答えろ」
「さぁ……オレにもわからない。ただあんたたちに捕まってるよりはマシだろうな」
「このヤロウ!」
ランは頭に血の上った男が手を振り上げた。途端にガンッと衝撃がランの頭部を襲う。男は何度もランを殴りつけ、それでも気が済まずに転がったランの腹を蹴り上げた。
「ぐふっ……」
「はぁ、はぁ……生意気に邪魔をしやがって」
ランの目元にはあざが出来、擦り傷が無数についた。痛みで頭がぼんやりする。
「……ちっ」
地面に転がり、浅く息を吐くランを、冷たい男の目が見下ろしている。
「回答次第では五体満足で帰してやろうかとも思ったのに」
「……嘘つけ」
ランがそう言うと、男はまたランを蹴り飛ばした。そしてランの髪を引っつかむと乱暴に上を向かせる。
「生意気な妃殿下にはお仕置きが必要なようだ」
そう男は言うと、腰の短剣を抜いてランの上着をつかんだ。
「……覚悟しろ」
ランは上着とシャツの生地が引き裂かれる音を、朦朧とする意識の中で聞いていた。
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