20話 妃として
それから数日後、朝から皆バタバタと祝賀パレードの準備に取りかかっていた。
「ママ、これみて」
「うんうん、かっこいいよ!」
本日はルゥもおめかしをしている。レクスの白い礼服と揃いの上着に、胸元のシャツには大きなリボンがあしらってある。ルゥはそのリボンがずいぶん気に入ったらしい。
「王子様みたいだね」
「そのままずばりルゥは王子なんだけどな」
「あっ……そっか」
「それより、ランは仕度はもういいのか」
「うん」
ランも白い上着に淡い藤色のズボンとサッシュベルトを身につけている。上着の刺繍はレクスの実家、バルトシーク家伝統のものだ。
「どう……?」
「綺麗だよ」
レクスは美しく装った妻の額にキスをした。
「ではこれを」
「なに?」
レクスから箱を手渡されて、ランは恐る恐るそれを開いた。
「わ……綺麗」
「今日は正式な場だから。それを身につけてくれ」
レクスがランに手渡したものはティアラだった。
「レクスがつけてくれる?」
「いいとも」
レクスの長く優美な指がキラキラと輝くティアラを手にして、ランの絹糸のような黒い髪を飾った。
「今日一日、よろしく妃殿下」
「こちらこそよろしくね。王太子殿下」
二人は見つめ合いクスリと笑い会った。そこにせわしなくロランドがやってくる。
「馬車の用意ができました。三人とも、参りましょう」
「ああ」
「はい」
こうして、ランの初めての公式公務の祝賀パレードがはじまったのである。
「ふー……」
「緊張してる?」
馬車の座席について、深呼吸をしたランにレクスはそう聞いて来た。
「してるけど……大丈夫」
「笑顔で手をふればいい」
「そうだね」
パレードでは馬車の中から沿道の国民に挨拶をすることになっている。みんな王太子一家がどんなかを楽しみにしているはずなのだ。
「では出発します」
ロランドにそう声をかけられ、ランはすっと背筋を伸ばした。
「建国万歳! 王様万歳!」
「王太子殿下、万歳!」
ガラガラと小気味よい音を立てて、馬車が出発した。広い王城の前庭に使用人達がこぞって立って手を挙げている横を通り、馬車は正門を抜ける。
「わぁぁぁっ!」
途端に怒濤のような歓声が浴びせられる。
「うわっ、すごい……」
ランは思わず勢いに飲み込まれそうになる。すると、レクスがきゅっとランの手を掴んだ。
「ラン」
「う、うん」
レクスの体温を感じて、ランは少し落ち着きを取り戻した。
「ど、どーもぉ」
ランは少し引き攣りながらも手を振り始める。
「お綺麗な方だ」
「あれがお子様ね。かわいい」
街行く人は、初々しい妃とその子の姿を目に留めて、更に大きな喝采をあげた。
***
ランは沿道の人々の勢いに圧倒されそうになりながらひたすらに手を振った。
「ばいばい! ばいばい!」
少し顔を引き攣らせているランとは対照的に、ルゥはご機嫌で手を振っている。
「そんなに身を乗り出しちゃだめだって!」
「はは、ルゥは大物だな」
「手を振る度にかわいいって言われるから浮かれちゃってるんだよ」
ランは苦笑して、ルゥをしっかりと抱き直した。
「さ、そろそろ折り返し地点だ。もうしばらく頼むぞ」
「うん」
ランはもうひとがんばりだとしゃんと背筋を伸ばした。その時だった。
ドン! という大きな音がして、急に馬車が止まった。
「なんだ、どうした!?」
何事からとランとレクスが辺りを見渡すと、前方に煙が立っている。
「いったい何?」
「ラン、少し様子を見てくる」
「ちょっと、危ないって!」
ランは止めようとしたが、それよりも一瞬早くレクスは馬車を降りてしまった。
「レクス、戻っ――」
ランがそう叫ぼうとした途端に、真っ赤な炎の塊が目の前に落ちて爆発した。
「ああっ」
その衝撃を受けて、ランは咄嗟に腕の中のルゥをぎゅっと抱きしめる。
「レクス!」
燃えさかる炎と煙の中で、ランがなんとか目をあけると少し離れたところにレクスが倒れているのが見えた。
「おいっ、おいレクス! しっかりしろ!」
ランは必死に呼びかけたが、返答は無い。駆け寄りたくてもルゥを抱いたままこの炎の中に飛び込む訳には……とランが躊躇している時だった。
『動くな』
「えっ……」
ぞっとする感覚がランを襲う。下半身の力がへなへなと抜けてしまい、ランは馬車の床にへたり込んだ。
「な……何……?」
『麻痺』
すると今度は手足がびりびりと痺れて力が入らなくなる。ルゥを抱いていることも出来なくなって、ランはその上に覆い被さった。
「こ、これは……魔法……?」
「その通りだ」
すると知らない声がして、ランの目元を覆う。ビリッと強い衝撃がランの脳に走り――ランは意識を手放す。
遠くで、ランのティアラがカシャンと音を立てて落ちる音がした。
――どこかで水の滴る音がする。さっきまでの炎の熱が嘘のような肌寒さを頬に感じて、ランはうっすらと目をあけた。
「……ん」
そこは暗い廃屋のようなところだった。ランはそこで後ろ手に縛られて転がされていた。
「オレ、は一体……」
暗闇の中でランは目をこらす。うっすらと部屋の隅から光が漏れている以外には何もない殺風景な部屋だった。
「あっ……! ルゥ、ルゥは……?」
ランははっとして辺りを見渡した。
「ルゥっ!」
「ママ?」
すると小さな声がする。ランがそちらをなんとか振り返ると、ルゥも同じ様に縛られ、地面に転がされていた。
「こんな……ひどい……」
「ママぁ」
ランは芋虫のように這いずって、ルゥの側に行く。
「大丈夫だよ、ママはここだよ」
自由にならない手の代わりにランはルゥに頬ずりをした。
それにしても、一体誰がこんなことをしたのだろうか。
「攫われた……んだよな」
かび臭い部屋で、ランはどうしていいか分からず、身を強ばらせた。
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