23話 これから
それからはランは絶対安静をレクスから言い渡され、ひたすら寝てすごした。
窓辺に立つことすら嫌がるレクスの過保護ぶりにはうんざりしたが、それだけ心配をかけたのだと思ってレクスのしたいようにさせた。
そんな日が三日ほど経った時のことだ。
「お加減はいかがかな」
「大丈夫ですか、ランさん」
「アレン様、ウォルさん……?」
なんとアレンがウォルを伴って見舞いにやってきたのだ。
「こ、こんなところに来て大丈夫ですか?」
「ああ、レクスから許可を貰ってる」
「そうですか」
ランはレクスがアレンにそんな許可を出すことがちょっと信じられなかったが、実際こうやって来ているということは確かにレクスが許したんだろうと思った。
「災難だったね、ラン」
「いえ、結果無事でしたから」
アレンはそう言うランの顔をじっと見た。その顔は殴られたあざがまだ紫色に残っている。
「しかし、怪我をしたじゃないか」
「これは……見た目が派手なだけで大したことはないです」
「そうなのか……?」
アレンはそんなランを傷ましいと思いながら、それ以上言及することをやめた。
「それより、オレ……アレン様に謝らないと」
「なんだい?」
「攫われた時、最初アレン様がやったのかと思っちゃって」
「ああ……」
そうランに頭を下げられて、アレンは苦笑しながら顎を撫でた。
「そうだねぇ……君とレクスの仲をかき回して王位継承権を奪おうとしていたのは確かだし……」
笑顔のままでそう言うアレンの顔をランはじっと見る。
「でも、それだけじゃないでしょ」
「ふふ、かなわんなぁ」
アレンは参った、と両手を広げた。
「レクスにべったりだった君が私に助けを求めたことに舞い上がって手を貸したのも事実だな」
「……実際、アレン様が居なかったらオレはどうしたらいいかわかりませんでした」
ランが改めて礼を述べると、アレンはふっとため息をついた。
「私もオメガの伴侶を探すべきかな……? 私のことだけを見てくれる……」
「アレン様は素敵な人ですから、きっといい人が居ますよ」
「ははは……君とレクスの仲が羨ましい」
アレンはそう言うと、くしゃくしゃとランの頭を撫でて部屋を出て行った。
「それにしてもアレン様が来るなんて……びっくりした」
何か胸騒ぎを感じながら、アレンの去って行った扉の向こうを見ていると、部屋のドアがノックされた。
「はい」
「ラン、ちょっと話があるんだ」
それはレクスだった。
「話……?」
「ああ、大事な話だ。こっちに来て聞いて欲しい」
「わかった」
ランはベッドから起き上がり、居間に向かうと真剣な表情をしたレクスがソファに座っていた。
***
「アレン様が来たから驚いちゃった」
「ああ、俺がアレンと話があって……それでランを見舞いたいと言ったから」
「そうなんだ。アレン様と話?」
「うん。まずは座ってくれ、ラン」
ランは張り詰めた空気におずおずとレクスの向かいに座った。
「アレンとも話し合ったんだが……俺は王族をやめようと思う」
「レクス……? それじゃあの犯人達が……」
「ああ……だけどな、今回のことで思い知ったんだ。大事な人を危険にさらしてまで俺は王位なんか欲しくない」
レクスはぎゅっと拳を握りしめた。
「でも、レクスはずっと王族であろうと努力してたのに」
「それは……義務で仕方なくだ。俺はもっとしたいことがある……以前から考えてはいたんだ」
「それって……?」
「建築の仕事だ」
「ああ……」
ランは設計図を褒められたと子供のような顔をしていたレクスを思い出した。
「王族をやめて建築の仕事をしながら……三人で暮らして行きたいんだ」
「ほ、本当に?」
「王族じゃない俺に、ランはついてきてくれるだろうか」
「あ、あたりまえだろ!」
ランはレクスに駆け寄るとぎゅっとしがみついた。
ずっと、レクスに他の妃が出来るのを恐れて、レクスが王族でなければいいと祈ってきたのはランのほうなのだ。
「レクスがどうなろうとオレにはお前しかいない!」
「……ふふ、ありがとう」
レクスはランの胸に顔を埋めた。
「そう言ってくれると思ってた」
「うん……」
「という訳で王太子の立場はアレンに譲った」
「それで来ていたのか」
「ああ……ルゥが王家の子というのに代わりはないが……後はアレンに期待だな」
「そっか……」
王家の縛りから解き放たれたレクスの顔は晴れ晴れとしていて、ランはもうこれ以上何か言う必要はないと思った。
「それじゃあ……三人で暮らそうね。オレだって仕事してもいいしさ」
「おや、私もいますよ」
そんなランとレクスに声をかけたのはルゥを抱いたロランドだった。
「ロランドさん」
「お忘れかも知れませんが、私はバルトシーク家に仕えていますので」
「……だってさ」
ランがレクスに目配せすると、レクスはしょうがないなと嘆息した。
「ロランドには勝てない」
「その私はルゥ様には勝てません」
「ってことはルゥに勝てる人間はどこにもいないな」
ランはロランドの手からルゥを抱き上げると、その柔らかい頬にほおずりをした。
「ルゥはうちの天使様だからね」
「きゃー」
くすぐったがって逃げようとするルゥを抱きしめて、ランはこの幸せを噛みしめた。
***
レクスはそれから説明と引き継ぎに忙しくなった。
まさか王族を離れるなんて、と否定的な人もいれば事件のこともあるからと同情する人もいて反応は半々だということだ。
帰って来てからぐったりとしているレクスに、ランはお茶を淹れてやった。
「引っ越し先も決めないとね」
「ああ……バタバタだ」
「そのバタバタが終わってからでいいんだけどさ、会って欲しい人がいる」
「会う……?」
「うん、ルゥを育てるのに自分の子みたいに可愛がってくれたビィと……うちの家族」
ビィはいつでも大歓迎してくれるのが目に見えていたが、ランの家族に関してはランも何年も会っていない。
出奔して子供と伴侶を連れて行ったらどんな顔をするだろうか。
「そうか……それなら俺はランをバルトシークの家につれて行きたい。来てくれるか?」
「もちろん」
ランはそうレクスと約束をして、こんがらがってしまった糸がようやくまっすぐにほどけた感じがした。
「あ、あともうひとつ……」
「ん?」
ランはレクスの膝の上に座ると、厚い胸板に頬を寄せた。
「もうすぐ……
見せつけるように白い項をレクスの前にさらけ出す。
「ああ……正真正銘、番になろうな」
レクスはその首元にキスをする。
「楽しみだね」
「おっほん」
ランが甘えてレクスに抱きつき、さらにキスをねだろうとするとロランドがわざとらしい咳払いをした。
「お食事のお時間です」
「……はい」
そう言われて、ランはしぶしぶとレクスから離れた。
「レクス様、今度はこちらにサインを」
「ああ……」
食事が終わると、レクスはルゥと遊びたいのをぐっと堪えて仕事をしていた。王太子が継ぐべき資産などをアレンの名義にするのに必要なのだから我慢するしかない。
「はい、結構です。それと……」
「なんだ」
「お顔が少々緩みすぎではないかと」
ロランドにそう指摘されてレクスは口元を覆った。
「お前……仕方ないだろう……ランが可愛くてしかたないんだ」
連れ戻した直後の冷たい態度が嘘のように、ランが甘えてくれる。レクスはそれが嬉しくて堪らない。
「……良かったですね、レクス様」
「ああ」
十五歳で王家に引き取られ、義務にがんじがらめになっていたレクスも、ランが王城を去って荒れていた時もすっとロランドは見守ってきた。
「もう大丈夫だ、ロランド……ずっと心配かけたな」
「いえ」
「お前も自分のことをちょっとは構えよ」
「……そうですね」
実の両親よりも近くで見てきた主の幸せをひしひしと感じて、ロランドも思わず微笑んだ。
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