12話 再会
結局、ビィとふたりでフラフラになりながら一番
「はぁ……もう周期がかぶるのはごめんだなぁ」
そういいながらも、なんとかルゥの面倒を見ながら
「じゃあ宣言どおり美味いもの食いにいこう」
「いいね」
ランとビィは町に出てお疲れ様会をすることにした。
「ランは何食べたい?」
「うーん、お肉かな」
五日目の夜になったらランの仕事先の店で、分厚いステーキを食べようとランが言うと、ビィは手を叩いて喜んだ。
「いらっしゃい!」
「店長、どうも」
ランは愛想良く出迎えてくれた店長に挨拶した。
「ああ、ラン。もういいのか」
「ええ、
「そうか」
少し心配そうにしていた店長の顔がゆるんだ。
「今日はどうしてもステーキ食べたくって」
「なるほど。この辺でうまいステーキってことならうちだな」
「でしょう?」
「でちょう!」
最近なんでもまねしたがりなルゥがランのまねをした。
「わはは、可愛い盛りだね」
「ええ」
「よし、美味いステーキ焼くからそっちに座ってくれ」
「はい」
ラン逹は前庭の見える席に座って、料理がくるのを待つ。やがて熱々のステーキが運ばれてくると、めいめいにそれを頬張った。
「うん、明日の活力になりそう」
「おいしいね、ラン」
「ママ、ルゥも」
「はい、ふうふうだよ」
ルゥも切り分けて冷ましたステーキをおいしそうに食べている。
「ああ、お腹いっぱい」
「ごちそうさま!」
ランとビィはお腹いっぱいに肉を食べて、店を後にする。
「まだギリギリ店空いてるな。買い物してくるからビィ、ルゥを連れて先帰っててよ」
「わかった」
ランは空っぽになっていた食料庫のことを思い出し、ビィにルゥを預けて食料品店に向かった。そこで両手に抱えられるだけの食品を購入して家路を急ぐ。
「あっ……」
その時、買い物袋から林檎がひとつ転がり落ちた。
「もう……」
ランはそれを拾おうとして、手を止めた。転がった林檎が、人の足元にいってしまったからだ。
「すみません、拾っても……」
ランは一言断ろうとして顔を上げた。そして絶句する。
「はい、落としたぞ」
その少し低い、どこか甘さのある響きの声。何度も何度もランが思い返しては忘れよう
とした声。
「――レクス……」
「やぁ、ラン。久し振りだな」
ランは呆然として、その姿を見つめた。白銀の髪、切れ長の若草の瞳、薄い唇。それは確かにレクスだった。
「なんでこんなところに……」
ランがそう言うと、レクスは薄く笑った、ような気がした。そしてこう言った。
「お前を迎えに来たんだ。ラン」
***
「迎えにって……?」
ランは目の前に起きていることに理解が及ばず、混乱した。目の前に、レクスがいる。それだけでランの鼓動は跳ね上がった。
「痩せたな。元々細身だったのに」
目の前のレクスがそう言って突っ立ったままのランの顎に手をやった。
「あ……」
ランに触れたその指の感触、そして近づいたレクスから伝わる温度、そして微かな甘やかな香り。
夢でも幻でもない生々しい存在感がそこにあった。
「ラン、こんな田舎に居るとは思わなかった」
「どうして……どうして……?」
「ロランドがお前の居所をようやく突き止めた」
動揺するランに対して、レクスは至極冷静だった。
「俺と一緒に帰るんだ、ラン」
「帰るって、あの王城に?」
「当然だ」
淡々とレクスは答える。その泰然とした様になんだかランは腹が立ってきた。
「か、勝手なこと言うなよ!」
そうランは大声でレクスに怒鳴りつけた。
「あのな、ずっと休んでた仕事が明日から始まるんだ。王都に行ってる暇なんてないんだよ。それを急に来て勝手にっ」
心のモヤモヤをかき消すように、ランは一気にまくし立てる。呼吸は浅くなり、目の前がチカチカした。
「は……」
「ラン、落ち着け」
「これが落ち着いて居られるかってんだよ」
一瞬眩暈でくらっとしたランに、レクスは手を伸ばした。その手をランははたき落とす。
「……――帰る」
「送ろう」
「ついてくるなっ」
ランはついてこようとするレクスを睨み付けた。
「なんでそこまで嫌がる?」
「そ……それは……」
ランの口調がしどろもどろになった。そんなランをレクスは冷めた目で見ている。
「――家に子供がいるからか」
「な、なんで知って……」
「居るんだろう? 俺とお前の息子が……」
ランの血の気が引いていく。
「だから迎えに来たんだ」
「それってどういう」
「俺は王族。その子もまた王族だ。そのままにはしておけない」
ああ、恐れていたことが起こってしまった、とランは思った。このままではルゥが、ランがこの世で一番愛する息子と引き離されてしまう。
「い、嫌だ」
「ラン」
「ルゥはオレが産んだんだ。ルゥはオレの子だ……」
ランはいつの間にか全身に冷や汗をかいていた。
「オレ達のことは放っておいてくれ!」
悲鳴じみたランの声が通りに響き、通行人の何人かが振り向いた。
「はぁ、はぁ……」
「まともに話せそうにないな」
「何をっ……」
ランはカチンときて顔を上げた。そして見上げたレクスの瞳は……表情が読めなかった。
「――また来る」
「……来なくていい」
「話をしよう、ラン。では……」
レクスはそう言って、踵を返し雑踏に消えていった。
「話す事なんてない……」
ランは拳を握りしめ、レクスが消えて行った先をずっと見つめていた。
***
「ラン、遅かったね。どこまで買い物に――」
ドアの開く音に、ビィはランを出迎えようとしてギョッとした。
「どうしたの……」
「ビィ」
真っ青な顔をしたランがそこに立っていた。
「レクス……レクスが……」
「ラン! しっかりして」
ビィはランに深呼吸するように言った。言われるままに深く息を吸って、ランはビィに向き直る。
「……レクスが迎えに来た」
「それ、ほんと?」
「ルゥと引き離されてしまう……どうしよう」
ランは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「嫌だ」
ランの瞳からツッと涙がこぼれた。
「……逃げる」
ランはハッと思いついたように顔を上げると自室に駆け込んだ。そして鞄に身の回りのものを突っ込んでいく。
「ラン……ラン!」
「逃げなきゃ……逃げないと」
「ランってば!!」
ビィは思わずランの頬を叩いた。
「痛っ……」
「ご、ごめん! ……でも聞いて、ラン」
「……」
ビィはランに抱きついた。ランが逃げないように、ランが少しでも落ち着くように。
「どこに逃げるっていうんだよ」
「レクスに……レクスに見つからないところ……ルゥを連れて逃げないと」
「ラン、落ち着いて」
ビィはランを抱きしめる腕に力を籠めた。
「一回、レクスと話をした方がいいと思う」
「ビィ!」
「逃げるにしたってそれからだろ? それに……レクスは何も知らせずにルゥも……いやお前も一緒にだって攫うこともできたんじゃないのか」
「それは……」
ランはビィの言葉が痛かった。レクスはアルファだ。初めて会った時のように魔法を使えば、ランもルゥも取れ去ることは簡単に出来たと思う。
それをしなかったのは、レクスの方でも話をしたいという態度の表れなんだろう
「わかったよ」
「ラン……」
落ち着きを取り戻したランの態度に、ビィはほっと胸を撫で降ろした。
「また来るって言ってた。そしたらオレ、レクスと話してみる」
「うん……」
ビィは抱きしめたままのランの頭を撫でた。そして、どうにか良い方向に話が向かうことを祈った。
「ママ……」
「ああ、ルゥおいで」
必死に荷造りしようとしていたランを驚いて見ていたルゥが近くに寄ってくる。ランは腕を掴む小さな手を握りしめた。
「いたいたい、ない」
「うん……」
幼い我が子が自分を心配しているらしいと察したランは、ルゥを抱き上げる。
「ママは大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
「ううー」
ランはルゥを抱きしめ、その乳臭い匂いを嗅ぎながら、この子と離れては生きていけないと強く思った。
その為にも、レクスと話をしなくては……。ランは頭ではそうわかってはいても、重く苦しい気持ちになるのだった。
***
レクスがランの家を訪れたのは、翌日の仕事が終わった後だった。
「じゃあ、ラン。僕仕事にいくけど……」
「うん、行ってきてビィ」
ビィは心配そうにしながらも仕事に向かった。
「そこ……座って」
「ああ」
レクスを居間に通して、とりあえずソファに座らせる。
「昨日の話だけど――……」
そうランが言いかけた時だった。カタリと音を立てて部屋の扉が開いた。
「ママ?」
「ルゥ……!」
「ママ、いたー」
にこりと笑みを浮かべて部屋から出てきたのはルゥだった。
「起きちゃったか」
ランはルゥを抱きあげた。それをレクスは微動だにせず見つめている。
「……その子は」
「うん。オレの子供。ルゥだよ」
ランはその滑らかな愛しく大事な我が子の頬にほおずりをした。
「ルゥ」
レクスがルゥの名を呼ぶ。ルゥはくるりと声のする方、レクスをじっと見つめた。
「だー?」
「ルゥ、この人はレクス」
「えーく」
「レクスだよ」
ランは舌っ足らずなルゥに少し笑った。
「今、お茶をいれるから」
「あ、ああ……」
ランはルゥを抱っこしたままお湯を沸かしはじめた。その間もレクスの視線が自分に注がれているのを感じる。
「はい、お茶」
「ありがとう」
ランは食卓の椅子を引っ張ってきてそこに座った。
「……レクス、その」
「かわいい子だ」
「うん」
ランがソファに目をやると、レクスの視線はルゥを捉えている。
「ランによく似てる。でも……瞳の色は俺にそっくりだ」
「うん……レクスが父親だから」
「……大変だったろう」
レクスがぽつりと呟いた。
「うん、まあね。でも最近はどんどん手もかからなくなってきてるし……なんとかなってるよ」
「そうか」
「ビィもいるし……本当に助かってる」
ランがそう言うと、レクスはふっと俯いた。
「生活はどうなんだ」
「かつかつだけど、なんとかなってる。だからオレ、王城に行く気はないよ。ここの生活が気に入ってるんだ」
ランは素直にそう言った。しかし、それを聞いたレクスは眉をひそめた。
「それは駄目だ」
「……レクスに関係ないだろ」
「関係無い訳ない。俺はあの子の父親だ」
「何もしてないだろ」
ランが素っ気なくそう言うと、レクスは苛立った様子でテーブルを叩いた。
「お前がっ! 何も……存在すら知らせなかったんじゃないか」
「レクス! ……ルゥがびっくりするだろ」
「すまない」
ランが非難がましく声をあげると、レクスは手を引っ込めた。
「とにかく、お前と……その子は王城にくるんだ」
「……嫌だよ」
「何故? さっき生活はかつかつだと言っていただろう。俺と一緒にくればそんな苦労はさせない」
「そういうことじゃないんだって、さっき言っただろ!」
ランは結局こういうことになるのか、と力が抜ける気がした。そんなランにレクスはしばらく黙っていたが、口を開いてこう言った。
「では、子供だけでもこちらで引き取る」
「な……何言ってるんだ」
「ラン、お前の要望はもう聞かない」
「そんな……」
その気になれば攫うことだって……というビィの言葉が脳裏を過ぎる。
「ルゥと離ればなれになるなんて! 絶対に嫌だ!」
「……ではお前も来い」
「それは決定なの?」
「そうだ」
ランの言葉に応えたレクスは冷たい目をしていた。
「……ルゥと離れるくらいなら」
「では、決まりだな」
ランはうとうとしているルゥをぎゅっと守るように抱きしめる。
「月末に使いを寄越す。それまでに身の回りをまとめておけ」
「レクス!」
「……命令だ」
「あんたを……恨むよ」
ランの怒りに震えた声を聞いても、レクスの顔色が変わることはなかった。
***
「ラン、レクスと話はできたの?」
仕事から帰ってきたビィにそう聞かれ、ランは首をすくめた。
「話になんなかった。一方的に王城に来い、嫌ならルゥを取り上げるって」
「じゃあ……ランは王城に行くんだ」
「……うん」
ランは俯き、唇を噛みしめた。
「オレは別にどこでなにしようと構わないけど……ルゥは本当なら王城で暮らしてたと思うと……」
「ラン……」
「オレじゃ、この生活じゃ上の学校にやることは難しい。この先ルゥの可能性を伸ばしてやれないかもって考えたら……。これも仕方ないのかなって」
レクスの血をひいて探求心豊かに育ったとしても、生活に追われる今の状態ではルゥに満足な暮らしをさせられない。王城で暮らせばそんな心配はなくなる。
「僕もついていくよ」
「駄目だよビィ」
ランは共についてこようとするビィをとめた。
「ビィはここに恋人がいるじゃないか……。これ以上巻き込めない。ビィの幸せを邪魔したくない」
「ラン……ごめん、僕役立たずで」
「ううん。今までビィが居てくれてどんなに救われたか」
ランはビィの肩を掴んで首を振った。
「オレはルゥが側にいれば大丈夫だから」
「……本当に」
「ああ。それに別に監禁されるわけじゃないんだし。ビィに会いたくなったらいつでも飛んでいくよ。だから心配いらない」
「うん……」
ビィは不安げな表情を顔に浮かべたまま、頷いた。
「ランがそう決めたのなら。僕は応援するよ」
「ありがと……」
いつでも自分を気に掛けてくれる優しい友人をランは抱きしめた。
「きっと大丈夫。……なんとかなるさ」
ランはそう、あの日から口癖になっている言葉を呟いた。
それから忙しい仕事と育児の合間を縫ってランは荷造りをした。
「はは……ほとんどルゥのものだな」
自分の親馬鹿ぶりに苦笑しながら、ランは箱にそれらを詰めていく。初めて買ったよだれかけに服、お気に入りだったおもちゃ……。
ここでルゥを育んできた思い出の品々を手に取りながら、ランはため息をついた。
「荷物はこれで全部ですか」
「はい」
そうこうしているうちに月末がやってきた。ランとルゥを迎えにきたのは知らない男だった。
「あの……レクスは」
「レクス様は公務でお忙しいので」
「あっ……そうですか」
冷淡な態度の迎えの男はさっさと馬車に荷物を積むと、ランに乗るように促した。
「はじめに言っておきますが、逃げても無駄です。私もアルファですから」
「……はい」
ランはその言い方に思わず顔をしかめた。アルファはその能力の高さから他のベータやオメガを見下す態度をとるものが多いが、この男はその典型といえる感じだ。
「ラン」
この日は仕事も休みをとったビィが駆け寄って来る。
「ラン、元気でね」
「うん。落ち着いたら……手紙書くから」
「絶対だよ」
手をふるビィに手を振り替えす。その間に馬車は鉄道の駅に向かって走り出した。
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