8話 余暇
「んー……あ、そっか。今日はここに泊まったんだっけ」
翌朝、目を覚ましたランは、木陰に揺れる朝日に目を覚ました。
窓を開けると、新鮮な空気が部屋に流れ込んでくる。ランが緑の風景に見とれていると、部屋のドアが叩かれた。
「ラン、起きてるか」
「レクス?」
ランは慌ててドアを開いた。
「おはよう。早いね」
「うん、昨日遠乗りに行くっていったろ」
「あっ、そっか。ちょっと待って、すぐに着替えるから」
ランは急いで身支度を済ませて食堂に行き、レクスと簡単にパンとミルクで朝食をすませて馬小屋に向かった。
「どうどう。今日はよろしくね」
「ブルル」
白い馬のゾフィはランの頬にその鼻先をすりつける。
「よし、ラン行こう」
「うん!」
二人は馬に跨がり、屋敷を出た。
「わぁ、気持ち良い」
晩秋の朝の風が、ランの黒髪を揺らす。
「ラン、あそこの木まで競走しよう」
「いいよ!」
ランとレクスは手綱を握り治すと、馬の腹を蹴った。駆け出す馬にリズムを合わせて二人は馬と一体になる。
「やったー! 勝った」
「負けた……」
勝負は僅差でランの勝ちだった。
「ふう、ちょっと休憩」
「ああ」
二人は馬を下りて、木の下に寝転ぶ。
「ラン、上手いな」
「オレの方が体重軽いからね」
ランはそう言いつつも得意気な顔を隠さなかった。そんなランに、レクスは半身を起こしてその鼻をつまんだ。
「腹立つ顔だ」
「へへへ……」
ふざけてそう言うレクスに、ランはへらへらと笑って見せながら、身を起こして持ってきた水筒の水を飲んだ。
「ふう。乗馬楽しい。ありがとうレクス」
「いや……また来ような」
「うん」
少し休憩を挟んで、二人はまた馬に乗り駆け回った。
「そろそろ昼だ」
「戻ろう」
ランとレクスは踵を返して、屋敷への道へ戻った。
「おーい、お二人とも」
「あ、ロランドさんだ」
「昼食をお持ちしました」
屋敷の側まで来ると、バスケットを持ったロランドがこっちに向かって手を振っていた。
「ちょうどいい。外で昼食を取ろう」
「うん」
ランとレクスは馬を置いて庭の東屋に向かい、そこで昼食をとった。
「ピクニックみたいだ」
「ああ。そういえば昔行ったな」
「うん、一回だけだけど」
ランはレクスを連れて兄弟たちとピクニックに行ったのを思い出した。
「あのあとレクスは風邪を引いて大騒ぎになったんだよね」
「そうそう」
「それがこんなに大きくなるとはなぁ」
ランは華奢だったレクスの子供時代を振り返った。レクスはそんなランを見て嫌そうに顔をしかめた。
「どうせ俺は可愛くないよ」
「まぁまぁ。丈夫になってなによりだよ」
ランはふてくされたレクスの顔を見て苦笑した。
「ラン、午後はボートに乗ろう。あっちの池にあるから」
「うん」
最後のサンドイッチを口に放り込んだランに、レクスはそう言った。
「競走する?」
「残念なからボートはひとつだ」
「ちぇ」
そんな軽口を叩きながら、二人は池に向かった。池に浮かんだボートにまずレクスが乗り込む。
「ラン、おいで」
「うん」
ランは思ったより小さく揺れるボートにおっかなびっくりと乗った。
「漕ぐよ」
「うん」
すーっとボートは池を進む。落ち葉がぷかぷか浮かぶ水面にランはそっと手を伸ばした。
「ひゃー、つべたい」
「当り前だ」
やがて池の中央に着くと、レクスは漕ぐのをやめた。
「交代するか」
「了解」
今度はランがオールを持って漕ぐ番だ。
「あれれ? 真っ直ぐ進まない」
「両方のオールを均等にこがないと」
「こう?」
「そうそう」
ランがレクスに言われたように漕ぐと、ボートはよろめきつつも前に進んだ。
「あー! 進んでる」
「ラン、もしかしてボートは初めてなのか?」
「うん。オレ泳ぐの下手くそだし」
それを聞いたレクスは急に心配そうな顔をしてランを覗き混んだ。
「そうなのか? ボート怖い?」
「ううん、大丈夫」
ランがそう答えると、レクスはほっとしたように息を吐いた。
「じゃあそろそろお仕舞いにしよう。交代だ」
「いや、岸まで漕ぐよ」
「危なっかしいんだって」
「嫌だ!」
ランはレクスの手を振り払うとボートをこぎ始めた。
「ラン! スピード出しすぎだ!」
「わっ」
がむしゃらにランがこいだボートは岸に激突した。その拍子に、ランはボートから投げ出される。
「ああっ」
「ラン!」
水面に落ちたランは急なことに慌ててバシャバシャと手を掻いた。
「掴まれ!」
レクスは池に飛び込み、ランを抱えて岸に引っ張り上げる。
「大丈夫か!?」
「うぇ、げほ……うん」
ランは咳き込みながらなんとかレクスの問いに答えた。
「よかった……」
レクスはランをぎゅっと抱きしめた。
「ちょ、ちょっと大袈裟だって」
「あのまま溺れるかと」
「……足ついたもんあの池」
ランはぶすくれてレクスの腕の中から逃げ出して、袖を絞った。
「ああ、二人ともびちゃびちゃだ」
「ラン、早く帰ろう」
「うん……へっくしゅ!」
日が陰りはじめて冷たい風が吹いている。ランは体をぶるっと震わせた。
「おやまあ」
家に帰ると、濡れ鼠の二人をロランドが目を丸くして迎えた。
「今、お湯を沸かします」
「ごめんなさい、ロランドさん」
「いいですって。とりあえず風邪を引くので濡れた服を早く脱いでください。びしょびしょのままで家に入らないでくださいね」
ランとレクスの二人は、ロランドからタオルを渡された。
「怒られた」
「ははは。ラン、気にするな」
レクスは濡れたシャツをさっそく脱ぎながら、ランの頭にばさりとタオルをかけた。
「さあ、お湯が沸いたのでさっさと温まってください」
お風呂が沸くと、ランとレクスはロランドに浴室に追い立てられた。
「で、なんで一緒に入ってるの?」
「駄目か? 寒いんだが」
「……狭い」
ランの使っていた湯船に無理矢理レクスが入って来て、お湯がたっぷりと流れていった。
「昔は一緒に入ってたろ」
「レクスは自分のでかさを自覚した方がいいと思う」
レクスは特に鍛えている風でもないのに胸板も厚く、腕にもしっかりした筋肉がついていて、ランは思わず見とれてしまう。
「まぁ、別にいいけどさ……」
ランはぎちぎちの湯船の中でため息をついた。
「よくあったまりましたか?」
「はい……すみませんロランドさん」
「まったく、心配しましたよ。小さい子じゃないんですから」
「はしゃぎすぎました」
ランは風呂から出るとさっそくロランドに謝りにいった。
「気をつけてくださいよ」
「ごめんなさい、レクスは王族だものね」
「そんなの関係ありません。お二人が心配だっただけです」
ロランドはため息交じりにそう言って、去っていった。その姿を見送って、ランは一足先に出て居間で寛いでいるレクスに話しかけた。
「……ねぇレクス」
「なんだ?」
「ロランドさんっていい人だね」
「ああ」
ランは、レクスがロランドには心を開いている訳をなんとなく理解した。
「……ん」
その時、突然ランのこめかみのあたりがチクンと痛んだ。
「どうした?」
「ちょっと眩暈がした。頭痛いかも……」
「風邪ひいたのか」
「多分違う……最近時々頭痛がするんだ」
「そうか……早めに寝た方がいいかもな」
レクスは心配そうにランの肩を掴んで顔を覗きこんでいる。
「うん、そうするよ」
「王城に帰ったら医者を呼ぼう」
「それは大袈裟だよ」
ランはレクスを安心させようとにこりと微笑んだ。
「ほらもうなんともないし」
「そうか……」
レクスは少し納得のいかない顔で、ランの肩から手を放した。
「じ、じゃあオレ、ロランドさんの手伝いしてくる」
「ああ」
ランはじんわりと肩に残る、レクスの手の温かさを感じながら逃げるように台所に駆けていった。
「ロランドさん。何か手伝います」
「おや、ゆっくりしていていいんですよ」
「いやいや、悪いんで!」
「じゃあ、このマメのさやを向いてください」
「わかりました」
ランは料理をしているロランドの後ろで豆をむきはじめた。ロランドは肉のパイを作っているらしい。
「ロランドさん、料理までできるんだもん、すごいな」
「これも趣味のようなものです」
「オレは煮るか焼くかしかできないや」
それもスラムで生きる為になんとか身につけたものだった。
「こつは基本に忠実にすることですよ」
「へー……今度教えて貰えます?」
「いいですよ」
ランはロランドと会話しながらふと思う。彼とは自然にやりとりできるのに、レクスの前だとどうしても時々ぎくしゃくしてしまうと。
「オレはレクスの『友人』なのに……」
「何かいいました? ランさん」
「いや! その美味しそうだなって!」
そんなこともありながら、二泊三日のレクスとの余暇はすぎて行った。
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