6話 見合い

「――様式の建築は……」

「~~~~」


 はぁ、とランは内心ため息をついた。やばい。思った以上に会話が意味不明だ。本当に同じ言葉で話しているのだろうか。ランはそう思いながら楽しげなレクスと、その話に相づちを打っている学者の様子を端から眺めていた。




「え、一緒にくる?」

「ああ。やることもないし。レクスがなにするのか見たいから一日一緒に居る」

「うん、いいけど」


 今朝、そんなやり取りをして今の状況だ。


(ああ、まずい。眠気が襲ってきた。そうだ、授業中もこんな風にして眠って……で……)


「ラン!」

「ふぁっ」

「先生もう帰ったよ」

「あ、あそ……」


 結局ランは居眠りをしていたようだ。


「ごめん、内容難しくって」

「いいよいいよ」

「ごめん……」


 ランは叱られた犬のように肩をすくめた。


「午後のお茶会も付いてくる気か?」

「うん。レクスのお見合いも見たい」

「あのな……」


 レクスは呆れた声を出してしばし考えた。


「まあいいか、隠すようなものじゃない。でもさすがに人目があるからな……ロランド!」


 レクスは手を叩いてロランドを呼んだ。


「お呼びですか?」

「ランを茶会に連れて行く。だが、招待されてない人間をいきなり連れて行けない。ロランド、お前の部下ということにしておけ」

「はい、畏まりました」


 ロランドが頭を下げてその場を退席すると、レクスはランに向き直った。


「と、いう訳で侍従のふりでもしててくれ」

「うん。あ、はい。レクス様」

「上等、上等」


 ランがふざけてそう返事すると、レクスは満足気に頷いた。


「あとはロランドについていってくれ」

「はーい」


 しばらくすると、ロランドが服を持ってやって来た。


「ランさん、これを着てください」

「はい」

「あ、ちょっと大きいですね……これが一番小さいサイズなのですが」

「すみません、チビで」

「いや、今度仕立てましょう。取りあえず今日はこれで」


 ランはロランドから手渡されたお仕着せを着て、その後をついていった。


「今日のお茶会は、王弟殿下とそのご親戚のご子息とです」

「……はい」


 裏階段を通って、ロランドとランは王城の応接間の一つにたどり着いた。


「あとはじっと立っていてください。用事は私がしますから」

「はい」


 ランの立った壁際に平行しておいてあるソファにレクスの後ろ姿が見えた。


「王弟殿下、今日はお誘いいただきありがとうございました」


 レクスはそう王の弟に挨拶をした。


「ああ。今日は俺の従兄弟の子を紹介しよう。マールスという。歳は十六になる」

「こんにちは、レクス様」


 王弟の横に座っていた、ぱっちりとした目の可愛らしい子がおしとやかにレクスに挨拶した。


「こんにちは」


 レクスはその子に明らかにぶすっとして挨拶を返した。


「……」

「……」


 気まずい沈黙が流れる。それを見かねて王弟が口を挟んだ。


「従兄弟は多産でね。マールスには五人の兄弟がいる」

「そうですか」

「き、きっと僕にも遺伝していると思います」

「それはそれは」


 ランのところからはマールスが恥ずかしそうに俯くのが見えただけで、レクスの表情はわからない。だけどレクスは口調から興味がないのが丸分かりだった。

「おやおや、気の毒ではないですか」


 そこに飛び込んで来たのは聞き覚えのない声だった。


「――アレン」

「遅れました。王弟殿下」

「マールス、紹介しよう。こちらが王位継承権二位のアレンだ」

「こんにちは……」


 その男は焦げ茶の髪に鳶色の瞳で、レクスと少し似た感じのする男だった。ただ、レクスと違って人好きのする雰囲気を醸し出している。


「さて、せっかくのお茶会だ。楽しくお喋りをしましょう」


 彼が来たことでピリピリとした場の空気は和んだ。その後もアレンを中心にして会話は続き、お茶会はお開きとなった。


「では」


 終わったとみるやレクスはそそくさと立ち去ろうとする。その手をアレンは掴んだ。


「レクス、いい加減にしないと自分の立場を悪くするぞ」

「……余計なお世話ですね」


 レクスはその手を振りほどいて部屋から出ていった。


「あっちゃあ……大丈夫かな」

「ランさん、行きましょう」


 思わず声を漏らしたランに、ロランドは退出を促した。


「あ、はい」


 ランは急いで来た道を引き返す。あんな態度でレクスは大丈夫かとやきもきしながらランが部屋に戻ると、レクスはすでに部屋にいた。


「……レクス」


 レクスは明らかに不機嫌そうな仏頂面だった。


「かわいい子だったじゃないか」

「なんだ、ランは俺をあの子と結婚させたいのか?」

「そういう訳じゃないけど……あんな態度はちょっとかわいそうだなって」

「にこにこしてたらその気もないのに外堀を埋められる」

「そ、そっか……」


 ぶすっとしたままのレクスにそう言われて、ランは不用意な発言をしたと反省した。鼻の奥がツンとしてくる。


「ごめん。勝手なこと言って」

「いや……別に……断れなかった俺がそもそも……」


 そう言って振り返ったレクスは息を飲んだ。


「なんだ、泣いてるのか」

「泣いてない! けど……レクスは何も悪くないのに……」

「王族としてこなさねばならない責務だ。そのうちいい見合い相手に出会うかもしれないしな」

「そ、そう?」

「ああ、だから泣き止め」

「泣いてないよ!」


 ぎゅっとレクスに背中から抱きしめられて、ランはわめいた。


「ちょっと目にゴミが入っただけ!」

「そうか」


 ランは身をよじってレクスの腕の中から逃げ出した。


「もう……からかうなって」

「ごめんごめん。まあ、少しは気が晴れたかな」

「ならいいけどさ」

「うん」

「……ちゃんと好きって思える人がレクスに出来ればいいね」

「そう、だな」


 ランがそう言うとレクスは一瞬気の抜けた顔をして、そして頷いた。

「ああ、やっちゃたなぁ」


 その日を終えて、ランは布団の中で悶えていた。レクスの立場も顧みないで、口を滑らしたことにまだもやもやしている。


「……面白がってお見合い見たいだなんていわなきゃよかった」


 ランはあまりにデリカシーがなかったと反省した。


「眠れない……」


 ランはもう何度目かわからない寝返りを打った。


「散歩でもしてくるか」


 扉をそっと開けて、ランは部屋を出た。そして忍び足で中庭に出る。中庭には白い薔薇が月光を受けて揺れている。


「綺麗」


 ランはぼんやりとその花を見ていた。


「やっぱ甘えてちゃだめだよね」


 一日、レクスと一緒に居てよく分かった。ここはランの居場所ではない。ランは明日になったら城下に仕事を探しに行こうと決意した。そうすると少し気分がすっきりする。


「よっし、寝よ!」


 ランはほっぺたをパシンと叩いて部屋に戻った。




「え、今日は俺についていかない?」

「うん。オレ、城下まで行ってくる」

「なにをしに?」

「仕事を探しに」


 翌朝、レクスにそう告げると彼は首を振った。


「仕事は見つからなかったんじゃ?」

「でももっと探せばあるかもしれないし。ここにずっと居るわけにもいかないし」

「……そうか。でもちゃんと戻ってこい」


 レクスの顔が少し曇ったような気がしたのはランの思い違いだろうか。ランはそれから城下を行き来して仕事を探しに行くようになった。


「すまんね。力仕事だから」

「オレ、できます。ベータですし」

「は、そんな小柄でオメガに決まっているだろう」

「違います」


 何軒もそう言って断られた。一年前と状況は変わらない。力仕事じゃない仕事は縁故のないランにはもっとハードルが高かった。


「お前、オメガだろう。だったらもっとふさわしい仕事があるんじゃないか」

「……ベータです」


 オメガにふさわしい仕事。それはどこかに嫁にいくか妾になるか、あるいは身を売るかだった。ランはそれだけは御免こうむりたかった。自分はオメガでさえないのだ。


「今日はどうだった、ラン」

「……仕事、みつからなかった」

「なあ、ラン。あんまりうろうろされると心配だ」

「子供じゃないんだ。大丈夫」


 レクスはランに様子を聞く度にしかめ面になった。ランも毎日しつこく聞かれて成果もないことにイラつく。二人の間の空気は険悪なものになっていた。


「ラン、そうしたら城で仕事をしないか」

「ここで?」

「ああ。ロランドが手伝いが欲しいそうだ」

「……そっか」


 ランも連日、断われ続けてぐったりとしていた。ロランドの仕事の手伝いならレクスの側にも居られる。


「ごめん……迷惑かけて」

「いいんだ。友達だろ」


 ランは結局レクスに手間をかけさせたことを詫びた。


「何から何まで……俺は……」

「ラン?」


 レクスは突然頭を抱えたランを見て彼に駆け寄った。


「大丈夫。最近頭痛がして」

「ちゃんと眠ってないんじゃ?」

「そうかも。ほっとして気がゆるんだかな」

「もう仕事は決まったんだから、今日からは眠れるな?」

「はは、まあね」


 こうしてランはロランドの仕事の手伝いをして日々をすごすことになった。

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