5話 事情
「……で? なんなの?」
ズズッと熱いお茶を啜りつつ、ランはレクスに問いかけた。
「うん、どこから話したらいいか……」
レクスはちょっと迷ったあとでソファに座り直し、手を組んだ。
「王族はアルファだ。王家の血を引いていることとアルファであること。これが条件だ」
「うん……そうだろうな」
「その血を守る為に、王族はアルファ同士での結婚を繰り返してきた。……だが、それには弊害があった。子供が産まれにくいんだ」
「子供が……」
「だから俺みたいな傍系にも王位継承権を与える事態になってる」
そう言ってレクスはため息をついた。レクスは憂鬱そうだったが、ランはどうしてレクスがそんな顔をするのかわからなかった。
「いいじゃん、それでレクスは王族に入れたんだろ?」
ランがそう言うと、レクスは首をふった。
「なりたくてなった訳じゃない。それに王族である為には義務が発生する」
「義務……なんか勉強とか大変なのか?」
「そういうことじゃない。王族の義務とは……王家の血を残すことだ」
「王家の、血……」
「つまり子作りしろってことさ」
そう言ってレクスはソファの背に身を預けた。
「子作り……」
「王位継承権とか言っても結局、種馬とかわらないという訳さ」
レクスの苦虫を噛みしめたような顔をみて、ランはようやくレクスの憂鬱を少し理解した。
「そっか……あの、それでお嫁さんとかもしかしてもう居るの……?」
「……いない」
「そうなんだ」
「いないから見合いばかりさせられている」
「うわぁ……」
ランの思っていたより、王族の暮らしは大変なようだった。
「それって、十五から今までずっと断ってるの」
「ああ、最初はまだ勉学をしたいと言って断っていたが、最近はそれも苦しくなってきた」
「そっか……」
「だから気晴らしに城下に出たんだ。……それでランに会った」
「ああ、それで……」
場違いの身なりの男が下町に迷い込んだのはそういう訳だったのだ。
「危ないじゃないか」
「ベータやオメガに囲まれてもどうということはない」
ランがそう言うと、レクスはそう答えた。
「俺はアルファだから」
「あっ、そうか……」
アルファはその能力を発現した時に独自の異能を発揮する。それは……魔法と呼ばれている。
「特に王族はアルファの血が濃い。よほどのことがなければ俺に手出しはできないよ」
ダンたちを身動き出来なくさせたり、ランを失神させたのもこの力だ。
「でもさ、それでなんで俺が王城にいなきゃなんないの」
「それは……」
レクスは急に口ごもった。
「……もしかしてレクス、お前友達がいないのか?」
「え? ……ああ、まあここに来てからは」
「もしかしてそれで俺にここに居て欲しいの?」
ランはそんなレクスに畳みかけるようにして聞いた。
「すまない。勝手な言い分だった」
「いいよ」
「……え?」
レクスがきょとんとした顔をランに向けた。
「王族のお嫁さんとかにはなれないし、愚痴を聞くくらいしかできないけど」
「ラン」
「昔と一緒だ。レクス、俺はお前の『友人』だよ」
ランがそう言うと、レクスはふうと息を吐いた。
「そんなこと言ってくれるのは……お前だけだ」
「そうだろ?」
そう言ってランは笑った。その笑顔の裏側で、ランは本気でレクスの苦悩を和らげてやりたいと思っていた。
「ところでランの性別はなんなんだ?」
「……ベータだよ」
「そっか」
お茶がすっかり冷めたころになってレクスがそう聞いて来た。ランの答えを聞いたレクスは少しほっとしたような顔をした。
思わず嘘で答えたランは少し胸が痛んだ。本当は性別は不明のままだ。……どちらにしろレクスの番になれないことには変わりは無いのだが。
「なら、この部屋に住んでしまえ」
「そんなの勝手にしていいの?」
「大丈夫。侍従を増やしたとか適当に言っておく」
「そう……まあとにかく今日は一回帰るよ」
ランがそう言って立ち上がると、レクスはその腕を掴んだ。
「帰ってくるよ。ちゃんと」
「本当か?」
まるでこれでは図体ばかり大きな子供だ。ランは手を放さないレクスの手の甲をつねった。
「僕はダチに嘘はつかない。荷物をとって、下町の仲間に事情を伝えたら帰ってくるから」
「……わかった。ただ案内に人を付けさせてくれ。王城にまた入るのに面倒だ」
「うん」
レクスはしぶしぶといった感じでランの手を放すと、手を叩いた。すると、茶褐色の髪をした生真面目そうな男がやってきた。
「ロランド、俺の友人を送って用が済んだらまた連れて帰ってくれ」
「かしこまりました」
ロランドはだぶだぶの服を着たランをチラリと見て答えた。
***
「ねぇロランドさん、ここから先は危ないと思うんだけど」
王城を出て、下町に向かったランとロランドだったがロランドはそのまま下町の奥まで付いてこようとする。
「連れて帰れと言われてますから」
「でも……」
「問題ありません。私はレクス様の護衛も兼ねてます。特技は氷の攻撃魔法、趣味はピアノ演奏です」
趣味までは聞いてないけどな。とランは思ったが大まじめな顔で言われてどうつっこんでいいのかわからなかった。
「オレの仲間を攻撃しないで欲しいな……」
「向こうがしなければしません」
「……はあ」
なんだか調子が狂う。ランは内心ため息を吐きながらそのまま下町に入り込んだ。
「ビィ! ビィいるか?」
そう声を上げると、しばらくしてビィが姿を現した。
「どうした、生きてたか!」
「よお」
ビィはランに駆け寄ろうとして背後のロランドを見て足を止めた。
「その人は?」
「ああ……えっと、さっきの男の部下の人」
「へぇ?」
首を傾げるビィに、ランはレクスが知り合いだったこと、そこに世話になることになったと説明した。
「そっか……よかったな。ここから出られるなら御の字じゃないか」
「ごめんな」
「謝るなよ。あ、荷物持ってきてやるから」
そう言ってビィはねぐらにランの荷物を取りに行ってくれた。
「はい。もう帰ってくるなよ!」
「ビィ……」
「じゃあな!」
別れはあっさりだった。振り向かずに通りに消えて行くビィ。その背中を追いかけてはいけないのだ、とランは思った。
「行きましょうか、ラン様」
「……様はいらないです。ロランドさん」
そうしてランはロランドを連れて、また王城へと戻った。
「帰ってきたか」
「帰るっていったじゃないか」
ランはレクスの居室の王城の離れの一角に戻ると、居間のソファに荷物をほうり投げた。
「で、オレはこのくそ広い部屋のどこにいればいいわけ? このへん?」
バタンバタンとランはそこらじゅうのドアを開けて、こじんまりした部屋を見つけるとそこに荷物を置いた。
「そこは続きの間だ。こっちに空き室がある」
「じゃあ初めから言えよ……」
ランはちょっと恥ずかしくなって乱暴にその部屋に荷物を置いた。
「はあ……ちょっと一人にして。疲れた」
「わかった」
ランはレクスにそう言って部屋から追い出した。レクスが用意した小部屋は日当たりも良くて居心地がよさそうだった。
「……なんか変なことになっちゃったな」
ごろん、とランはベッドに寝転がって呟いた。昨日はただ明日のパンの心配をしていただけなのに、今日の出来事が盛りだくさん過ぎてランは頭痛がしそうだった。
「とりあえず、良かったのかな」
レクスの辛そうな顔につい流されてこんなことになった。本人にも言ったようにランは愚痴くらいしか聞いてやれないと思う。それでレクスの気が晴れるなら全然協力しよう、とランは思った。
「レクスの気に入るお嫁さんが見つかるまで……か」
ランはいつの間にかうとうとと眠りについていた。
「――ラン、ラン」
「ん……レクス」
「そろそろ夕飯だけど」
「ん……」
耳をくすぐるレクスの声。その声にランがうっすら目をあけると鼻の先にレクスの顔があった。
「わっ……!」
「どうした?」
あまりの近さに声を出してしまったランに、レクスはいたずらっ子のように笑った。
「あんまり無防備に寝てたからつい」
「ちぇ……」
からかわれたのだ、と気付いたランは口を尖らせた。ベッドのふわふわ加減もあってついぐっすりとねむってしまったのだ。
「さ、食事が冷めてしまう」
「わかったよ」
レクスに急かされて、ランはしぶしぶ食卓についた。食事を取りながら、ランはレクスに聞いた。
「明日から僕はどうしたらいいのかな」
「好きにしてくれたらいいよ」
そう言われても困る。ランはレクスの予定を聞く事にした。
「レクスは? 何をしているの?」
「俺は午前は勉強、午後はお茶会……という名の見合いだ」
「勉強もしてるのか」
「うん。勉強は好きだ。別に見合いを断る方便って訳じゃなくて好きでやってる」
「そっか……」
ランはあんまり勉強は好きではなくて学校も途中で辞めてしまった。どちらかというと体を動かしている方が好きだ。
「明日は建築学の学者の人が来てくれる。専門家の意見を聞きたいと前から……」
レクスの勉強の範囲はランの想像以上だった。レクスは建築についてつらつらと述べていたがランにはちんぷんかんぷんだった。
「……あ、こんな話おもしろくなかったか」
「ううん。話してるレクスが面白いからいいよ」
「俺が面白い?」
「うん、楽しそうで」
ランがそう言うと、レクスは少し恥ずかしそうにそっか、と頬を掻いた。
「レクス、風呂あがったよ」
食事を終えて、レクスが風呂に入った後ランも体を流しに行った。ほかほかに温まった体にガウンを着込んでランが居間に行くと、レクスは本を読んでいた。
「何読んでるの」
「明日の予習に、建築の本を」
「はー……真面目だなぁ」
よく見ると居間には沢山の本が並んでいる。
「すごい本がいっぱいだね」
「ここにあるのは一部だ。別に図書室がある」
「へえ」
「ランも好きに読んでいいよ」
「うん……」
ランはちょっと尻込みしながら並んでいる本を眺めた。難解そうな専門書だけでなくて小説なんかもあるようだ。ランはそれを一冊借りることにした。
「これ借りる」
「ああ、それ面白かったよ」
「ほんと?」
そう言いながら、ソファにクッションを重ねてランは本を読み出した。
「ねぇ」
「何? なんかわかんないとこあった?」
「そうじゃなくて……昔もこんなことよくしてたね」
「ああ……そうだな」
レクスが小さい頃はすぐ体調を崩すからあまり外で遊べなかったので、二人で本を読んだりしていた。
「ちゃんと覚えてるよ」
レクスはそう言って、本を閉じた。
「そろそろ寝る」
「そうだね。じゃまた明日」
「……ああ」
こうしてバタバタしたランの一日は終わった。
翌日、ランは早くに目が覚めた。
「あー、ねむ……」
寝ぼけ眼でベッドから起き上がる。
「そっか……ここお城かぁ……」
どうりでドブ臭い匂いもしない訳である。ランは顔でも洗おうと部屋を出た。
「あ、ラン様……いや、ランさん。もうお目覚めでしたか」
「ロランドさん」
部屋を出た途端にランはロランドにハチ会った。
「洗顔の準備をします」
「いいです。自分のことは自分でやりますので……!」
「そうですか?」
ランは慌ててロランドを止めて顔を洗った。
「お着替えをご用意しました。昨日はすみません、てっきりレクス様の着替えだと思ったのでサイズが大きかったでしょう」
顔を拭きながらランが洗面所から出ると、ロランドが着替えを持って待機していた。
「すみません……」
「いえ」
シンプルな立ち襟のシャツに青いズボン。それをランは受け取ると部屋にいそいそと戻った。
「あせったぁ」
ランの家は貴族といってもハウスキーパーが一人居るだけで、自分のことは大概自分でやっていた。だからこういうのはどうも慣れない。
「僕、ここでやっていけるのかな」
あまりの生活様式の違いに、ランは少し先行きが不安になった。
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