3話 下町
――それから一年がたった。ランは王都の下町にいた。下水と埃っぽい匂いのする町かど。そこでランは生きていた。
「ラン、今日のあがりは?」
「これだけです」
「ふん、鉄くずか……ほらよ」
ランは町の浮浪児に紛れて暮らしていた。その浮浪児をまとめる通称『親方』はランの集めてきた鉄くずをちらりと見ると銅貨を二枚投げてよこした。
「これだけ……」
「鉄くずひろいならこんなもんだ。文句があるなら他に行きな」
「……いえ」
「まとまった金が欲しければ財布でも取ってこい」
親方にそう言われてランは俯く。年長だが小柄なランにゆすりは無理だ。
「よ、しけた顔だな」
「ビィ……」
浮浪児仲間のビィがランに声をかけてくる。
「スリならコツを教えるぜ」
「……」
「なんでもやらなきゃここじゃ生きていけないぞ」
「そうだな」
王都に着いたランは、片っ端から仕事を探したがやはり身元のしっかりしない者には仕事はなかった。やがて手持ちの金もつきて路地裏で蹲っているランに声をかけてくれたのもビィだった。仕事はくず拾いや使いっ走り、それにスリやかっぱらい。
「明日やってみよう。ダンも協力してくれるってさ」
「うん」
ダンはガタイのいいビィたちの仲間だ。見た目は怖いけど話すと気のいい奴だった。もしランがスリに失敗してもダン達がゆすりにかかるつもりなんだろう。ランはビィと連れだって、ねぐらへと帰った。
***
「いいか、この辺歩き慣れてなさそうなやつを狙う。ちょっとぶつかってその隙に財布をいただく」
「そんな上手くいくだろうか」
「やってみないとわからんだろ」
ビィはなんでもないように言うが、ランは緊張していた。ランだってこれが犯罪なのはわかってる。今までまったくそういうことをしてこなかった訳でもない。ビィに言わせれば、こんな所をカタギが通る方が悪いってことだったけれども。
建物の隙間に、狩りのようにじっと身を潜めランとビィはお目当ての人物が通るのを待った。
「……なあ、そんなやつ通るのかね」
「シッ」
この辺りは本当に治安が悪くて、事情を知ってる地元の人間は通らない。じっとしているのにも飽きてランがそう言うと、ビィは口に手を当ててランを睨んだ。
「……来た。しかも上物だ」
「ほんと?」
壁の隙間から顔を覗かせるビィの後ろから、ランは顔を突き出した。確かにこの町にそぐわない身なりの良い男が一人で歩いているのが見える。
「けど……あれは辞めといたほうがいいんじゃ」
ランは思わず怯んだ。と、いうのもその男は背が高く、上着を着ていてもわかるくらい体格が良かったからだ。
「ラン、体格は関係無い。スピード勝負だ」
「うん……」
ランはごくりとつばを飲み込んだ。その男との距離がどんどん近くなってくる。
「よし、行け!」
ポン、とビィがランの背中を叩いた。ええい、ままよ! とランは通りに出た。
「ぶつかって、その隙に……」
ランは手順をぶつぶつ呟きながら男にぶつかっていった。
「いたっ」
「あ……すみません」
取れた! 後は逃げるだけ。ランはすぐさまその場を後にしようとする。しかし足は空を切って前に進めない。
「なっ」
「……おい」
男はランの襟首を掴んでいた。
「今、財布をすったな」
「え、ええ~と」
ランは恐る恐る振り返る。白銀の髪に明るい緑の瞳がランの視界に入る。しまった、失敗した。でも、失敗したらダンがゆすりに出てくるはずだ。分け前は減るけどしかたない。
ランはそんな風に考えて居たが、男の反応はちょっと違っていた。
「お前……」
そう言って、ランの顔をじっと覗き混んでくる。
「……?」
ランが何か違和感を感じて思わず首を傾げそうになった時だった。ドン、と衝撃が走って、ランを捕まえていた手が離れた。
「おう! 兄ちゃん、仲間に何してくれてんの」
ダンだ。仲間の中でも一際大柄な彼が男の前に立ちふさがった。
「ラン、今のうちに逃げろ!」
「う、うん」
ランが慌ててその場を後にしようとした。ところが男が再びランを捕まえた。
「うげっ!」
「ラン……だと? お前ランっていうのか?」
「え、そうだけど」
「馬鹿! ラン逃げろっていったろ!」
ダンが地団駄を踏みながら叫んだ。ごめん、ダン。ドジ踏んだ。ランはそう思いながら何とか男の腕から逃れようとしたが、男の力は強くびくともしなかった。
***
「ランを放せよ!」
ダンが男の前に立ちふさがった。体格的にはダンの方が大きい。だが男は怯む様子も慌てる様子も無かった。
「ラン!」
その様子に加勢しようとしたのかビィも出てくる。
「おいそこの兄さん。ここがどこかわかってんのか?」
「……さあな」
「この吹きだまりに素人が入ってただで帰れると思うなよ」
ビィはそう言うと指笛を鳴らした。するとぞろぞろと浮浪児たちが集まってくる。
「さあ、ランを放せ」
「うるさい……散れ!」
ビィの要求を、男は一蹴した。その声に浮浪児達はびりびりと痺れるような感覚を覚えた。
「……な、なんだこれ」
「こいつ……アルファだ。それも普通のアルファじゃない……」
ランの仲間達は硬直したまま動けなくなってしまった。ただ、男が一声発しただけなのに。
「……ふん」
そのまま男は来た道を引き返そうとした。ランを抱えたまま。
「おい! ちょっと。ごめんて、財布は返すよ」
「そういうことではない」
「え、どういうこと!? って放せって!」
ランはやけくそになって無茶苦茶に暴れた。
「……少しじっとして貰おうか」
男の手がランの目元を覆った。ビリッと強い衝撃がランの脳に走って、ランは気を失った。
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