【BL】出来損ないのオメガですが王族アルファに寵愛されてます~二度目の恋は天使と踊る~

高井うしお

2話 追憶

 かつて『大災厄』と呼ばれるものがありました。

 疫病が流行り、人々は子を成すことができなくなりました。

 人が滅びようという時、大賢者が授けたのはもう一つの性。

 世界中の魔力を集めてアルファ、ベータ、オメガというもう一つの性が生まれました。

 アルファは弱った人々を助け導く能力を得ました。

 ベータは滅びかけた世界を支える為に丈夫な体を得ました。

 オメガは減ってしまった人類を再び産み育て増やせる力を得ました。


 こうして新しい世界で人々は再び繁栄することができたのです。


「……だってさ!」

「ふーん」

「ふーん、ってレクスは興味ないの?」


 ランは今読み上げた本を抱えたまま、寝転んでいるレクスを覗き混んだ。レクスの若草色の目がランを捉える。ランは宝石みたいに綺麗だ、と思った。



「レクスは体が弱いからベータではないかな。ってことはアルファか……オメガ?」

「どうだろうね」

「もし……」

「なあに?」

「レクスがオメガだったらオレ、レクスをお嫁さんにしてあげる」


 ランが無邪気にそう言うとレクスはぷいと横を向いた。


「あ、どうしたの?」

「オメガじゃなかったらどうするの……?」

「え、えーと」

「お嫁さんにしてくれないの?」

「そんなことないよ! レクスがなんでも俺は……」


 そう言いかけた時、ランの唇に柔らかいものがぶつかってきた。


「むぐっ……あ、ちゅーした!」

「……約束のちゅーだよ。ラン、わかった?」

「うん……」


 それは遠い遠い記憶。ランがまだ自分になんの疑いのない頃の記憶。幸せだった過去の……記憶。


***


「……寝てたのか」


 ランは毛布代わりにかけていた上着に埋ずもれて目を覚ました。ガタンガタンと汽車の揺れるリズムが再びランをうとうとと眠りに誘う。そんなまどろみの中でランは窓の外を見た。


「もう……見えないな」


 とっくに窓の外のずっとずっと後方に故郷の街は消えていた。そこはもうランを苦しめるだけの地になってしまった街だけれども、決して嫌いになった訳ではなかった。ただ、あそこでは息苦しすぎて、もう生きていけない。そう思ったからランは離れることにしたのだ。


「さよなら……」


 そうランは呟いてまた目をつぶった。


 そもそもの始まりは十三歳での性別検査だった。皆がアルファ、ベータ、オメガと書かれた報告書を見て、顔色を変える中で、ランは困惑するしかなかった。


『判定不能』


 ――それがランに下された結果だった。


***


「判定不能……?」

「はい。たまにいるようです。来年にまた検査をするそうです」

「……そうか」


 ランの父はそう言うだけだった。そういうランの父はアルファだ。田舎の小さな家といえども一応貴族である。当然息子もアルファ、そうでなくてもベータであることを期待していた。


「来年……来年になれば……」


 ランは自分にそう言い聞かせた。だけど、その翌年もまたその翌年も翌年もランに性別の判定がつくことは無かった。


「どういうことだ!?」


 ランの父は家に医者を呼んだ。そして隅々までランの体を調べさせた。


「結論を申しますと性成熟が遅れています。ご子息はもう十六歳になります。おそらくはこのままかと……」

「なんだと……」


 嘆き悲しむ父を慰める兄達。それを当事者のランは遠くで眺めていた。


「ごめん……ごめん父さん……」


 でもどんなに泣いても変わらない。性成熟の進まないまま成長したランはなんだか手足がひょろひょろして小柄で、どこかアンバランスだった。

 そんなランを見て、学校でも街でも皆噂する。子供を産めない出来損ない、と。


「ラン……また泣かされたの」

「兄さん……」

「ここは田舎だからね。口さがない人が多い。……俺達はランが健康でいてくれればそれでいいんだよ。父さんだってそう思ってる」

「そうだろうか……」


 そうしてランは決意した。この故郷を捨てようと。


「とにかく一番大きな都会……王都に行こう。それなら沢山人が居るし、きっとちょっと変わった奴が居ても誰も気にしないに違いない」


 ランはその日のうちに身の回りの荷物をまとめて家を出た。夜行の汽車に乗って、遠く遠くへと。


***


「王都……かぁ。とりあえず何か仕事を探さなきゃな」


 翌朝、汽車は王都に着いた。降り立ったランはそう呟く。家族に何も言わず、飛び出してきた。ツテも知り合いもこの王都にいない。


「レクスの居場所なんて知らないしな」


 唯一王都にいる知り合いは昔子供の頃に療養に来て仲良くなった子くらいだ。もちろんどこにいるかなんて知らない。なんせさっき汽車の中で見た夢で久し振りに思い出したくらいだ。


「でも、なんとかしなきゃ」


 故郷には戻りたくない。侮蔑と憐れみの目をぶつかられながら死ぬまで生きるなんてまっぴらだ。ランは唇を噛むと、王都の騒がしい人混みの中に消えていった。

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