第14話蒸発青春

珍しく週末だと言うのに、畑中は酒を飲まずに帰宅した。

コンビニ弁当とお茶を買って1人で寂しい晩飯を食べた。

帰宅の際に確認しなかったポストを見に、4階からエレベーターでエントランスの集合ポストのダイヤルを回した。

手紙が入っていた。差出人は丸川いずみからだった。2ヶ月前にコンビニで再会した元カノ。

レターナイフで封を切り、手紙を読んだ。

今は、LINEがあるのに手紙とは。

その文章を読み、畑中はショックを受けた。


【マナブ君、元気ですか?私は膠原病が酷くなり、余命宣告を受けました。多分年内には、お空の星になると思います。私はマナブ君と再会出来て良かった。最後の思い出になりました。私は名古屋を出て九州の病院へ移ります。結局は、マナブ君と付き合っていても、私が先に死んじゃうんで、別れて正解でした。でも、私はマナブ君との思い出を宝物にしています。2人で食べた、シュークリーム、カルボナーラにタバスコかけるマナブ君の事が良い思い出になっています。来週の水曜日、15時の飛行機で帰ります。それまでに一度会えたらいいな。LINEで送れば簡単な事だけど、昔、マナブ君が毎週手紙を送ってくれた事を思い出して書きました。水曜日はきっと平日だから会えないよね?勝手に別れて、勝手に死んでいく私を許して下さい。さようなら】


畑中は直ぐにLINEでいずみに連絡した。


【来週、水曜日、セントレア(中部国際空港)に行く。昼の1時にセントレアのインフォメーションカウンター前にいて!】


畑中は必死だった。最後のいずみのわがままをきこう。

水曜日、彼は有休を取った。


1時に2人は再会した。

いずみはやせ細っていた。コーヒーなら飲めると言って、国内線の通路の奥にあるスタバでコーヒーを2人で飲んだ。


「ホントに来てくれたんだね。ありがとう」

「いやいや。身体は大丈夫か?」

「余命宣告を受けた人間が、大丈夫って言えないでしょ?」

「いや、ガンの末期なのに、15年生きた人がいるから、諦めるな!」


もう、季節は秋だった。

パンプキンケーキを2人で食べた。学生時代、こうやって2人で食事した事を思い出す。

「なぁ、いずみ。来年、僕も遊びに帰郷するから、その時また、会おうな?」

「生きてたらね」

「生きてるてよ!絶対に。いずみ諦めるな!いずみは言ってたじゃん。難しい数学の問題を計算している途中、オレが投げ出そうとしたとき、諦めるなって」

「そんな日もあったんだね」

「忘れたの?」

「ん〜ん、覚えてる。マナブ君は、理系から急に文転したからね」

「石神先生が、警察官目指すなら法学部が良いって言うから」

「今何時?」

「ちょっとだいたいねぇ〜♪」

「いやいや、何時?」

「2時15分」

「そろそろ行かなきゃ」

「いずみ、ハグして良い?」

「……良いよ」


畑中はいずみの痩せた身体を抱きしめた。そして、耳元で言った。

「いずみ、死ぬなよ!いや、お前は死なない!」

「ありがとう、マナブ君」


2人は別れた。

空港の検査所を通る所まで見送った。いずみは満面の笑みで手を振っていた。畑中も手を振って応えた。


半年後、畑中のポストにハガキが送られて来ていた。

九州の家族のハガキだった。

いずみは春の桜の季節、息を引き取ったと。エンディングノートに畑中の住所が載っていたので、家族が出したらしい。

畑中は泣いた。1人自宅で焼酎を飲んだ。弔い酒だが、その晩はいくら飲んでも酔わなかった。

元カノの死で畑中は大きく変わろうとしていた。

だが、それが何が変わったのか理解は難しいが、愛は恋とは違うと。

その、初盆の時は九州へ戻り、墓参りした。

青春時代の楽しい思い出がまるで蒸発したように、きれいに消えてゆく気がした。

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