第11話消された時間
雨の中、傘をさして水谷は現れた。
2人は喫茶店に入る。夏の雨。最悪だ。
畑中はアイスコーヒーをブラックで、水谷は暖かいミルクティーを注文した。
水谷は、静かだった。
畑中は、たばこに火をつけて相手の出方を注目した。
「この前、親がいない事を話しましたよね?」
「うん」
「両親は私が5歳の時に交通事故で亡くなりました」
「なんだと」
畑中は灰皿にたばこを押し付けた。まだ、長いのだが。失礼に思えたからだ。
「それから、祖母に育てられましたが、私が小学1年生の時に亡くなり、児童保護施設で過ごしました。山口さんに良くしてもらって」
注文の飲み物が届いた。水谷は少し中断してまた話し始めた。
「山口さんは、児童保護施設の役員さんで私達のような施設ぐらしの子供たちに、社会勉強として色んな経験を積ませました」
「山口さん?」
「あ、ぶんぶく寿司の大将です」
「あの人、山口って苗字だったんだ。通って6年経つけど、″大将″って呼んでたから。それで?」
水谷はミルクティーを一口飲み、
「施設の先生がとても優しい人で、施設を出てもたまに食事に連れて行ってもらってたんです。その先生が畑中さんにそっくりで、いつもワイシャツを腕まくりしていて、お絞りで顔を拭いたり、クチャラーで私の財産もちゃんと管理してもらったんです。両親の保険金とおばあちゃんの保険金で、大学まで通えました。銀行には、まだお金があります。だから、私は絶対にお金目的で畑中さんに声を掛けたんじゃないんです。先生にそっくりで嬉しかったんです。でも、その先生も今年の5月に亡くなりました」
畑中は心が傷んだ。今日は土曜日。コーヒーなんて飲んでる場合ではない。
何か彼女にしてやれる事は無いのか?
「水谷君、君は食べ物は何が好きかい?」
「え?……焼き肉です」
「焼き肉?」
「先生が自宅に呼んで、家族の方と一緒に焼き肉を食べさせてもらいました」
「そうか」
「はい」
「今から、映画でも見て、夜に焼き肉はどうだい?」
「悪いです」
「いいから、いいから」
畑中はストローで一気にアイスコーヒーを飲んだ。反対に水谷はミルクティーを味わうようにゆっくり飲んだ。
待つ間、たばこを吸っていた。
タクシーで映画館に向った。
16時30分開始の、原作は羽弦トリスの「さよなら2年C組」だ。これは、デスゲームの物語。主人公の年食った先生が生徒を皆殺しにする作品だ。
18時40分映画は終わった。
「まさか、先生がこんな終わり方するなんて。原作者は天才ですね」
「いいや、アイツは馬鹿だよ。いっも酒ばっかり飲んでるから、小説でも登場人物に酒ばっかり飲ますんだ」
「馬鹿ですね」
「そうだろ」
2人は焼き肉屋へ向った。水谷は美味しい美味しいと肉を食べていく。畑中は、焼きながらビールを飲み、水谷の笑顔に心が少し軽くなった。
皆んな、それぞれあるんだ、歩いた道が。
「畑中さん。畑中さんの会社、今度、面接にいきますよ。名港トランスコーポレーションでしたよね?」
「ダメダメ、君みたいな優秀な人間が勤務すべき会社じゃ無いよ」
「でも、この会社は結構むずかしいんですよ」
「まぁね。TOEICで750点は無いと仕事出来ないからねぇ」
「私、がんばります」
「ま、好きにすれば良い。1つだけ、忠告する。車両課には希望を出すなよ」
「どうしてですか?」
「オレがいるから」
「畑中さん、仕事出来る雰囲気ですよね?」
「飲んでばっか」
2人はテールスープを飲んで店をでた。
「ありがとうございました。就活が終わったらまた、連絡します」
「うん、頑張れよ」
「はい」
畑中は、人を信じる事を思い出した。男性でも女性でも。
恋なんて、自分には関係ない。
1年後、水谷が車両課に配属されたのは苦笑いした。
さて、飯食って、ビール飲んだけど、ほどんど水谷にサーブしていたから、腹ごしらえだ。夏はスタミナ食。
ちょっとお高い、うなぎ屋に向った。
「
う巻きで、日本酒。肝焼きで日本酒。白焼きで日本酒。
隣の女性組がこちらをチラチラ見ている。どうせ、笑えば良いさ。オレはオッサンだ。恥ずかしがる年齢では無い。すると突然、
「畑中さんですよね?」
「……あなたは?」
「忘れたんですか?服部です」
「服部?」
「総務課の服部です」
「あ、あぁ〜、竹内君の部下だよね。アイツいつの間にか課長になったからな」
「竹内課長の事をアイツって言えるのは、畑中さんくらいですよ。課長、鬼ですから」
「アイツな、研修中、サバ定食食べて、骨が喉に引っ掛かって病院行ったんだ。そしてあだ名が″サバ″なんだ。笑ったよ」
「あははは」
「で、何?2人してうなぎ屋に来て。飲んでんの?」
「はい」
「飲もっか?」
2人はうな重を食べていたが、時間はまだ22時半。
まだまだ、飲める時間だ。
3人で「大西」へ向った。「大西」は大衆居酒屋で、うれしいホッピーがある。ホッピーを知らない、服部ともう一人の女性の加藤は畑中にホッピーの作り方を伝授してもらった。
「美味しいだろ?」
「はい。ビールみたいですが、さらに飲みやすくなってます」
「女性の味方みたいな飲み物ですね」
と、服部と加藤が言う。
「昔は、ホッピーはオジサンと言うイメージがあるけど、最近は女性にも人気なんだ。プリン体ゼロだからね」
「君ら、土曜日にうなぎ屋で、ヒマなの?」
「すっごい偏見ですよ。いつも残業続きなのでスタミナつけようかと」
「何〜、総務課が残業?今度、竹内に言ってやる!あの馬鹿が」
プリン体ゼロのホッピーだが、ツマミがとんちゃんだから、結局はプリン体を摂取している。
2人には、彼氏がいないそうだが畑中はそう言う事は意識していなかった。
12時解散。
勘定は畑中がした。女性組と別れて帰宅した。
明日は日曜日。
ゆっくり寝よう。
彼に彼女が出来るのは今のところ可能性は、ゼロと言って良いだろう。こんな、酒好きで不規則な生活を送っている男の彼女になるなさんざ、一体どういう了見なんだい?と、突っ込まれそうだ。
シャワーを浴びた畑中は、録画のテレビをみながら寝落ちした。
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