第4話さらば提督

「えっ、マナブ君?」

と、コンビニの女性店員は言った。驚きを隠せないようだった。

ネームプレートには、「丸川」と印字されていた。

「久しぶり、いずみ。東京の大学行って、向こうの人と結婚したはずじゃ無かったの?

「……色々あって」

「何時まで、仕事?」

「明日の朝5時まで。今夜は夜勤なの」

「女性店員が夜勤って危なくない?」

と、畑中は週刊誌を閉じて本棚に戻した。

「後、1人若い男の子のバイト君がいるから。それに、私は極真空手やってたし。私はここの社員なの。畑中くんは、貿易会社だったよね?」

「うん」

「出世した?」

「まだ、平社員」

「……あ、明日、また、来てよ!一緒にコメダでも行かない?」

丸川は笑みを浮かべていた。彼女は、きれいと言うより、かわいい部類。

高校時代の元彼女なのだ。


「良いよ。明日、また、朝何時にすればいい?」

「私は、事務処理もあるから、7時で」

「わかった」


畑中は、ポカリを持ってレジに並んだ。

髪の毛が茶髪の男の子がレジ打ちをしていた。


翌朝、朝7時。

畑中はジーンズにTシャツ姿でコンビニへ向った。

丸川は、店の入口近くに立っていた。

黒いパンツにTシャツだった。


よそから見れば、中年夫婦だ。畑中は丸川に聞きたい事が山程あった。


「ねぇ〜、提督」

「提督?」

「高校時代のあだ名は、提督だったじゃない。友達からは。ミリタリーマニアだったから。ね?マナブ君」

いずみはいたずらっ子の様に、畑中の顔を伺った。

「いずみ、マナブ君より、提督にしておくれ。オレ達はもう、付き合ってないんだから」

「……そうだね。今からどこ行く?」

「コメダでしょ?」

「なんで、仕事終わりにコーヒーなのさ。朝から飲める店に行こうよ!」

「じゃ、酒津屋だね」

「うん」


2人は、名古屋市の栄の地下街にある、「酒津屋」に入店した。

朝の7時開店だが、席は半分埋まっていた。

並んで腰を下ろし、ビールで乾杯した。

「なぁ、いずみ。結婚したんじゃないの?」

「うん、したよ。でも、2年で別れちゃった」

「どうして?こんなにかわいいのに」

「……提督、ありがとう。でもね、私は子供産めない身体だと判明してね、姑にいじめられたの。旦那はマザコンだから、一方的に離婚届を突きつけてきたの。で、別れちゃった。提督はお嫁さんは?」

いずみは、味噌串カツを豪快に食べて、ビールを飲んだ。

「まだ、未婚。オレってダサいでしょ?腹も出て来たし。実は昨日、若い子らと飲んだんだけど、中々今の若いヤツラには付いていけん」

畑中は、子持ちししゃもを噛みながら、いずみの顔を見て言った。


「私も45歳のオバサンでしょ?若いバイト君やバイトちゃんに怖がれてね。空手やってるから、余計」


「なんで、かわいいじゃん。どう見ても、43歳くらいにしか見えないよ!」

「アハハハ。提督、たった2歳しか若く見えないの?」

「ウソウソ。まだ、30代前半に見えるよ」

「マナブ君……失礼、提督はあの頃より、大人になったね」

「まぁ、オジサンだから」


2人は、芋焼酎をロックで飲みだした。

周りの若い連中が、芋焼酎の匂いが気に入らない様子だ。それを、無視して飲んでいる中年男女。


「あの時、私がバカだった。提督と結婚すれば良かった」

「オレは、ちゃらんぽらんだったから。いずみは、法学部だったよね?」

「うん。提督は、たしか国際関係学部の英文科を専攻していたよね?」

「そうだよ、だから貿易会社にしたんだ。中学生レベルの英語しか喋れないけど。だけど、単語さえ知っていれば問題無いよ、今のところ」


2人は昔の思い出話に花を咲かせた。


昼間の12時に解散して、LINEの交換をした。

まだ、梅雨明けの蒸し暑い夏の出来事である。


ピンポン


畑中のLINE通知音が鳴った。

「今日はありがとう。提督じゃ無くて、昔みたいにマナブ君って呼んでいい?」

と。


「良いよ」

と、返信した。その日のそれだけだった。長年のあだ名、提督とはおさらばだ。

畑中は、いずみと交際する事は無いと言い切れる。

だって、向こうが急に他の男に走り、勝手に別れただけだ。

理由があったにせよ。

でも、飲み仲間にはしたいと考えていた。

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