チャプター2

 お腹を満たしたモノムは、今後の概要を語った。

 と言っても、明後日の午後に荷物が届くから、それに合わせてセントラルエレベーターに乗り込むというもので、今日と明日は休暇のようなものだった。

 ただし、スターダスト・グロウのメンバーで死んだとされる萌黄も、エルフの耳を持つモノムも目立つわけにはいかず、観光をすることはできなかった。


「車はどうするんだ?パステのリムジンは使えるのか?」

「難しいと思います。鍵は問題ありませんが、駐車場に萌黄さんたちがくると、ガードマンに見つかってしまいます。私のやることに口を出すことは無いでしょうが、目立つことは、できれば避けたいですね」


 そう言ってパステがモノムを見ると、モノムは頷いた。


「じゃあ、あたしが適当なのをパクるぜ」

「はあ?そんなこと、無理に決まっているじゃないですか」

「何度かやってるし、問題ないって」

「無理って、技術的な意味じゃないです。法的に問題ってことです。というより、何度かやってるですって?萌黄さん、あのですね……」

「捕まってもエグゼクティブルートの権限で、もみ消せるだろ?」

「そういう話ではありません!」


 パステは右手で頭を抑えた。同じ『純正』という仲間ではあるが、どうも萌黄はニガテだった。

 萌黄の言う通りなのだろうが、犯罪には同意できない。そして、自分たちがもっと大きなことをしようとしていると追求されると、詰まってしまう。


 そこへ、黙っていたモノムが提案を出した。


「パステのリムジンを堂々と使おう。パステがハーフエルフ……っていうところを、活かすんだよ」

「どういう関係があるんですか?」

「だからさ、パステの父親の親戚は3層にもいるわけでしょ?私と萌黄は親戚ってことにすれば、普通に家族で車を使うってことにできるでしょ。萌黄は人間だからそのままでいいし、私もパステみたいにニットキャップをかぶれば、エルフっていうことをごまかせる。まあ、車を使うのが公私混同って言われちゃうと、お手上げだけど」

「おお、いいじゃん。それでいこうぜ。パステもそれぐらい、いいだろ?」


 パステも頷いた。

 流石はモノムと言ったところだった。

 モノムはこうやって戦略を練り、色々なことをやってきた。例えば、リージョン1の警察の襲撃やリージョン10のルートの襲撃などもその一つらしい。


 そこで、パステは疑問を得た。

 折角なので聞いてみた。


「ところで、モノムさんはなぜスターダスト・グロウに協力をしていたんですか?メタリッドさんという人の情報とスターダスト・グロウは、なにも関係がないと思うんですが」

「ポルタと戦うための仲間が欲しかっただけだよ。ペンダントのバリアがなんとかなるなら、スターダスト・グロウの人数は大きな力になるからね」

「そのために、警察や政府関係者を殺したと?」

「あれはパステがオリエンタルビルを破壊したのにギッターたちがビビって、スターダスト・グロウの活動が止まっちゃったことで、末端のメンバーのストレスが溜まっていたのが原因なんだよ。モチベーションをあげるために必要だったんだ」


 それを聞いたパステは、言っていることはわかるが、納得はできなかった。

 そこへ、萌黄が割り込んだ。


「ていうか、パステ。オリエンタルビルのあれって、どうやったんだよ。ディザスターってそこまで強力な武器なのか?」


 パステは戸惑った。自分にも不明で、逆に聞きたいぐらいだった。

 このメンバーに隠し事は不要だと思い、正直に伝えると、萌黄もモノムも戸惑った。


「なんだそりゃ……。ペンダントかなにかが勝手に発動したってことかよ」

「そうなります。そうとしか言えないです」


 モノムは顎に手を当てて考え事をしていた。頭のなかでは、認めたくは無いが、そうとしか思えない回答を出していた。


「やったのは、ポルタかな?」

「はあ?どういうことだよ」

「行動を監視していて、干渉してきたとか。今まで想像もしていなかったけど、『ポルタランド』っていうぐらいだから、世界中にポルタの目があってもおかしくないと思わない?」

「だとすると、私達のこともバレているのでしょうか?非常にまずいです」


 モノムは首を横にふった。


「いや、見ているのは全部じゃないと思う。5層のサーバールームのように、アラートがあがるとチェックするとか、なにか条件があるはず。すくなくとも、私達はそういうことはまだやっていないし」


 そして、ケラケラと笑うと、


「これからやるんだけどね」


 と、付け加えた。

 萌黄が言った。


「そういや、さっきのリムジンの話だけど、3層には本物のパステの親戚がいるんだよな?」

「はい、います。親戚どころか、会ったことはありませんが祖父や祖母もいます。敵というわけではありませんので、グラディエーター・バトルが軌道に乗ってから会ってみようと思っていました。エリアは4と聞いています」

「てことは、モノムの親戚もいるわけか?父親のメタリッドってのが、エルフなんだっけ?母親はどんな偉業で2層に行ったんだよ」


 モノムは首を横にふった。


「ああ、情報が無いんだっけ」

「じゃなくて、私、4層の奴隷とのハーフだから」


 それを聞いた萌黄は驚いた。

 更に驚いたのはパステであり、声が裏返った。

 奴隷とのハーフはブリーダー試験の参考書にもしっかりと書いてある、『犯罪』だからだ。

 ポルタランドに一番存在してはいけないものが目の前にいるという衝撃は、ポルタに忠誠を誓っていたパステにとって、想像を絶する話だった。


 パステは両手で頭をかかえてうずくまった。色々と衝撃的な事実を聞かされてきたが、これが一番の衝撃だと言っていい。

 一方、萌黄は、


「別にいいじゃん。3層も4層も、同じ人間なんだぜ?フロアで区別のある、ポルタランドのほうが間違ってるんだって」


 と笑った。


「そういうわけにもいかないんですよ……」

「でも、純正だぜ?」

「そうですが……」


 パステは次に、なら、なぜモノムは2層にいるのかという疑問が湧いてきた。

 しかし、その回答はモノムも持っていなかった。それを知るために今の活動があった。


「メタリッドさんは、エグゼクティブブリーダーではないですよね?時期的に若すぎます」

「うん。違うと思う。ブリーダーを全員殺したとかだったらニュースになってるし、そういうこともないと思う」

「お兄さんとおなじように、5層におりてセントラルエレベーターの権限を奪ったのでしょうか?」

「そうだと思うけど、わからない。2層の孤児院にどうやって私をいれたのかもわからないし、なんで記録がないのかもわからない。私はそれを調べたい」


 モノムは力強く、そう言った。


 -※-


 二日後の早朝。

 パステはホテルの駐車場におりた。ガードマンの2人に挨拶をすると、今日は親戚とドライブに出かけるという話を楽しそうにした。当然、演技だ。

 そこへ、萌黄とモノムがやってきた。萌黄は筒のようなものを背負っており、これは、アビス・バッズをいれたものだ。モノムは耳を隠すためにニットキャップをかぶっている。

 挨拶をすると、パステは萌黄にキーを渡した。そして、助手席に座ると、モノムは後部座席に座った。


「一度、こっちに座ってみたかったんですよ」


 パステはすこし嬉しそうだった。


「んじゃ、いくぜ?」


 エンジンをかけた萌黄は、ゆっくりとリムジンを走らせた、

 車は早朝のガラガラの道路を、快適に進んだ。

 運転をする萌黄の手元や足元を見ながら、パステは、


「これを運転できるなんて、凄いですね」


 と言った。


「覚えれば簡単だぜ。エグゼクティブルート試験なんてもんより、圧倒的に簡単だと思うぞ。どんな問題が出るか知らないけどな」


 萌黄はそう言って笑うと、後部座席のモノムが言った。


「じゃあ、問題。他のエリアと言い争いになった場合、どのような解決方法が考えられるか?」


 萌黄は笑いながらウインカーを出し、ハイウェイにハンドルを向けながら、


「そりゃ、戦争だろ。勝ったほうが正義だぜ。そんなのが試験なのか?」


 と言った。


「……あの、全然違いますよ」

「じゃあ、なんだ?話し合いでもしろってか?」

「違います。エグゼクティブルートは全員ポルタ様の代弁者であり、ポルテ様のために行動をしているため、意見の食い違いになることはありえない……、です」


 それを聞いた萌黄はゲラゲラと笑い、ハンドルをバンバンと叩きながら、


「ありえないって!」


 と言った。


「なら、お前とビピルは言い争いにはならないってことか?」

「はい、絶対になりません」


 そこで、パステは息を吐いた。


「……今までは……と、付け加えるべきかもしれませんが……。正直、私はポルタランドのことが、よくわからなくなっています」

「今日の午後には、色々とわかるはずだよ」


 パステはそうですねと返した。


 ドライブは順調だった。

 萌黄が乗り心地のいい車に楽しくなり、アクセルを踏んだおかげで、予定よりも早く目的地につきそうだった。


 すこし高い丘の上で、視界には広い海が見えた。

 萌黄は車をとめると、3人は車からおりた。正面にはゲートと、その先には一本の道路があり、更に先にはセントラルエレベーターが見える。ゲートにはしっかりと、ガードマンがいる。彼らは今日、パステがくることは知らない。

 キョロキョロと周囲を見回したパステは、


「このあたりですね。就任したばかりのリージョン7と8のルートが襲撃されたのは」


 と言った。

 萌黄は両手を返した。


「あたしたち幹部は、パステには勝てないから逃げろって言ったんだぜ?それでも、部下が暴走したんだ。あの二人の身元は洗ってるんだろ?」

「もちろんです。リージョン8の中小企業の社長の息子と、その妻ですよね。能力も無いくせに生まれだけで専務になって、社員が稼いだ利益を貪っていた犯罪者です。それが動機っていうのは、逆恨みもいいところです」


 パステは真顔で萌黄を見た。


「イグナイト・ファミリーを始めとしたギャンググループも犯罪者ですが、更生できました。スターダスト・グロウもしっかりと指導をすれば更生できるんでしょうか?」

「……無理だな。あたしたちの敵はポルタで、エルフの支配からの解放だ」


 萌黄はそういうと、腕を組んだ。


「といっても、今は本当にそうなのかは怪しいぜ。人間とエルフっていう区別じゃなくて、純正とポーメントって区別が正しいのかもしれないって、思い始めてる。ポーメントが悪いっていうつもりじゃないぜ?でも、なんでそうなっているのかは知りたいんだ」


 セントラルエレベーターを見ると、草原に風が吹いた。

 それをトリガーに、モノムは、


「じゃあ、いこうか」


 と、車のトランクを開けて中に入った。ドアに手をかけた萌黄は、


「お前はこんな役、ばっかりだな」


 と笑うと、モノムも笑った。

 トランクをしめ、パステは後部座席に座ると、車はゲートに向けて走り出した。


 坂をくだり、ゲートにたどり着くと、銃を持っている2人のガードマンが寄ってきた。後部座席のパステに気がつくと、姿勢を正した。

 窓をあけたパステは、エグゼクティブルートの目で、


「緊急ですいません。これから出迎えがありますので、ゲートをあけてもらえないでしょうか?」


 と言った。あくまでも、低姿勢だ。

 ガードマンたちは、エグゼクティブルートの命令にノーという権限はなかった。運転手の萌黄についてや、なんの出迎えなのかなど、余計な質問はせず、かしこまりましたとゲートをあけた。


「しばらく戻らないと思いますが、気にしないでください」

「かしこまりました。お気をつけて」


 パステが窓をしめると、萌黄はアクセルを踏んだ。

 一直線の長い道路を進み始めると、パステは、


「ここは、全力で飛ばしても問題ありませんよ。というか、そうしないとたどり着けないぐらいに遠いです」


 と言った。


「よっしゃー!」


 萌黄は加速した。

 幅200メールほどの一直線の巨大な道路は、対向車もなく、簡単に事故を起こすものではなかった。周囲を囲む一面の海はスピード感を消すが、リムジンの時速は250キロを超え、照明がものすごいスピードで過ぎていく。


 やがて、セントラルエレベーターにたどり着いた。

 車をおり、トランクからモノムを出してやった。

 モノムはニットキャップをはずすと、見上げていった。


「やっとここまできたね」

「それにしても、でかいぜ。あたしたち人間には縁のないものだったけど、こんなに大きいものだったのか。扉も100メートルはあるだろ」

「トラックはあとどれぐらいでしょうか?」

「思ったより早くついたから……そうだね、2時間から3時間ぐらいじゃない?」

「そんなに待つのかよ!」

「眠かったらリムジンの中で寝ていてもいいよ。私は起きているから」


 萌黄はそうするといい、後部座席を倒して眠りについた。パステは起きているようだ。

 殺風景なコンクリートの上を、潮風が漂った。波の音が静かに聞こえるなか、パステたちはセントラルエレベーターに寄りかかって待った。


 15分ほどすると、パステは言った。


「先日、モノムさんがいった、ポルタ様に見張られているかもって話、あれが本当だったら非常にまずいですよね?」


 モノムはパステの顔を見た。


「ネザリウスがおりてくるかもってこと?」

「ええ。例えば、そういったことです」


 モノムは腕を組んで悩んだ。自分で見張られているかもと言っておきながら、一切、想定していなかった。


「まあ、大丈夫でしょ。アラートを起こすようなことは、一切していないんだし」

「そうですね」


 パステは納得したようだった。


 だが、ポルタは見ていた。

 パステたちがセントラルエレベーターにたどり着いたあたりで興味を持ち、モニタを拡大して眺めていた。見えないカメラによる監視は、音声は聞こえていないが、リムジンからおりてきた3人は、興味を持つには十分だった。

 まず、エグゼクティブルートであるパステ。そして、エグゼクティブルート試験からライブラリアンになったモノム。もう一人の人間はわからないが、彼女の持つ杖に注目がいった。

 ポルタは画面をキャプチャすると、画像を拡大した。


「おっ、あれはもしかして、深淵の枝、『アビス・バッズ』じゃない?そうか、今の魔法使いはあいつなんだー」


 腕を組んだポルタは、前のめりにモニタを眺めた。


「モノムはどうやって3層にいったんだろう?それに……あの魔法使いとはどうやって知り合ったんだろう?それよりも!」


 ポルタは深く息を吐いた。


「……なにをするつもり?」


 すぐにネザリウスに連絡をし、パステたちのやろうとしていることを阻止することは簡単だ。


 だが、好奇心のほうが強かった。

 ポルタランドに穴は無いと自負しており、今まで一度も危機に陥ったことはなかった。ここからセントラルエレベーターをハッキングすることなど、絶対に不可能だ。

 先日、グレッギーにサーバールームに侵入されたが、あれは危機というほどのものではなかった。あれぐらいなら稀にあることだし、ここで見逃しても問題はない。


 ポルタランドは何一つ変わっていない。

 ポルタは有り余る時間の暇つぶしとばかりに、まず、パステの行動を推理してみることにした。

 つい先日、エリア3のリージョン3のギャンググループの抗争を終わらせ、スターダスト・グロウを壊滅させたというニュースを見た。エグゼクティブルート就任以来、脅威のパフォーマンスを出し続けているパステの行動は、歴代のエグゼクティブルートのなかでもトップクラスといっていい偉業だ。どう考えても、裏切りとは思えない。

 セントラルエレベーターの見学がポルタランドに対する反逆かと言われると、微妙なところだ。一般の人間に開放していないというのは事実だが、エグゼクティブルートの権限で見せてやるというのであれば、好きにしていい。エレベーターのボタンを押しても、権限がないため動かせないからだ。


 一方、モノムは完全に反逆だ。どうやったかはわからないが、ライブラリアンが3層にいてはいけない。

 ポルタはもしかすると、そんなモノムを2層に送り返そうとしているのではないかと考えた。だが、だとすると、魔法使いの存在が説明できない。


「ああ、そうか。あの魔法使いは運転手なのか!」


 2層の住民は車の運転ができなかった。パステは優秀なので、魔法使いを見つけ、部下にしたという可能性がある。

 それで納得しようかと思ったが、嫌な予感がしたポルタはアーティフィカルシグナに手を触れた。

 相手はすぐに出た。


「ビピルです」

「ポルタだけど、今、いい?」

「えっ?ポッ、ポッ、ポルタ様ですか?わ、私なんかに声をかけていただけるなんて、光栄です。時間はいくらでも作ります。ですが……」


 不安そうなビピルを察し、


「別にあなたを責めたいわけじゃないの。あなたは高く評価しているし、安心して。むしろ、名門ドゥーリア家として、仕事をひとつ頼みたいの」


 と優しい声でいった。

 ビピルは舞い上がった。あのポルタが高く評価してくれているらしい。


「はっ、はい!ありがとうございます。なんでも言ってください!できることでも、できないことでも、なんでもやります!」

「そこからセントラルエレベーターまで、どれぐらいかかる?」

「4時間ぐらいです。渋滞の状況にもよりますが、急げば3時間といったところでしょうか」

「オッケー。じゃあ、ディザスターを持って向かって。で、ついたら私に連絡して」

「わかりました」


 通信はそこで終わった。

 ビピルには、ポルタと会話をしたという高揚感があった。

 なぜですかとは聞かない。ポルタがやれと言うのであれば、やるだけだ。あとで追加の指示があるのだろう。それが名門ドゥーリア家の役割だった。


 物凄いモチベーションで予定をキャンセルして政府官邸を飛び出すと、運転手に急いでセントラルエレベーターに向かえと命令した。


 -※-


 2時間後、ゴウンゴウンという音が聞こえ始めた。

 モノムは萌黄を起こすと、3人は巨大な扉の前に立った。


「圧倒されるぜ」

「萌黄、ネザリウスがいるかもしれないから、注意して」

「はあ?なんでだよ」


 説明をしようとした時、扉はゆっくりとひらいた。出てきたのは1台のトラックだけだった。自動運転のトラックで、目的地はパステのホテルだ。


「乗り込むよ!」


 モノムの声に、パステと萌黄はエレベーターに飛び乗った。

 トラックが出た瞬間、パステはディザスターで4のボタンを押した。すると、エレベーターは反応し、扉をしめて動き始めた。

 軽い浮力を感じるところから、うまくいったようだった。目的地は海に沈んだ5層なのは間違いない。


「やったぜ!作戦成功だ!」

「あとはサーバールームの侵入と、ネザリウス様との戦いですね」


 萌黄はパステの背中をバシっと叩いた。


「ネザリウス様なんて、やめろよ。ネザリウスでいいんだよ、ネザリウスで。敵だぞ?これからぶっ殺すんだぞ?」

「いや、まあ、そうなんですが……」


 やがて、エレベーターは停止し、扉がひらいた。

 視界には、真っ白な部屋があった。

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