チャプター3

 モノムは5層の構造はグレッギーに聞いてある程度知っていた。

 まずは、正面の扉を開き、細い廊下を挟んだ巨大なリビングに出た。エグゼクティブブリーダーが不在の今、このフロアは今は無人だ。

 天井が3階ほどの高さのある空間は、正面は一面のガラスが貼られていた。海中の景色が一望でき、青い海のなかを、カラフルな無数の魚が優雅に泳いでいるのがわかった。


 3人は立ち尽くした、

 海藻やサンゴなどの知らない植物もたくさん生えているのもわかる。2層にも3層にもない、世界の本物の海だった。


「こいつは凄いぜ!」


 萌黄は両手を広げてクルクルと回った。


「本物だぞ?これが、あたしたちが絶対に体験できない世界なんだ。4層のやつらは、海に潜ってこんなのを見られるし、食べられるんだ」

「本物の海……ですか……」


 2層にも3層にも海はある。人工的なものだが、大昔から生物は住んでおり、今ではしっかりと生態系を持っている。

 これと本物の海との違いがあるかと言われると、無い。

 無いが、本物の持つオーラを感じてしまう。


「これが、ポルタランドの何千倍も何万倍も広い世界に広がっているんですね……」

「ああ、そうだ。あたしたちの知らない生物も、たくさんいるはずだ。この海には、果てなんて無いんだ。これを見ていると、ポルタランドなんてちっぽけなものだって思えてくるぜ」


 パステは頷いた。


「そうですね」


 景色に見とれていたモノムは、役割を思い出した。


「セントラルエレベーターの裏側の扉にサーバールームがあるんだ。私はそこにいく。コンソールにアクセスをするとアラートがポルタに届くはずだから、それから1時間ぐらいでネザリウスがくるはず」

「できれば、この部屋におびき寄せたいですね」

「なら、この部屋の扉と手前の扉をあけておこうぜ。セントラルエレベーターから見えるようになるはずだ」

「それで、どうするんですか?」

「パステはネザリウスの視界に入るように、海を見ていろ。ヤツが部屋に入ってきたところで、扉の横で構えているあたしが飛びかかって魔法をぶっぱなす。触れた状態なら、ペンダントは効かないからな」

「大丈夫でしょうか?」

「田舎暮らし、なめんな。余裕だぜ」


 モノムは萌黄の肩を叩き、よろしくというと、サーバールームに向かった。


「よし、あたしたちもサーバールームにいこうぜ。しばらくネザリウスはこないんだ」


 サーバールームに入ると、無数の黒い冷蔵庫のようなサーバーが出迎えた。地平線が見える。海にも驚かされたが、こちらも圧倒的だ。

 モノムは早速、コンソールに向かい、高速でキーを叩き始めた。本職のライブラリアンの仕事は早く、コンピューターに詳しくない、パステも萌黄も何をしているのかさっぱりわからなかった。

 萌黄は見学をしようと思ったが、理解ができないので、邪魔をしないようにパステを連れ出してリビングに戻った。


「なあ、あのサーバー、破壊したらどうなるんだ?」

「破壊ですか?それは……。ポルタランドが止まるんですよね?モノムさんの話だと、4層の生活はそれに支えられているようなので、まずいと思います」

「大気のコントロールもとまるから、3000メートルの2層や5500メートルの1層もまずいよな?面白そうじゃね?爆弾でも持ってくればよかったぜ」


 パステはため息をついた。流石はスターダスト・グロウの幹部であり、なんでもありだなと思う。


「それは流石に、被害が大きすぎる気が……」

「ポルタとの交渉には使えそうだろ?いや……、その前に、ポーメントっていうのはサーバー制御か?」

「違うと思います。そうであれば、人口の増加でサーバーの台数が増えてパンクしてしまいます。すくなくとも、ポーメントは自分の意志で考えて行動しているはずです。私達エルフにも、イグナイト・ファミリーのようなギャンググループにも、スターダスト・グロウにもポーメントは存在すると思いますので、意志は一枚岩では無いです」


 萌黄はなるほどと頷いた。コンピューター制御であれば、全員ポルタに忠誠を誓うように作られるはずだ。自分ならそうする。

 いや、政府に寝返ったイグナイト・ファミリーと違い、スターダスト・グロウのメンバーは全員純正で、純正がポルタに反逆しているとも考えられる。だとすると、ギッターもガイロンも純正だ。

 萌黄はそれをパステに話そうとし、やめた。今パステとギスギスした討論をするのは得策ではないし、今となってはもう遅い。ギッターもガイロンも政府に捕まっているし、確実に死刑だろう。

 すると、セントラルエレベーターの音が聞こえ始めた。


「きたぞ!」

「はい!」


 パステは緊張をしながら、ガラスに向かって歩いた。後ろを振り返らず、海を眺めるふりをした。

 萌黄は扉の横の壁に背を向け、息を潜めてネザリウスがくるのを待った。

 廊下を歩く音が徐々に大きくなってくる。

 ネザリウスが部屋に入った瞬間、パステは緊張しながら振り返った。


「パステか。まさか、お前が反逆をするとは思わなかったぞ」

「ネザリウス様、聞いてください」

「お前は優秀なエグゼクティブルー……」


 その瞬間、背後から萌黄が飛びかかった。右手でネザリウスの首を掴むと、そのまま魔法を発動させた。

 禍々しく黒いオーラが彼の首を包むと、そのまま爆発し、ネザリウスの首を吹き飛ばした。彼は、なにをされたのかも気が付かないまま、絶命した。


「やったぜ!」


 部屋にはネザリウスの死体と首が転がり、それぞれから血が流れ始めた。

 萌黄はさっと死体に近寄ると、ペンダントをはぎとった。

 手は血まみれだ。


「シャワーとか、ないかな?」


 パステは唖然としていた。ディザスターで犯罪者を処分してきたが、眼の前に転がっているのは、2層のルートであるネザリウスだった。犯罪者ではない。

 ペンダントのバリアを持つネザリウスが一瞬で倒された。今、萌黄が反乱を起こそうと思えば、自分にもできてしまうことに、すこし怯えた。

 ディザスターが効かない以上、ポルタランドで一番強いのが萌黄であることは間違いがない。


「とっ、隣の部屋にあるみたいですが……」

「じゃあ、あたしは軽くシャワー浴びていくから、先にサーバールームにいってくれ。ネザリウスを倒したって、モノムを安心させてやろうぜ!」

「ええ、そうですね」


 -※-


 萌黄がサーバールームに入ると、パステが報告を終えたところだった。

 モノムは指を動かしたまま振り返り、萌黄を褒めた。

 萌黄はペンダントをつまむと、


「これは、あたしが貰ってもいいか?」


 と言った。


「どうぞ。私の欲しい情報はここにあるし」


 萌黄は嬉しそうにパステの肩をポンポンと叩いた。

 パステはビクッとした。


「ビビるなって。お前を殺そうとは思わないし、お互い、ポルタランドの反逆者として仲良くやろうぜ!」

「え、ええ……うーん……」


 パステは複雑な表情を作った。

 だが、セントラルエレベーターで5層までやってきてネザリウスを殺し、サーバールームに侵入した以上、すでに完全な反逆者だった。言い訳はできない。


「これから、どうなっちゃうんでしょうか……。1層にいって、ポルタ様と話をして、納得しても日常に戻れない気がします。萌黄さんも、3層で今までの暮らしができるとは思っていませんよね?2層で暮らしたいとか、ありますか?」


 萌黄は顎に指を当てた。

 2層で刺激のない暮らしをするのは無理だ。1層はどんなところかわからないが、もっとヒマだろう。

 いや、3層で暮らせと言われても無理だろう。ポルタ様のためにという住民と仲良く暮らすことはできないし、ポルタと話をして納得した場合、ポルタランドに反逆をする意味もない。


「あたしは暮らすなら、4層がいいな。ブリーダーに支配されないっていう条件をつけてもらって、そこで暮らしてみたい。本物の海を見ちゃったからな」


 その瞬間、モノムが声をあげた。


「おわり!」


 モノムはメタリッド・グリンドールのことがわかり、セントラルエレベーターのアクセス権の付与が成功したと言った。

 パステたちにモニタを見せ、コマンドを叩いた。


「わかりやすいように出力するから、見て」


 画面には、こうあった。


 ポルタ、ポルタランドの管理者、全権限。

 ネザリウス、2層のルート、ポーメント、2層以下全権限。

 ビピル、エグゼクティブルート、ポーメント、無し。

 パステ、エグゼクティブルート、全権限。

 モノム、ライブラリアン、全権限。

 萌黄、全権限。


 パステは、ネザリウスやビピルのポーメントという表記に困惑しながらも、言った。


「ポルタ様と同じ全権限っていうことは、私達は自由にセントラルエレベーターを動かせるっていうことですか?」

「うん。これで1層のポルタのところにもいける」


 萌黄は言った。


「なあ、それで、ギッターとガイロンがポーメントかどうかって、調べることはできるのか?」


 モノムは頷くと、キーを叩いた。


 ギッター、ポーメント、無し。

 ガイロン、ポーメント、無し。


 それを見た萌黄は、右手で頭を抑えた。先程、反逆を起こすのは全員純正かと思ったが、そうではなかった。

 ギッターもガイロンもオーバーテクノロジーの人工生命体、ポーメントだった。


「やっぱそうか……」


 モノムは萌黄の肩を叩くと、


「ネザリウスの死体があるところで申し訳ないけど、椅子があるし、あっちで話そう」


 と言ってサーバールームを出た。

 パステと萌黄もあとに続いた。


 -※-


 リビングのテーブルにつくと、モノムはまず、メタリッド・グリンドールについての話を始めた。これについてはパステにも萌黄にもまったく関係の無い話であるが、自分に関わることで、彼がなにをしたのかを知ってほしかったという理由があった。


 メタリッド・グリンドール。彼はひとことで言うと、問題児だった。


 グレッギーと同じように成績優秀、運動神経抜群、そして、容姿もいいという条件を備えた彼は、学生時代は乱暴で喧嘩を頻繁にし、しょっちゅうトラブルを起こしていた。

 ポルタに忠誠を誓う2層のエルフによる暴力は、例外中の例外と言っても過言でもなく、周囲もどう扱って良いのかわからなかった。ただ、能力だけは卓越しており、大人になれば落ち着き、ポルタランドに貢献するだろうと、処分できずに見守った。


 当時も2層では自動運転の車は稼働していた。

 今と違うのは3層のような手動運転の車も一部は残っており、カーマニアなどが所有して運転を楽しんでいた。また、テクノロジーも今ほど進んでいなかったため、自動運転の精度も現在よりも劣っていた。

 メタリッドは自動運転の車について調査をした。挙動だけではなく、ブレーキの性能なども調べた。これにより、どのタイミングで飛び出せば怪我をせずに車に轢かれるかを割り出すことができた。

 彼は、何度もわざとぶつかって多額の保険金を得た。回数が多すぎて警察も保険会社も怪しんだが、歩行者のほうが優位な法律であるから、彼にお金を支払うしかなかった。


 ある程度のお金を稼ぐと、メタリッドの興味は別のところにいった。自動運転の車がどのように動いているのか、テクノロジーのほうに興味がいった。

 だが、これは車メーカーと政府の極秘であり、一般人であるメタリッドが手に入れることはできなかった。会社に侵入して入手するというのは明らかに犯罪であり、彼にはできなかった。

 考えた結果、自動運転の車に乗り込み、直接構造を把握すればいいと思った。遠い距離をドライブさせ、その間に運転席のパネルをはがして調べるといったことをした。


 そして、自動運転の制御を奪い、手動運転にすることに成功した。手をあげて車をとめ、自作のデバイスを接続し、自分でドライブを楽しめるようになった。

 当然、無免許だ。

 そこまでを聞くと、萌黄は手を叩いて興奮した。


「クレイジーすぎるだろ!モノムもぶっとんでるけど、親譲りかよ」


 モノムは頭をかいた。


「そっ、そうなのかな?」


 モノムは話を続けた。


 流石にこれはばれ、メタリッドは逮捕された。

 しかし、彼は冷静に提案をした。自分の技術なら自動運転を進化させられると。ブレーキの問題も解決し、事故をゼロにできると言いはった。

 留置場に車メーカーのエンジニアを呼び、持論を語ると、エンジニアたちはギラギラした目で彼の話を聞いた。メタリッドの言っていることは本物であり、彼なら革命を起こせると熱く語った。


 その結果、メタリッドは条件付きで無罪ということになった。成果を出すことが条件で、車メーカーに就職することとなった。


 メタリッドは若くして成果をあげた。

 今現在、2層を走っている車の基礎となる技術はすべて彼のものといっても良かった。人が飛び出してもピタっととまるようになったし、燃費も格段とあがり、手動運転の車を完全に消滅させた。

 ただ、その時は条件付き無罪の犯罪者であり、模倣するものが出てきてはまずいたため、彼の名前は記録には残されていない。

 これはメタリッドも納得していた。

 彼は別に、名声など欲しくはなかった。


 パステは言った。


「メタリッドさんの記録がないっていうのは、これとは別の話ですよね?」

「うん。別の話。まあ、メタリッド・グリンドールはとにかく問題児だったみたい。結婚したら落ち着いたみたいなんだけどね」


 メタリッドは結婚し、グレッギーを産んだ。

 自動運転の仕事は一段落し、お金も十分にあったメタリッドは、しばらくは家庭を重視したようだ。よい父親だったと思えるが、本当かどうかはわからない。これは日常生活なのでサーバールームには記録がなかった。

 ただ、グレッギーを置いて4層にいったわけだから、よい父親だったかどうかは怪しい。グレッギーも記憶がないので、これについては知る手段がもう無かった。


 次に彼が目をつけたのは、他のフロアだった。


 エグゼクティブルートかルート、そしてブリーダーの試験に合格すれば、他のフロアにいくことができるとわかると、まじめに勉強をしようと考えた。グレッギーたちを残していくことは不安になったかもしれないが、好奇心が勝ってしまったようだ。

 彼はできれば、ブリーダーになりたかった。4層でなにをやってもいいということに惹かれた。

 メタリッドは優秀だったため、エグゼクティブルートとブリーダーの試験の勉強を並行して進めた。これらは定期試験ではないため、どちらが先にきてもいいようにで、ボスではないルートは無視した。

 エグゼクティブルート試験が先にくるのであれば、エグゼクティブルートになってもいい。あくまでも本命はブリーダーであり、ブリーダー試験がおこなわれると発表があれば、その場でエグゼクティブルートをやめてブリーダー試験を受けようと考えていた。


 幸運なことに、ブリーダー試験のほうが先にやってきた。

 メタリッドはサクッと試験に突破し、アーティフィカルシグナをつけて4層におりた。


 ブリーダーとなったメタリッドは、その性格通り、4層を満喫した。暴君というわけではなかったが、食欲と性欲は思う存分に満たした。

 メタリッドは、この世の天国かと思っていた。


 そんななか、メタリッドは奴隷の一人に恋をした。ブリーダーは奴隷とのハーフを作ってはいけないとされているが、恋愛まではポルタランドへの反逆ではなかった。問題はなにもない。

 その結果、奴隷とのハーフができてしまった。モノムである。

 解決方法は簡単で、バレる前に殺してしまえばいいだけだった。

 それだけの話であるが、メタリッドにはできなかった。


 彼はまず、エグゼクティブブリーダーに相談にいった。

 エグゼクティブブリーダーの言葉は、『殺せ』というものであり、メタリッドにできないなら、代わりにやってやるぞと提案した。

 メタリッドは迷わずにディザスターでエグゼクティブブリーダーを殺すと、サーバールームに侵入をした。解決策を調べるためだ。


「なにをしたんだよ」

「私と同じだよ。セントラルエレベーターの権限付与。ついでに、メタリッドは当時の2層のルート、ドゥーリアを殺してる」

「魔法使いだったんですか?いや、でも魔法使いは人間のはずで……」


 モノムは右手を持ち上げ、くるっと回した。


「首の骨をポキっとやったみたい。運動神経が良くて、腕力もあったみたいだから」

「ええ……?」


 萌黄は笑った。


「ペンダントなんて、仕組みがわかれば大したことないんだな。で、どうしたんだ?」

「セントラルエレベーターに乗って、私を2層に連れていったみたい。何も言わずに孤児院に押し込んだから、モノムっていう名前も孤児院の人が名付けたみたいね」

「モノムさんのお母さんの記録は無いんですか?」

「無いよ。ここに4層の人の記録はなかった。というよりも、他のフロアも含めて、大半の人、『その他大勢』の記録はないよ」


 モノムが調べた限り、サーバールームにある記録はパステやモノムと言った政府関係者レベルや、パステの父親のように2層にあがった人間、3層の優秀なスポーツ選手、ギッターやガイロンのような犯罪者の記録は残されるが、その他大勢のものは残らないようだった。残っている情報は、国家図書館のものよりも詳細だ。

 正確には、記録はされるが破棄されていくというのが正しい。記録はそのた大勢も含めてどんどんされるが、不要と判断されたものが消えていく。


 モノムの記録は孤児院の出身というところで始まっていた。メタリッドの記録とモノムの記録を合わせても、親子ということを知らなければ絶対に繋がらないものだった。


「では、なぜモノムさんはメタリッドさんが父親ということを知っているんですか?」

「手紙だよ。孤児院に渡していたみたい。12歳ぐらいの時に受け取って、読んで驚愕した。ああ、中身は私しか読んでいないから、他にはバレていないよ。今、生きている人で、このことを知っているのはこの3人だけ」

「そのあとは、どうなったんです?モノムさんを2層に残したあとです」

「国家図書館をハッキングして、記録を消したみたい。だから2層には記録がないけど、サーバールームにはあったんだ。ブリーダーなんて教科書にも乗らないし、エグゼクティブブリーダーを殺したなんてニュースも流れないからね。最近、ブリーダー募集の命令はあったけど、バーゼルやお兄ちゃんのことは、ニュースで一切流れていないでしょ?どこにもないのはそういう理由だと思う」

「それはおかしくありませんか?記録がなくても記憶にあると思います。2層のルート……時期的にネザリウス様のお父さんだと思いますが、殺されているんですよ?」

「そう言われてもなぁ……。私も、メタリッドって知ってる?ってことを聞いて回ったわけじゃないし」


 萌黄は言った。


「最終的にどうなったんだ?」


 モノムは人差し指を立て、上を向けた。


「1層にいった……ってことだけはわかってる。あとはわからない」

「ポルタに消されたか」

「わからない。でも、私達はいくでしょ?セントラルエレベーターの権限は取ったんだし、ポルタに会いにいこう。やっと、会話できるチャンスがきたんだ」


 そこで、パステはハッとした。


「忘れていましたが、アーティフィカルシグナで会話だけならできますよ?」


 モノムは自分の耳を指さした。


「ええっ?でっ、できるの?これって、ポルタに繋がるんだ」

「エグゼクティブルート就任時にわからないことがあって繋げたら、繋がりました。もうやるなって、怒られてしまいましたけど」


 パステは照れくさそうに頭をかいた。


「よく考えれば、ネザリウスをここに送るために、なんらかの通信はしているわけだもんね。でも、いきなり繋げてもはぐらかされたと思うし、知らないで良かったのかも」


 すると、萌黄はアーティフィカルシグナに触れた。すぐに、気の抜けた声で、


「ネザリウス?」


 と応答があった。


「残念だったな、あいつは殺したぞ」

「ふーん、あんた、誰?」

「これからそっちいくわ。お茶でも用意しておけよ!」


 萌黄は笑いながら回線を切断した。


「というわけで、1層いこうぜ」

「相変わらず、強引ですね……」


 3人はセントラルエレベーターに乗り込んだ。

 1のボタンを押すと、エレベーターは動き始めた。


 -※-


 だが、エレベーターは3層で停止した。


 出迎えたのはビピルだった。ディザスターを持っている。

 ビピルはポルタの指示を受け、セントラルエレベーターに向かい、待機していた。事情はすべてポルタから聞いており、パステの反逆という言葉に耳を疑ったが、ポルタの言葉であることと、こうしてセントラルエレベーターを動かしていることから、間違いないと理解した。


「ビピルさん……」


 萌黄はエレベーターを飛び出し、ビピルに体当たりをした。


「先にいけ!」

「でも!」

「こいつは私が始末する」


 モノムは頷くと、エレベーターのボタンを押した。


 残った萌黄は、ビピルと対峙した。

 お互いペンダント持ちであり、魔法やディザスターでの攻撃はできない。萌黄はビピルの体に触れて魔法を発動させる必要があるが、ビピルは萌黄を捕まえればいいだけだ。

 ビピルは言った。


「その杖は使わないの?あんた、魔法使いでしょ?」

「知ってるのか?」

「ポルタ様に聞いたからね。その様子だと、残念ながらペンダントには効かないようね」


 そう言うと、ビピルは飛び出した。萌黄が思っていた以上に早く、あっという間につめられた。

 右手を伸ばした萌黄はビピルの体に触れようとしたが、ビピルの右手が彼女の腕をはじいた。

 そして、ビピル腹をめがけて左手の拳を振った。さっと体に触れ、押し込んだ形だ。

 くの字になってよろめく萌黄は、なんとか距離を取った。

 温室育ちの2層のエルフと甘く見ていたが、名門ドゥーリア家は甘くないようだ。ネザリウスのように隙を狙えれば話は変わってくるが、今はそうではない。

 ビピルは簡単にやったが、自分にできる気はしない。

 萌黄は体力には自信があるが、格闘技はダメだった。スターダスト・グロウの他のメンバーのほうがよほど強い。

 パステたちを先にいかせたのは、まずかったかと考えた。

 その瞬間、萌黄の脳内にモノムの声が蘇った。


「あとは毒殺なんかもあるかな。例えばパステの飲むビールに……」


 なるほど、と思った。

 萌黄は杖を抜くと、ビピルから逃げながら詠唱を始めた。

 そして、杖を高くかかげ、


「アシッド・スコール!」


 と魔法を唱えた。

 ビピルの頭上には黒い雲ができ始めた。広範囲で、自分も巻き込まれる形になるが仕方がない。ビピルも何事かと、そらを見上げている。


 すぐに酸の雨が振り始めた。酸ではあるが、ただの雨なので、ペンダントのバリアは発動せずビピルの体を焼き尽くした。

 ビピルは大声をあげて悶えながら、両膝をコンクリートにつけて崩れた。パステのリムジンもビピルのリムジンも、酸によって溶かされていく。当然、ビピルの運転手も巻き込まれる形だ。

 萌黄は必死の形相で、海に向かって走り始めた。


「あたしは生き残るぞ!」


 萌黄は酸に体を溶かされながら、アビス・バッズを頭上に向けて魔法を飛ばし、雨をかき消すように走った。

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