第8章 今までの日々は

チャプター1

 通信を終えた萌黄は、ホテルのソファーの背もたれに両腕を乗せた。

 ずいぶんとすごい話を聞かされたものだと思う。今までの価値観が大きく変わった気がする。


 自分はスターダスト・グロウとして、ポルタランドへの反逆を仕掛けていた。目的は政府であり、ポルタだった。人間をエルフの支配から解放するという目的も、ポルタランドの区別が純正とポーメントだと言われると、それに何の意味があるのかと思ってしまう。

 ポーメントの体を刻んでも、機械の部品が出てくることはない。病気をして病院にいっても、人間もポーメントも同じ診察をされ、同じ治療を受ける。そもそも、医者が区別できるようなものではない。


 それでもポーメントは人工生命体だった。何らかの目的のために、ディザスターやペンダントどころではない、オーバーテクノロジーが使われている。

 しかし、これをギッターやガイロンに相談することはできなかった。彼らが純正かどうかわからないからだ。現状、純正とポーメントでいがみ合っているわけではないが、もし彼らがポーメントだった場合、この話を聞かされてどう反応するのか想像もつかなかった。

 何よりも、自分は今、死んだことになっている。こっそりと連絡を取ることもできたが、モノムはスターダスト・グロウと関わるのは終わりだと言っていたし、パステを敵に回したくなかった。あれは敵として、格が違う。


 萌黄は目の前にあったテレビのリモコンに手を伸ばし、正面のテレビの電源を付けた。

 チャンネルはニュースだ。昼間の件があれからどうなったか気になり、なにかやっていないかとチェックした。

 どの番組も、どこかの会議室を映していた。長いテーブルの前にマイクが並び、背景は壁だ。記者会見かなにかが始まりそうな雰囲気だが、時間的にパステのものではないだろう。

 画面の右上にはリージョン3の政府官邸と書いてあった。となると、会見はヤノヴァンのものだろう。


 萌黄がサイダーの入ったボトルとグラスを持って戻ってくると、会見が始まるところだった。

 白髪の老人と禿げ上がった老人を含め、老人が3人。そして、ヤノヴァンが姿をあらわした。全員スーツの正装だ。

 と同時に、カメラのフラッシュとシャッターの音が連発した。

 4人が椅子に座ると、リポーターの代表が言った。


「では、これからイグナイト・ファミリーのボス、リボッゾさんたちの緊急記者会見を始めます」


 萌黄は身を乗り出した。裏切った相手だ。

 リボッゾは頷くと、マイクに顔を近づけた。


「まずは、場所を用意してくれて感謝する。知ってのとおり、我々3人はリージョン3のギャンググループのボスだ。非合法なビジネスで利益を稼ぐことを生業としている。リージョン3では抗争もあり、一般市民に迷惑もかけている」


 リポーターはつい、割り込んだ。


「あっ……あの……そういうことを堂々と白状してしまって、よいのでしょうか……?」


 リボッゾは笑顔で頷いた。


「構わない。今回の発表は、我々ギャンググループは全グループ、解散するという発表だからだ」

「えっ?解散?」


 会議室はざわついた。テレビを見ていた全員も困惑していた。

 萌黄も含めて。

 なぜ急に、全グループ一斉にそうなるのだと。


「これは、我々が争うことは、ポルタ様のためにはならないと、パステ様に指導を頂いた結果だ。これから我々3人は協力して、パステ様の、いや、ポルタランドの発展に尽くすと誓う」


 リボッゾが立ち上がると、両側の老人も立ち上がった。3人は右手を差し出して、笑顔で頷いた。

 再びシャッターが切られた。パシャパシャという音とともに、画面がフラッシュする。

 萌黄は呆然と呟いた。


「あっ、あいつ……、何をしたんだよ……」


 背筋がゾッとした。

 昼間の取引の情報と引き換えに恩赦でも与えたのかと考えた。だが、そうだとすると他の2つのグループまで巻き込むことにはならない。イグナイト・ファミリー以外の2つを巻き込む何かをしたはずだ。


 すると、ヤノヴァンが立ち上がった。

 リボッゾたちは場所をあけてやり、ヤノヴァンがマイクに向かえるようにした。


「リージョン3のルート、ヤノヴァンだ。彼らはこれから企業を設立し、真っ当なビジネスをおこなうこととなる。グラディエーター・バトルの投票所の会社の親会社、つまり、管理会社だ。もう少し具体的に言うと、トラブルの解決や資金回収などといった、政府関係の仕事だ」


 リポーターの一人が手をあげた。


「質問はあとにして欲しい。おそらく『利権』か?と聞きたいのだろうが、そうだ。次の質問は、なぜギャンググループにそんな利権をくれてやるのかと言うことだろうが、リボッゾは我々政府にとって……いや、ポルタランドにとって、非常に重要な情報を提供してくれた。そう、スターダスト・グロウについてだ」


 会議室は再びざわついた。


「詳細は別の報道でおこなわれることになるだろうが、首謀者はギッター。リージョン4の地主で、すでに逮捕した。昼に幹部の一人を処分しているし、残った幹部、ガイロンという男も逮捕した。他のメンバーのリストも手元にあり、これから指名手配を行う」


 萌黄は声をあげた。


「早すぎるだろ!」


 やはりパステは敵に回してはいけない。あれだけの情報で、数時間でそこまで動けるのかと思う。

 ヤノヴァンは両手を返した。


「リボッゾの情報は、パステ様の前のエグゼクティブルートとルート5名、オリエンタルビルの一般人を殺した凶悪犯罪集団の壊滅に繋がったんだ。パステ様は更に、リージョン3のギャンググループの抗争を終わらせるために利権の提案をされた。ポルタランドにとって、ベストな提案だと思う」


 リボッゾたちは頷いた。テレビ局のリポーターたちも、異論はなかった。


「本件は情報の漏えいと、スピードが必要だったため、他のリージョンのルートを巻き込まずに進めた。だから、質問は自分のリージョンではなく、うちのリージョンにして欲しい」


 それを聞いたリボッゾは、右手を差し出して、いいか?と合図を送った。

 ヤノヴァンは無言で頷き、マイクをあけてやった。


「他のリージョンのギャンググループも非合法なビジネスなんてしていないで、解散してうちの会社にこないか?パステ様も受け入れてやれと言っている。我々と一緒に、グラディエーター・バトルを盛り上げようじゃないか!全員、ポルタ様に感謝しているんだろう?なあ!」


 テレビでは質疑応答が始まった。その声は萌黄には届いておらず、自分はこれからどうなってしまうのかと考えていた。

 すくなくとも、今はパステは敵ではない。

 敵ではないが、大きな渦に巻き込まれているのは間違いがなかった。5層だの純正だのポーメントだの、関わらずに済むのなら関わりたくなかった。

 とはいえ、好奇心があるのは事実だった。モノムについていくことで、田舎暮らしより刺激的で、スターダスト・グロウよりもワクワクするのであれば、それはそれでいいかと。

 萌黄は覚悟を決めた。


 -※-


 パステはニュースを見たエグゼクティブルート、ワーディックとギルガンディーとの通話を終えたところだった。凄いことをするなと褒めてくれる。

 いつもなら笑顔で応答をするパステだったが、エグゼクティブルートは自分以外は全員、ポーメントだと言われると微妙な気持ちになる。超高度なコンピューターが褒めてくれても、嬉しくはない。

 パステは冷蔵庫をあけると、ビールの缶を2つ取り出し、足でドアをしめた。普段はこんな事をしないが、イライラしているようだった。

 1本目のビールの蓋を開けたところで、マルジェドから通信が入った。内容は同じで、ニュースの件だ。

 パステはソファーに寄りかかってビールを飲みながら、適当に応答をした。スターダスト・グロウの壊滅の件も、ニュースの報道を待ってからにしてほしいと引き伸ばし、通信を切った。

 ビールを飲み干すと、また通信が入った。


「パステです」

「ビピルだけど、ニュース見たよ!ギャンググループの解散とスターダスト・グロウの壊滅を一気にやるなんて、凄いじゃん!」


 パステはもう1本の蓋をあけた。

 ビピルが楽しそうに話をしているのに、適当に相槌をうった。

 先日、休暇を利用してエリア2にいった時は楽しかった。一緒に温泉に入って、ポルタランドの未来について、エグゼクティブルートの仕事について熱く語り合った。

 だが、相手は人工生命体だった。本人も気づいていない。

 モノムの言葉が脳内で繰り返された。


「奴隷は3層なんかよりもよっぽどいい生活をしているし、のびのびと暮らしてるよ」

「残念だけど、ドゥーリアはポーメントで確定してる」

「エグゼクティブルートの仕事って、なに?」


 パステは自分のしていることがよくわからなかった。ポルタの代弁者であるエグゼクティブルートなのに、ポルタの目指しているものが理解できなくなっていた。

 ビピルは言った。


「エリア3はパステがきてからどんどん良くなってるよね。私ももっと頑張らなきゃ!」

「ありがとうございます。お互い、頑張りましょう」

「そうだね!ポルタ様のために!」


 普段であれば、パステも笑顔でポルタ様のためにと返し、通信を切った。しかし、今回は、


「そうですね」


 と言って切断した。


 パステはよくわからなくなっていた。

 今でもポルタが絶対だと思っているし、ポルタに反逆をしたいというわけではないが、正々堂々をモットーにしているパステとしては、隠していることは全部教えてもらったうえで、忠誠を誓いたかった。

 真実を知るためには、モノムの話に乗るしかなかった。彼女が具体的に何をするのかはわからないが、セントラルエレベーターのアクセス権を取って1層にいって、ポルタを問い詰めたいと言っていた。

 パステはビールを飲み干すと、テーブルにドンと置いた。深く息を吐くと、


「やるしかないですね……」


 と呟いた。

 パステは覚悟を決めた。


 -※-


 その日の夜。

 パステはモノムと萌黄をアーティフィカルシグナで呼び出し、会議を始めた。


「モノムさん。私はモノムさんに乗ります。ポルタランドの真実を知りたいです」

「うん。ありがとう」


 萌黄も続いた。


「あたしもだ。モノムについていくぜ。でも、具体的にどうするんだ?」

「まず、私が3層にいかないと始まらない。3人で合流したら、パステのディザスターを使って5層におりる。目的はサーバールームね」

「どうやって、くるんですか?ライブラリアンの権限では無理ですよね?」

「それは考えた。私がダンボールに入って、荷物としてパステのところに送る」


 パステと萌黄は驚いた。想定外の手段だった。


「そっ……そんなこと、できるんですか?」

「国家図書館に私の入ったダンボールと、パステのところに送ってくれという書き置きを残して、適当な理由をつけて休暇に入るよ。2層の宅配システムは全部把握してるけど、中身の検査なんてしないから問題ないよ。萌黄はパステのホテルの近くに移動しておいて」

「おう。その辺のホテルを予約するぜ。その間、モノムはどこにいるんだ?パステの部屋にいて問題ないのか?」

「ありますね……。私の部屋はエレベーターの入り口にも出口にもガードマンがいますから、モノムさんが勝手に出歩くことができません」

「なら、あたしの部屋をツインで予約しておくぜ。キャリーケースにでもいれて持ってこいよ。モノムって、でかくはないんだろ?」

「私達と同じぐらいですから、どちらかというと小柄ですね」

「なら、問題ないぜ」

「それよりも、大きな問題がありますね。私達はどうやってセントラルエレベーターに向かえばいいのでしょうか。うちの運転手を巻き込むわけにはいきませんよね?」


 モノムも唸った。セントラルエレベーターまで車を運転できる者がいなかった。モノムはコンピューターに詳しいと言っても自動運転の車しか乗ったことがないし、動かしかたもわからない。

 萌黄は言った。


「なんだ。お前ら運転、できないのか。あたしができるぞ」

「よかった。じゃあ、萌黄に頼もう」

「いやいや待ってください。萌黄さん、免許を取れる年齢ではないでしょう?」

「免許がなくても運転はできるんだよ。田舎暮らし、なめんな。手伝いで子供の頃から運転ぐらいしてるんだぜ?小型のトラックとかな」

「みなさん、そうなんですか?」

「おいおい、そこでエグゼクティブルートの仕事すんなって。エグゼクティブルートの仕事は、あたしが無免許やスピード違反で捕まった時に頼むぜ」


 萌黄がケラケラと笑うと、パステは頭をかいた。

 確かに萌黄の言う通りだった。今更、ささいな法令違反の仕事をしても仕方がなかった。


「それより、セントラルエレベーターへの長い橋につながるゲートはどうするんだ?一般人は突破できないけど、パステならなんとかできるのか?」

「ええ、それは大丈夫です。ただ、私の権限ではセントラルエレベーターを動かせません」


 モノムが言った。


「それは大丈夫。時間指定でパステのところに荷物を送るから」

「どういうことですか?」


 モノムは説明を始めた。

 例えば自分が送られてくる3日後を指定して、適当な荷物を送る。中身はスタジアムで使う音声認識デバイスの予備とかで構わない。

 その場合、どこで荷物が待機されるかというと、3層ではなく2層だ。重要なものだった場合、3層で保管をするよりも2層で保管するよりもセキュリティーが安全だという理由だ。だから時間がくると2層から自動運転のトラックがやってくる仕組みになっており、3層には荷物を置いておく場所が用意されていない。


 この日に合わせ、萌黄の運転するリムジンでセントラルエレベーターに向かい、トラックに合わせてやってきたエレベーターに乗り込むという流れになる。

 エレベーターに乗り込んでしまえば、ディザスターで4のボタンを押せば5層に向かえる。パステの権限では他の層にいくことはできないが、5層だけは別だった。


「なるほど。つまり、この作戦をおこなえば、私達はもう、日常には戻れないわけですね?」

「そう。例外があるとすれば、ポルタが許した場合ね」

「違うだろ?ポルタが許して、あたしたちが納得した場合……だ」

「うん。そうかも。で、5層についたら私はサーバールームにアクセスをする。パステと萌黄はネザリウスの対応をお願い」

「ネザリウスってのは2層のルートだったか?どれぐらいでくるんだ?」


 これについてはモノムは知らなかったが、パステが回答をした。ネザリウスの官邸からセントラルエレベーターまでの距離と、エレベーターがおりる時間。それに、ポルタからネザリウスに連絡が行く時間をプラスしたものだろうと。


「ですが、モノムさん。ネザリウス様は倒せませんよ?ペンダントがあります。やりあっても、萌黄さんが死ぬだけです」

「そりゃ困るぜ」

「昼間に食らった限り、萌黄さんの魔法はディザスターよりも強いんですけどね。ただ、バリアを破壊するまでではありませんでした」

「物語みたいに真面目に魔法の修行をしておけばよかったぜ。あれがあたしの最高の魔法だ」


 モノムはケラケラと笑った。


「大丈夫。ペンダントには弱点があるんだよ」

「マジか」

「うん。実は簡単なんだよ。例えばさ、私がパステと握手したり、パステに抱きついたら、バリアは発動すると思う?」

「そんなんでバリアが発動したら、日常生活に困るだろ。手も洗えないぜ」

「そう、発動しない。じゃあ、もし、私が物凄い怪力だとする。その状態で、握手した手を握り潰したり、抱きついたまま背骨を折ったらどうなると思う?」

「いやです!でも……ペンダントは発動しない気がします」

「なるほど。そりゃ、面白いぜ。ようは、相手に触れた状態から攻撃をすれば、バリアは発動しないんだな?」

「触れた状態でディザスターを使うとどうなるかはわからない。でも、萌黄の魔法って、杖がなくても使えるんでしょ?ネザリウスの体に触れて、触れた手でドカンとできない?」

「できるな。杖は威力をあげるためのものだし、なくても魔法は使える。パステがネザリウスの注意を引いてくれれば、不意打ちでやれるぜ?」


 パステは心配そうに言った。


「できますか?」

「おいおい、あたしの運動能力をなめちゃ困るぜ?腕力とか格闘技の経験はないけど、速さと体力だけはあるんだ。あたしが山ぐらしで鍛えられてるのは、昼間に体験しただろう?」

「……まあ、そうですが……」

「あとは毒殺なんかもあるかな。例えばパステの飲むビールに……」

「その例えはもういいです。それで、そのあとはセントラルエレベーターに乗ってポルタ様に会いにいくわけですね?」

「そういうこと。詳細はもうすこし詰めないといけないけど、大体こんな流れになる」

「がんばろうぜ」

「はい。がんばりましょう!それで、モノムさんはいつこっちにくるんですか?」

「明日は普通に出社するよ。休暇を伝えて、ダンボールに入る。あさっての朝に同僚の誰かが気づいて、荷物を送ってくれるはずだから……3日後かな?」


 何気なく聞いていたパステは驚いた。


「それじゃ、モノムさんは2日間、ダンボールのなかですごすんですか?」

「それぐらい、なんてことないよ」


 モノムはとっくに覚悟を決めていた。


 -※-


 そして、3日後の朝。

 パステのホテルの駐車場に、自動運転のトラックがやってきた。荷台の扉がひらいていた。

 エグゼクティブルート専用のエレベーターにいたガードマン2人は、それがなんなのかはわかっていた。一人はパステに連絡をし、もうひとりはダンボールの大きさを見て、台車を取りにいった。

 パステはすぐにおりてきた。光景を見ると、ガードマンの二人に丁寧に扱ってくれと頼んだ。ガードマンたちは中身は知らないが、笑顔で対応し、二人で台車にダンボールを乗せた。

 トラックが去っていくのを見ながら、パステは自分がやるといい、台車を押した。エレベーターに乗せると、自分の部屋に運んだ。

 パステは急いで開封をすると、膝を抱えたモノムがいた。久しぶりに見る、モノムの姿だった。


「やあ、パステ」

「モノムさん!大丈夫ですか?」


 モノムはよろよろと立ち上がると、言った。


「いや、思った以上に辛かった」


 腕を伸ばしたり、足を動かしたりすると、


「いきなりだけど、シャワー借りていい?」


 と言った。

 パステはもちろんですと、バスルームに案内した。シャワーどころか、湯船につかれとお湯をいれてやる。

 軽い雑談をすると、パステは言った。


「寝ますか?」

「大丈夫。お風呂に入ったら、すぐに萌黄のところにいこう」

「わかりました。では、シャンパンかなにか、用意しておきますね」


 モノムは慌てて両手をふった。未成年なので、飲めないと。

 パステは苦笑すると、炭酸水を用意することにした。

 リビングに戻ったパステは、アーティフィカルシグナに触れた。相手は萌黄で、彼女はすぐに応答した。


「芽吹木だけど」

「パステです。モノムさん、今、つきました」

「マジかよ。本当に3層にこれるんだ」

「ええ、私も驚きました。それで、モノムさんは今、お風呂に入っているので、1時間ぐらいしたらそっちに向かおうと思いますが、問題ないでしょうか?」


 そういったパステの視線の先には手配してあった大きなキャリーケースがあった。モノムのサイズであれば、余裕を持って運べるだろう。


「問題ないぜ。あたしはホテルのロビーで待っていればいいんだろ?」

「ええ、お願いします。こちらのホテルを出たら、また連絡します」


 程なくして、タオルで髪を拭きながら、モノムが出てきた。湯船に浸かり、かなりリラックスできたようで、表情はゆるくなっている。

 ソファに座らせ、冷えた炭酸水を渡す。


「ありがとう。生き返ったよ」


 パステは微笑むと、


「萌黄さんには連絡しておきました」


 と返した。


「こんどはアレに入るわけね」


 モノムは大きなキャリーケースに視線を向けた。


「トラックと比べると乗り心地は悪いと思いますけど、萌黄さんのホテルまでは5分もかかりませんので……」

「うん。大丈夫」


 パステはハーフツインテールの髪をおろし、頭の上にまとめた。季節に合わないが、ニットキャップをかぶって耳をかくし、サングラスをすると、多少は変装できた気がする。

 これから歩く距離は短いが、エグゼクティブルートとして目立つことは、多少は抑えたい。通行人は旅行者かなにかだと思うだろうし、注意深く観察したりはしないだろう。エルフの耳と薄いピンクの髪は隠れているし、これで十分だ。


「これでバレないでしょうか?」

「大丈夫だと思うよ」


 炭酸水を飲んで一息ついたモノムは、キャリーケースを倒してかがむように入った。パステは蓋をしめて部屋の外に出た。

 ニットキャップとサングラスは、今は身につけていない。いくらなんでも怪しまれるからだ。

 エレベーターに乗り込み、駐車場までおりた。ガードマンたちはパステを認識し、挨拶をするだけで、どこにいくのかとか、その荷物はなにかという質問はしない。ガードマンごときがエグゼクティブルートのスケジュールに首を突っ込んだりはしないからだ。

 パステは駐車場を出る時、さっと帽子とサングラスを付けた。

 ガラガラとキャリーケースを引きながら、パステはアーティフィカルシグナで萌黄に連絡をした。


 100メートルほど歩いて別のホテルに入ると、ロビーには萌黄がいた。偽名で宿泊しているだろうから、本名は呼べない。


「お待たせしました」

「おう!」


 萌黄に先導され、エレベーターにあがった。部屋はツインのもので、ベッドが2つとリビングのある、割と大きな部屋だった。

 早速、モノムを出してやる。首を回しながら、ガタガタと揺れて乗り心地が最悪だったと苦笑した。


「はじめまして……になるんだよな?」

「そうだね。ポルタランドはフロアが違うと会えないからね」

「早速、打ち合わせをしようぜ。パステの予定はどうなんだ?」

「スケジュールはあけていますから、問題ありません」


 モノムは言った。


「その前に、なにか食べさせてほしいな」

「いいぜ。ルームサービスに適当に頼もう」

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