チャプター2

 それから1ヶ月が過ぎた。

 スターダスト・グロウのことは最重要課題となっているが、あれから動きは無いようだ。

 新しいルートも、無事に就任することができ、パステのもとでやる気を見せている。今はグラディエーター・バトル関連の案件を全力で進めているところだ。

 リージョン5のグラディエーター・バトルの闘技場の建設は業者と仕様が決まり、無事に始まった。道路も同じである。

 駅の周辺は建設ラッシュとなった。エリア3の全リージョンから作業員が集められ、経済効果が凄まじいこととなっている。それでも人材が足りず、ほかのエリアからも出向してもらうぐらいだった。

 事務所の登録も続々と増えていった。野球やサッカーのように大集団のチームにする必要はなく、登録する選手は3人からで良かったからだ。


 そして、選手のスカウトも始まった。

 事務所が各リージョンに出向き、優秀な人材を集めていく。そこで軽い試合をしてもらい、能力を見る。単に腕力があればいいというものでもないのはわかるが、どういった能力がグラディエーター・バトルに向いているのかや、どうトレーニングするべきなのかは現時点ではわからず、手探りだった。


 一方、ビピルのエリア2は順調だった。あれから大きなトラブルは起きておらず、税収が大幅にアップした。流石は名門ドゥーリア家といった評価だ。

 ではパステがダメなのかというと、そうではなかった。確かにルートが4人も交代しているのだが、大きな改革をして新しい時代を作ろうとしていることは2層にも高く評価されていた。無関係なエルフたちにとって、見ていて面白い……という意味でもあったが。


 モノムは仕事に打ち込んでいた。


 ある夜、マネージャーのクーリーが部屋の扉を開けると、コンピューターに向かっているモノムの姿があった。この部屋は5人で円を描くように大きなコの字の机を並べて使っている。それぞれの机には、書類の山やコンピューターのディスプレイ、キーボード、マウスが数台並ぶ。足元にはコンピューターの本体だ。

 部屋の壁沿いにはホワイトボードや大型テレビなどが並ぶ。

 4人の先輩たちはすでに帰宅しており、モノムが一人、残っていた。

 クーリーは言った。


「まだ残っていたのか?」

「お疲れ様です!今読んでいる部分が終わったら、帰ろうと思っていました」

「そうか。私ももう帰るが、あまり無理はしないようにね」

「大丈夫です、私、体力には自信があります」


 モノムは正式に部署が移り、コンピューターの専門の仕事になった。覚えなければならないことの量が膨大で、ドキュメントを読んでも読んでも終わらない。それをスポンジのように吸収していき、能力があがっていくのが楽しかった。

 今では国家図書館のシステムの大部分は把握していた。データの流れも処理の流れもわかる。

 モノムは一区切りつくと、車を手配してコンピューターの電源を落とした。

 戸締まりをして国家図書館を出ると、もうすぐ日付が変わろうとしている。こうなることを予想し、引っ越しをしているため、家はすぐそばのマンションである。

 手配した車はすでにとまっていた。自宅はここから5分ぐらいだ。


「ご飯食べて、お風呂に入って……4時間ぐらいは寝られるかな?」


 車が発進すると、モノムは腕を組んだ。

 そろそろなにかアクションを起こしたいと考えた。スターダスト・グロウにまた、なにか問題を起こしてほしかった。

 そのチャンスは、すぐにやってきた。


 -※-


 カーテンが締め切られた会議室があった。まだ昼間なのに、蛍光灯のあかりで部屋を照らしていた。

 敷き詰めれば20人は座れるテーブルには、パイプ椅子が並べられていた。正面にはホワイトボードもある。

 窓際の中央にはギッターと萌黄が座り、対面には3人の男が座っていた。

 中央の男は、テーブルをドンと叩いた。


「いつまで待機なんですか!ルートを殺してから、もう1ヶ月ですよ?」


 ギッターは両手を返し、ため息をはいた。またか……、と。


「時期が悪いんだよ。政府にはグラディエーター・バトルの動きしか無いし、あれを阻止するつもりは、ないんだ。そこは理解しているだろう?」


 3人は苦い顔で頷いた。貧困問題を解決するための手段の一つと聞いているし、理解もしている。その他、パステは地方の教育のレベルをあげるというプランも持っており、こちらも潰す予定がないということも理解している。

 だが、3人にはストレスが溜まっていた。この3人だけではなく、現在30名ほどに増えたスターダスト・グロウのメンバーすべてがそうだった。ギッター、ガイロン、萌黄の幹部も含めて。

 右側の男が言った。


「どこかの政府の施設をドカーン!とやっちゃいましょうよ。公務員の面接をするビルとかあるじゃないですか。萌黄さんの『魔法』を使えば簡単です」


 萌黄は唸った。


「あのなあ。人間に魔法使いがいるってのは、エルフも知らない切り札なんだぜ?ここぞという時に使うものだ。ペンダントをぶち抜けるかどうかは知らないけどな」

「なら、俺達3人でもいけます!そっちはパステがいないし、ルートを襲撃するより簡単ですって」

「ダメだ。頼むからやめてくれ……。時期はきっとくるはずだ。俺達はあの声明文で一枚岩になっただろう?みんなで力を合わせよう」


 3人は納得いかない顔で頷き、会議室を出ていった。

 萌黄は言った。


「でも、あいつらの言うことはわかるぜ?時期ってなんなんだよって思う。あたしたちは1層どころか、2層……いや、セントラルエレベーターにすらたどり着けないんだ。2層がどういうフロアなのかも、一切知らないし、いったところでなにもできない」

「わかってる」


 ギッターは苦い顔をした。今のルートが就任した時には、パステを始め、大人数でガードを固めていたため、拉致どころか襲撃すらできなかった。


「時期っていうのも、ルートかパステを拉致できる時期しかないってのもわかっている。このフロアで情報を持っているのは、エルフしかいないんだ。リージョン5の建設にスターダスト・グロウのメンバーを潜り込ませているが、今のところ、エルフが視察にくる予定もない」

「あたしたちは、それを待つしか無いわけだな」

「ああ、そうだ」


 だが、3人の男達は待つことができなかった。

 リージョン9のオリエンタルビルと呼ばれる5階建てのビルに立てこもってしまった。

 3人は公務員の採用試験が行われる日にスーツを着て潜り込んだ。

 時間ギリギリに突入し、急いでいるからと強引に受付を突破した。ビルの5階まで急いで駆け上がると、トイレでしばらく待機した。

 程なくして、採用試験が始まると、カバンからサブマシンガンを取り出し、予備のマガジンをポケットに入れて面接会場の扉を蹴破った。

 長机を並べて問題を解いていた受験者も、面接官、合わせて10名も、サブマシンガンを持った3人の男に目を丸くしたのは言うまでもない。

 男達は部屋の隅に連れていき、彼らの手を縛った。

 男の一人は携帯電話を取り出し、リージョン9の政府官邸へスターダスト・グロウとして、犯行声明を出した。情報は即座にルートへと共有され、エグゼクティブルートのパステにも届いた。

 もう一人は人質を見張り、残った男は5階にいたものをすべて殺していった。人質は10人もいれば十分だ。

 手榴弾をエレベーターに投げ込んで破壊し、非常口の階段も破壊した。これで、突入経路は正規の階段のみとなった。

 その爆発音に、人質たちは震えた。

 3層にはヘリコプターや飛行機のような空を飛ぶ乗り物は無い。そのため、政府ができることはパトカーでオリエンタルビルを囲むぐらいだ。人質がいるため、突入はできない。


「いいものがあったぞ」


 そう言いながら、そとに出ていた男が拡声器を持ってやってきた。これがあれば5階から地上にいる政府や警察と交渉ができる。

 そのまま窓を開けて顔を出し、パトカーめがけて声をあげた。ビルに入ったら人質を殺すぞというものだ。

 すぐに、警察が返す。


「要求はなんだ!」

「このリージョンのルートをよこせ!それで人質の9人は返してやる。それと、逃走をするための車だ。残った人質とルートは、時期をみて返すが、俺達を追いかけてきたら殺す」


 警察からの回答は無かった。判断ができない。

 ルートを人質にするという条件は、ルートに決めてもらうしかない。

 また、ビルの他のフロアに残っている人間たちも、脱出していいものかがわからずに戸惑っていた。もし犯人たちがフロアをうろついていた場合、殺されてしまうからだ。窓からやり取りしている声を聞きながら、待機するしかない。

 程なくして、パトカーの周囲をテレビ局が囲んだ。緊急速報という形で報道が始まると、モノムたちライブラリアンにも情報が届いた。

 先輩の一人が声をあげ、


「おい、エリア3で事件が起きたぞ。パステのところだ」


 というと、立ち上がって部屋の大型テレビの電源をいれた。

 モノムたち他の4人も立ち上がり、テレビを囲んだ。

 映像では、オリエンタルビルの5階を見上げるものが映っている。リポーターは事件の詳細を語ると、モノムはニヤリとした。


「スターダスト・グロウですか?ルートとの人質交換なんて、成り立つんでしょうか」


 先輩の一人は笑った。髭面の男だ。


「まさか。エルフと人間の命が釣り合うはずがないだろう。人質を気にせずに乗り込んで終了だよ。スターダスト・グロウも、そんなことがわからないのかな?」


 別の先輩が言った。病弱そうなロングヘアーの男だ。


「わからないんじゃないの?人間だし」


 髭面の男はこう返した。


「別の狙いがあるんじゃないのか?突入されることを前提とした」

「どうかねえ……」


 一方、ギッター、ガイロン、萌黄の3人は感情をむき出しにしていた。やるなとあれほど言ったのに、無視して行動しやがってという気持ちでテレビを眺めていた。

 この作戦が絶対に失敗することはわかっていた。エルフと人間の命は平等ではないのだから、強引に突入して終わりである。


 その頃、リムジンの後部座席に乗ったパステは、アーティフィカルシグナでリージョン9のルートと会話をしていた。これからおこなうのは大した作業ではないので、Tシャツ姿のラフな格好だ。


「こんな交換条件、絶対に飲んではいけませんよ?」

「では、人質を無視して突入ですか?」

「私は今、オリエンタルビルに向かっています。3時間ほどで到着しますので、それまで引き伸ばしておいてください。私が乗り込んで、ディザスターで倒します。数人は犠牲になるかもしれませんが、それが最善策です」

「かしこまりました」


 パステは次に、携帯電話を取り出して警察に電話をした。人間とはアーティフィカルシグナでは会話ができないからだ。

 事件の責任者に取り次いでもらうと、自分が向かうことを説明した。


「できれば犯人にバレないように5階にあがりたいです。手段は何がありますか?」

「エレベーターと非常階段は破壊されましたので、階段しかありません」

「では、正規の入り口以外の侵入ルートはどんなものがあるでしょうか?正規の入り口から私が向かえば、確認されて5階にたどり着く頃には人質は全滅してしまいます」

「すぐに確認します。折り返しは、その……、えー……。この番号でよろしいのでしょうか?」


 責任者はディスプレイに表示されている、エグゼクティブルートの電話番号を見て驚いた。やろうと思えば、いつでもパステに電話できてしまうからだ。


「構いません。よろしくお願いします」


 パステは電話を切った。

 1時間後、責任者からの折返しがあった。


「一つありました。下水道からの侵入ができます。ただ、それをパステ様にやっていただくというのは……その……」

「別に構いません。匂いがきつくて汚れるぐらいでしょう?」

「ええ……、まあ……」


 責任者はエグゼクティブルートがそこまで体をはるかと驚いた。


「では、場所を教えてください。そこで合流しましょう」


 パステは場所を聞くと、運転席と仕切っていたガラスをあけ、運転手に場所の変更を伝えた。そこは、オリエンタルビルから500メートルほどはずれた場所で、ビルの裏手にある。

 オリエンタルビルでは、犯人がまだかと叫び、警察がもうすこし待てと返すやり取りが続いていた。ルートはこのリージョンにおらず、向かっている途中だということになっていた。


 そんな一連のやり取りを、興味深そうに眺めているパジャマ姿の白い髪の女性がいた。

 そこは、壁一面にモニタが表示され、数秒おきに画面が切り替わっていた。モニタといっても2層や3層のような物理的なものとは異なり、宙に映像が浮いているバーチャルなものだ。

 女性がキーボードを叩くと、そのうちの何枚かは映像が固定された。

 音声は聞こえないが、それはパステの車とビルの周辺のものだった。

 背もたれのある革張りの椅子に座って眺めていたのは、ポルタだった。

 ポルタはボサボサの髪をかくと、キーを叩いて椅子ごと左を向いた。大画面のモニタには、パステの車の映像が大きく表示された。

 何をするのだろうかと、ワクワクする。パステのエリア3が一番おもしろい。ビピルはよくやっているが、優等生過ぎて面白くなかった。

 ポルタは情報はニュースだけではなく、国家図書館のデータベースから直接、入手していた。グラディエーター・バトルというものがどうなるかも気になるし、スターダスト・グロウとのやりとりも気になる。

 スターダスト・グロウは自分を殺すのが目的らしい。移動手段であるセントラルエレベーターは塞いであるし、不老不死の自分を殺すことは絶対に無理なのにと思う。

 ポルタランドに穴は無い。セントラルエレベーターすら動かせず、2層にすらたどり着けないだろう。帰宅する宅配のトラックに潜り込むということに気づいたものは過去にいたが、重量を検知されて終わりである。

 ルートが短期間で4人も入れ替わるという出来事にも驚いた。記念式典のためにわざわざ2層までいくのは面倒だったが、ペイできるほどの展開だ。


 ハイウェイの映像が、車を追いかけるように切り替わっていく。これは、ポルタランドの2層と3層に設置された、『見えないカメラ』による映像だ。

 見えないカメラにできることは拡大縮小と角度の変更だけだ。移動する車のように、ターゲットの映る映像を自動で切り替えるようなこともできる。

 なお、室内のものはない。設置しようと思えばできるが、しないほうが面白いという理由でやっていない。同じ理由で音声も聞こえない。

 人間やエルフはポルタが神だからなんでも知っていると思っているが、実際に見ているとは知らなかった。ネザリウスさえも。

 ポルタは腕を組んだ。


「ディザスターかな、やっぱ。でも、あれはワンパターンなんだよね」


 などと考えていると、リムジンは目的地にたどり着いたようだ。

 パトカーで封鎖された路地に向かい、車をおりたパステは、責任者と面会した。状況は動いていないらしい。

 すこし歩くと、すでにあけられたマンホールがあった。

 責任者は地図と懐中電灯、汚れてもいいように長靴や作業服、軍手などを渡した。パステはそれを服の上から身につけると、髪をあげてヘルメットをかぶった。


「では、いってきます。あとは私に任せてください」

「よろしくお願いします」


 責任者が頭を下げると、パステは下水道へとおりていった。

 下水道は暗く、思った以上に匂いもきつい。2層の住民であるパステには、初めての経験だ。

 懐中電灯をつけたパステは、地図を確認しながらオリエンタルビルへと歩いていった。直線ではないうえに、地図を見ながらのため、500メートルは思ったよりも長く感じた。

 目的の階段を見つけると、重いふたを力まかせにずらした。その先はオリエンタルビルの1階の奥にある倉庫である。

 薄暗く、埃っぽい。棚がいくつかあり、ダンボールが並んでいる。

 パステは借りた服を脱ぎ捨てた。ヘルメットもあいていた棚に置き、髪をおろした。帰ったら……いや、この近辺のホテルを借りてすぐにシャワーを浴びたいと思う。

 携帯電話を取り出し、小声で警察の責任者に目的地に到着したので、これから5階に向かうと伝えた。

 マンホールのそばに立って連絡を受けた責任者は頷いた。そのまま携帯電話で正面の部隊に共有するか迷ったが、犯人に悟られても困るのでやめた。


 ポルタは警察の責任者が電話をしている映像を見て、始まったかな?と察し、キーボードを叩き始めた。

 そして、エンターキーに指を触れ、笑顔で押した。

 パステはゆっくりと倉庫の鍵をあけた。そして、ゆっくりと扉をひらいた。

 その瞬間、パステのペンダントからバリアが発動した。と同時に、白い閃光がいくつも足元から空に飛び出していった。

 驚いて目を丸くしているパステの頭上から、上のフロアが落ちてくる。激しい爆音とともに、視界はすぐに真っ白になった。大量の粉塵もあっただろうが、謎の光のせいだった。

 自分はまだ、なにもやっていないと、棒立ちのまま思った。

 なにが起きたのか、さっぱりわからない。あるとすると犯人による自爆だが、パステがここにきたことを彼らは知らないはずだし、伝える手段もないはずだ。

 警察の責任者や部下もスターダスト・グロウかと考えた。だが、それを問いただす前にテレビ局からの質問がくるだろう。

 パステは瓦礫に埋まりながら、どうしたものかと思う。爆音が鳴りやむ前に結論を出さないといけない。


「いや……?」


 自爆ということはないだろう。3層で用意できる爆弾であれば、足元から光が出るような動きにはならない。そもそも爆発ではなかったし、あれは確実に、自分の足元から飛び出していた。

 パステはディザスターを取り出した。これも白い光が出るが、勝手に発動したのだろうか。それにしては威力が高すぎる。

 それよりも、これに巻き込まれた人たちの事を思う。

 ポルタへの反逆者を処分するのとは違い、大義がない。

 もしかすると、これは自分がハーフエルフであり、半分が人間の血だからそう考えてしまうだけで、ビピルのようなエルフであれば別の思考になるかもしれない。

 だが、答えは出なかった。理解しているのは、このあとのインタビューでは、堂々としなければならないということだった。


 そんなことを考えていると、音がやんだ。

 パステはここから出るべく、ディザスターをふって瓦礫を破壊した。

 視界は地獄絵図だった。

 巻き込まれたオリエンタルビルの両端の建物も半壊しており、パトカーもふってきた瓦礫に潰されていた。

 その奥から、警察やテレビ局のスタッフがパステを見ていた。彼らはなんとか逃げたようだが、ビルの住民は5階以外も含めて全滅だろう。

 全員、エグゼクティブルートが現れたことに驚いた。いつの間にいたのかと思う。

 そして、すぐにこれはパステがやったのだと、怯んだ。

 テレビ局のスタッフは、視線を送りあった。目は誰かインタビューにいけと訴えている。どの局のスタッフも怖かった。

 パステはゆっくりと歩いてきた。その表情はは無表情だった。

 カメラの前に立つと、右手を前に出したので、局の一人が恐る恐る、マイクを差し出した。

 パステは言った。


「私達は、スターダスト・グロウとの取引には一切、応じません!一切、です!手を貸すもの、関わったもの、巻き込まれたものも含めて、絶対に容赦はしません」

 ある局のリポーターは、恐る恐る言った。

「あの……パステ様……色々と質問が……」

「すいません、あとにして貰えませんか?このあたりのホテルで、部屋とシャワーを借りたいです。できれば着替えもお願いします」


 そこへ、警察の責任者がやってきた。この路地の5つ隣のホテルを予約しておいたと、促した。

 パステは1時間後に質問を受け付けるからホテルのロビーにこいと言ってマイクを返した。責任者に先導されて歩き始めると、周囲を囲んでいた者たちは、無言で道をあけてやった。


 急だったため、部屋はシングルルームだった。ベッドと机、ユニットバスの安い部屋だったが、パステは笑顔でお礼を言った。ベッドの上にはすでに着替えが置いてあった。

 パステはすぐに服を脱ぐと、シャワーを浴びた。熱いお湯にほっとする。

 下水道の匂いを流すべく、時間をかけて全身を洗うと、ようやく先程の件について考える余裕が出てきた。あれがなんだったのかはわからないので置いておき、これから始まるテレビのインタビューについて、考えをまとめることにした。

 スターダスト・グロウには屈しないという話の延長でいいはずだ。人質を含め、ビルにいた人間、100人前後の死者が出ただろうが、政府は悪くないように向ける。すべて、スターダスト・グロウが悪いのだと誘導する。

 そのあとは、他のエグゼクティブルートへの情報共有だ。説明をしておかなければならないし、キャリアの長いマルジェドあたりは、もしかしたら知っているかもしれない。

 携帯電話からエグゼクティブルートに向け、今晩、時間をとってくれとメールしておく。アーティフィカルシグナでは、色々質問をされると面倒だ。

 パステはシャワーをとめ、タオルで体を拭きながら用意してもらった服を着た。白いシャツとジーンズだ。ラフすぎる気もするが、構わない。

 一緒に置いてあった袋に、自分の着ていた服を入れる。持って帰るが、今後きることはなさそうだ。


 ロビーにおりると、テレビ局が撮影の準備をしていた。

 警察の責任者を見つけたパステは、手配をしてくれたお礼をすると、ホテルの責任者を呼んでもらった。

 エグゼクティブルートの突然の呼び出しに驚きながらも、白髪の身なりのよい老人がやってきた。緊張を見せていた。

 パステは頭をさげ、部屋の準備をしてくれたこと、ロビーを貸してもらったことを丁寧にお礼した。ホテルの責任者も、エグゼクティブルートに頭をさげられて慌ててしまった。すぐそばのビルが崩壊し、多数の死者が出ていたとしても、エグゼクティブルートと会話をすることなど、生涯ないと思っていた。

 ホテルの責任者は恐る恐る提案をした。


「私と写真ですか?構いませんよ」

「ホテルに飾ってもよろしいでしょうか」

「ええ」


 こうして、パステはホテルの責任者と警察の責任者の3人で写真を撮った。警察の責任者は自分もいいのかと戸惑ったが、一連の手配をしてくれたお礼もあるので、一緒に写ってくれとパステが頼んだ。

 笑顔で撮影を終えると、次はテレビだ。

 ホテルが用意してくれたパイプ椅子が並べられ、そこにスタッフが座った。カメラを挟んで、対面にパステが立つ。ホテルの入口は封鎖され、警察が警備をしていた。

 オリエンタルビルの崩壊から1時間が立ち、落ち着いたリポーターたちは冷静に仕事をこなせた。


「まず質問なのですが、パステ様はなぜここにいたのでしょうか?」

「ルートを人質にするということはありえませんので、バリアを持つ私が向かうと決めたためです」

「どこから内部に入ったのでしょうか。我々は誰も、パステ様を見ておりませんでした。ビル崩壊のパステ様の行動で、なんとなくは推測してはおりますが……」


 パステは微笑んだ。


「おそらく、あっています。私は離れたところから下水道を使って侵入しました。犯人に姿を見られてはいけませんので。だから、このホテルでシャワーを借りたんです」

「エグゼクティブルートというのは、その……そこまでするものなんですね……」

「当然です!ポルタランドにとって、ポルタ様にとっての最善を尽くすのが、私達エグゼクティブルートの使命です。それに、下水道といっても私が汚れるだけですし、大したことはしておりません」


 リポーターは息を飲んだ。ここからが本題だ。

 そして、パステも同じことを思った。ここからが本題だ。


「オリエンタルビルの崩壊で、死者は100名近くになる見込みです。我々の不勉強で申し訳ないのですが、これもポルタランドにとって最善であったということになるのでしょうか?」

「はい、そうです。一番最悪のシナリオは、スターダスト・グロウの思い通りになることです。よって、向こうの要求を飲むということは絶対にありえません。ここまではよいですか?」


 リポーターは頷いた。


「あなたは、私が5階に向かい、犯人グループを射殺すればよかったのでは?といいたいわけですよね?」

「えっ?いや……その……」

「構いません。そもそも、スターダスト・グロウは私達をなめすぎなんです。だからルートの襲撃をしたり、犯行声明文を出したり、ビルに立てこもったりするわけです。無難に解決をすると、調子に乗って、次の計画を立てるかもしれません。だから、政府はここまでやるぞということを見せつける必要がありました。この報道を見ていると思いますから、言っておきますが、オリエンタルビルを崩壊させたのは私ですが、仕向けたのは、あなたたちスターダスト・グロウですよ?」

「そ、そうなるわけですか……」


 パステは力強く言った。


「当然です。今後も同じような立てこもり事件をおこなうのであれば、その建物からはまた、大量の死者が出ると思います。スターダスト・グロウのせいで、です。政府はあなた達が思っているほど、甘くありませんよ?」


 別のリポーターが言った。


「スターダスト・グロウについての調査は、なにか進展があるのでしょうか」

「申し訳ないです。対策されても困りますので、回答を控えさせてください」


 そうはいうものの、パステたちはなにも情報を持っていなかった。ルートを襲撃した2人の特定ができた程度だ。犯行声明のホームページも、ライブラリアン……というより、モノムがギブアップしていた。

 その後、パステはインタビューを政府は悪くなく、スターダスト・グロウが悪いという話で押し切った。いや、押し切ったわけではなく、パステは本心からそう思っていた。

 インタビューを一通り終わらせると、パステはホテルを出てリムジンに乗り込んだ。

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