チャプター3

 5日後の夜だった。

 そのワンルームの部屋は、掃除もされておらず、食べたスナック菓子の袋やペットボトルが散らかっていた。

 コンピューターに向かう、太った男の名は、ニックル。32歳だった。

 ニックルは有名な学校を優秀な成績で卒業してから就職をしたが、ポルタランドの社会についていけず、無職となった。いわゆるニートと呼ばれる者で、実家に住み、親の財産で生活をしている。運動もせず、お菓子ばかりを食べているので不健康な体になってしまった。

 趣味はコンピューター。ネットワークに接続されているおかげで、現実の友人はいないが、個人のホームページを持っているニート仲間はたくさんいた。

 彼らのホットな話題はこれから始まるニュースだった。新聞の番組欄にエグゼクティブルートによる重大発表があると書かれていたためだ。コンピューターのウインドウを閉じると、エグゼクティブルート……つまり、パステの壁紙が出てきた。

 コンピューターの横にある小さな液晶テレビは電源が入っており、すでに録画の設定がしてあった。いくつかの局で同時に放送されるため、1つしか見られないのは残念だったが、すぐに誰かがアップロードをするだろう。そして、壁紙サイトの更新も今日中にされるはずだ。


 ニュースが始まった。

 男のリポーターがこれからエグゼクティブルートの発表がどうのこうのと言っている。ニックルはさっさとパステたんを出せ!と、イライラした。

 そして、スーツ姿のパステが出てきた。かわいい。

 エルフの耳がキュートだ。その辺のアイドルよりも、ずっといい。


「私服のパステたんも見たいなー。ていうか、隣のジジイは誰だよ!」


 ニックルはそう言いながら、画面に注視した。

 パステはバミューダを紹介し、グラディエーター・バトルの説明を始めた。パステの話にあわせ、背後にはバミューダの作成したプレゼン資料が更新されていく。

 テレビ局のスタッフも、視聴者も予想外の話にパステの話を聞いていた。


「というわけで、私達はこれからグラディエーター・バトルの準備をするわけですが、選手を支えるチームの事務所……つまり、スポンサーとなる企業が必要です。それぞれのリージョンの政府官邸に問い合わせをして頂ければ、ビジネスモデルの詳細の説明を致します。また、あわせて興行のメインとなる選手の募集もしていく予定です。戦いに自信のある者は、ぜひ、応募をしてください。準備にかかる費用は全て事務所が持つことになりますので、選手の負担は一切ありません。未来のスター選手が出ることを期待したいです」


 ニックルは凄いことを始めるものだなと思った。剣や斧、槍などを持って戦うとは、まるでロールプレイングゲームのようだと。

 カメラの映らない場所から、男の声が聞こえた。


「パステ様、質問よろしいでしょうか」

「どうぞ」

「死者が出ることはないのでしょうか?」

「そうならないようにする予定です。ですが、残念ながらそうなってしまう可能性もあります。これは、他のスポーツでも同じです。例えば、野球。ボールの当たりどころが悪くて亡くなってしまうこともあるでしょう」

「その場合の補填は政府から出るのでしょうか?」

「所属事務所との契約に任せます。保険会社がビジネスとして、グラディエーター・バトル用のものを用意することにも、私達政府は歓迎します」


 その言葉を聞き、保険会社の間で金額や事故率を想定してドラフトを用意しておけと電話が飛び交った。


「安全面など、そのあたりのルールについては、運用後に変えていきたいと思います」

「わかりました。ありがとうございます」


 別の者が質問を投げた。


「選手の条件はあるのでしょうか?」

「それは事務所に任せます。ただ言えることは、他のスポーツのように、スター選手を生み出せば、グッズやプロモーションでの効果は相当、あります。こちらも、他のスポーツを例とした説明資料がありますので、政府官邸に問い合わせてください」


 パステは一息ついた。


「なので、スター選手を生み出すための仕組みを考える必要があると思います。未知のスポーツなので、そこは私達もわかりませんが、グッズやプロモーションのノウハウは、エリア2のスポーツ関係者が詳しいと思いますし、私の隣にいるバミューダさんに聞いてくれても構いません。ただ、バミューダさんは球団の運営ではなくスタジアムの運営の専門家であることと、政府のアドバイザーでなので、つきっきりでノウハウを伝えるのは難しいとだけ、言っておきます」


 バミューダは頭を下げた。


「現役の者を引き抜くのは難しいと思いますが、引退した者であれば可能と思います。やりがいのある仕事ですからね」

「バミューダさんに質問です。これは、野球関連の経験者のほうが有利なのでしょうか?」

「そうではないと思います。私は野球の専門ですが、エリア2はスポーツ全般がさかんなので、野球以外のスポーツもたくさんあります。選手のプロモーションに関するノウハウは、サッカーなど、どのスポーツもそれほど変わらないはずです。個人競技か団体競技かの違い程度はあると思いますが」


 このあたりでスポンサーを考える企業の間で電話が鳴り始めた。見込みを試算しろと。

 ビジネスとして成功させられるだけではなく、開幕から飛びついた企業はパステに恩を売れるという目論見もあった。ポルタランドにおいて、後者のメリットは特に大きい。

 更に別の者が言った。


「闘技場の予定地はどこになるのでしょうか?」

「最終的には全リージョンに一つずつとなりますが、まずは、隣のリージョン5からになります。発表の前に、不動産会社は利益を得るために場所の買い占めはしないでくださいね?買収をして値段を釣り上げたら、政府への反逆ですからね?予定地は……」


 パステは最寄りの駅とおおよその位置を伝えた。


「このあたりはなにもない土地なので、まず、周囲には道路を作ります。何度も言いますが、政府の買収予定地の邪魔をして地価を釣り上げようとする行為をしたら、土地は没収ですからね?」

「ですが、周辺の土地の値段はどうしても、あがってしまうと思います」

「ホテルや飲食店、住宅の建設が始まることは歓迎です。デベロッパーが談合をしたり、ギャングに依頼をして無理な買収をした場合は処分しますが、正々堂々とビジネスをされるのであれば、歓迎します。ポルタ様のためにもどんどんやってください。駅の周辺は、好きにしてください」


 今度は建設会社や不動産会社が一斉に電話をかけはじめた。

 周辺の土地をガンガン買えと指示を出していく。パステは値段を釣り上げたら没収と言ったが、万が一、道路の場所とかぶってしまった場合は現在の地価と同じ値段で売れば文句は言わないだろうし、その他の場所では上がっても文句はないはずだ。

 特に、許可のおりた駅の周辺だ。地主は値段を釣り上げてくるだろうからかぶってしまった土地は政府への売却分はマイナスとなるが、他で利益を出せばいい。

 そして、他のリージョンでもやるのであれば、今のうちに候補地を予想しろと指示を出した。パステの思惑が過疎地の経済効果をあげることなのは間違いが無く、駅が近くてハイウェイからのアクセスもいいという条件だということは、不動産のプロにはすぐにわかった。今のうちに抑えておくことは、知恵を絞ったもので、彼女のいう真っ当なビジネスのはずだ。

 また、経営者たちは昔であればルートに賄賂を渡せば聞き出せたのにと思った。今、それをやれば、即、処分されてしまうためできない。アルマ・モータースの役員の件は、彼らにとって衝撃的な映像だった。

 バミューダは小声でパステに言った。


「パステ様、選手についても話をしておいたほうがいいと思われます。このままでは参加希望者の政府への問い合わせが殺到してしまいますので……」


 パステは頷いた。


「最後に一ついいですか?この放送を見て、参加したいと思う人はどうすればいいのかという話ですが、政府には参加希望者の問い合わせ窓口はありません。先程の話にありましたように、まずは政府の認定した、事務所に所属して貰う必要があります。現時点ではまだなく、検討し始めるスポンサー企業がこれから出てくると思います。そこが窓口なので、今は体を鍛えてお待ち下さい」

「パステ様は開催の目処はいつ頃になると考えていますか?」

「半年ぐらいと考えていますが、前倒しできるのであれば嬉しいですね。闘技場の要件や道路の建設の案件についての説明会は、急ですが明日の夕方にします。事務所の設立や投票システムの開発などの説明会は、その次です。関わってみたい企業は、ぜひいらしてください。エリア3、一眼となって頑張りましょう!ポルタ様のために!」


 パステが立ち上がってお辞儀をしたので、バミューダも慌ててならった。2人が去っていくと、番組は終了した。

 思いがけない政府のビッグプロジェクトに、エリア3の企業は湧いた。

 これから建設ラッシュが始まる。作業員の人材を一人でも確保するべく、エリア1や10といった遠方リージョンからも出稼ぎにきて貰う必要があるだろう。


 ニックルはコンピューターのモニタに視線を戻し、ニュースサイトをひらいてみた。

 グラディエーター・バトルについての記事が早速あがっている。どうやらエリア3の企業は大騒ぎで、人材の募集も今後、大量に出てくるだろう。

 だが、ニートであるニックルには関係のない話だった。バミューダという老人のように、パステの隣で働けることなど絶対に無いし、大部分が肉体労働だろう。そもそも就職をするつもりはない。

 パステの映像をたくさん見られたのは良かったが、グラディエーター・バトル自体は興味が無くなってしまった。興行が成功し、どこかの田舎から出てきた、体力だけの男がスター選手として持ちあげられるのは気に食わなかった。殺し合いならいいのにと思う。


「……まあ、いいか」


 ニックルはそうつぶやくと、ホームページの記事を書き始めた。

 更新を終えると、別の局の録画がアップロードされていないかをチェックし始めた。カメラの角度が違うものも見てみたかったからだ。


 -※-


 ソファーに座って番組を見ていたギッターとガイロンは、面白そうな事をやるなと感じていた。


「どうだ、ガイロン。グラディエーター・バトル、お前ならそこそこやれるんじゃないか?」

「勘弁してくれよ。俺より萌黄のほうが強いだろ?」

「あいつは近接武器じゃないから、ダメだろ。で、どうする?これは潰しにいったほうがいいと思うか?」


 ガイロンは腕を組んだ。


「いや、経済効果って意味では確実に効果があるだろう。パステは言わなかったが、貧困問題の解決にもなるしな。目的はそこだろ?エリア1の木こりがスター選手になるかもしれないし、そうなると地方には希望になる。建設ラッシュで出稼ぎにいけるやつも多いだろうし、潤う」


 ギッターは頷いた。


「ポルタのためにっていうのが気に入らないが、パステがやっていることは評価したい。ありえないだろうが、あいつが俺達のボスになるというのなら、歓迎したいぐらいだよ」


 ガイロンも同意した。

 ポルタランドの2層から上が無くなるというのであれば、パステがボスでも構わないと思う。彼女のお陰でエリア3が良い方向に向かっているのは間違いがなかった。


「ルートの襲撃はどうするんだ?そろそろ新しいのがくる頃だが……」

「それは、やる。グラディエーター・バトルへの影響は無いからな。そして、ポルタランドに対しての声明文を出す」

「作戦とメンツは?」

「こっちで用意した。警備は薄いし、少人数でいいだろう。向こうも襲撃になんて備えていないはずだ」

「わかった。それよりもさ……」


 ガイロンは部屋を見回した。いつも壁にもたれかかっている萌黄の姿がないからだ。


「あいつはなにしてるんだ?」

「萌黄ならリージョン8でスカウト中だ。しばらくこない」

「スカウトって、スターダスト・グロウのか?」


 ギッターはそうだと頷いた。


「アルマ・モータースの役員の一族のなかで、パステに生活を狂わされたものもいるだろう?パステは就任したばかりで賄賂に関わっていない役員まで一律に処分したから、その役員の一族からは当然、恨みを買う。そういうのが仲間に入る可能性があるんだ。萌黄がやってるのは、その調査とスカウトだよ。あいつは16だけど、説得力のある交渉はできるからな」

「なら、正々堂々と競わずに役員に就任した、一族経営の息子なんかも良さそうだな」

「そう。エリア3が良くなっているとはいえ、パステを嫌っているやつはいるはずなんだ。パステを嫌ってくれれば、敵意はポルタへ向けられる」


 -※-


 その頃、2層の国家図書館では、モノムがキーボードを叩いていた。

 グラディエーター・バトルのニュースは事前に知っており、そこまでの衝撃は無かったので、今後、3層に発生するかもしれない異常気象のほうを気にしていた。

 ポルタランドが異常気象になったことは、過去に何度もある。ただし、あるというだけで具体的な情報までは持っていない。

 ポルタランドの始まりは、2000年以上も昔と言われている。これは、ポルタの年齢が2500歳と言われているからだ。

 ポルタは阿伽羅流星群あからりゅうせいぐんの前からこの世界におり、人工の島もその前からあった。ポルタランドという名前に変わったのは、阿伽羅流星群のあとだ。

 モノムはこのあたりの事をまったく知らなかった。というよりも、誰も知らない。ポルタがなぜ不老不死なのかもしらないし、どういう技術の影響なのかも知らない。

 異常気象よりもそちらが気になったモノムは、2500年前のことを検索するべく、キーワードをいれた。が、エラーとなってしまった。見つからないではなく、エラーだ。

 ダメなのかと思い、2000年前の情報を調べても、エラー。1500年前もエラーだった。

 その瞬間、部屋の扉が勢いよくひらき、マネージャーが険しい顔で入ってきた。モノム以外の職員も、何事だろうという目でマネージャーを見ていた。


「おい、モノム!なにしてんだ!」


 モノムははっとした。自分が検索をしたことは上層部にも伝わっているということだと理解した。

 冷静を装って、


「あの、キーワードを入れたらエラーが起きたんです。システムの故障でしょうか?」


 と返す。


「あのなぁ……。違うだろ?権限外の情報へのアクセスは禁止だろ?」

「……と言われましても、私、そういうの知りませんでした」


 マネージャーはハッとした。

 誰も伝えていなかったことを思い出す。

 彼はモノムを部屋から出すと、あいていた個室に入れた。狭い部屋で、ホワイトボードとテーブルしか無かった。

 マネージャーはそこで待っていろと部屋を出ていった。すぐに分厚い書類を持って戻ってきた。

 マネージャーは頭をかくと、書類をテーブルの上に置いた。


「先日の3層への宅配もそうだったが、よく考えたらなにも説明が無かったんだよな、すまん。お前は正規のライブラリアン試験からきたわけじゃないし、優秀だったから即戦力として使ってたけど、基本的なことをなにも説明してなかったっていうのを忘れてたよ」


 マネージャーは頭をかいた。一方、モノムはほっとした。


「色々とルールがあるんですね。申し訳ないです」

「この書類を読んでおけって丸投げしてもいいものか?わからないことがあったら質問してくれればいい。それとも、説明したほうがいいか?」


 モノムは微笑んだ。


「丸投げで問題ないです」

「そういうと思ったよ。早い話が、国家図書館にある情報は、全部アクセスしていいというわけじゃないんだ。一般職員がアクセスできるのは、過去500年分だけなんだよ。1層や4層の情報にもアクセスはできない。必要ないからな」

「そうだったんですね。だとすると、教科書はどのように作られているのでしょうか。それも我々の仕事と理解しています」

「古い年代のものはそのまま使えばいい。全て正しいから、改訂の必要がないわけだ」


 モノムは頷いた。確かにその通りだ。

 この世界において、例えば実は1000年前に大きな戦争が起きていましたということが明らかになることは無い。世界は海に沈んでいてポルタランドしか存在していないし、全ての事象はポルタが把握しているからだ。

 ただし、それは『隠していなければ』ということだ。

 だが、モノムがどう考えても歴史を隠すメリットが見つからない。15年前に貧困層を皆殺しにしようとして失敗したエリア3のエグゼクティブルートがいたが、こういう悪い部分も全て記録にある。3層でなにが起きようが、2層には関係がないし、ポルタにはもっと関係がないからだ。

 マネージャーは言った。


「宅配のことや、休暇の申請方法とか、そういうのもそこに書いている。ビピルが手配したデバイスを送るのに、使ってみるといい」

「そういえば、工場から連絡があり、今晩、手配することになっていました。もうすこししたら、離席します」

「いや、そのまま直帰でいいから。仕事が楽しいのはわかるけど、すこしは休むんだ」

「はい、ありがとうございます」


 国家図書館を出たモノムは、右手をあげて自動運転の車をとめ、工場に向かった。受付でデバイスを受け取りにきたと伝えると、責任者がやってきて、言葉をかわす。

 デバイスはすでに大型トラックに積み込んであった。当然、これも自動運転なので、モノムは席に座っているだけでいい。

 モノムは一般車と異なり、すこし高い座席からの眺めを楽しみながら、宅配センターまで向かった。周囲はすでに暗く、街灯の明かりがついている。

 15分ほどで目的地についた。

 広めの駐車場にはトラックが何台か止まっている。

 おりたモノムは、受付へと向かった。

 受付には3人のエルフがおり、右側以外は他の客の対応をしている。壁一枚挟んだ向こう側では、ベルトコンベアーに乗せられた荷物が地域ごとに分別されている。

 モノムは言った。


「ライブラリアンのモノムです。新規ではなく、あらかじめ手配をしていた荷物を送りたいのですが」

「手配番号はわかりますか?」


 モノムは頷き、携帯電話を取り出した。メールで受け取っている。

 画面を受付に見せると、受付は番号を見ながら手元のキーボードを叩いた。


「国家図書館のモノム・クロムレックス様ですね?目的地は3層のエリア2のホテル……ですか?申し訳ありませんが、そこには送れません」

「ホテルはエグゼクティブルート、ビピルの仮の住居です。まだ住居が決まっていないので、そこになります」


 受付はコンピューターの画面を見ると、慌てて謝罪した。宛先は、ビピル・ドゥーリアとなっている。

 モノムは気にせずに言った。


「荷物は多いので、駐車場のトラックに乗せたままなのですが、問題ないでしょうか?」

「ええ、問題ありません。あとはこちらのスタッフで回収しますので、トラックを教えてください」


 トラックは誰のものというわけではない。路上を走る自動運転の車と同じだ。しいていえば2層のもので、荷物をおろしたあとは路上に放流しておけばいい。勝手に道路を周回する。そして、必要なら、あきを検索して呼び出して使うことになる。

 モノムは受付が出した伝票を手に取った。


「これで終わりなのでしょうか?」

「はい、あとは明日、目的地に届けられます」

「すいません、私、新人なものでシステムが良くわかっていないのですが、問題なく届くのでしょうか?途中でトラブルがあるとまずいんです。間違った場所に届くとか……その……」


 受付は微笑み、問題ないと返した。

 暇だったこともあり、丁寧に説明してやる。

 フロアをまたがった宅配は、絶対に間違えてはいけない。特に、3層の住民に届いてしまうというのは、絶対にあってはいけない。

 そのため、宅配センターでの作業は全てコンピューター制御となる。登録した伝票番号と住所はデータベースに記録され、それを元に出荷用のトラックに乗せられる。今回はモノムが乗ってきたトラックをそのまま利用できるだろう。

 セントラルエレベーターをおりると、あとは自動で目的地に向かう。

 3層の人間は2層の車は自動運転だと知ってるが、実際に運転手のいないトラックにギョッとする。かといって手を出すことはできないため、そっと見守る。

 こうして、トラックは無人で目的地に到着する。向かう先は政府の施設であり、荷物をおろすと重量を感知し、自動でセントラルエレベーターを登って2層まで戻っていく。

 なお、フロアを移動するような輸送はほとんどなく、珍しいものだった。

 モノムは質問を投げた。


「万が一、襲撃があった場合はどうなるのでしょうか?」

「アラートが鳴ります。位置情報で追跡できるので、犯人もすぐに特定ができますよ」

「そういった記録も、全てデータベースにあるわけですね。そんな凄いシステムが、このフロアにあるとは思いませんでした」


 それを聞いた受付は笑った。


「凄いシステムもなにも、システムもデータベースも、あなたの所属する国家図書館じゃないですか」

「あっ、そうなんですね!私、配属されたばかりの新人なので、なにも知らなくて、申し訳ありません」

「困ったことがあったら、なんでも聞いてくださいね」

「ありがとうございます」


 モノムはお辞儀をすると、考え事をしながら帰宅していった。


 -※-


 次の日。

 国家図書館に出社したモノムは、すぐにマネージャーのもとに向かった。

 昨日頂いた資料を読んだことと、宅配は問題なくこなせたということを伝えると、本題に入った。


「……というわけで、宅配の記録はうちのデータベースにあるって聞いたんです。そういうものも管理していたんですね」

「ああ、そうだ。そういえばお前はもう、ソフトウェアスペシャリストの資格持ってるんだったよな。ビピルのオーダーしたデバイスのプログラミングもお前がやったようだし、コンピューターが好きなら、システム管理の仕事に興味あるか?」


 モノムはニヤリとした。こちらから提案しようと思っていた話が、向こうからやってきた。

 マネージャーの机に両手をついて身を乗り出しながら、


「ありますっ!物凄くありますっ!」


 というと、予想以上の反応にマネージャーも怯んでしまった。


「じゃあ、ディレクターを通じてそっちのマネージャーに連絡をしておくよ。期限付きの部署異動って感じだな」

「わかりました。楽しみにしています」

「しばらく向こうで仕事をしてみて、向いているほうを正式に選べばいい」


 モノムは深く頭を下げると、マネージャーの部屋を出て、自室に戻った。

 メールを読みながら、貰ったチャンスについて考える。

 まずはデータベースの構造を把握することと、セキュリティ周りを把握することが最優先だ。

 次に、どのようにアクセスログが記録されるかの把握だ。

 昨日は大昔の歴史について調べてエラーを出したが、ライブラリアンとして、おもてからアクセスできないデータがあるように、裏からもアクセスできないデータがあるだろう。そういったものも把握したい。

 合わせて、サーバーで動いているバックエンドのプログラムも把握しなければならない。ポルタのオーバーテクノロジー以外のコードは開示されているだろう。無限に時間が欲しい。

 モノムは立ち上がると、部屋の先輩たちに部署を移動することになったと伝えた。先輩たちはモノムが優秀だったため、移動するのは辛いといい、モノムも仕事を教えてもらってありがとうございますと、笑顔で頭を下げた。


 その日の午後にはシステム部門のマネージャーから連絡があった。

 モノムは早速、部屋を訪れた。そこにはメガネをかけた40代の男がいた。名前はクーリーという。

 クーリーは右手を差し出し、


「噂は色々と聞いているよ。その年齢でソフトウェアスペシャリストを持っているんだって?」


 と握手を求めた。モノムも手を取った。


「モノム・クロムレックスです。よろしくお願いします」


 クーリーは部屋にあった応接セットにモノムを誘うと、業務の説明を始めた。まずはシステムの把握からだ。


「多分、今まで経験をしたことのないようなものを見ることになるけど、どう?」

「ワクワクします!」

「いい答えだ。エンジニアというのは、そうじゃなくちゃ。ところでモノム、3層に納品したデバイスのソフトウェアを担当したって聞いたけど、どういったものなの?」


 モノムは笑顔で説明をした。


「なるほど、それでスタジアムの声を拾うわけか」

「既存のライブラリの組み合わせでしたから、それほど難しいものではありませんでした」

「うん。そのコードも、誰かがメンテナンスをするかもしれないから、国家図書館の内部データとして、記録しておいて欲しいね。やり方はあとで先輩に聞くといい」

「わかりました」

「じゃあ、部屋に案内しよう。一緒に働くメンバーを紹介するよ」


 クーリーが立ちあがると、モノムも続いた。

 モノムがくることはすでに伝わっているため、全員が歓迎してくれた。18歳という若さは珍しく、モノムの愛嬌の良さもあって好印象だった。

 ここでの仕事はシステム管理がメインだが、通常のライブラリアンの仕事もある。そちらの優先度は他の部署よりも低く、他で手が回らない時にやってくる程度ではあるが、ニュースはしっかりと把握しなければならない。

 モノムは早速、国家図書館のシステムについてのドキュメントの在り処を伝えられ、読んでわからないことがあったらなんでも聞いてくれと指示された。

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