チャプター2

 パステがテレビ局を呼んだのは、河原だった。

 すぐ横には大きな川が緩やかに流れており、周囲は土だが、まばらに草が生えている。

 土手は警察が封鎖をしており、一般人がくることはできない。川の反対側も警察が封鎖している。スナイパーライフルを持っていれば射程内だからだ。パステはペンダントのバリアがあるので影響は無いが、ロニールをはじめ、他はそうではない。

 台座の上には10本のマイクが設置されており、カメラマンが半円を描くように構えていた。マイクを持ったリポーターも10人いた。あとは、テレビ局のスタッフだ。

 そこへ、パトカーと護送車が土手をおりてきた。

 パトカーからおりたのは、パステとロニールだった。ロニールはパトカーの前に立ち、黒いスーツでビシっときめたパステは、笑顔で台座に向かった。

 全員、ハーフツインテールの可愛らしいエルフという印象だった。

 今いるのは、台座と護送車を挟むような場所だ。

 そこへ、ヒゲを生やした太った男がやってきた。彼はテレビ局のプロデューサーで、他のテレビ局も含めてこの会見を仕切っている男だった。

 男は挨拶をすると、パステの都合でいつでも始められると伝えた。


「いろいろと準備をしていただいて、ありがとうございます。私はいつでも始められます」


 その言葉に、ここにいる誰もが、パステが昨日ルートを2人処分したものと同一人物とはとても思えなかった。

 パステはカメラの視界のそとに立った。

 カメラに囲まれて話すのは、人生で始めての体験だ。エグゼクティブルートの記念式典では聞くだけの立場だったが、今回は話す立場だ。

 自分はポルタの代弁者であり、自分の発言はポルタの発言に等しいのだと再認識した。緊張はない。堂々とすればいい。

 姿勢を正したパステは、プロデューサーの男に向けてOKのサインを出した。それを確認すると、ロニールが台座の前に歩いてきた。

 プロデューサーは全員に見えるように、3、2、1と手を動かした。ゼロの合図とともに、全てのカメラが動き出し、番組は始まった。

 ロニールはお辞儀をすると、


「リージョン6のルート、ロニールだ。今日はエリア3のエグゼクティブルートに就任された、パステ・ルーヴェ様の会見にお集まりいただき、全ルートを代表して、感謝する」


 と言った。パステは自分に対しては低姿勢な彼も、普段はこんな感じなのかと思った。

 ロニールがフレームアウトすると同時に、パステがフレームインした。

 台座の前に立つと、


「エグゼクティブルートのパステ・ルーヴェです。みなさん、よろしくお願いします!」


 と、元気に深く頭を下げた。


「私はまず、エリア3の貧困問題について対処したいと考えております。このポルタランドで反乱が起きるということは許されません。絶対に、です!ですが、多々、あるようです。反乱の原因については全てがそうだというつもりはありませんが、貧困問題が大きいということは理解しております」


 リポーターの一人が声をあげた。


「パステ様、それはどのような解決策になるのでしょうか?」

「格差の改善です。例えばエリア1は富裕層はあまりおりませんが、食料の自給率が高く、生活には困りません。そのため、幸福度は高いです。一方、私達のエリアは格差が激しく、富裕層と貧困層がはっきりとわかれております。自給率は低く、他のエリアから輸入する必要があるので、どうしても物価が高くなってしまい、貧困層は生活が困難という状況です。ここまではよろしいでしょうか?」


 リポーターは頷いた。


「かといって、私達がエリア1のように農業や水産業を主体とした生活にすることは難しいです。3層のテクノロジーは私達のエリアが支えておりますので、とめるわけにはいきません。なので、貧困層がお金を稼げる仕組みを作り、この枠組みに、はいれるようにする必要があると考えております。例えば、教育ですね。富裕層と貧困層では受けられる教育の『質』が異なりますので、子供の頃から格差が生まれてしまいます」


 別のリポーターが手をあげたので、パステはどうぞと促した。


「富裕層としては、当然の権利がなくなるわけですよね?競争が増え、大企業に就職する枠が減ることになるわけですが、不満は出ないのでしょうか」


 パステは両手を返した。


「不満が出るというのが、そもそもおかしいんです。ここポルタランドはポルタ様が神様です。住民が競争し、フロアが強くなるのであれば、それはポルタ様にとって良いことです。個人にとって良いとか悪いとかは、一切関係ありません。一切、です。なので、私は競わずに勝つ、競えずに負けてしまうということは、なくします」

「パステ様がおっしゃることは理解できます。そのうえで、あえて質問させてください。競って負けた者は、反乱のもとになるのでは無いでしょうか?」

「それなら、ポルタ様の意志に反する、反政府として堂々と処分できますので問題ありません。今と平等な教育の元では、状況が違うんです」


 更に、別のリポーターが手をあげた。


「昨日のルートの処分と繋がっているのでしょうか?」


 パステは頷いた。


「競争を妨げる不正は一切許しません。アルマ・モータースとルートにはそういう繋がりがありました。似たような例を挙げると、息子だというだけの理由で、実力がなくても重役につくようなことも禁止です。今後も見つけ次第、即、処分です。政府は言い訳は一切聞きませんし、賄賂も受け取りません」


 一息つくと、


「皆様はこういった不正があるのであれば、あとで政府に窓口を用意しますので、ルートを通じてでも、私に直接通報してくれても構いません。この番組を見ている企業に言っておきますが、すでに不正があるのであれば、私が調査する前に白状しておいてください。対処と、重い罰金だけで済ませます。もし政府の調査のほうが早ければ、即、処分します」


 と続けた。

 テレビ局のスタッフたちは、生放送中であることを忘れ、ざわついた。


「そしてもう一つ。すぐに新しい法律が制定されます。詳細は現在詰めているところですが、本日より、適用されます」

「どういった内容でしょうか?」

「はい。エリア3で設立した企業の他のエリアへの移転の禁止することと、他のエリアへの工場等の製造はエグゼクティブルート……つまり私の許可なく不可とすることです。ここで不正ができないのであれば他でやればいいだなんて、許しませんよ。企業についている弁護士も、抜け道をさがそうだなんて思わないでくださいね。それだけで犯罪ですよ?みなさん、土台は私が用意しますので、平等に競争してください」

「昨日のニュースによると、アルマ・モータースの役員は全員逮捕ということですが、どうなるのでしょうか?懲役ですか?」

「いえ、これから処分します」


 パステが手を挙げると、ロニールは動いた。

 警察とともに護送車から縄で繋がれたアルマ・モータースの役員達をおろす。彼らは10人おり、目隠しをされ、猿ぐつわをしている。全員、足が震えているのがわかる。

 彼らは川に沿って、一列に並ばされた。

 パステはディザスターを取り出すと、


「これから衝撃的な映像が流れます。そういうのに弱い方は、テレビの電源を切ったほうがいいと思います」


 と言った。

 パステは列の中央に立つと、左の端にディザスターを向け、ボタンを押したまま一直線に右に流した。ディザスターは閃光が伸びたまま、役員たちの上半身を切断した。

 一瞬だった。

 ドサッと彼らの上半身が地面に落ち、血を吹き出しながら地面に倒れた。

 テレビ局のスタッフたちは全員、息を呑んだ。

 警察はさっと布を被せていき、死体の処理を始めた。

 パステは台座に戻ると、


「不正は許しませんよ。絶対に、です!」


 と、もう一度言った。

 数秒ほど無言が続き、まずいと思ったプロデューサーの男がなんとか声をあげた。


「政府の車は変更されるのでしょうか」

「当然です。のちほど政府のサイトに詳細を乗せますが、コンペをしようと思います。エリア3の車メーカーは、ぜひ応募してください。運転手も合わせて募集しますよ」


 パステは笑顔で平然としていた。殺された者は彼女にとって、ポルタの障害としてしか感じていなかったため、可哀想という発想は一切なかった。


「もちろん、アルマ・モータースも募集してくれて構いませんよ?燃費が悪いから、100%、落ちると思いますけど」

「アルマ・モータースの役員が全員いなくなって、ドタバタすることになります。もしかすると、会社自体がなくなるかもしれませんが、政府としては救済はないのでしょうか?」


 パステは即答した。


「ありません。ですが、問題ありません。優秀な社員は他の車メーカーへの就職は簡単にできるでしょうし、能力があるのにアルマ・モータースの出身だからという理由だけで拒否されるのであれば、平等な競争に反しますので、採用側もそういうのは無しでお願いします」

「パステ様、聞いてもいいでしょうか?その……優秀でない社員は……?」

「今まで何もせず、大企業というだけで高い給料を貰っていた人のことなんて、知りませんよ。なぜ政府が税金を使って救済しないといけないのでしょうか。身の丈にあうアルバイトでもしたらいいんじゃないですか?」


 リージョン1の寂れた商店街では、電気屋のテレビでこの放送を見ていた中年の男が隣の男に言った。


「新しいエグゼクティブルートは随分と大胆なことをやるもんだなぁ」

「ああ。でもさ、俺たちも教育を受けたらいい職につけるものなのかね?」

「俺たちの年齢でもチャンスがあるものなのか?」

「無かったら、政府に文句言えそうじゃないか?」

「かもしれないな」

「やってみようぜ!」


 リージョン4の農村の小さな家……いや、一つの部屋に親子3人で生活をしている、家というよりも小屋と呼んだほうがいいような空間では、古ぼけたテレビでこの放送を見ている親子がいた。

 母親は抱きかかえた赤ん坊をあやしながら言った。


「新しい政策では、この子もまともな教育を受けられるのかな?」

「都会と同じ教育が受けられるなら、出世の可能性も見えてくるんじゃないか?いいエグゼクティブルートだよ、この人は」

「じゃあ、優秀な先生が学校にきたりするのかな?」

「うん。だとすると、歓迎だな。ポルタ様に感謝しよう」

「そうね!」


 リージョン10のある中小企業では、専務の息子が解任された。能力が優れているというわけではなく、一族だっただけの理由で任命されていたという理由だ。

 社長の父親には、パステがディザスターで処刑したシーンが衝撃的すぎた。端のリージョンの中小企業まで調査を入れてくるかという思いもあったが、パステならやりそうだという意見が勝ったためだ。

 彼はのちほど、このことを政府に報告に入れ、罰金だけのペナルティーで処分を逃れることができた。

 似たような中小企業では、反対の考えを持ち、小さな会社だから無視しても問題ないだろうとたかをくくった結果、しっかりと処分されることになった。


 一日中ヒマで、個人のウェブサイトを頻繁に更新する無職やニートたちは、この報道にスカッとした。勝ち組と言われる大企業の役員たちが、バシュッと一斉に処分されたからだ。

 すぐにキーボードを叩き、パステについて最高のエグゼクティブルートという歓迎の言葉と、パステを採用してくれたポルタへの感謝と、不正を無くすためにこれからも頑張ってくれと、サイトを更新しはじめた。

 あるユーザーがテレビの録画をアップロードすると、アクセス数が跳ね上がった。彼らは何度も見たかった。ディザスターのシーンだけではなく、前半の演説部分も含めて、何度も見たかった。

 文字にすることは絶対にできないが、


「パステたんかわいい!」


 と、アップのシーンで一時停止をして眺めていた。

 別のユーザーがテレビを切り出して壁紙を作り始めると、こちらもアクセス数が跳ね上がった。彼らは早速、携帯電話の待ち受けや、コンピューターのホーム画面に設定する。

 無職やニートたちにとって、まさか幸福な時間はここがピークだったとは、この時誰も気づいていなかった。


 リージョン8にあるアルマ・モータースは、16階建ての大きなビルを本社としていた。取締役が全員殺されたことにより、舵を取るものがおらず、執行役員たちが集まり、弁護士を呼び出して今後の打ち合わせをしていた。

 ここからなんとか復旧をしなければならない。このメンバーでやるか、外部から役員を雇うべきかなど、終わりの見えない話し合いが続いていた。

 パステに嫌われている以上、政府の協力は絶対に不可能だった。立て直し、健全となりましたと言って許してもらうのが当面のゴールだった。

 一方、救済が不可能だと思った管理職や一般職員たちは、沈没船からいち早く脱出するべく、ヘッドハンターに連絡をとったり、転職サイトに登録したり、知り合いを通じて再就職の道を模索していた。

 ディーラーも車は1台も売れず、それだけではなく購入した客からのクレーム対応で精一杯だった。コールセンターの電話も怒った客からの問い合わせで電話は鳴りっぱなしだった。

 全員、とても通常業務などはできない。

 とはいえ、パステの文句を言うことはできなかった。告げ口をされたら終わりだし、問題なのは不正をしていた上層部であり、エグゼクティブルートはそれを正しただけだったからだ。


 その裏で、競合会社はアルマ・モータースの有能な社員を引き抜くべく、ヘッドハンターに問い合わせをしていた。通常、社員の引き抜きは相手に睨まれることもあり、あまり良くないとされているし、まだ会社が存続中のため、フライングである。

 仮にパステに怒られたとしても、他の競合も行動を起こしているし、そういう意図に取れなかったと言ってしまえばいいだろうという思惑があった。競合と一緒に文句を言えば、ペナルティーはないだろう。

 パステは強引かもしれないが、自分の意見を無理やり押し切るほどの暴君ではないと感じていた。

 そんな理由により、今回はパステがよしとしていることを言い分に、優秀なやつを一人でも多く取れと、声をあげた。

 同時に、パステに食い込むための策を練り始めた。政府のサイトにはまだコンペの内容はアップされていなかったが、値段なのかサービスなのかわからないが、なにがきてもいいように事前に対応しておきたい。ふって湧いたビッグビジネスのチャンスは、是非ものにしたい。


 -※-


 ある薄暗い部屋では、大画面のテレビでこの報道が流されていた。

 正面にあるソファーには、金髪の男と大柄な男の二人が座り、無言でテレビを見つめていた。

 大柄な男は言った。


「こいつは今までのエグゼクティブルートとだいぶ毛色が違うな」


 金髪の男は頷いた。


「パステとか言ったか。こんなタイプは他のエリアでも見たことがない。強引だが、エリア3の貧困問題を解決してしまいそうな気がする」

「ただ、競争の結果、大企業が強くなるだけで終わりそうっていうのが心配だな。戦って負けたやつには援助無しで、身の丈にあうバイトをしろって言ってたし……」


 金髪の男は隣を見た。

 小柄な薄い黄緑のローポニーテールの少女が壁にもたれかかり、腕を組んで立っていた。


「萌黄はどう思う?」


 萌黄と呼ばれた少女は、穏やかな丸顔から受ける印象とはとても思えない厳しい口調で、

「いや、ダメだろ。こいつは重度のポルタ信者だぜ?ハーフエルフは特にその傾向が強いんだよ。親が2層にあげてもらって、ポルタに感謝するからな。どうみても、敵だ」

 と返した。

 彼女の名前は芽吹木萌黄めぶきもえぎ、まだ16歳である。


「それに、あたし達のゴールは貧困問題の解決じゃないだろ?誰がエグゼクティブルートになっても関係ないんだ。だろ?ギッター」


 ギッターと呼ばれた金髪の男は、そうだなと同意した。そして、


「前回のエグゼクティブルートの襲撃はあまり意味がなかった。このパステってやつを殺したとしても、新しいやつが2層から次々に流れてくるはずだ。戦いかたを変える必要があるのは間違いがない」


 と言った。

 パステの前のエグゼクティブルートを襲撃したのは彼らだった。


「だが、2層に繋がる手段がないのが痛いな。通信は完全に遮断されているし、萌黄の力を持ってしても、物理的にセントラルエレベーターをどうこうする手段がない。破壊もできないし、動かすこともできない」

「試してないぜ?」

「そもそも、俺たちでは近寄れないだろう。近寄れたとしても、バリアがある。あのバリアはお前でも無理だろう?」


 萌黄は苦い顔で頷いた。

 セントラルエレベーターは阿伽羅流星群からポルタランドを守ったとされるバリアが張られていた。世界を滅ぼすほどの宇宙からの衝撃を耐えきったというものは、一般人がどうこうできるものではなかった。

 ディザスターもそうだが、エルフのテクノロジーは人間たちのものを超えていた。

 エグゼクティブルート襲撃の際、ディザスターだけは手に入れて持ち帰ったが、ロックを解除してボタンを押しても自分たちで発動させることはできなかった。指紋認証という発想がなく、なぜなのかは全く不明だった。

 分解をして構造を見てみようという意見もあったが、戻すことはできないということから躊躇し、今は手元に置いてある。

 萌黄は言った。


「ガイロンはなにかある?」


 大柄な男は無言で両手を返した。良いアイデアは無い。

 ギッターは言った。


「なんにせよ、同志を増やさなければならないっていうのは間違いがない。今は20人ほどだが、10倍……いや、できれば100倍にはしたい」

「反乱自体はちょくちょく起きてるんだけどな。あたし達と目的が違って、貧困問題が解決すればこいつらは黙るっていうのが痛いぜ」

「ああ。この報道で、どこの反乱もしばらくは様子見だろうな。役員処刑のインパクトが凄すぎる」


 ガイロンは腕を組んで天井を見上げた。


「ポルタランドに穴は無いものかねぇ……。俺達には情報が少なすぎる」

 それを聞いたギッターはピンときた。若干興奮するように萌黄とガイロンの顔を見ると、

「ルートを拉致するっていうのはどうだ?2層の情報は持っているだろう」


 と早口で言った。


「パステを狙うのか?いくらなんでも、あたし達には無理だぜ」

「エグゼクティブじゃない。普通のルートだ。普通のルートはディザスターなんて持っていないし、バリアが出るペンダントも無いだろう?」


 萌黄は以前、エグゼクティブルートを襲撃して失敗し、殺された同志のことを思い出した。バリアが出るペンダントのおかげで、銃撃は一切通用しなかったが、テレビで見る限り、あのペンダントはルートは持っていないようだ。

 バリアがなければ護衛を倒せばなんとかなりそうだ。

 ギッターは計画を練った。

 パステのいるリージョン6の周辺でおこなうと、パステ本人が出てきてしまう可能性があるので避けたかった。まずはリージョン10など、遠い場所で騒ぎを起こし、そちらに注意が集まっている間に反対側のリージョン1を狙いに行くような、そんな提案を出した。


「もしくは……」


 ガイロンは同意し、続いた。


「次に就任されてやってきたばかりのリージョン7や8のやつを狙うってのもあるな。スケジュールはテレビで教えてくれるだろうし、どこかのハイウェイで狙えるはずだ」

「いいじゃん。あたしも襲撃に加わるか?」

「いや、お前は切り札だ。車1台ぐらいなら、俺達でも十分いけるだろう」


 そう言ってギッターは話をしめた。


「よし、次はルートを拉致して2層の情報を仕入れよう。これを俺達『スターダスト・グロウ』の先に進むためのきっかけにしたい」


 萌黄とガイロンは元気よく頷いた。


 -※-


 リージョン3にある屋敷の豪華なリビングでは、スーツをきた中年の男たちがソファーに座ってテレビを見ていた。ソファーの後ろでは若い男たちが後ろで手を組んで直立不動だった。

 中央に座る白髪の老人は、


「さて、どうしたものかね」


 と言った。

 彼がテーブルの上にあったヒュミドールから葉巻を取り出して先端をカットすると、隣にいた中年の男がさっとマッチで火をつけて差し出した。

 老人が口にくわえて何度か息を吸い込むと、葉巻から煙が出始めた。

 彼は、ふーと息を吐いた。


「新しいエグゼクティブルートは、我々の敵なのか、味方なのか……」


 火をつけた男は、


「ボス、味方ということは無いと思いますが」


 と返した。

 ボスと呼ばれた老人はふっと笑った。政府が自分たちギャングの味方になることは決して無い。

 彼の名はリボッゾ。『イグナイト・ファミリー』と呼ばれるリージョン3のギャンググループのボスである。

 リージョン3は3つの大きなギャンググループが縄張り争いをしている。

 現状、ポルタランドとしてはそこまでマイナスではないということで放置されているが、政府に牙を向けばすぐに潰しにくるだろう。ペンダントとディザスターを持ったパステがここに一人でくるだけで、ファミリーは全滅だ。エルフのテクノロジーには勝てない。

 そんな理由により、ギャングたちは表向きは普通に企業を経営し、裏では抗争をして死者も出しているといった状態だ。

 右の前のソファーに座る男が身を乗り出して手をあげた。


「よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「我々のゴールとしては他の組を排除し、このリージョンの利権を握ることになると思いますが、この抗争はパステにとって『正々堂々と争った』と捉えられないでしょうか?抗争を終わらせることは、ポルタランドのためにもなります。ポルタ様にも感謝されるでしょう」


 周囲はざわついた。

 リボッゾは鼻で笑った。


「面白い冗談だ」


 そう言いながら、テーブルの上にあった電話機を手元に寄せ、受話器を持ちあげてボタンをプッシュした。

 すぐに女性の声が聞こえてきた。スピーカーモードなので部屋中に聞こえる。


「はい、こちら、リージョン3の政府官邸です」

「イグナイト・ファミリーのボス、リボッゾだが、ヤノヴァンはいるか?」

「えっ?イグナイト・ファミリー?あっ……あの、少々お待ちください」


 ギャングのボスに戸惑った女性は、保留ボタンを押した。よくあるオルゴール音が流れる。

 周囲の人間はリボッゾと名乗ったボスの行動に、うそだろという驚きの目で見ていた。

 リボッゾは待ちながら、葉巻を深く吸った。

 すぐにヤノヴァンの声が聞こえてきた。


「リージョン3のルート、ヤノヴァンだ。まさかギャングのボスから電話があるとは思わなかったよ。何のようだ?」


 落ち着いた声で話をしているが、受話器を握るては汗ばんでいた。こういったケースは過去に例が無かった。


「テレビの報道を見てね、つい」

「パステ様の件か?それがどうかしたか?」

「新しいエグゼクティブルートは、不正を許さず、正々堂々、競うことをモットーにしているとみた」

「ああ、そのとおりだ」

「我々イグナイト・ファミリーが住民に被害を与えずに正々堂々とほかのファミリーを潰しにいったら、それはエリア3としてはありなのかなと思ってな。そう、例えば荒野で決闘をするようなイメージでいい」


 ヤノヴァンの回答は無かった。驚きのあまりに声が出ない。まさかギャングのボスからそんな質問を投げられるとは思わなかった。


「抗争を終わらせたら、ポルタ様のためにもなるぞ?」

「いや……いや、ちょっと待ってくれ。私には判断ができない。パステ様の判断を仰ぎたいから、しばらく時間を貰えないか?」

「構わないよ。じゃあな」


 リボッゾは笑顔で電話を切ると、


「だとさ」


 と、両手を返して笑った。

 男の一人が言った。


「まさかヤノヴァンに電話をかけるとは思いませんでした」

「面白かっただろ?ちょっとした余興のようなものだ。まあ、政府がどう回答しようとしても、このリージョンの利権は渡さないんだけどな」


 一方、受話器を置いたヤノヴァンはどうしたものかと考えた。

 しばらく考えて見たが、回答は用意できなかった。パステはテレビの取材で自室にはいないので、落ち着く頃にメールかアーティフィカルシグナで質問を投げてみようと思った。

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