チャプター3
次の日の昼。
リムジンに乗ったビピルは、リージョン5のルート、ファーポとともにスタジアムへと向かった。
ビピルは車のなかで、昨日のテレビの撮影を思い出していた。エリア2では特に過激なことはなく、用意されるであろう質問に対し、事前に考えていた通りの無難な回答をした。面白みは何もなく、パステの過激な番組と比べ、非常に穏やかなものだった。
エリア2の住民にも歓迎されているようだ。エリート街道を歩んできた名門ドゥーリア家の出身ということもあるが、容姿の部分が大きく、印象は悪くないらしい。
「明日はスタジアムで野球を見る予定なんだ」
と言ったことも効いていたかもしれない。このエリアでは野球の人気は凄かった。
本日はこのリージョンの野球チーム、ブラックバーズとリージョン8のファイアーブレーズの試合がある。どちらも強豪チームであり、ブラックバーズは現在リーグで3位、ファイアーブレーズは2位という状態であり、接戦で今日の試合次第ではブラックバーズが2位に浮上するという状態だった。
青空が広がっているこの日は絶好のスポーツ日和だった。
ホームゲームであるだけに、リージョン5の観客たちは盛り上がっている。
大きな白いスタジアムに近づくと、すぐそばにあった駅をおりた観戦客がぞろぞろと歩いていた。
大多数は黒のシャツを着ていることから、ブラックバーズの応援なのだとすぐにわかる。シャツには番号が書かれているが、これは観客たちが応援している選手の背番号である。
みんな笑顔で楽しそうだ。エグゼクティブルートが見学にくるという効果もあったかもしれない。ビピルの姿はスタジアムの大型ビジョンに映し出されるだろう。
その一方で、赤いシャツのアウェイの顧客は目立たないようにこそこそと歩いていた。
ビピルは言った。
「応援の人数って、あんなに違うものなの?チームの人気の差?」
隣に座るファーポは笑顔で返した。
「基本的に9割ぐらいはホームの客ですからね。ほかのリージョンから遠征するものは多くありませんし、応援の量も段違いです。だからスポーツはホームゲームが有利なんです」
「そういうことなんだ。ところで、私はブラックバーズを応援した方がいいの?エグゼクティブルートとしては平等じゃないとまずいよね?」
「そこは、ビピル様の好きにしていいと思います。流石に特定のチームに贔屓して税金を優遇したりするとまずいと思いますが、応援自体は自由です。ただ、本日エスコートをするのはブラックバーズの理事長ですから、そのへんは汲んでもらえると助かります」
「税金かー」
ビピルはそう言うと、正面を見た。ガラスに仕切られていて、運転手には聞こえないことを確認すると、
「このエリアって、スポーツ関連の企業や選手は税金が優遇されているんだよね?そのせいでスポーツ関連の税収はあまり良くないんだよね?」
と言った。
ファーポは苦い顔をし、頷いた。
と同時に、そこまで調べていたかと驚いた。わずか20歳でも名門ドゥーリア家は違うなと。
「まあ、私もここにきたばっかりだし、それがダメとは判断できないんだけどね。まずは様子を見てみよう」
「野球のルールはご存知ですか?」
「うん、大丈夫。ルールと今日試合する有名な選手はチームのサイトを見て、一応頭に入ってるつもり」
「そこまでですか!では、私がビピル様に教えていただく立場になりますね」
「あれ?ルートって、そこまで興味ない?ファーポだけ?」
「全員、興味ありませんよ。リージョンのチームが勝つと、セールで経済が潤うなっていう程度です。スポーツニュースは全員見ていませんし、スポーツがトリガーとなって経済を動かすものはライブラリアンからのレポートを見れば十分ですからね」
ビピルは腕を組んだ。
「私達エルフは試合しないもんなぁ……」
そんな会話をしながら、車はスタジアムへとはいっていった。
地下の駐車場は選手やゲストのために用意されているもので、入り口にはガードマンがついていた。ビピルが向かったときには、政府のボディーガードが二人待機しており、片方の男が携帯電話で到着を誰かに伝えていた。
すぐに、ブラックバーズの理事長と副理事長が姿をあらわした。どちらも白髪の老人で、70歳は超えていた。
彼らと20歳のビピルとは50以上も年齢が離れている。それでも、理事長たちは笑顔を絶やさず低姿勢だった。
税金を優遇してくれるエグゼクティブルートは最大のスポンサーだからだ。今までのエグゼクティブルートやルートたちとは違い、実際に試合に見にきてくれるというのは脈があるのかもしれないと考える。
ビピルは、理事長たちに先導され、スタジアムの廊下を歩いていった。珍しいのでキョロキョロと見回してしまう。バットをふったりボールを投げたりしている選手の写真などが大きく飾ってあるが、ブラックバーズの昔の有名な選手のものなのだろう。
理事長は言った。
「ビピル様はアルコールは飲まれますか?」
「ごめん、ニガテなんだ。炭酸水やレモネード、サイダーなんかがあると嬉しいな」
「かしこまりました。ファーポ様はいかがですか?」
「私はなんでも構わないよ。野球観戦といえば、やはりビールなのかね?」
理事長はそうですというと、携帯電話を取り出し、どこかに飲み物をオーダーした。
ビピルは言った。
「野球観戦といえばビールなの?」
ファーポが視線を理事長に送ると、彼が代わりに回答した。ファーポもそこまでは詳しくなかった。
「そもそも、スポーツ観戦をしながら飲食というのは珍しいです。野球は元々そういう文化でしたから、ありなんです。スタジアムでビールを飲みながら贔屓のチームを応援するというのは、一つの文化ですね。得点がはいると、乾杯の意味も含めて、オーダーが増えるんです。お祭りみたいなものですよ」
「へー、そうなんだ」
そして、観戦席に入った。1塁側のベンチの隣りにある部屋で、正面はネットで覆われている。丸いテーブルに半円を描くように並べられていた椅子に、副理事長、理事長、ビピル、ファーポという順番で座った。テーブルの上には小さなモニタがあり、テレビカメラで映像も見られるようになっていた。
スタジアムは2階建てで、5万人が観戦できるらしい。本日はビピルの効果もあり、ほぼ満席だった。
雑談をしていると、お互いの選手たちがフィールドに出てきた。黒いユニフォームがブラックバーズ、赤いユニフォームがファイアーブレーズだ。お辞儀をし、ブラックバーズの選手たちが野手を残してこちらに戻ってくる。ホームゲームなので、サヨナラ勝ちを演出できるよう、ブラックバーズが後攻だ。
小さなモニタにはそれぞれの選手や観客席の様子を映していた。
スタジアムの実況が、フィールドでキャッチボールをしている野手の説明をしていくのが聞こえてくる。
実況は、
「なんと!今日は先日就任された、エリア2のエグゼクティブルート、ビピル・ドゥーリア様が観戦にきておられます!」
と言った。
モニタにビピルたち4人が映ると、ビピルはカメラの位置を探した。正面のネットの上にあることを確認すると、笑顔で手をふった。ファーポは無表情だった。
すると、スタジアムから大きな声があがった。
ビピルはすこし嬉しかった。
マウンドでは、背の高い白人の男が投球練習をしていた。それを見たビピルは、
「グラクソンかー。ストレートが速いんだよね?」
と言った。
理事長と副理事長はすこし驚いたように頷いた。知っているのかと。
「それと、スライダーですね。球種はすくないですが、緩急のあるボールはなかなか打てませんよ」
そこへ、扉が2度ノックされ、球場のスタッフがトレイをもって現れた。ビールを3つとレモネードの入った大きな紙コップを持っており、それぞれの前に並べた。
「グラスでなくて申し訳有りません。ですが、球場といえばこの紙コップなんですよ。観客席の雰囲気をすこしでもと思いまして」
「ありがとう。じゃあ、乾杯しよう」
4人がコップを重ねると、試合開始のサイレンが鳴った。
グラクソンと呼ばれたピッチャーは、ストレートを中心にボールを投げていく。間近で見るとミットの音が思ったよりも迫力があって驚いた。
あっという間に2人の打者を三振に打ち取ると、次のバッターのフライを取って終了した。
次はブラックバーズの攻撃である。
相手の投手も調子がいいようで、思うように打てずに終了した。
2回のオモテでは悲劇が起きた。
グラクソンの投げた初球のストレートを打たれ、2塁打となった。次のバッターで3塁に送られ、犠牲フライで1点取られてしまった。
観客の大多数を占めるブラックバーズファンは落胆したが、まだゲームは始まったばっかりで、逆転のチャンスはまだいくらでもあると思っていた。
2回の裏、大柄な黒人の男がゆっくりとバットを振りながら、打席へと歩いていった。そのバッターに観客席が湧いた。
ビピルは言った。
「あれが一番ホームランを打ってるっていう、ドギーロか。写真で見るよりも、ずっと大きいんだね」
「去年の首位打者、最多本塁打、最多打点の三冠王ですからね。今年も期待ですよ!」
理事長も副理事長も、若干の興奮を見せていた。ビピルもあのパワーでボールに当たれば、簡単にホームランを打ててしまいそうな気がする。
ドギーロは2度ほどピッチャーのボールを見送り、次の打球を打った。
ボールは鋭く飛んでいき、ワンバウンドしてセンターがキャッチした。急いでボールを2塁に投げると、走っていたドギーロは1塁へと戻っていった。
「おー!凄い!」
「もうすこし足が速ければ、2塁打だったんですけどね……。そこは彼のウィークポイントというわけです」
ビピルはレモネードを一口のんだ。
「でも、調子良さそうね。ここから流れが変わるかな?」
残念ながら、彼女の思いとは裏腹に、続く3人は凡退に終わった。
そこからはお互いにヒットは出るものの、得点に繋がらなかった。
扉がノックされると、スタッフがホットドッグをトレイに乗せてやってきた。ホットドッグは2層にもあるので、ビピルは当然知っているが、なぜこれが出てくるのかはわからなかった。
理事長は球場の名物だと言った。片手でホットドッグを持ち、もう片方の手でビールを持って観戦するのが主流だと。
なるほどと思い、ビピルはホットドッグをかじった。
なかなか美味しい。球場の食事は客寄せのためにも気合を入れて作っているらしいと説明を受けると、なるほどと思う。球団が球場のチケット、飲み物や料理、そしてグッズというものをセットで売っていきたいと言うのはわかる気がする。
試合は均衡状態のまま進んだ。
ついに、ブラックバーズにチャンスが訪れた。前の2人の打者が出塁し、バッターボックスにはドギーロだ。
スターの登場に、球場は湧いた。ここで一発が出れば逆転であり、点差も開く。観客はこの瞬間にワクワクしていた。
テーブルの小さなモニタにビピルの顔が映った。同じものがスタジアムの大型ビジョンに映されているが、観客もビピルも誰一人としてそれを見ておらず、全員がバッターボックスで構えるドギーロを見ていた。
ドギーロは初球を大きく振ってストライクになった。
だが、意志のあるスイングだった。逆転してやろうという強い意志を感じた。相手のピッチャーも若干、臆しているように思える。
そして、2球目。ストレートに狙いを絞ったドギーロは、ボールにあわせてバットを振り抜いた。
打球は宙に浮いていく。誰もが手応えを感じていたそのボールは、ライト方向のスタンドへと飛び込んだ。スリーランホームランだ。
観客は立ち上がり、大騒ぎだった。右手をあげながら、ドギーロはゆっくりと走っていった。大型ビジョンにも、彼の姿を捉えていた。
ビピルは言った。
「すごいねー。流石はスターって感じ」
「我々もビピル様に、いいシーンを見せられてよかったです。今日は投手戦ですし、このままうちの逃げ切りを期待しますよ」
大型ビジョンは切り替わり、笑顔で理事長と話をしているビピルの姿が映った。観客たちは誰もが、エグゼクティブルートの笑顔に喜んだ。ビピルが野球を気に入ってくれれば、もっと設備が良くなるかもしれないし、他のエリアにも野球人気が届くかもしれない。
「ところで球場の雰囲気だけど、他の打者と違って、スターのドギーロが打って逆転したからここまで騒いでるの?」
「もちろんです。ドギーロは神様ですからね」
それを聞いた瞬間、ビピルの表情は一気に険しくなった。睨むような視線を理事長に送りながらディザスターを取り出すと、彼の体から顔めがけ、縦に振り上げた。
まばゆい光とともに彼の上半身を縦に切り裂くと、血が吹き出した。ファーポは無表情だったが、副理事長は顔が青ざめていた。
「神様はポルタ様だ!他の何者でもないのよ!」
ビピルは副理事長を見ると、彼はビクッとした。
「エグゼクティブルートの私よりポルタ様のほうが偉いって知ってる?」
副理事長はか細い声で、はいと頷いた。
「ポルタ様は神様だからね。偉いんだよ。ところでさ、あのバットを振ってるだけのやつって、神様なの?私より偉いの?」
「い、いえ……」
副理事長はそれ以上、なにも言えなかった。いつの間にかスタジアムもシーンとしている。
全員、大型ビジョンに目が釘付けだった。会話までは聞き取れないが、ブラックバーズの理事長がなにかをして殺されたというだけのことはわかった。5番バッターも試合を続けていいのか戸惑い、立ち尽くしていたし、審判も判断ができなかった。
「ファーポ、帰るよ」
「かしこまりました」
2人は部屋を出た。
「ホテルに戻ろう。1時間後にシグナで会議をするから、ルートを全員集めておいて。あと、3時間後にテレビにニュースを流したいから、適当なメディアをホテルの会議室に呼んでおいて」
「かしこまりました。すぐに手配します」
車に乗り込むと、ビピルは腕を組んだままなにかを考えていた。隣に座るファーぽは耳を触りながら、アーティフィカルシグナを使って全リージョンのルートに通達をしている。
ビピルは一瞬でも、試合が楽しかったと思っていたことを恥じた。
だが、そのおかげでこのエリアの大きな問題を見つけられてよかった。野球だけではなく、他のスポーツでも、スタープレイヤーは神様とあがめられているのだろう。これは大問題だ。
ルートはスポーツに興味がないから今までずっと気づかなかったわけだが、これは責めてはいけないだろう。問題なのは、勝手に崇拝している人間の方だ。
ポルタランドの神はポルタ以外の何者でもない。神様のような……と、例えることすらしてはいけない。
ホテルに戻ったビピルは、一度ファーポと別れ、自室に戻った。冷蔵庫から炭酸水を取り出してグラスに注ぐと、ソファに座ってモノムを呼び出した。
「はい、モノムです」
「ビピルだけど、ちょっといい?相談があるんだ」
「なんだ、ビピルか。どうしたの?」
ビピルはスタジアムでの話と問題点をざっと話した。それを聞いたモノムはニヤリとし、
「それで、私に相談っていうのは?」
と返した。
「ポルタ様のおかげでスポーツが楽しめますっていうことを、人間たちに教育しないといけないんだよ。だから、試合前に大きな声でそういうのを言わせたいのね」
「へー、いいじゃない」
「全員が声をあげているかチェックしなきゃならないんだけど、そういうのってライブラリアンにお願いしていいもの?」
「手動で監視っていうのは無理だよ。でも、人数に比例したボリュームが出ているかを検知する仕組みを作るのは簡単だね。デバイスを作って渡すから、そっちでスタジアムに配置してよ」
モノムはざっと説明した。
まず、小型のデバイスを作成する。ソフトウェアはモノムのほうで簡単に作れるので、2層の工場にハードウェアを作ってもらう流れになる。
デバイスをスタジアムの何処かに設置する。試合前に発動し、音声認識とボリュームチェックを行い、エラーが出ると通知がいくように動作する。音声認識は手を抜いて適当なことを言っているとバレる仕組みだ。
通知はライブラリアンにまわしてもいいし、ルートやビピルにまわしてもいい。そこはプログラムの作り次第だ。
「なるほど、それは凄いね。どれぐらいでできるものなの?」
「1000個ぐらいあれば十分でしょ?」
「いや、1万は欲しい。予備も必要だし、学校にも送りたい」
「そのぐらいなら、誤差だし、1週間もあれば終わるよ。プログラムだって既存のライブラリの組み合わせだし。そういうの作るよってマネージャーに確認する必要があるけど、ポルタ様がらみだし、承認は1秒でおりると思う。デバイスは各リージョンのルートのところに送ればいいのかな?」
「そうだね。それでお願い。このあとルートと会議をして仕様を詰めるから、あとでまた連絡するよ」
通信を切ったモノムは、アーティフィカルシグナで自分のマネージャーにこれからそちらに向かうと連絡をすると、部屋を出た。
マネージャーとディレクターの部屋は個室だ。扉をノックし、はいれと言われると、モノムは机に向かうマネージャーのもとに向かい、先程のビピルの話を説明した。
彼女の推測通り、承認はその場で出た。最優先ですぐにやれと伝えられる。
マネージャーは言った。
「それにしても、なぜこんな重要なことが今更になってあがってくるんだ?」
「はい、エリア2のルートはスポーツには一切興味がなく、今まで観戦はおろか、ニュースを見たことも無かったようです。私の同期のビピルがスタジアムに試合の見学にいったところで、発覚したとのことです」
「素晴らしく優秀じゃないか!流石は名門ドゥーリア家と言ったところだな。この功績は大きいぞ!」
「エリア2では3時間後にニュースがあるそうです。ニュースではこの件について、ビピルが住民に通知するようです。私の推測では、エリア2の税金が優遇されている件も、一緒に取っ払ってしまうと思います」
「だろうな。大義はこちらにあるし、反乱も無いだろう」
モノムは頭のなかで、大義ときたか……と思った。が、口では、
「本件で反乱を起こせば、ポルタランドへの反逆ですからね」
と返した。
「うむ。パステの件に続いて忙しくなりそうだが、頑張って欲しい」
「ありがとうございます。私はこの仕事が大好きですから、喜んで対応させてください。ところで、一つ質問なのですが、完成したデバイスは、どのように3層に送ればいいのでしょうか」
「ああ、そうか。教えていなかったな」
マネージャーは説明をした。
各フロアに宅配便の仕組みがあるように、フロア間の宅配便というものもある。これは、頻繁にあるものではない。
宛先を書けば届くというのは同じだが、宛先はどこでもいいというわけではなかった。エグゼクティブルートやルートの住居または、官邸と限られる。
荷物を持ち込んで手配をすると、内容がデータベースに登録される。通常の宅配と異なり、伝票のようなものは無く、電子式だ。
宅配業者……といっても、フロア間のものは国家資格を持った政府の人間だが、トラックに荷物を詰めたあとにセントラルエレベーターを使って配達に向かう。あとは、データベースを参照しながら、荷物を届けるというものだ。トラックは当然、自動運転のものだ。
マネージャーはあとで手順をメールしておくと伝えると、モノムはお辞儀をして部屋を出ていった。なるほど、そういう仕組みか……と思った。
宅配システムは把握しておきたい。データベースならアクセスできれば改ざんが出来るし、なにかに使えるかもと考えた。
一方、ホテルの会議室ではビピルとファーポが向き合って座っていた。ビピルの前にはモバイルコンピューターが置いてある。
ファーポは、
「ビピル様、時間になりましたので、ルートを呼び出しても構いませんか?」
というと、ビピルは頷いた。
ルートは全員、すぐに応答した。
ビピルが今日の出来事をざっと話すと、スタジアムにいなかった全員が驚愕した。この1時間の間に、ニュースではなにも報道されていなかった。あれから試合がどうなったかも知らない。
説明が終わると、あるルートは、
「大変申し訳ありません」
と言った。
「なんで謝るのよ」
「これは我々の管理漏れではありませんか……」
「みんなを責めるつもりはないよ。私達が見ていないのをいいことに、調子に乗った人間が悪いだけなんだから。私達エルフじゃ、こういうことは絶対にありえないでしょ?」
ルートたちはほっとした。
そして、ビピルはモノムとの話を伝えた。来週ぐらいにデバイスが届くので、それをスタジアムや学校に設置しろというと、全員が理解した。
それから故障時の対応方法やアラートの検知方法、対処方法など、細かく詰めていくと、1時間ほどでルールが出来上がった。全員優秀というだけのことはあり、良いものができた。
次に、ビピルは税金問題について語った。優遇など、許されるはずが無かった。これについては、あるルートが飴も用意するべきだと提案した。
「飴っていうのは?」
「例えば、1年間一度もアラートを鳴らさなかった場合は税金を優遇するというような仕組みです。もちろん、今ほどではありません。1割ぐらいでよいでしょう」
「なるほど、それはいいかもね。でも、鳴らさないのが当たり前じゃない?」
別のルートがいった。
「言われてみると、そうですね。ボリュームも検知できるのであれば、それぞれのスポーツの一番成績の良かったスタジアムのホームチームを優遇というものはいかがでしょうか。試合の成績ではありません。感謝の成績です」
「うん、いいかも。1番を10%、2番を5%、減税にしよう。この減税分は税収のマイナスって認識じゃなくて、ルートの功績ね」
「スポーツ関連の企業はどうしますか?」
「そんなの、なしでいいでしょ。まあ、あとでニュースに私が出るから、見ててね」
全員、かしこまりましたと通信を切った。
この会議の内容をモノムに伝えると、彼女は承認はおりているから、すぐにデバイスの作成をすると伝えた。
-※-
同じ会議室に集められたテレビ局のスタッフは、カメラやマイクの設置を終わらせた。内容はある程度は聞いており、昼間に起きたブラックバーズのスタジアムでの出来事だろう。
理事長が死んだ映像は、スタッフの全員が見ている。そして、エリア3のパステの映像も全員が見ている。これから、あれと同じような展開が待っているのは間違いがなく、エリア2のスポーツに関するなんらかの仕組みが変更されることになるだろう。
試合はその後、テンションの低いまま進行し、ブラックバーズが勝ったらしい。決め手はあの、ドギーロのスリーランホームランだった。その結果、ブラックバーズが2位に浮上したが、ドギーロのヒーローインタビューは無かった。
ビピルとファーポが部屋に入ると、スタッフは全員が黙った。中央にビピルが座り、隣にファーポ。対面にはリポーターが5人座っている。
ビピルの正面に座るリポーターが、恐る恐る番組を開始した。
「エグゼクティブルートのビピルよ。ご存知の通り、私はスタジアムで野球を見ていわけだけど、衝撃的なことがあって……」
ビピルは強い口調で、ポルタの位置づけと、球団や客の認識について糾弾した。神様というものは例えであってもエルフを含め、自分たち一般人のことを指してはならず、ポルタのことなのだと。
そして、デバイスのことを伝えた。これは1週間後に学校を含めた全スポーツの行われる場所に設置し、試合前にポルタへの感謝の言葉を述べなければならないと。
「いい?フレーズは、『私達がスポーツを楽しめるのは、ポルタ様のおかげです。ポルタ様、ありがとうございます。』よ。これを選手も含めて、試合前に全員で大声で言うこと。間違ったり、声が小さいと政府と2層にアラートが飛ぶ仕組みになってるから」
正面のリポーターは、アラートが鳴るとどうなるのかと、恐る恐る尋ねた。
「なんで鳴るの?ポルタ様をなめてるから?」
「えっ?そっ、それは……」
それ以上はなにも言えなかった。言ってはいけない。
「スタジアムが爆撃されても文句は言えないよね?」
リポーターはもちろんですと頷くしか無かった。
「それから、スポーツ関連の税金の優遇は一切廃止。ていうか、返せ。過去3年分に渡って、差分を課税するからそのつもりで」
「近いうちに政府から通達がいくわけですね?」
「そう。でも、年間を通してポルタ様への感謝の言葉のボリュームが大きかったホームのチームは、1年間、ちょっとは優遇してあげる」
この報道で、文句を言うものは誰もいなかった。ブラックバーズだけがポルタに感謝をしていないだけで、自分たちのチームは違うとか、野球以外のスポーツは問題ないと、誰も言えなかった。政府が本気で調査をすれば、スタープレイヤーを神としてあがめていることはすぐにバレてしまうからだ。
残念ながら、税金は支払うしか無いだろう。これが当然なのだと、思うしか無い。
ルートに頼んでも無駄だろう。彼らはスポーツに興味がなく、スタープレイヤーを神様と崇めていることを知らなかっただけであり、知っていれば税金の優遇はとっくになかったはずだからだ。
テレビや新聞には、私達がスポーツを楽しめるのは、ポルタ様のおかげです。ポルタ様、ありがとうございます。という言葉が大きく載った。
パステを含めた他のエリアのエグゼクティブルートも、このシステムはいいなと同意した。エリア2ほどではないが、どこのエリアでもスポーツ自体はある。同じようにスタープレイヤーを神と崇め、ポルタに感謝をしていないものもいるかもしれない。
それぞれがビピルに尋ね、ライブラリアンのモノムに回すように教えられると、4人も設定を話し合ってデバイスをオーダーすることにした。2層のあとに送られてくるらしい。
逆に、スポーツに興味が全くない者は、爽快な気分だった。
パステの時のように、ウェブサイトではビピルを褒め称える記事で溢れた。ボールを投げたり蹴ったりするだけで優遇されるのはおかしいし、神としてあがめられるのはおかしい。神様はポルタ様だけだと、笑顔でキーボードを叩いていった。
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