チャプター2

 3日後の朝。

 パステとビピルの視界には巨大な柱が立っていた。『セントラルエレベーター』と呼ばれるそれは、大きな両開きの扉がついていた。片側の扉でも50メートルはあり、合わせて100メートル、高さも同じぐらいにある。

 エレベーターの扉の前には台座があり、マイクが10本ほど置いてあった。そこから離れた位置にネザリウスが立ち、その後ろにパステたちが並ぶ形だ。

 テレビカメラも周囲を囲んでおり、すでに撮影は開始されていた。

 スタッフや観客、ネザリウス以外の政府の人間も誰もいない。セントラルエレベーターをおりてくるポルタを見る権限がないためだ。2層の住民はモニタを通してしか見る権限がなく、これは3層には報道されない。

 この放送の視聴率は9割を超え、どうしても仕事が手放せない者以外は注目する一大イベントだ。2層の住民は10000人程度のため、9000人以上が見ていることになる。

 パステもビピルも、今まではモニタで見る側だった。

 2人は緊張しながら直立不動で待っていると、上空から重い機械音が聞こえてきた。ゴウンゴウンという音は徐々に大きくなっていき、やがて、止まった。


 扉がゆっくりと開かれると、二十歳前後の女性が姿を現した。

 ポルタランドの王、ポルタは薄いピンクのパジャマ姿で、小さなウサギがまばらにプリントされている格好だった。足はサンダルであり、ボサボサの長く白い髪はまさに寝起きといったところだった。

 前回……つまり、去年のエリア3のエグゼクティブルートの記念式典でもこの姿だった。

 ポルタは右手で腹をポリポリとかきながら台座のもとに歩いてきた。こんな格好でも不老不死であり、2500歳と言われるポルタからは圧力を感じる。エルフといっても2層のエルフはファンタジーのように長寿ではなく、寿命は人間と同じと考えると、信じられないものだが事実だった。

 ポルタは両手を台座に置いて身を乗り出すと、笑顔で、


「えーっと、そっちがパステで、こっちがビピル?」


 と言った。透き通った声だった。

 ネザリウスは一礼すると、


「……ポルタ様、逆です」


 と言った。


「あー、ごめんごめん。まずは、2人とも試験突破おめでとう」


 パステとビピルはありがとうございますと声をあげ、深くお辞儀をした。

 ポルタはパジャマのポケットからコインを取り出し、見せた。


「ビピル、オモテとウラ、どっちがいい?」

「えっ?えーと……では、オモテでお願いします」

「オッケー。当たったらエリア2ね」


 ポルタはそう言うと、コインを放り投げて手の甲でキャッチした。

 手を外すと、オモテだった。


「おめでとう。てことで、ビピルの担当がエリア2ね。パステは残念ながら、3」

「精一杯頑張ります」


 あっけにとられていたパステも声をあげた。


「わ、私も精一杯頑張ります!」


 すると、ポルタは笑顔で右手を出して制した。なにかまずいことをやったかと、パステの心臓の鼓動が高鳴った。


「それね、去年も聞いたんだ」

「えっ?いや……あの……」

「で、1年持たずに終了。2年前のエリア2の時も聞いた。ていうか、毎回同じこと聞いている気がする。別に、あなたを攻めているわけじゃないし、あなたに問題があるとは思ってないから、そこは気にしないでほしい。コインなんかでエリアを決めているのも、パステとビピルは同レベルって考えているわけだし」


 ポルタは一息つくと、右手の人差し指を振った。


「でも、私が問いたいのは、あなたたちはエグゼクティブルートの最初の1年の壁ってやつを超えられるの?ていうことなのを、忘れないで欲しいな。まあ、これはあなたたちのせいじゃないんだけど」


 周囲は静まり返った。相手がポルタではなくネザリウスであればパステもビピルも反論したのだろうが、何も言い返せなかった。

 ポルタは話を続けた。


「エグゼクティブルートは思っている以上に過酷だよ。でも、王なんだ。私やネザリウスの顔色なんて伺わなくていいし、なにをしてもいいんだ。この世界のためになるのなら、本当に、なにをしてもいい。部下のルートが気に食わなかったら、ネザリウスに頼んで変えちゃってもいいよ」


 パステとビピルは、はい!と大声で返答した。


「最後に一つだけ。つらくても自殺しちゃダメだからね。ダメならギブアップして2層に戻ってくること。あなたたちならここでも仕事はたくさんあるんだから。わかった?」


 パステとビピルはもう一度、声をあげた。


「てことで、私は帰って寝るから、あとはネザリウス、よろしく!じゃあね!」


 ポルタは右手をヒラヒラとあげながらセントラルエレベーターへと戻っていった。

 ネザリウスが深く頭を下げたので、パステたちもならった。エレベーターが上昇していく音が消えると、ネザリウスは顔をあげた。

 ビピルは深く息を吐くと、言った。


「……緊張した。息が詰まるかと思った」

「わ、私もです……。でも、感激しました」


 ネザリウスは頷くと、


「私も含めて、みんな同じだよ」


 と返した。


「さあ、場所を移して具体的な話をしにいこう。ついてこい」


 3人がその場を去ると、テレビ局のスタッフがカメラやマイク、台座を回収しに向かった。

 

 -※-


 ネザリウスの官邸はセントラルエレベーターから車で15分ほどだった。

 周囲には何もなく、緑が溢れており、そのなかにぽつんと1階建ての屋敷がある。

 応接間に入ると、8人がけのテーブルを挟んで向かい合わせに座った。すぐに部下が紅茶のカップを乗せたトレイと、いくつかの箱をカートに乗せて運んできた。

 ネザリウスはまず、小さな箱を2つ取り出し、2人の前に置いた。蓋をあけると、小さなピンクのピアスがあった。耳に穴を開けなくてもマグネットで取り付けられるようになっている。


「知っていると思うが、お前たちの『アーティフィカルシグナ』だ。つけてみるといい」


 2人は左の耳に取り付けた。軽く、マグネットの圧力も無く、つけていることを忘れてしまうだろう。

 アーティフィカルシグナというのは、なんらかの国家試験を突破した、政府関係者に配布される通信デバイスだった。単にシグナとも呼ばれる。

 ここの通信手段はコンピューターを使うか、携帯電話の電話機能とメール機能のみだったが、政府関係者にはそれ以外の通信手段として、アーティフィカルシグナが用意されている。

 相手を想像してボタンを押すと通信回線が開かれる仕組みであり、複数人の会議のようなこともできた。また、フロアをまたがって通信することもできる。

 これにより、これから3層に向かうパステたちと2層にいる政府関係者であるライブラリアンのモノムが会話をすることができるようになる。もちろん、ネザリウスの耳にもついている。

 どういう仕組みになっているのかは誰もわからなかった。テクノロジーが不明なため、複製は不可能である。

 なお、アーティフィカルシグナの存在は、3層の一般の住民は知らない。ルートやエグゼクティブルートがピアスをつけていることは知っているが、通信機だとは思っていない。よって、人間にバレるような使い方をしてはいけない。

 ビピルが、


「ふーん」


 というと、パステのアーティフィカルシグナがプルプルと震えた。


「あの……、私のシグナが反応しているんですが……」

「私よ。応答してよ」

「パステ、指でつまむんだ」


 パステが言うとおりにすると、ポンという音とともに回線が開いた。ビピルの声が二重に聞こえてくる。


「凄いですね」

「今後、仕事で必要になることもあるだろう。ルートもみんなつけている。もう一度つまむと切断される。それから耳につけていないと反応しない仕組みだが、充電というものはいらないし、防水だし簡単に壊れるものでもない。だから負担にならなければずっとつけておいても構わない」

「わかりました」


 そう言いながら、パステは回線を切った。

 ネザリウスは次の箱を取り出した。

 そこには、白いペンダントが入っていた。どうやら自動で脅威を防いでくれるバリアらしい。

 身につけながら、ビピルは言った。


「バリアって、あの阿伽羅流星群あからりゅうせいぐんを防いだってやつ?」

「そうだ。あれを小型化したものらしい。もし3層の住民に銃で襲われても、それが自動で発動して防いでくれる」

「襲ってくる?エグゼクティブルートって、襲われたりするものなの?」


 ビピルの発言に、ネザリウスが頷いたことに驚かされた。


「ビピル、3層に『反乱』というものがあるのは知っているだろう?」

「そりゃ、まあ……。ニュースでもたまにやってるし……」

「そういった脅威から命を守るためのものだよ。本来はエグゼクティブルートが前線に出て対応する必要はないんだが、できるようになる。事故も防いでくれるぞ」


 すると、パステが声をあげた。


「考えられません」

「そう言われても、反乱があることは事実なんだ」

「ネザリウス様、そうではありません。ポルタ様に逆らうようなことをするというのが、私には考えられません」

「そこをなんとかするのが、おまえの役目なんだ」


 パステは両手を握りしめ、ビピルの顔を見た。


「私はやりますよ!しっかり、教育します!」

「うん、そうだね。ただ気になるのは、他のエグゼクティブルートもみんなやってるはずなんだよね、そういうの」

「きっと、甘いんですよ。そうです、甘いんです」


 ネザリウスはふっと笑うと、次の箱を渡した。そこには太いペンのような、白いデバイスがあった。ロックのようなスライド式のボタンと、押せるボタンがついている。


「これは『ディザスター』と呼ばれる銃だ。ロックを解除してボタンを押せば光が相手に向かって飛んでいく。射程距離は50メートル程度だが、ボタンを押している間はずっと光が飛び続けるし、ビルぐらいなら貫けるだろう」


 ネザリウスはロックをかけたまま発射ボタンを押さずに指を右手の親指を10秒間当てろと言った。これにより、指紋認証が作動し、登録者以外のものは使うことができなくなった。パステとビピルのものを交代しても使えないし、奪われても問題ないことになる。

 ディザスターのテクノロジーも不明で、充電などは不要だ。

 ビピルは言った。


「バリアのほうが強いんだよね?」

「もちろん」

「ふーん。ポルタ様がそう作ったなら、間違いないか」


 すると、ビピルはロックを解除し、パステに向けてボタンを軽く押した。光の弾丸がパステに向かうと、首から下げていたペンダントが発動し、光はぱっと消えた。

 応接間は一瞬、まばゆい光に包まれた。


「ちょっ……なにするんですか!」

「ごめんごめん、バリアのほうが強いっていうから、試しちゃった」


 ビピルは頭をかいた。


「まあ……そうなんですが……うーん」


 パステも頭をかいた。ポルタがそう作ったと言うなら、万が一ダメだったらと疑ってはいけない。ポルタが安全だというのであれば、ビピルに文句を言ってはいけないので、すぐに気持ちを切り替えた。


「それにしても、これ凄いですね。ペンダントもディザスターも、完全なオーバーテクノロジーじゃないですか。反乱というのは、私がこれらで抑えても構わないんですよね?」

「もちろんだ。先程、ポルタ様も言っていただろう?エグゼクティブルートはなにをしてもいいんだ。なにをしてもな」

「こういうことだよ、パステ」


 ビピルはパステの前に右手の人差し指を出した。


「3層って、人間が3億人ぐらいいるでしょ?犯罪者を含めて3億人ね」

「そうですね」

「ポルタランドとしては、それよりも平和な2億人のほうがいいわけ。つまり、1億人ぐらいは殺しても問題ないのよ」

「なるほど。ディザスターはその手段の一つというわけですね。場合によってはもっと減らしてもいいわけですね」


 ネザリウスはふっと笑った。


「落ち着いてくれ。エグゼクティブルートの支持率も重要だからな。試験に合格したお前たちに改めて言うまでもないが、支持率が下がるということは、その分犯罪率もあがるわけだ。理想としては、政策で犯罪者を減らす方がいい。まあ、そのあたりは現場の状況を見ながら判断すればいい」

「はい、私は教育を強化するつもりです」


 ネザリウスは次に地図を取り出し、パステたちに見せた。

 3層の地図である。中央にセントラルエレベーターのある島があり、そこには住民は住んでいない。

 そして、五芒星を描くように5つの大陸がある。セントラルエレベーターから北がエリア1、北東にエリア2、南東が3で南西が4、北西が5となっており、地形は違うが面積はそれほど大差は無かった。

 ここから更に10のリージョンに分かれている。全エリア、10リージョンである。

 セントラルエレベーターと各エリアは幅200メールほどの一直線の巨大な道路で繋がっている。ただし、これは政府関係者のみが利用できる道路であり、一般人は利用することができない。

 ポルタランドの都合上、飛行機を飛ばすことはできなかった。飛行機の高度を考えると飛行機から2層や1層が見えてしまうためだ。もし3層の人間がエリア1から3に移動したい場合、遠回りになるが車や鉄道を使ってエリア2を経由して3に向かわなければならなかった。

 または船だが、これは物資の輸送用のもので、一般人が移動に使えるものではなかった。

 現在は『サブマリンエクスプレス』という海中を進む鉄道ができたおかげで、今はエリア1から3のように、離れたエリアに直接移動することが可能となった。途中下車はできない。


 ネザリウスは、知っていると思うがと前置きし、パステが担当するエリア3とビピルが担当するエリア2の位置を確認させた。

 次に、住居の説明をした。どのリージョンのどこに住んでもいいと。それは、空き家を使ってもいいし、気に入った場所があれば住民をどかして家を建ててもいいとのことだった。

 パステは言った。


「質問です。エグゼクティブルートに任命されるということは、前のエグゼクティブルートがいなくなったっていうことですよね?ということは、その住居でも構わないんですよね?」

「もちろんだ。だが……」


 ネザリウスは説明を加えた。

 例えば前のエグゼクティブルートがリージョン5に住んでいたとする。エリアの状況は変わっていくんだ。リージョン7で反乱が起きやすくなっていた場合、そこに移住して平定させることもできるし、安全を考えて遠くにいくという選択肢もあると。

 説明を聞いたパステは言った。


「ありがとうございます。では、まずはエリアの状況を確認してからのほうが良さそうですよね。その間はホテルに宿泊するような形になりますが、本当に全て、政府の予算で賄われるんでしょうか?」

「ああ、そうだ。エグゼクティブルート……というよりも、3層で働くエルフが使う費用は全て政府の予算で賄われる。自動販売機でジュースを買っても、そうだぞ?」


 ビピルが続いた。


「ルートが使いすぎちゃうのを抑えるのも、私達の役目だもんね」

「それはありませんよ、ビピルさん。ルートはポルタ様の役に立たないようなことはしません」


 ネザリウスは首を横にふった。


「……とも限らないんだがな。まれに3層の空気に染まってしまうルートもいる。そういう場合は、ディザスターの出番だ。シグナで私に連絡をしてくれても構わない」

「そんな……。ルートでもそうなんですか……」

「そもそもさ、私達の前のエグゼクティブルートはなんでやめちゃったの?そこを聞いてなかった」


 エグゼクティブルートの交代の理由は、2層のニュースでも3層のニュースでも報道されていなかった。そのため、パステもビピルも詳しいことは一切、知らなかった。

 直近のものでもなく、過去の交代についてもだ。教科書にも載っていない。隠しているわけではなく、ポルタから見ればエグゼクティブルートはどうせすぐに変わるものだという発想だったためだ。


「メンタルの崩壊だ。仕事が激務だった。ビピル、考えられる対処方法は?」


 ビピルは腕を組んで少し考えた。


「わかりやすい指示を与えてルートに任せる。できないなら、別のルートに変えてもらう。エグゼクティブルートのワンマンじゃなくて一枚岩って発想でいかないと」


 ネザリウスは頷くと、パステにも同じ質問を投げた。


「それも一つの回答だな。パステはどう思う?」

「激務の原因にもよりますが、激務となる障害を取り除くのがいいと思います。法律を変えるとか、反乱なら武力で鎮圧するというものです」

「それも選択肢の一つだ。明日、お前たちに他のエリアの王を紹介しよう。彼らにアドバイスでももらうといいだろう。アーティフィカルシグナを使っての会議になるから、自宅からの参加でも構わないし、ここに来てもいい」


 2人は頷き、ここにくることに決めた。ネザリウスがいてくれたほうが安心ということもあったからだ。


「では、私のエリア3もメンタルの問題なのでしょうか?」

「……いや、襲撃による死亡だ」

「ええっ?」


 パステもビピルも耳を疑った。先程貰ったペンダントのバリアにより、襲撃を受けても死ぬことはないからだ。

 阿伽羅流星群を耐えたバリアが3層の武器ごときで貫かれるはずはなかった。3層にあるのは普通の銃だ。

 ペンダントを身につけていなかった時にやられたのだろうかと考えていると、ネザリウスは想像しているとおりで、風呂場で襲撃されたと言った。ペンダントはずっと身につけていても問題ないものだが、外していたとのことだった。


「人間の反乱でしょうか?」

「そうだと断言はできていない。認めたくはないが、内部の犯行という可能性だってある。どちらにせよ、気をつけてほしい」

「内部って……そういう可能性もあるんですね……。では、ペンダントは常につけておきます」


 パステは思ったよりも複雑だなと思った。部下のエルフが信用出来ない可能性があるのなら、エグゼクティブルートとして解決するべきなのは、まずはそこからかもしれないと。

 この日はそれで解散をした。

 

 -※-


 次の日。

 再びネザリウスの官邸に集合したパステとビピルは、昨日と同じ部屋に入った。ネザリウスが何かをイメージしながら耳のアーティフィカルシグナに触れると、すぐにパステ達の耳にも反応があった。

 つまむように抑えると、回線が繋がった。

 ネザリウスは言った。


「まずは声だけとなるが、今回新しく任命されたエグゼクティブルートを紹介する。エリア2のビピル・ドゥーリアと、エリア3のパステ・ルーヴェだ」


 よろしくお願いしますの声のあとに、男の反応があった。


「私はエリア4のエグゼクティブルート、ワーディック。こちらこそ、よろしくお願いします」

「俺はエリア5のギルガンディーだ。ウェブで見たぞ。よろしくな!」


 この2人は5年のキャリアだ。年齢は40代。3層のテレビでは2層のニュースは流れないが、ルートとエグゼクティブルートはメールで2層のことは把握できた。

 渋い声が続く。


「エリア1のマルジェドだ。キャリアとしては一番長い。わからないことがあったら、なんでも聞いてくれ」


 彼は20年のキャリアがあった。年齢も60代と高齢だ。

 マルジェドの担当のエリア1は一番安定しているといえた。争いもなく、犯罪者もほぼいない、安定したエリアだ。

 作物の自給率が高く、食べるものには困らないということと、資本主義のレースを好み、富を独占しようという住民がいない……というよりも、出る杭を彼が抑えてしまうため、中流層ばかりで格差が少ないのが幸福度をあげている理由だった。

 極端なのがパステの担当するエリア3で、高層ビルが立ち並ぶビジネス街が多い。グローバルな企業も数多く、車やバイク、コンピューターなどの最先端をいっている。農作物はほぼ輸入だ。

 そのせいで住民の競争が激しく、貧富の差も全エリアのなかで一番大きい。これにより、反乱が多いのだが、ビジネス街に住む富裕層には関係のない話なので、地方のことは蓋をしてしまう。

 このあたりの情報は2層でも把握できるし、国家図書館に行けばライブラリアンの整理した情報が参照できたため、パステもビピルも大雑把には把握していた。

 マルジェドは他のエリアのやり方は他のエグゼクティブルートの決めることなので、貧困対策、反乱の対策などの提案はしなかった。


「エリア3のエグゼクティブルートが襲撃されたと聞いておりますが、犯人はまだわからないのでしょうか?」


 他の3人はそうだと答えた。他のエリアであって情報が少ないということもあるが、これだけの犯行なら、犯人が確定しただけでもニュースのトップとなってもよかった。だが、それはなかった。


「だから、気をつけてほしい」

「ありがとうございます。ペンダントはずっとつけておきます」

「キミのエリアは貧困問題が最優先だろうな」

「はい。そう理解しています」


 次に、ビピルの担当するエリア2の話をした。

 このエリアはスポーツが盛んで、特に野球が人気だ。他のエリアでは行われていないが、エリア2ではそれぞれのリージョンに野球チームがあり、毎年リーグ戦が盛り上がりを見せている。他の産業は全エリアの平均的といった程度であるが、スポーツのおかげで税収は高めだ。

 ビピルはライブラリアンの情報からは知ることのできなかった質問を投げてみた。


「面白いんですか?」


 3人のエグゼクティブルートたちは知らなかった。担当外のエリアということを抜きにしても、スポーツニュースを見てもわくわくすることは無かったからだ。どこのチームが逆転して勝った言われても、だからどうしたとしか思っていなかった。

 当然、パステもスポーツニュースには全く興味がなかった。

 そこで、


「悪いものでもないですし、やらせておけばいいんじゃないですか?税収にもなると思いますし」


 と言ってみた。


「でもパステ。住民の全員がスポーツに興味があるわけじゃないんでしょ?」


 パステの代わりにマルジェドは当然だと肯定した。


「では、興味がない人はあまり居場所がないのでは?リージョンのチームが勝って盛り上がっているなか、取り残されているわけですよね?」

「ああ。でも、エグゼクティブルートの意見ではなく、あくまで第三者の視点で言わせてもらうと、他のエリアに引っ越しをすればいいだけだと思う。そもそも、エリアの全員を幸福にするのは、無理だと考えたほうがいい」


 エリア5のギルガンディーは苦笑した。自分も3層に来た時は全員を幸福にしてやろうという理想を掲げた一人だったからだ。

 だが、パステとビピルはそうではなかった。その声をあげたのはパステのほうだった。


「そうは思っていません。私は……。いえ、私達は?」

「私達でいいよ。私もパステと同じだと思う」

「はい、私達そこはゴールと考えておりません。ポルタ様にとって良いことであれば、全員が不幸でも構わないと思います」

「そうか。そうだよな。まあ、エリア2の場合はそれほど荒れているというわけでもないし、まずはエグゼクティブルートの負担を軽減できるようにできればいいんじゃないか?」

「はい、頑張ります。ポルタ様のためにも」

「いい返事だ。名門ドゥーリア家の腕前に期待しているよ」


 それから30分、一通りの質疑応答が終わると、ネザリウスは会議をしめることにした。

 通信は切断され、応接室には3人が残ると、ネザリウスは言った。


「で、いつから3層に向かうんだ?ルートとは面会しておいたほうがいいだろうし、スケジュールを調整しないといけない」


 3層への引っ越しに持ち物は特に不要だった。今の住居はそのまま残しておけるし、しばらくはホテルぐらしになるため家具なども不要だ。旅行にいくようなキャリーケースに衣類を詰めていけばいい。

 友人や家族、お世話になった人に挨拶をする程度なので、数日もあればいいだろう。

 その時。ネザリウスのアーティフィカルシグナが反応した。少し待つようにいい、応答すると、男の声が聞こえてきた。


「ネザリウス様、国家図書館のミラデュリスです。少し、お時間はありますか?」


 ミラデュリスは国家図書館のディレクター、つまりボスだった。50代の太った男である。


「どうした?」

「新しいエグゼクティブルートのためにエリア2とエリア3の資料をまとめたので、3層におりる前に間に合えば、役立てると思います」

「ビピルたちなら眼の前にいるよ。会議に入れていいか?」

「もちろんです」


 すぐにパステとビピルのアーティフィカルシグナも反応し、4人の会議となった。ミラデュリスは同じ説明を繰り返すと、パステたちはぜひ見せて欲しいと思った。

 ビピルは言った。


「ありがとうございます!これからそちらにお伺いしてもよろしいでしょうか?パステもいくよね?」


 パステは頷いた。


「こちらはいつでも構わないよ。受付で言ってくれれば対応できるようにしてあるから」

「ありがとうございます。大変、助かります。ミラデュリス様、一つ聞きたいのですが、そちらにいったモノムという新人はいかがでしょうか?私達と一緒にエグゼクティブルートの面接を受けたんですが……」


 すると、ミラデュリスのテンションがあがった。


「モノムか!あんな優秀なやつは見たことがないよ。18歳なのに知識の土台はできているし、飲み込みも早いし、即戦力だ。愛嬌もあって先輩にも可愛がられている」


 べた褒めだった。


「本当に、ネザリウス様に感謝ですよ」

「と言っても、あれは本人の希望だからなぁ……。今回落としたとしても、2年後には試験を受けて、普通にそっちにいっていたはずだ。試験に落ちるとは思えないし」

「いえいえ、モノムをいま雇えたことが、ポルタランドにとってプラスなんですよ」

「それはそうだな」


 パステとビピルも頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る