第1章 エグゼクティブルート試験

チャプター1

 ビルの10階から見える窓から見える景色は、大規模な街並みが広がっていた。

 庭付きの広い家が立ち並び、緑も豊富だ。

 整備された道路には自動運転の車が巡回し、道を歩いていたエルフの男が右手をあげて呼び止め、乗り込んでいく。運転手はおらず、目的地を告げるとそこまで運んでくれる乗り物だ。

 ここは、ポルタランドの2層と呼ばれるエリアで、海上から3000メートルの位置にあった。崩壊前は3500メートルの位置にあったが、阿伽羅流星群あからりゅうせいぐんで世界が流されて海の水位があがり、そうなったらしい。

 2層はポルタの天使の末裔であるエルフの住む『管理層』と呼ばれるエリアだった。人間は基本的にはおらず、数えるほどしかいない。稀に能力を認められたものが居住を許されるだけだった。

 エルフと言っても、100%のエルフはポルタ一人である。

 血の濃いハーフエルフ同士が交配を重ねることで100%に近づいてはいくが、純血というわけではない。便宜上、下のフロアからきた人間とエルフのハーフをハーフエルフ、それ以外をエルフと呼んではいるが、ここのエルフは厳密には全員がハーフエルフである。

 2層の人口は1万人程度と、わずかだ。管理層の住民はこのフロアで仕事をするか、下のフロアの管理をすることになる。


 下のフロアは3層、『一般層』。海上から1000メートルの位置だ。

 3層はポルタランドのメイン層で、フロアの大きさも広く、人口は3億人いる。種族は全員人間であり、エルフがここにおりて住むことはない。

 例外があるとすると、2層からやってきた管理者達だけだった。阿伽羅流星群から救われたのがエルフであるポルタのおかげということもあり、世界が滅んだあとは、世界はエルフが支配をしていた。


 そして、4層、『奴隷層』。ここはかつてバランサーエリアと呼ばれていた場所だ。

 奴隷の種族は人間だが、人権は与えられておらず、まともな教育を受ける環境もない。当然、ほかの世界のことも知らないため、世界のすべてがそうだと思っており、境遇に疑問を覚えることもなかった。

 人口は200万人程度で、文化的な発展は一切しておらず、原始的な生活をしていた。

 これらのフロアは中央にあるセントラルエレベーターと呼ばれる巨大なもので繋がっていたが、いききすることはない。セントラルエレベーターはIDでロックされており、理由もなく他の層にいくことはできないからだ。


 ビルの部屋には、長いテーブルが10列並んでいた。パイプ椅子も余裕を持って配置してあり、1列に3人が座れた。つまり、合計30人まで座ることが出来た。

 テーブルの上には0から29までの番号が振られたシールが貼ってあった。それと、なかの見えない大きな、封筒があった。

 ガラガラと扉がひらくと、緊張を見せている、スーツをきた長身の男性が部屋にはいってきた。ポケットから紙切れを取り出すと、番号を確認して自分の席についた。

 それをトリガーに、他の男女も緊張を見せながら部屋にはいってきて、自分の席を探して座っていった。年齢は30代から40代が多い。

 種族は2層なので全員がエルフであり、身なりはしっかりとしている。

 封筒に手を出すものはおらず、全員がまっすぐに正面を向いて座っていた。

 座席の7割ほどが埋まる頃、中年の男性がパイプ椅子を持ってやってきた。

 彼は部屋の窓際に椅子を置くと、そこに座った。時計を見ながら待っていると、程なくして席が全部埋まった。

 中年の男性は立ちあがると、パンパンと手を叩いた。すぐに30人の視線が集中する。


「では、これよりエグゼクティブルート試験をおこなう。はじめ!」


 30人は一斉に封筒に手を伸ばし、なかの書類を取り出した。10枚ほどの問題文と解答用紙である。

 カリカリと鉛筆の動く音が聞こえ始めると、中年の男は、


「時間は60分。終わったものから帰っていいぞ」


 といい、椅子に座った。

 彼は試験の監督であるが、部屋の様子はカメラでもれなく録画されているため、不正は難しい。そもそも、30人の受験生が不正をすることは絶対にありえなかったが、開始と終了の合図をしなければならないために彼はここにいた。

 20分が過ぎた頃、一番前の席の女性が解答用紙を封筒に入れて立ち上がった。長身でオレンジのレイヤーロングの女性は鋭い目つきだった。受験生のなかでは若い。黒いスーツだ。

 鋭い目つきだったが、監督の中年の男性と目が合うと笑顔で一礼し、部屋から出ていった。

 物凄く早いスピードに、残りの29人の受験生たちは焦ったが、女性の姿を見ると、この人はやはり特別だと思い、再び試験に集中した。

 35分が過ぎた頃、一番最初に部屋に入ってきた長身の男性が満足そうに立ちあがり、部屋を出ていった。

 ビルの廊下を歩き、エレベーターの前に向かうと、最初に出ていった女性がベンチに座り、そこにあった自動販売機で購入したと思われる紙パックの飲み物を飲んでいる姿が見えた。

 男は笑顔で隣に座り、


「早かったですね。流石は名門ドゥーリア家というだけのことはあります。ビピルさん……でしたっけ?」


 と言った。女性は、


「うん、ビピル。まあ、試験が簡単だったからね。エグゼクティブルート試験っていっても、こんなものかって感じ。一般常識ばかりじゃない?」


 と答えた。


「ですね。一般常識ばかりでした」


 ビピルと呼ばれた女性は彼の顔を見て頷いた。


「まさか、『第3層のエリアで一番偉いのは誰か』なんて問題が出るとは思わなかったよ?」

「そうですね。もちろん、エグゼ……」

「そんなの、ポルタ様に決まってるじゃん。どの層であろうと、一番偉いのはポルタ様。こんなの一般常識でしょ?」


 男は時間が止まったかと思った。ひたいから汗が出てくる。冷静を装いながら、


「『リージョンAとリージョンBが戦争をした。あなたのとるべき行動は?』はいかがでしたか?」


 と訪ねた。


「エリアに平穏を与えるために不要な者はルートであろうと処分する。だったかな?あなたは?」


 この解答には彼はすこし自信があったので、正直に言った。


「リージョンAとBのルートを呼んで解決方法を指示する。ですよ」


 ビピルは両手を返した。


「それはちがくない?ルートが無能だからエグゼクティブルートが解決しなきゃいけないんだし。ルートが有能なら、そもそも戦争なんておきないんじゃない?」

「そういう考えもありますね」


 3層には人工の海に5つの大陸があった。

 この大陸を『エリア』といい、それぞれのエリアは『リージョン』と呼ばれる10個のブロックで区切られている。

 リージョンの王はルートと呼び、2層の国家試験である『ルート試験』に合格するとリージョンの王となって3層におりていく。ルートは失脚時、死亡時、または引退時に補充されるもので、予備はいない。また、試験に合格してルートにならないという選択肢もなかった。

 つまり、ルートは全部で50人いることになる。

 それを束ねたエリアの王がエグゼクティブルートであり、同様に国家試験である『エグゼクティブルート試験』に合格するとなれる。エグゼクティブルートはエリア内のどのリージョンを拠点にしてもよい。

 こちらも失脚時、死亡時、または引退時に補充されるもので、予備はいない。通常の業務が忙しいルートが経験を積み、上位の試験を受けてエグゼクティブルートになることは稀で、基本的には新規である。

 今日はエリアの王になるための国家試験だった。そして、ここに集まっていた30名は2層のエリートたちだった。

 言い換えると、どこかのエリアのエグゼクティブルートがいなくなったということになる。

 男は話を続けた。


「これは難しくありませんでしたか?他のエリアと言い争いになった場合、どのような解決方法が考えられるか。です」


 ビピルは鼻で笑った。


「それは簡単じゃない。エグゼクティブルートは全員ポルタ様の代弁者であり、ポルタ様のために行動をしているため、他のエグゼクティブルートと意見の食い違いになることはありえない。だよ」


 そう言って立ち上がると、紙パックをゴミ箱に捨て、エレベーターのボタンを押した。


「多分、あなたじゃこの試験は無理ね。根本的なところを理解していない」


 呆然と彼女を見ている男を残し、ビピルはエレベーターに乗り込み、扉をしめた。

 ビピル・ドゥーリア、20歳。彼女はエグゼクティブルートとしてなにをするべきかを完璧に理解していた。


 -※-


 1週間後、同じビルの別の部屋で最終面接が行われようとしていた。

 長テーブルの向こう側には5人の老エルフたちが座っていた。彼らが面接官である。

 彼らは受験生が全員若いことに驚いていた。通常、30代から40代が主流となるエグゼクティブルートのなかで、残った最年長は23歳だった。

 正面には3つのパイプ椅子があり、3人の女性が座っていた。真ん中にいるのはビピルであり、彼女と話をした青年の姿はそこになかった。

 左端の薄いピンクのハーフツインテールの女性は、笑顔でニコニコしていた。

 ビピルは自信満々な表情で堂々と座っていた。

 右端の黒髪のガーリーヘアの女性……いや、少女と言っても通用する者は、真剣な眼差しで姿勢を正して座っていた。

 中央の長いあごひげの男は言った。頭はハゲが進行しているのか、おでこが広い。鋭い目つきだ。


「では、これから最終面接を始める」


 彼の名前はネザリウス。名門ドゥーリア家の当主であり、ビピルの年の離れた父親だった。役職は2層のルートである。2層にはエリアという概念はないため、つまりは2層の王となる。両サイドに座る男たちも政府の高官であった。

 ネザリウスはそれだけ言うと、一息ついた。


「……といっても、すこし困ったことになっている。お前たちは全員、試験を満点で合格しており、甲乙つけがたい状態だ。今回のエグゼクティブルートは偶然、2名の募集になるが、それでも一人、落ちることになる。ただ、普段の試験であれば全員合格の水準を満たしているということは伝えておきたい」


 すると、右端の黒髪の女性がさっと右手をあげた。


「はいっ!私が辞退します!」


 ネザリウスたち面接官も、ビピルたちも目を疑った。ネザリウスの隣の男は手元の書類をパラパラとあさり、


「えーと、モノムさん?」


 と言った。


「はいっ!モノム・クロムレックスです!」

「モノムさんが18歳という若さでここにいることも、あなたの母親が人間で、あなたがハーフエルフであることも、早くに両親を無くし、孤児院の出身ということも、なにも選考基準にはなりませんよ?」


 ネザリウスも続いた。


「その通りだ。エグゼクティブルート試験に年齢も家柄も問題ない。選考基準は実力のみだからな」


 すると、左端の女性が立ち上がりながら声をあげた。


「というか、失礼です!それじゃ、まるであなたがこの面接に突破したような言いかたじゃないですか!」


 女性は恥ずかしくなり、顔を赤くすると、席に座って縮こまった。

 ビピルはふっと笑った。


「そうね。えーと……」

「パステです。パステ・ルーヴェ。私もハーフエルフです」


 彼女はパステ・ルーヴェ、23歳だった。

 父親は3層のコックで人間だが、優秀だったために2層入りすることができた。今では一流のレストランを経営している。

 彼は2層でエルフの女性と結婚し、ハーフエルフとしてパステが生まれる。そのため、パステは3層を知らない。

 パステは能力のある父親を持ち上げてくれたポルタを崇拝しているため、ポルタランドのためにと勉強を頑張った。2層に差別や嫉妬などはなく、パステはハーフエルフでも快適な生活を送ってこれた。

 能力があったこともあり、成績はずっと優秀で、エグゼクティブルートの最終面接を受けるところまでこれた。こういう環境を用意してくれたのも、ポルタのおかげだと思っている。


「パステの言う通りよ。そういうのは、受かってから言ってほしいね」

「ちっ、違うんですよ!」


 モノムは両手を振った。


「私、『ライブラリアン』希望なんです。昔からコンピューターとかデータアナライズとかが大好きで……」

「それって、国家図書館の司書のこと?なら、ライブラリアンの試験に受ければいいじゃない。なんでここにいるの?」

「ビピル、黙れ」

「あ……うん」


 国家図書館は普通の図書館ではなく、ポルタランドで起きた出来事を記録し、保存する場所だった。入力はコンピューターのため、置いてあるのは本棚ではなく、サーバーである。

 ライブラリアンというのはそのデータ入力や整理である。集まったデータをもとに様々な角度から分析をし、2層の住民や3層のルートやエグゼクティブルートに通知するという仕事もあった。

 例えば、農産物の生産量が減っているから増やせというようなものや、特定のリージョンの人口が減っているので移動させたほうがいいという提案、直近の雲の動きから雨の予測をする……などだ。エグゼクティブルートのサポート役でもある。

 また、2層や3層の歴史、地理、経済などの教科書を作るという仕事もあった。当然、層によって内容は異なる。4層に教育は無いのでこのフロアは不要だ。

 ネザリウスは言った。


「だが、ビピルの言うとおりだ。ライブラリアンを希望するなら、なぜライブラリアンの試験を受けずにエグゼクティブルート試験を受けたのだ?」

「ライブラリアンの国家試験というのは、3年に一度ですよね?去年終わりましたから、次は2年後になります。待てないのでこっちを受けて、エグゼクティブルートに受かったんだからライブラリアンにしてくれとお願いするつもりでした。私は司書資格とソフトウェアスペシャリストと上級アナリストの資格を持っていますので、適正はあると思います」

「じょ、上級アナリストだと?その年齢で?」


 面接官たちはざわついた。前代未聞の出来事に驚いているということもあるが、手元の資料には確かに高難易度の2つの試験突破の記録があったからだ。司書資格を除けば通常、現場で経験を積み、あと10年から20年後に受けるたぐいの試験だったからだ。

 面接官の一人が言った。


「そういえば、昔ニュースでやっていた、10代で資格を取った天才少女というのがいたが……あれはキミのことだったのか」

「そうだと思います」


 パステは声をあげた。


「やはり、おかしいです!200人もいるライブラリアンと5人しかいないエグゼクティブルートでは、重みが違います。ライブラリアンは出世してもポルタランドの歴史には残りませんが、エグゼクティブルートは残るんですよ?」


 ビピルも続いた。


「エグゼクティブルートになる資格があるなら、エグゼクティブルートになるべきでしょ。ポルタ様のために」


 パステもうんうんと頷いた。


「そんなことは無いと思うよ。ライブラリアンだって立派な国家資格だし、ポルタ様のためになる」


 面接官の一人は話をエスカレートさせはじめた3人をとめようとしたが、ネザリウスは面白そうだと思い、人差し指をを口元に寄せて黙れと合図した。このまま聞いてみたい。

 モノムたち3人は大声で討論をし始めた。

 モノムの主張は、エグゼクティブルートを争うよりも3人で国家資格を取り、ポルタランドのために能力を使うべきだといい、パステとビピルの主張はエグゼクティブルートの適正があるなら、エグゼクティブルートを勝ち取るために能力を競うべきだという。

 全員の主張はどれも筋が通っていた。最終面接まで残ったエリアの王の候補となる人材たちは、討論も強かった。話を聞いているうちに、ネザリウスたちも飲み込まれてしまいそうになる。

 30分後、ビピルが折れた。両手を返しながら、


「パステ、私たちの負けよ」


 と笑った。


「えっ?で、でも……」


 パステの前に右手の人差し指を立てた。


「エグゼクティブルートは全員ポルタ様の代弁者であり、ポルタ様のために行動をしているため、他のエグゼクティブルートと意見の食い違いになることは?」

「あっ!うう……。ありえません……」

「そういうこと。私達は食い違っていないけど、モノムだけは違うのよ。つまり、モノムにはエグゼクティブルートの資格なし。ペーパーテストではちゃんと回答できても、こういうところで出ちゃうんだ」


 ネザリウスが手を叩いて喜ぶと、3人は正面を見て姿勢を正した。


「試験としてはパステとビピルの勝ちだが、討論はモノムの勝ちだな。いい討論だった。特例として、国家図書館のディレクター、ミラデュリスに話をつけておこう」


 国家図書館には200人のライブラリアンと、10人のマネージャー、1人のディレクターがいる。ディレクターのミラデュリスというのは、国家図書館のボスだった。

 モノムは立ち上がり、深くお辞儀をした。エグゼクティブルートなんて、誰がなるものかと思いながら、


「ありがとうございます!」


 と元気に言った。

 他の面接官が続いた。


「ネザリウス殿。面接も、するまでもなさそうですね」

「ああ、十分な成果を聞かせてもらったよ」


 パステは身を乗り出した。


「とっ、ということは……?」

「合格だ。おめでとう」


 パステは両手を握りしめて喜んだ。一方、ビピルは当然だと言わんばかりに腕を組んだが、表情は緩んでいた。名門ドゥーリア家として、一つの結果を残せたからだ。

 今後の流れとしては、ネザリウスが1層のポルタに結果を伝え、判断を仰ぐことになる。といっても、ここで結果が覆ることはなく、突破は確定と言ってもいい。

 次に記念式典ということで、2層のセントラルエレベーターの前でポルタからパステとビピルに辞令がくだるというイベントをおこなう。2層のテレビのニュースで流される、壮大なイベントだ。

 ポルタの名前が出ると、パステもビピルも気分が高揚した。数日後にはモニタ越しでしか見たことのない、ポルタランドの神と面会するのである。

 笑顔で部屋をあとにした3人は、エレベーターに乗り込んでビルの外に出ると、正面にあったカフェへ向かった。パステがいこうと誘ったのである。

 3人は左右を確認して道路を渡った。車がいたとしても、自動運転システムが機能して向こうが止まってくれるのだが、念のためだ。

 白い壁に包まれた明るいカフェには、丸テーブルがいくつかあった。ガラガラだが、問題はない。2層に貧困というものはなく、真面目に仕事をしていれば余裕を持って生活できるほどの給料をもらうことができるためだ。

 それは、2層に生まれたエルフの特権とも言えた。

 3人は一番奥の丸テーブルにつくと、紅茶をオーダーした。ウェイトレスのエルフがお辞儀をして去っていくと、パステは言った。


「みなさん、おめでとうございます。ビピルさんは20歳のようですし、最年少のエグゼクティブルートですね」

「こいつがおりたからね」


 モノムはふっと笑った。


「私は資格なしって判定だったから、そうじゃないよ?でも、エグゼクティブルートにはなれなかったけど、ライブラリアンには予定通りになれた。物凄く嬉しいよ、今」

「ああ、そうなるんだったね。モノムは面接には落ちたんだった」


 そこへ、ウェイトレスがトレイに乗せて紅茶を運んできた。カップも高級なものであり、一口飲むと美味い。採算度外視で作られているわけだから、当然だった。


「ただ、私はまだ納得がいっていないです。ここまできて、エグゼクティブルートを目指さないだなんて……」

「パステ、そこはもういいじゃない。ライブラリアンだって立派な仕事だよ?私達のサポート役になるんだ」


 モノムは言った。


「逆に聞きたいんだけど、ビピルはエグゼクティブルートなんかでいいの?ドゥーリア家なら、2層のルートを目指せるのでは?」


 モノムがテーブルを指でトントンと叩くと、ビピルは笑った。


「そっちは、年齢が離れたうちの兄がいくと思うから」

「なるほど。ドゥーリア家としてのプランがあるわけね」

「そう。でも、しょうがなくエグゼクティブルートってわけじゃないよ?だって、私達はポルタ様の代弁者なんだ。やりがいはあるよ」


 それを聞いたモノムの顔が少し歪んだが、パステもビピルも気づかなかった。


 モノムは笑顔を作り、同意した。


「でも、気をつけなきゃいけないね。エグゼクティブルートの最初の1年の壁ってやつ。エグゼクティブルートは激務で、そこを耐えられない人が多いって言うよ?」


 パステは頷いた。

 エグゼクティブルート試験というのは、比較的頻繁におこなわれている。たった5人の席であるが、多い時で年に2回、まれに、今回のように1回に2人募集することもある。

 3層のエリアは全部で5つある。そのうち、エリア1と呼ばれている場所の王は20年以上そこにいるが、エリア4と5の王は5年程度のキャリアしか無い。

 今回募集のあったエリア2の王は2年で潰れたし、エリア3に至っては1年も持たなかったという事情がある。

 エリア2の王が潰れた理由はメンタルの問題だった。

 2層では全員が崇拝しているポルタだが、3層はそうではない。裕福な2層とは異なり、3層は弱肉強食の世界である。能力がなければ貧困層になり、まともな暮らしが出来ず、犯罪を起こすものもいる。ポルタランドが恒久の平和を掲げている以上、ルートやエグゼクティブルートはこれらをきっちりと対処しなければならなかった。

 一方で、リージョンの王、ルートはあまり交代が無かった。問題が手に負えなくなった場合、エグゼクティブルートに丸投げをすればいいだけだからである。

 そういったシステムは問題ではあるのだが、ポルタランドの神であるポルタの作ったシステムに文句を言えるものは無かった。

 ただ、エグゼクティブルートが激務だから潰れるのは仕方が無いと思うだけだった。


「エリアの王ですから、激務なのは仕方がありません。人間のなかにはポルタ様への忠誠心が無いものもいるようです。ポルタランドがなぜ阿伽羅流星群の危機を脱し、繁栄できているのか、わかっていないというのは愚かなものです」

「そこをわからせてやるのが私達の仕事なんだよ。人間に飲まれちゃダメだ。私達エルフと人間は違うんだ」

「そうですね、ビピルさん。しっかりわからせてやりましょう!モノムさんも、ライブラリアンとして、私達のサポート、よろしくお願いします」

「うん、任せて。記念式典はテレビで見てるよ」


 3人は携帯電話を取り出すと、アドレスの交換をした。

 携帯電話は折りたたみ式のもので、できることは電話とメールのみだった。

 これはすべて政府が用意したものであり、勝手に改造をおこなうことは犯罪とされている。コンピューターのように勝手にソフトウェアを開発してインストールをすることは禁止されていた。

 3層でも同じルールだった。そして、政府関係のメールを除き、フロア間での通信はできないようになっていた。つまり、3層にいるパステとビピルがモノムに個人的には連絡をとることはできず、別の手段を使う必要があった。

 コンピューターも同様に、フロアを超えたアクセスはできず、ネットワークはすべて政府に監視されている。違うのは、2層から3層のウェブサイトを見ることだけはできるという点だ。リードオンリーであり、書き込みはできない。

 これにより、パステたちは3層のニュースはある程度確認していたし、ウェブサイトを巡回することもやっていた。

 ウェブサイトは企業の宣伝や個人の日記のようなものである。新しい商品を作ったとか、スポーツの記録、美味しい店の感想というものだ。3層にいくことのないエルフには全く関係がない。

 そこに政治を批判するものは一切なかった。アップされてもすぐに政府が消してしまうというものもあったが、監視されているネットワークでそういった行動を起こすものは、ほとんどいなかったという理由だ。

 カフェを出た3人は道路に立ち、右手をあげて自動巡回をしている車を止まらせ、それぞれが自宅へと戻っていった。

 

 -※-


 パステは自宅のマンションの前で車をおりた。

 2階建ての白い建物で、1階にはフリースペースやトレーニングジム、プールや大浴場などが設置されている。2階部分が住宅で、16部屋あるが、それぞれが分厚い壁を挟んでゆとりをもった区切りになっていた。すべて2LDKで防音もしっかりしている。

 階段をあがって部屋の扉をひらくと、アイスペールを取り出して冷凍庫から氷を入れた。ソファの前のローテーブルに置くと、そこにあらかじめ購入しておいたビンテージワインのロゼのボトルを差し込んだ。

 パステは服を脱ぐとシャワーを浴び、バスローブを羽織って戻ってきた。

 グラスを持ってソファに座ると、冷えたワインを取り出し、栓を抜いた。ポンという音とともにワインの香りが部屋を漂った。

 ピンクの液体をグラスに入れると、グラスをつまんで持ち上げ、飲んだ。

 勝利の味だ。

 ソファにもたれかかったパステは、体の中をアルコールが駆け巡っていくのに身を委ねた。念願のエグゼクティブルートの座を手にすることが出来た。必死に勉強をしてきた努力が報われた。

 自然と笑みが溢れる。

 昼間の面接は予想外の展開になったが、面白かったと思う。

 名門ドゥーリア家のビピルと出会えたのは本当に良かった。コネが出来たということではなく、ポルタランドを支える同志として、いい人に出会えたということだ。向こうもそう思ってくれていると嬉しい。

 23歳という若さでエグゼクティブルートになったことは十分な偉業だが、ビピルは更に3つ若い。そこは嫉妬せず、素直に喜びたいと思う。才能はポルタにとってプラスであるからだ。

 そして、モノム。

 随分と変わった人だなと思った。ライブラリアンになるためにエグゼクティブルート試験を受けにくるという発想がもの凄い。18歳という若さで高難易度の試験を突破している実力は本物なのだろうが、奇抜な行動は2層らしくないと感じる。

 面接官の話では、モノムはハーフエルフとのことだったから、その影響が出ているのかもしれない。だが、同じハーフエルフの自分にはないことだった。

 パステはワインを飲みながら、今後の人生を想像してワクワクした。

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