邂逅*

 深いフードの被った青年が、サクラの木を見ていた。まさか傷つけようとしていないだろうか。そしたら、止めてやる。しかし、青年の目線がサクラから普通の木に移った。何かがあったのかと思ったら。

「……?」

 ニャー、ニャー。縋るような猫の鳴き声が聞こえた。声の主は猫で、その木の枝に乗っている。降りられないようで、縮こまって固まっていた。

(猫か……)

どうにか助けるべきだが、あまりにも猫のいる所は高い。登るために必要な道具は近くに置かれておらず、ベンチだけ土台として辛うじて存在している。しかし、ベンチは低く、猫のいる位置はおろか木にしがみつけるのかも不明だ。

(私のジャンプ力だけでは…)

 私は木登りしたことがない為、仮にしがみついても登れないだけになる。そしたら、琳華リンファ、父様だけでなく、青年にも迷惑をかけてしまう。

『どうしようっ…猫が』

 憂う私に、青年が声をかけた。その声はあまりにも力強く、不安を消すように晴れやかだ。肩にポンと叩かれた手はガッチリしていた。

『大丈夫だ、俺に任せろ』

『……っ!』

 私はその青年の一言に、胸が打たれる。たった一言なのに、大きな存在感を放っていた。頼り甲斐があり、彼にと感じる。不思議だ、今までこんなことなかったのに。

『それじゃあ。やるぞ。お前はここで一旦見ておけ』

『はい』

 青年はそう告げた後、木に向かって駆け出して、跳躍した。高さの壁をぶち壊すかのように、行っている。青年は跳躍して、猫のいる枝の上に飛び込んだ。ジャンプ地点から今の位置まで5メトーレと空間差が大きい。

『嘘でしょ…?』

 私は、目を丸くした。彼はとんでもない身体能力の持ち主では?私の心情に合わせるように、琳華リンファも零す。

『これは…。相当な腕前ですね』

 琳華リンファは、メイドだけでなく護衛としての実力も高い。彼女から見ても、相当な実力者だと考えられた。驚く私に、青年が猫を担いで言い放つ。

『安心しろ。子猫も助けられた』

『…良かった!ありがとうございます!』

 私は青年にお礼を返すと、彼の口角が上がった。

 すると、青年の足を乗せていた枝がポッキリと折れた。この木はかなり古いらしく、人が登ることはおそらく想定されていない。重さに耐えられなかったようで、枝は無惨に砕けている。折れた枝の下に、同様の枝はない。猫で右腕は塞がれており、左腕だけでカバーできる状況ではないのは明白だ。

(この人が怪我してしまう…!)

 彼の命を守らなくては。私は一歩踏み出して、青年に向かう。私の身体は勝手に動いていた。彼だけは、失いたくないと叫んでいたのだ。琳華リンファの『ノエル様!』

  私は、青年を守ろうと手を伸ばす。あと、少し、後少し。

『……っ!』

  後少しになるが、枝の位置が高い上に落下は一瞬のものだ。おまけに青年の体格は、私以上あり、ガッチリしているように見えるのだ。確実に私の身は危ない。

 間に合わないと捉えたが、青年は近くにあった、同類の木を蹴って駆け降りる。まるで、小説に出てくる剣士のようで、優美さも兼ね備えていた。

『よっと』

『……っほっ良かった〜〜』

 青年が鮮やかに着地し、安堵で胸を下ろす。張り詰めていたあまり、どっと力が抜けてガタンとなった。そんな私に、青年が自信満々に褒める。

『その行動良いなお前』

『ありがとう』

 その行動は、助けようと駆け出したことを指しているか。青年は堂々と口にする。

『そのうちに、するぞ』

『お礼?大丈夫だよ』

 断ると、青年はどこか面白くないように口元を曲げる。何か不味いことを言ったのだろうか。これは大したことないものだし、人助けは当たり前だ。

 青年はムッとしたらしく、はっきり私に言い放つ。

『いや絶対俺は、お前にを行うからな』

『え』

 私は、口をぽっかりと間抜けに開けた。フードの横から、紫水晶アメジストのような瞳が、フードの隙間から映る。なんて綺麗なのだろう。

瞳に見惚れていて、その後は曖昧だ。確か、青年が去って、琳華リンファと待っていたら、父様が戻ってきたような。

『いや絶対俺は、お前にを行うからな』

 この言葉の意味が、分かったのは後日。

 領主としての勉学に励む中で、青年が直接訪れたのだ。立派な装束を纏い、多くの護衛兵を連れて来て。彼は不敵な笑みを浮かべて、告げた。

『ノエル・ド・サヴィニー。貴方を余クロード・ラメティスト・ベルラックの側近として明日から城に召すことを命じる』

『え』

『貴方のことを部下に命じて調べて貰った。余の側近に相応しい実力を持っていたからな』

ってこの事なのか!?青年ことクロード殿下に、敬語を使わないで話してしまっている。色々な意味で不味い。私は断ろうとしたが、クロード殿下にバッサリ切られてしまった。

『断ろうとしているな?この命は父上から許可を得ている』

 まさか、陛下から許されていたのは想定外だ。クロード殿下の掲げている文書には、陛下のサインと血印が刻まれている。この血印は、王族の命令でしか使われない。つまり、殿下からの命令に陛下が許可を下ろしており、逆らえないのだ。

 私は、歯切れ悪く頷いた。

『…殿下の命を、受け入れます』

 その後、私は殿下の城に招かれて、側近の職に就いた。父様、母様、琳華リンファの泣き顔が頭から離れない。性を偽る私が不安なのだろう。

 ……そうして、4年ぐらい殿下の側近として働いている。



 

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男装令嬢は仕える無愛想王子から離れたい 香澄すばる @Subaru_glass

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