【短編】天乃さんと、放課後エアライン 〜ようやく君の特別になれた、ハッピーエンドのむこうのはなし〜

そらいろきいろ@新作執筆中

天乃さんはクールきゅーてぃー

 ひゅんひゅんと風切り音が弱まって、消えた。

 一人乗りの電動飛行機モータープレーン「クライリーンAアルファ」、その銀色プロペラがこてんと止まり、操縦席のキャノピィがゆっくりと開く。

 ベルトを外す音がして、パイロットの少女が立ち上がる。


「きたっ、天乃アマノセンパイーッ!!!」


 滑走路脇で、入学したての一年生たちが黄色い歓声を上げた。

 その視線の先に、ひとつ結びでさらりと揺れる白髪と、同じくらいに白い肌。そして青空を閉じ込めたような、大きな群青の瞳。

 すとんと翼から降りて、彼女は困ったように微笑む。控えめにひらひら手を振って、学校への道を歩き出す。


「「「キャーーーーーーッ!!!」」」


 どっと湧く後輩たち。

 高等部二年、天乃セキレイ。一年の頃から才色兼備で有名だった彼女は、新学期始まって早々、新入生からも絶大な人気を得ていた。

 白銀のまつ毛、人形のように整った顔立ち。そして慈しみと愛嬌を兼ね備えた瞳を間近で見たいと、セキレイを囲むように後輩たちが押し寄せる。

 広くはない通学路、収容限界はすぐに超えた。


「ひゃっ…………っ」


 ぐんと押されて集団の中、おさげの少女がバランスを崩す。

 黒いアスファルトが凄まじい勢いで顔面へ迫る。


 ――――あっ…………。


 思わず目を閉じる間際、白いなにかが揺れた気がして――――。


 がくん、と身体が止まった。

 ……どういうことだか、歓声が聞こえる。


「……………………?」


 おそるおそる目を開けてみると。

 視界は白一色。ざらざら固いアスファルトとは正反対の、ふわふわな柔らかい感触。血の鉄っぽい匂いはしなくて、柑橘系の香りが鼻をくすぐる。

 混乱する頭に、するりと声が入り込んだ。


「――よかった、間に合って。怪我はないかしら?」


 ばっと少女は顔を上げる。

 その顔が瞬く間に赤くなった。


「ア゙ッ……あまのせんぱいっ……」


「大丈夫そうね」


 ぼーっとしているうちに、すらりとした腕が脇へと差し込まれ、はいっと立たされる。

 そこで初めて、少女は憧れの先輩に抱きとめられていたことに気が付いた。

 ふわりと増す熱とともに、意識が溶けそうになる。いけない、とかろうじて踏み留まった。

 

「あ、ありがとうございました……!」


「どういたしまして。気を付けてね」


「は、はいっ!」


 上ずった返事に微笑んでから、セキレイは周りを見回す。いいかしら? と前置きをして、口を開いた。


「――みんな、慕ってくれるのはとっても嬉しいのだけど、今みたいに怪我しちゃったら危ないわ。いつでも話しかけていいから、こうやって一斉に来るのはやめましょう?」


「「「わかりましたーっ!!!」」」


 きゃあきゃあと走って散る後輩たち。

 走ったら危ないわよっ、とセキレイがあわてて付け足した。






「……おぅなんだなんだ。また天乃の追っかけか?」


 廊下にごった返す後輩たちをかき分けて登校してきた筋肉質の男子が、どさりと鞄を置きながら呟いた。

 セキレイと駄弁っていた女子二人が振り返る。


「おはようございます、有馬アリマさん」


「おー有馬おはよー」

 

「ああおはよう四重シジュウ賀島ガシマ。あと天乃も」


「ええ、おはよう」


 黒髪ロングの四重カラ、ショートカットの賀島エナ。二人はセキレイの親友で、二年に上がっても同じクラスであった。

 眠そうに返し、欠伸をした男子は有馬ティト。女子三人と仲はいいが、いつものグループにはもう一人足りない。


「セッキーほんと人気だねえ。もうアイドルだよ、学校のアイドル! もっとあがめ讃えよっ」


 エナが廊下を見ながら嬉しそうに言う。

 まだ幼さの残る新入生たちが、完璧美少女を一目見ようと詰めかけていた。


「セキレイは一年の時も人気でしたからね……美人さんで性格もいいですし。当然といえば当然ですが、いつ収まることやら」


「なにせ完璧美少女だもんな」


 そのくらいにして……と苦笑いしながら、セキレイが止めに入ったちょうどその時――――。


「……おはよう、みんな」


「おぅ、やっと来たかイスカ」


 黒髪の男子がセキレイの隣に鞄を置いた。

 彼女の白髪がしゃんと揺れて、瞳の青さがすっと増す。


「おはよう、セキレイさん」


「ええおはよう、イスカくん!」


 にぱ、と笑って、セキレイが返した。

 

 下地シモジイスカ。見た目も能力もごく普通な、黒髪黒目の一般男子。一言で言えば、地味。

 けれども彼は好きな子を助けたいという強い精神と少しの勇気と、わずかな運命のいたずらを最大限に活かしてこのポジションに落ち着いた。


 天乃セキレイの、世界で一番大切なひとカレシに。


「――――なんだか盛り上がってたけど、なんの話してたの?」


「あぁ、天乃は相変わらず人気だなって話だよ。よかったなイスカ、こんなかわいい彼女ができて!」

 

 ティトがからかうように背中を叩くが、イスカは少し微妙な顔をする。

 有馬くん、あまりイスカくんをからかわないでね――とセキレイが釘を刺すなか、イスカが小さく呟いた。

 

 ――――かわいい、かぁ……。


 エナの耳がぴくりと動く。

 ギギギと首を軋ませて、イスカを振り返った。


「…………なに、セッキーがかわいくないと? もしかして飽きたって意味? いくら彼氏でも許さないよ?」


「……あぁいや、そういう意味じゃなくて。――――セキレイさん違うからね?」


 一瞬感情が抜けたセキレイへあわてて否定し、イスカはなんていうかさ、と続けた。


「セキレイさんのかわいさって顔だけじゃないからなぁって。もちろん美少女だけどさ、それがかわいさに占める割合って一割くらいでさ……もっとこう、物事の考えかたとか好みとか、そういうところがかわいいんだよ。普段見えてないところこそ本質と言うか――――」


「イスカくん黙って」


「…………え」


「お口チャック。あとこっち見ないで」


 セキレイには珍しい語気の強さに、あっやば……と青ざめるイスカ。

 ドンマイ、とティトがからから笑う。


「べた惚れだっ! 愛されてるねえセッキー?」


 にまっと言ったエナへ、机に突っ伏したままセキレイは言い返した。


「…………って……いいもの……」


「うん? なんて?」


「……っ! イスカくんだってかわいいんだからっ! ちっちゃい子に泣かれただけでこの世の終わりみたいな顔するし、私がからかうとすぐ赤くなるし、寝言で私の名前呼ぶくらい寂しがりやさんだしっ!」


「ちょっ……とセキレイさん……?!」


 がばっと振り返るイスカ。

 真っ赤な顔が二つ、青と黒の瞳がぴたりと合う。


「――――――寝言、とは」


「「――――な゙ん゙でもないっ!!!」」


 カラの呟きに、びたんと揃って二人は突っ伏す。

 窓の外を見ながら、ぼそりとエナが言った。


「カラと有馬。後でコーヒー買いに行こ」

「……そうだな」

「そうですね」


 いくらセッキー推しでもちょっと耐えられないよ……と冷めた声が聞こえて、完璧美少女はぎゅむっと耳を潰したのだった。






――――――――(本編へもどる)



本作はスピンオフです。

付き合うまでのあれこれ、じれ甘両片想いにこの世界ならではのシチュエーション(と大活躍するプロペラ飛行機たち)はぜひ本編、 


「天乃さんと、放課後エアライン 〜高嶺の花は後部座席から絡んでくる〜」

https://kakuyomu.jp/works/16818093077417340990


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