第6話 隣国アスレリカ
「出ていくなど、正気か!?」
父がやってきたその朝は、私にとって快適になるはずだった。
この怒鳴り声と、それからアメリアの顔を見るまでは。
「これから、お前一人で生きているわけないだろう!」
「ええ。だから、経験を積むのですわ。慰謝料は一般の二倍以上をとれたのですから、十分でしょう?」
「だからなんだ!私は、婚約破棄しか許していない!」
「陛下が許されましたわ」
「…は?」
「王妃殿下にはお元気で、とも言ってもらいました。このままではうちは嘘をついたことになりますが」
「く…」
何も言い返せそうにない父の後ろで、様子を見ていたアメリアが駆けてくる。
「お姉様、行ってしまうの?そんなの、嫌…」
「元はといえば、お前と殿下が浮気したからでしょう、いつまでも嘘をついて泣いていたって妃教育は進まないわ。最近もさぼってばかりだと、王妃殿下は嘆いてらっしゃるそうよ」
「関係ないでしょ!お姉様には行ってほしくないの!」
「軽くこき使うつもりかしら。そんなのごめんだわ」
必死に縋り付く妹の手を振り払って、予約していた町馬車との待ち合わせ場所まで行くことにする。
「じゃあね、浮気者さん」
ふふ、と笑ってから、私は歩いて向かう。
ただ、彼女は追いかけてこなかった。様子を窺うだけ。
「へい、お待たせしました。隣国アスレリカ行きですね」
「はい。お願いします」
隣国アスレリカは帝国で大国だ。
うちの王国コーネリアを支配下に置いているといっても過言ではないだろう。多くの公国、王国を従えるアスレリカは、一生に一度は行きたいと思うところだ。
馬車に揺られること一日。
私はようやく、アスレリカに着いた。
一応、これから名乗るのは「セシリア・ライモンド」。平民として過ごしていくつもりだ。
「仕事ですか?」
「はい。できれば、お給金の良いところに」
「ほぉ…」
仕事の紹介所にいた中年の男性は、メガネをくいっと上げながら書類のページをめくる。
もちろんそれは、私が偽造したのも含め(主に名前)、学歴などをいろいろまとめたものだ。
「…なら、家庭教師ですかな」
「かてい、きょうし…」
流石に隣国の貴族にはバレないだろう。
私は紹介してもらい、その仕事を引き受けることにした。
「ふーん。あなたが、セシリアね。よろしくー」
やる気のなさは100%。髪をくるくる手で巻きながら、これっぽっちも私のことを見ようとしない。
「では、基礎から見させてもらいます」
さあ、淑女教育の始まりよ。
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