ふわり流れる初恋

@KSGNAN

私の序章

「気づいてるかもしれないけれど、ずっと前からあなたのことが好きでした。付き合ってください」 

隣から聞こえてくる聞き慣れた声。男の子の割に高くて綺麗な声。緊張してるのかいつも以上に声が高い。耳も真っ赤で白い肌に映えている。小さい頃から私よりも女の子みたいな可憐な男の子。真っ直ぐな目線で伝える相手はずっと一緒に育ってきた私。、、、ではなく私の親友、リン。

 「私もずっと好きでした」

可愛らしい声が震えている。すごく嬉しそうな声。目の前のコップに浮かぶ氷が溶けてカランと音がするのと同時に、張り詰めた空気が一気に緩んだ。恋愛小説のワンシーンかよ、みたいなツッコミを自分に入れながら、炭酸の抜けたメロンソーダを喉に流し込んで、なんとか声を絞り出す。

 「おめでとう。じゃ、私はお邪魔虫かな??」

なんだ、私まだおちゃらける元気があったんだとか思いながら、トートバックを手にして立ち上がる。顔がひきつるのをなんとか隠そうと努力しながら、無言でテーブルを離れた。二人ともどうぞお幸せにと願いながら、店のドアを開け猛暑の中出かけたことを後悔する。

照りつける夏の日差しがとても眩しかったー


        

        *      *      *



 「私の前でちゃんとリア充しちゃってー。気持ちの整理がつかないっていうか…」

私はため息をつきながらベッドの上にダイブ。あれから2週間。交際は順調なようだが、私としてはそんな二人を見ているのが辛い。そんな私をみかねた友達のユウナが気分転換にと部屋に呼んでくれたのだ。

 「好きな人が自分の親友と付き合うって、とんだバッドエンドなんですけど!?」

 「色々大変だよねー。恋のキューピッドを買って出ちゃってさ。まああれだけ近くにいてアタックするきっかけはあったんじゃないとは思うけどね」

 「誰だって懇願されたら断れないでしょ...それに14年間も友達だったんだよ??いまさら無理だよ...」

 「それがりーちゃんの逃げ癖でしょ。悪いところだよ、それ。」

今1番聞きたくない言葉が返ってきて、何も言えない私。

 「絶対向こうは私のことなんとも思ってないのにそんな勇気ないよ…」

 


私がみづきと出会ったのは、私の家族がこの街に引っ越してきた14年前。当時3歳だった私はおぼろげながら遠い記憶を掘り起こす。夏の暑い日だった。私たち家族は今住んでいる街からおよそ100Km離れた田舎からやってきた。渋滞に巻き込まれながらも夕方暗くなる前に新居に到着し、父が荷物を一通りおろして車庫に車を入れようとした時だった。小さな男の子がボールを追いかけてかけて車の前に飛び出してきたのだ。その男の子こそがみづきくんだった。じっとお母さんの傍で固まっている男の子を見た瞬間、人生で初めて目を奪われるという経験を私はした。色の白い肌、垂れ目で下がり眉の顔立ちは私に女の子を想起させた。可愛らしい顔に私は釘付けになって、目を逸らせなかったのだ。男の子と対面した後、父が私を紹介し小さな声で「はじめまして」と言ったところまでは覚えている。後で聞いた話だが、母は引っ越しの挨拶をかねてみづきのお母さんと長いこと話していたが、私はといえばすぐ家に入ってしまったそうだ。母は人見知りなのかもと心配したそうだが、見惚れていたのがばれていないか、恥ずかしかったなんてとてもじゃないけど言えない。その後家がお隣さんだということもわかり、家族ぐるみで仲良くさせてもらっていた。幼稚園、小学校、中学校を公立の学校でともに過ごしてきて、たまたま、去年の春同じ高校に入学したのだ。


 「こんなんだったら違う高校行って、新しい恋すれば良かった」

 「そうだね。りーちゃんがもっと早く恋心を自覚してれば良かったのにね」


私は自分がみづきのことが好きだということを自覚したのが遅すぎた。それは昨年の高校一年生の夏休み中、親友がみづきと仲良くなりだした頃だった。最初は自分の気持ちを否定していたが二人が仲良くなればなるほど、意識して自己嫌悪に陥って結局自分の気持ちを認めることになった。恋ってこんなに辛いものなんだと知ったのも、初めてのことだった。

 

 「なんであの子なんだろう。私があの子だったらなあ、なんてねー」

 「じゃあ私がならせてあげるよ。りーちゃんの親友にね」


冗談はやめてよと思ったその瞬間、部屋が一気に明るくなり、思わず目を閉じた。部屋の中はエアコンがきいていて涼しかったはずなのに、突然体が熱くなってふわっと身体が持ち上がった。頭の整理が追いつかないまま、私は自分の意識が遠のいていくのを感じていた。

 

 「りーちゃん、ちゃんと元気になってね」


それが私に届いた最後の音だった。


 

    *      *       *

  



 「え?ここどこ?」


目を開けた時、私は知らない部屋にいた。直感的に思い出す。親友の部屋だった。この部屋には小学校のころから何度も来たことがある。なぜここにいるのか、何度思い出そうとしても頭の中に霧がかかったように思い出せない。とりあえず周りを見渡してみる。ベッド、クローゼット、机、バッグ、鏡...?尋常じゃない違和感。落ち着こう。再度見渡してみる。ベッド、クローゼット、机、バッグ、鏡...?鏡の中の自分を穴が開くほどみる。顔を手で触ってみる。おまけにつねってみるが夢ではないらしい。目はおかしくなかった。そこにいたのは私の親友、リンだったのだ。どこからどう見ても、私ではなくリンの身体。困惑するわたしの手元から、スマホの通知音。見るか戸惑ったがとりあえず確認。送り主はみづき。

 「今日10時半だよね??駅前で待ってるね〜」

私は思い出す。今日も二人で遊ぶ予定を話していたことを。これってデートだ、絶対デート。気付いた瞬間時計を確認。あと20分しかない。私は腹をくくった。行くしかない。メイクを史上最短の速さで仕上げ、わたしは家を飛び出した。なぜ自分が親友になっているか、なぜ自分がこれほど焦っているのか、なぜこの状況でデートに行くことを決めたのか、自分ですらわからず、それでも無我夢中で駅まで走っていた。



駅にはみづきが待っていた。私に気づくと優しい笑顔で近づいてきた。私は汗を拭いながらなんとか笑顔を作り声を出す。

 「おまたせ、待った??」

 「待ってないよ、大丈夫。もしかして走ってきた〜?」

メイク崩れてないかな、リンのように振る舞えてるかな、そんなことが気になってみづきの顔を直視できない。この状況を喜べるほど余裕はない。そんな内心を隠すかのように私は話題をそらす。

 「今日映画行くんだよね??たのしみ!」

みづきが笑顔で頷く。私達は映画館へ向かった。


    

          *          *          *

    


 「ふーー。」

長く息を吐く。さっきから繰り返し深呼吸をしている。目を開けた先にはリンの部屋の天井。私は映画が終わると逃げるように帰ってきてしまった。自分でもわからない。みづきには体調が悪くなったとだけ伝えた。気持ちが悪い、だるい、すぐにでも横になりたかった。けどみづきには話せなかった。話したらみづきのことだから一人では返してくれないだろうし、心配させちゃうから。それに、体調が悪い以外にも理由はあった。私自身がなぜリンに変わっているのかもわからず、その状況でみづきがリンにする接し方を見ているのが辛かった。帰宅時よりはだいぶ体調面は安定してきた一方、抗えない睡魔が襲ってくるのを感じ、私は目を閉じた。



           *         *          *



 「りーちゃん?」

なんだろ、すごく頭が痛い。私を呼ぶ声が聞こえる。誰だろう。目を開ける。見覚えのある顔、ユウナだ。

 「りーちゃん、大丈夫?さっき意識を失っちゃったけど…」

 「うん大丈夫。私何してたっけ」

 「さっきまでみづきのこと話してたら、いきなり倒れちゃって…ただ眠っているだけに見えたからベッドに移動したんだけど」

長い眠りから覚めたときのように、頭の中は澄み切っている。でも何をしていたか全く思い出せない。反応が乏しい私を心配そうに見つめるユウナ。頭の奥が痛い。今私は何をしていたのだ。何を思ったのだろう。自分に問い続ける。そして思い出す。

「私ね、今夢を見てたー

小さい頃、みづきは私よりも泣き虫だった。私のほうが全然強かったの。そういえばみづきくんって呼んでた。幼稚園、でもねいつの間にかみんなの注目の的になっていった。かっこいいし、優しいし、運動神経抜群。知らず知らず遠い存在になってたの。私だよ、壁を作って自分を守ってたの。自分が可愛かったんだ。自分で荒波に向かう勇気なんてちっともなかった。みづきは自分を変えてくれる人に出会えたんだね。それがリンだった。私はどんなに頑張ってもリンにはなれない。リンはリン、みづきはみづき、私は私。それに今気づいたよー」

 



    *             *             *




いつもの通学路。今日も暑い日だ。立秋とは名ばかり、まだまだ夏将軍が頑張っている。川の水面に反射した太陽が眩しい。青い空を仰ぎながら、考える。私の心にずっと居座っていたモヤモヤした感情。誰かに必要とされたい、でも必要とされない。そんなもどかしさが私を縛り続けていた。みづきがリンにむける視線の先に私が入る余地はない。そんなことわかってはいたけど、やっと腑に落ちた。私もいつか誰かにそう思われる日を夢見て、私の初恋にピリオドを打つときがきた。さようなら、私の初恋。真夏の風が私の顔をなでながら吹いていった。

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