最終話 この世界を

「僕はもう、大切な人を殺してしまった。だから、最後にやつを殺してその後自分も死ぬ」

「は、あなた、また人を殺そうとしてるの? また同じ気分になるだけだよ?」

「もう、いいんだ僕は。これから先に未来が無いのなら、せめて……最後に青井さえ……」

「お願い、私の話を聞いて! 私を殺したら……」

「今更お前を殺すか!」

 僕は走りだした。青井の家は知っていた。なぜなら、僕は前に、青井の家に招待されて、二時間ぐらいずっと意味もなく殴られた事があったからだ。

 無我夢中で走っていたら、いつの間にか青井の家に着いていた。

 玄関の近くに置いてあったハンマーで家のドアを思い切りぶち破った。その時の僕の力は異常だったと思う。

 当然、ドアをぶち破った時には青井と青井のお父さん、お母さんが、何事かと驚いている顔でリビングからこっちを見ていた。

「おい、消世! なにしてくれてるんじゃ!」

 そう言って青井は殴りかかってきた。僕はマラリアスイッチを青井に対して強く押した。

 途端、青井は立ったまま何も動かなくなった。と思ったらバタンと倒れた。

「きゃあぁぁぁ!」

 青井のお母さんはものすごいきんきんとした声で叫んだ。お父さんは台所から包丁を持って僕の方へ向かってきていた。二人とも表情はとても怯えていた。

 それでも僕は、躊躇なく二人に対してもマラリアスイッチを押した。

 

 

 青井のお母さんの叫び声を聞いたのか、近隣住民はすぐさまこの家へ駆けつけていた。数人には、三人の死体と生きている僕を見られてしまった。

 僕は青井の家の二階に上がり、一つの部屋に入って大人しく警察が来るのを待つことにした。

 もう人をたくさん殺した。僕の人生はもう終わりだと思った。でも、そこまで悔しくはなかった。

 なぜなら、今日で、僕のことを愛している人間はいないということが分かったから。この地球上にいる人間全員が僕の敵だということが分かったから。僕のことを心配してくれる人間はいないのだから。

 目を閉じて座っていると、スマホから着信音が鳴った。お母さんからメールが届いていた。

 

 消世、やっとケーキ買えたよ! 今から帰るから。消世はいつも自分を犠牲にして家族の生活を支えてくれているから、今日ぐらいはお母さんがあなたのことをたくさんもてなすから!

 

 このメールを見終わった時、僕の心はじんわりと温かくなった。

 そっか、お母さんは敵じゃなかった。味方だった。

 そういえば、いつも優しい口調で僕が暗い気持ちになった時は、励ましてくれた。

 嬉しくなった直後、僕が殺人をしてしまったという現実を思い出した。

 外からパトカーのサイレン音が聞こえてきた。

「いやだ……いやだ! 家に帰りたい……帰りたい! 帰りたいよぉ!」

 そう泣きながら叫んでも、サイレン音は鳴り止まないどころか、どんどん近づいてきている。

「なんで! いつも僕をいじめるの! なんでこの世界は僕をいじめるの! ねぇ、なんでぇぇ!」

 そして、僕の心の中のなにかの紐がプチっと切れた。

「この世界を消せば、僕は幸せに生きていける」

 警察官が玄関先から突入してくる足音が聞こえてきた。僕は、マラリアスイッチを空に向けて押した。

 

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マラリアスイッチ 春本 快楓 @Kaikai-novel

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