第5話 異能

 “異能”という概念がある。

 人間の中には生まれつきやふとした瞬間に、本来人間が持ち得るはずがない超能力に目覚める者が居る。

 それらの能力はどんなものであれ“異能”と呼ばれ、自らの意思で使用する人間は例外なく“異能者”と呼ばれていた。


「人間は信じることができる! 信じる者は力を得る!」


 マンパワーは世にも珍しい“ヒーロー”の異能を持つ異能者であった。

 ヒーローらしいことは大体できるというその能力は、救助活動に重きを置く彼の性質とは裏腹に、歴代最強のヒーローとする見方も存在するほど強力である。


 超怪力、単独での飛行能力、鋼鉄より頑丈な肉体、超人的な五感、瞬間回復能力、目から放つ光線、その他にもヒーローっぽい技が多種多様にある。

 できないことはないと言われるほどの完璧超人。救助でも戦闘でも強力だが市民の安全を第一に考えるヒーローの鑑。それが彼だ。


 異能だけではなくこれまでの活動から強靭な自信を持っている。

 マンパワーは得体の知れないスマイルを前にして一切怯むことなく敵対していた。


「ヴィランめ! お前は罪のない市民を殺したな! そんな危険人物を野放しにしておくわけにはいかない!」

「罪はなくテモ価値もナイでしょウ?」

「なんたる言い草! 許せん!」


 マンパワーは素早く凛々しくポーズを決め、迷わず目からビームを放った。


「人間の力を思い知れ! ヒューマン・ビームッ!」

「ウワーオッ! アブなーいッ!」


 町を傷つけないよう意識して飛行しながら、マンパワーは連続してビームを放ち、スマイルを貫こうとしている。

 殺したいわけではない。だが生半可な攻撃では意味がないことも察している。


 幸いにも主戦場となったのは障害物が一切ない空。

 町中では使い辛い能力も使用可能。捕獲することも不可能ではない。


「逃がさん! 信じる力は自然物とて操る!」

「ナンですッて⁉」

「ヒューマン・トーチ!」


 全身に力を溜めたマンパワーは、全身から強烈な炎を噴き出した。

 自らの肉体を炎で包み込み、射出されたように高速移動を始めると、空中に炎の軌跡を残しながら目にも止まらぬ速さでスマイルに迫る。

 明らかに常人では反応できない速度。スマイルは両手を上げて悲鳴を発していた。


「キャアアアアッ⁉ コワ~い⁉」

「殺しはしないが、多少痛い目には遭ってもらうぞ!」


 拳を握って突き出したまま飛行し、接近した。

 スマイルはマンパワーの突進をひらりと躱して彼を見送る。


「アレ~? そうなんデス? 意外におヤサシイんですネ」

「むっ⁉ 素早い……!」

「ワタシなら殺しちゃうノニ。デハ、ワタシを殺さないオレイとして、ワタシも殺すのはやめてオキます」


 避けられたと知ってすかさずマンパワーが飛行する軌道を変えた。

 フェイントを織り交ぜ、ぐねぐねと曲がりながら高速でスマイルに接近し、直接拳を叩き込もうとしているようだ。

 それを許さず、接近するとマンパワーが見切れない速度で彼の突進を回避する。


「むっ⁉ なんだ、この感覚は……! 当たらん! 当たる気もしない!」

「シカシそれならドウしまショ。殺さズ無力化? そんなコトできまス?」


 一度、二度、三度と突進を仕掛けて、ひらりひらりと軽く躱される。

 救助に重きを置いているとはいえ、マンパワーはヒーローとして数多の戦いを経験して悉く勝ってきた。これほど攻撃が当たらなかったことはない。

 危機感を覚えた彼はさらにスピードを上げて飛び回る。

 後先は考えず、今はスマイルを仕留めることのみを考えたのだ。


「うおおおおおおっ!」

「ア、なるほド。デハそうしましょウ」


 何度目かで回避した後、スマイルが人差し指だけを伸ばして天を指す。

 それ自体が攻撃ではない。ただの予備動作。


「信ジル者は救われル! 信ジル者は力も得ル! ソレって素晴らしいですネ!」

「ああ、そうとも! 人間の強さは心の強さ、精神の強さだ! いついかなる状況であっても信じる者にだけ力は宿り、生きる活力を持つ者にのみ道は開かれる!」

「素晴らしくクソみたいな講釈デスね! ではアナタの信じる心ヲ!」


 スマイルが接近してくるマンパワーを指差し、その瞬間、閃光が走った。


「その正義を打チ砕クッ!」


 閃光が一瞬でマンパワーの胸を貫いた。しかし外傷はない。撃たれた衝撃はあったのか体ががくんと揺れて落下しそうになる。

 突然、マンパワーが大汗をかき始めた。

 攻撃が止まるどころか肉体を包んでいた炎が消えてしまい、飛行していることすら危うく見える、ギリギリの状態だった。


 ほんの数秒前とまるで別人のような表情。

 戦意を失い、怯えているように見える顔になり、マンパワーは荒い呼吸をしながらスマイルの姿から目を離さない。


「ドウしましタ? ワタシを捕まえるのではナクテ?」

「ハァ……ハァ……そ、そうだ。私には使命が……ヴィランを放っておけない……」

「ウ~ン、コノ期に及んでもブレナイ真面目。デモ、よく考えてクダサイよ。アナタはホントウに正義でしたッケ?」


 動揺している様子のマンパワーは答えられず、ごくりと息を呑む。


「他人より優レタ力を振り回して、正義を語ッテ他人をボコる。アナタがやってたのはソウイウことでショウ? ソレって正義? ソレとも不正義?」

「わ、私は、弱い者を助けるために……」

「ウンウン、ワカルワカル、ワカリマスヨー。弱い人を助ケルためニ、強い人を殺してキタのですものネー。ということはツマリ、腕っぷしが強いケド心が弱い人たちは見捨テテきたってコトですねー」


 マンパワーは喋ることすら辛くなるほど、自問自答を行い、その結果として自責の念を感じていた。

 自分がこれまで、揺らぐはずがないと断言するほど信じていた正義が、今この時になって粉々に打ち砕かれたかのように揺らいでいる。


 自分は人助けのためにヒーロー活動をしていた。

 それなのに助けられていない命が、取りこぼした人間が、数多の後悔があることに気付いてしまった。


 アイデンティティが揺さぶられ、自分自身にヒビが入る感覚。

 これまでの自分が愚かに見えて仕方ない。

 全知全能、などと勘違いしていたのか。自分はなんでも救えると思っていたのか。そもそも正義とはなんだ。

 激しく呼吸が乱れ、マンパワーは不意に落下し始めた。


 異能をコントロールできなくなり、真っ逆さまに地面へ落ちていく。

 スマイルは手を振りながらそんなマンパワーを見送った。


「サヨウナラ、信じる人。所詮オマエは出来損ないでしたネ」


 興味も関心もなく、見送るつもりなど最初からない。

 スマイルはマンパワーの行く末を確認せずに顔の向きを変えた。

 求めているのは一人のみ。即座に彼の所在地を確認する。


「ソレでは用も済んだノデ。イザ! 十村ハジメにワァ~プッ!」


 決着がついてすぐ、スマイルは空から忽然と消えてしまった。





 はじめは何も言わずに集団を離れ、絶対安全領域へも向かわず、一人で町から離れようとしていた。

 山か海か、とにかく他人に被害が及ばない場所へ向かわなければならない。勘でしかないがそう思い、迷うことなく敢えて孤独になっている。


「待て少年! どこへ行く!」


 そんな彼の行動に気付いたヒーロー、ブラックホールが追ってきた。

 反射的に「まずい」と思ったとはいえ、空を飛ぶヒーローを相手に走って逃げられるはずもなく、はじめは足を止めるとブラックホールへ振り返る。


「ハァ、ハァ……多分、俺は誰とも一緒に居ない方がいいと思うんです。ただの勘ですけど。あいつの狙いは俺っぽかったから」

「なら尚更一人にはさせられない。お前を守るのも俺たちの役目だ」

「あいつはやばい……気がするんです。どう言えばいいのかわからないけど、誰とも関わらせない方がいいっていうか。ヒーローが相手でもどうなるか」


 はじめは冷静に、本心でそう言ったのだが、ブラックホールは彼の肩に手を置く。


「心配するな。この手の話には慣れてる。俺は戦闘が一番得意なもんでな」

「いや……そういう問題じゃ」

「だんだんワカッてきましたネェ! ソノ通り! 空想使いを止められるのは同格の空想使いだけ! 異能なんて搾りカスみたいな連中が敵うわけないでショ!」


 突然、なんの前触れもなくスマイルが現れた。

 咄嗟にブラックホールがはじめを背後に庇って身構える。


 意を決して前に出てきたブラックホールを目の前にして、スマイルはわきわきと指を動かし、挑発のつもりもなく彼を嘲る。

 お前になんか興味がない。言葉でも態度でもはっきりそう伝えていた。

 その姿を見てもブラックホールははじめを守るため対峙する。


「ハジメく~ん、君は特別なんですヨゥ。イイ子だから大人しく来テ!」

「い、嫌だ! 何がなんだかわからないけど……さっきあんたが殺したのは俺が世話になってるご近所さんだ。あんなことされて、信用できるわけないだろ」

「殺した……?」

「フ~ッ、ワカラズ屋ですネ。贋作ゴトキに情を持つナンて、アナタはかわいそうな環境で育ッタようです。デハ仕方ありませン」


 スマイルが両腕を広げる。

 外見は変わっていないが威圧感が増し、まるでさっきの数倍は大きくなったかのような錯覚を覚えた。そう思ったのははじめだけだったのか、彼が緊張して呼吸を乱す一方で、ブラックホールは冷静に敵を見据えている。


「こうナッタ時の最善策はO・HA・NA・SHIと相場が決マッテますよネェ?」

「下がってろ。俺がやる」


 ブラックホールがはじめの体を押しやり、後ろに下がらせる。

 はじめは冷静でいられなかったが、少なくとも彼を戦わせてはダメだと本能で理解していた。必死に彼を止めようと右腕を掴む。


「ブラックホール……! あいつは――」

「敵わなくても逃げるわけにはいかねぇよ。俺はヒーローだ」

「カ~ッコイイ~! そうデスカ、アナタもソレですか。デハ特別サービス! アナタも命だけは助けてアゲましょう」


 スマイルの言葉で何かを察し、ブラックホールがマスクの下で表情を変える。


「あの熱血バカを倒したのか? お前がここに居るってことはそういうことだよな」

「ンフフ、ご心配ナク。死んでマセンし外傷もありマセン。ただヒーローは続けラレナイかもしれませんがネ」

「何を……いや、もうお前からは何も聞かん」

「キャーッコワイッ⁉ ワタシってば殺されチャウ⁉ ねェ! 生かシテても意味ないカラ殺されチャウのワタシってば⁉」


 ふざけているようにしか見えないがマンパワーを倒したというならば警戒しないわけにはいかない。

 最初から全力全開。ブラックホールは両手をパンッと合わせて、ゆっくり手を離していくとそこに重力場を形成していた。


 “重力”の異能を持つヒーロー、ブラックホール。

 様々な使い方で救助に戦闘にと役立つ異能であったが、本人の気質により特に戦闘を得意としており、マンパワーと並んで最強のヒーローと目される。


「トリアエズ彼から離レましょうか。チョッキン」


 スマイルが指を動かしてハサミで空を切る仕草をした。

 ブツン、とブラックホールの右腕が肩口から裁断される。

 はじめが触れていたその手は重力に従って地面に落ち、どっと血が噴き出した。


「なっ……⁉」

「う、うわっ⁉」

「サラニ押し出し一本! ドーン!」


 スマイルが何もない空間を勢いよく掌で押す。

 眼前で発生した衝撃波がブラックホールに直撃し、一秒たりとも耐えることができずに吹き飛ばされた。数十メートルを飛んで後方にあった壁に激突すると、彼の姿は建物の中に消える。


 はじめは唖然として突っ立っていた。

 自分が何をすべきなのか。考えあぐねて動けずにいる。

 逃げてもきっと追いつかれる。ブラックホールが殺されるかもしれない。


 しかしその時、ふと思いついた。

 思い出したのは他ならぬスマイルの言葉だった。


「さてサテ、邪魔者は消しマシタし、またO・HA・NA・SHIしまショ。モチロンご安心を! 彼は殺シテませんし、アナタも――」

「空想力は……自分のイメージを現実にする……」


 ぽつりと呟いたはじめの独白に、スマイルは一瞬止まり、次の瞬間にはパッと雰囲気が柔らかくなった。

 安心した様子で、まるで友達に話しかけるみたいに、嬉しそうな声で言い出す。


「ソウ! 空想力は選ばれた真の人間にしか使えない力! 異能なんてものは空想力が使えない贋作どもの搾りカス! 偽物! 価値のないゴミ! 我々は真なる人間の力を持つ者として――!」


 興奮して喋り出したスマイルだが、何かに気付いて突然やめた。

 恐る恐るという様子ではじめが手を伸ばしている。

 建物の中に消えたブラックホールへ向けて、動揺したまま呟くのだ。


「治れ……」

「ワオ」


 できるとは思っていない。まだ受け入れられたわけでもない。

 それでも試したくなったのだ。

 もしかすると死ぬかもしれない、或いは死なないにしても重傷であろう彼を助けたい一心で、わからないなりにやってみた。


 イメージするのは五体満足で健康な、何事もなかった時の姿。

 はじめ自身は見ていなかったが足元に転がっていたブラックホールの腕がフッと音もなく消える。


「スンバラシイッ!」


 スマイルはただ素直に歓喜した。

 はじめ自身には「やった」という感覚はなかったものの、その声を聞いて成功したことを理解する。


 壊れた壁の向こうから、ブラックホールが現れた。裁断されたはずの右腕は何事もなかったかのようにくっついていて、彼自身も驚いており、攻撃を仕掛けたスマイルではなくはじめを見る。

 自分に手を向けているその姿。そして彼を狙う謎の敵、スマイル。

 なるほどと腑に落ちるものがあった。


 理屈も常識も通じない、わけのわからない状況。

 それでも、勇気を出して行動しただろう彼のことは素直に認められた。


「そうか……お前が――」


 ぎゅっと力を入れて踵を返し、はじめは駆け出した。

 ブラックホールに背を向けて離れていく。

 逃げ出したのか、と思えば、彼は自らスマイルの下へ向かい、一切迷う素振りを見せずに飛び掛かった。


「カモーンッ!」


 スマイルは驚きもせずに彼を抱き留めて受け止めた。

 直後、二人の姿がパッとそこから消えてしまう。

 ブラックホールは取り残され、もはや彼らがどこへ行ったのかわからなかった。

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