第8話 少年の秘密

ランドセルをコインロッカーにしまう。

「よし、水族館に行こう」

「なんで水族館のなの?」

「水族館好きだから。」

呆れたような顔を作った少年だが、その瞳はキラキラと輝いていた。

「師匠。俺も水族館好きです。」

(この人キャラクター変わりすぎじゃない?)

まくこともできず、三人で水族館へと向かう。

チケットを購入し、中へ入る。

「師匠、魚いっぱいいますね」

「うん、おいしそう。」

私の一言に二人はものすごく引いたような表情をした。

そして水族館の中を回る。様々な種類の魚たちが水槽の中で優雅に泳いでいた。

少年は水槽に手をついて一生懸命魚を見ている。

「僕、水族館来るの初めて。」

少年は嬉しそうにそう言ったが、その後すぐに何かを決意した表情になった。

「魚には同じ水槽の中にいると、仲間を攻撃しちゃうのがいるんだって。本で読んだ。でも人間も一緒なんだよ。何も違わないのに、違う者を排除しようとするんだ。僕もそう。僕は違うから・・みんなと違って毎日お風呂に入ってないし、お父さんやお母さんに・・・僕は、愛されてない。だから僕さ、クラスのお友達に無視されたり、殴られたりするんだ。」

少年はこちらなんか気にしてないように、明るくそう告げた。しかしその表情は明らかに強ばり、拳も握りしめられている。

「そうか、少年はいじめに遭っているのか。周りに助けてくれる大人はいないのか?」

「・・・いないよそんなの。そもそもこんなこと言える人いないし。」

「どうしてだ?助けを求めなきゃ、そもそも問題解決にはならないだろう?そういうときは立ち向かうんだ。ボコボコにしてやれ」

(一さんって以外とのうき・・)

「もう、僕死にたい」

少年の一言が辺りに響く。

パチンっ。その一言が終わった瞬間、一が少年の頬をぶった。

「死にたいなんて簡単に言うな。まずは全力で立ち向かってみろ!」

叩かれた少年は一瞬呆気にとられ、その後すぐに涙目になる。

「どうやって助けを求めるんだよ!他の子と違ってお父さんもお母さんも僕に興味ない!!!いじめられてるって言ったって、先生は僕が何かしたからだっていう!!他の大人も僕のことを危険な何かだって思ってる!!!!!そういう目で僕のことを見るんだ!!!!疲れたよ・・・・僕だって死にたいわけじゃない。お誕生日にケーキだって食べたいし、遊園地にも水族館にも動物園にも行きたい!クリスマスにはサンタさんに来て欲しい。でも、でも今はそんなこと出来ない。だから僕はこのまま消えて無くなりたい・・・・・おねぇさん達が本当に誘拐犯だったらよかったのに。」

少年の切実な思いに今度は一が呆気にとられる。

「はぁ。」

蛍のため息が静寂に包まれている二人の間を通り過ぎた。

「大人ってね、馬鹿なんだよ。踏ん張りなさい。頑張りなさい。そうは言うけど、そもそも与えられてる環境が違うんだもの。一生懸命頑張っているのに、表面だけ見て頑張りなさいなんて言ってくる。口では言うけどこっちを理解しようともしない。勝手なんだよ。そういう大人はね、自分の世界でしか生きられないの。今見てるこの小さな水槽が心の中にあって、そこからこっちを見てるの。でも今の君はまだ水槽なんかじゃない。これよりももーーーっと大きな海みたいに綺麗な心を持ってる・・・・だけど頑張りすぎるとその心はかたーいガラスがついて、気がついたら君の心の中にも水槽ができてるかも・・・だーかーら、たまにはサボろう。休日は休む日って書くから休日なんだよ。そして今日は、私が少年を誘拐したわけだから、私に従ってもらう。一さん。今の時刻は?」

「あ・・・11時、です」

「まだいけるね。よし次はー、命令です!動物園と遊園地だったらどっちがいいか決めなさい」

最後はおどけて言ってみる。少年は最初呆気にとられた表情のままだった。けれどすぐに俯いた。

(駄目か・・・・)

「・・・おねぇさん。やっぱり脅すのが下手だね。それに僕の悩み全然解決出来てないし。・・・」

「ごめん、ね?」

「はぁ、僕の心は海のように広いから許してあげる。それから・・遊園地が良い・・・」

少年は俯いたままそう言った。表情は見えないが声色は明るさを取り戻している。

「ようし、遊園地にいこう」

そのまま歩き出す。背中越しに「ありがとう」と小さなつぶやきが聞こえてきたが、聞こえないふりをした。

(誘拐犯に感謝なんかしちゃ駄目なんだけどなぁ)

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暗殺者は死にたい 片栗粉 @andoroido2123tukareta

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