第14話 新たな日常

 詩織に気持ちを伝え、彼女の選択を受け入れた翌日、藤原直人は少し重い気持ちで朝を迎えた。詩織への想いを整理できたことで一歩踏み出せたはずなのに、心の中にはまだぽっかりと穴が開いたような感覚が残っていた。


 学校に向かう途中、直人は頭の中で何度も昨日のことを思い返していた。詩織の静かな微笑み、彼女の決断、それに対する自分の気持ちの整理。全てが胸に残り、言いようのない寂しさを感じた。しかし、それが詩織との最後の会話ではないと知りながらも、直人は気持ちを完全に割り切ることができなかった。


---


 教室に着くと、優奈が直人に気づき、いつもの笑顔で手を振ってきた。彼女は少し前よりも元気そうに見えたが、直人に対する視線には、優しさと同時に少しの戸惑いが混ざっているように感じた。


「おはよう、藤原くん!」


「おはよう、優奈さん。」


 直人はできるだけ明るく返事をしたが、彼の内心は複雑だった。優奈との距離感が少しずつ近づいているのは感じていたが、詩織に対する気持ちが完全に整理できていない今、どう接すれば良いのかはまだ分からなかった。


 昼休みになると、優奈が直人の席に来て、軽く声をかけてきた。


「今日、一緒にお昼食べない?」


 その声には、どこか安心感があり、直人も自然と頷いた。


「うん、いいよ。」


 二人は教室を出て、屋上へ向かった。屋上はいつもと変わらず穏やかな風が吹き抜けていた。二人は並んで座り、弁当を広げながら軽い会話を始めた。優奈は、前よりも元気そうで、明るく話している姿が印象的だった。


「最近、少しずつ学校にも慣れてきたよ。みんな優しいし、話しやすいから。」


 優奈の言葉に、直人は少し安堵した。


「そっか、それは良かったね。」


 しかし、直人はまだ心の奥底で引っかかるものがあった。それは、優奈に対してもまだしっかりとした答えを出せていない自分自身だった。詩織への想いは整理したものの、優奈との関係はまだ何も決まっていない。


 直人は一瞬、優奈に何か言おうかと考えたが、言葉が出てこなかった。彼女の無邪気な笑顔を見ると、どうしても自分の感情が絡まり、正直に話すことができなかったのだ。


「藤原くん、最近元気ないね?」


 優奈が突然問いかけた。直人は驚き、言葉を失った。


「え、そんなことないよ…」


「ううん、私には分かるよ。なんか、ずっと悩んでる顔してるもん。」


 彼女の言葉は鋭く、しかし優しさが込められていた。優奈は直人の様子をずっと見ていたことに気づき、直人は自分が思っていた以上に彼女に心配をかけていたことを感じた。


「ごめん、少し色々と考えていて…」


 直人は正直に言おうとしたが、やはり詩織のことを優奈にどう伝えればいいのか、言葉を探すのに時間がかかった。


「優奈さん、実は…」


 直人が口を開こうとしたその瞬間、優奈が微笑みながら遮った。


「分かってるよ、藤原くん。無理しなくていいよ。」


 彼女のその言葉に、直人はハッとした。優奈は彼の心の中で迷っていることに気づいていたのだ。


「私、藤原くんのことを待ってるって言ったけど、君が本当に大切に思っているのは詩織さんなんだよね?」


 優奈の言葉は優しく、でもその奥には少し寂しさが混じっていた。直人は驚いたが、優奈がそれをすでに感じ取っていたことに気づき、彼女の強さに改めて感動した。


「うん…そうだと思う。でも、君もすごく大切なんだ。」


 直人は正直な気持ちを言葉にした。優奈は少しだけ目を伏せたが、すぐに明るく笑って言った。


「分かってるよ、藤原くん。君が悩んでることも、詩織さんのことも、全部ちゃんと見てたから。」


 彼女は静かに息を吸い込み、軽く頭を振った。


「でもね、私は君の友達でいたいし、これからもそうでいたいんだ。だから、そんなに気にしないで。私たち、これからも一緒に笑っていけるよ。」


 優奈のその言葉に、直人は胸が締め付けられる思いだった。彼女がどれほど自分を大切に思ってくれているのかが、痛いほど伝わってきた。


「ありがとう、優奈さん…」


 直人はそれだけを言い、二人はしばらく静かにお弁当を食べ続けた。


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 その日の放課後、直人はふと神社の方へ向かうことにした。詩織への気持ちを伝え、彼女の選択を尊重した今、詩織ともう一度話がしたいと思ったのだ。神社に着くと、詩織はいつも通り掃除をしていた。彼女は直人に気づくと、柔らかな笑顔を向けた。


「こんにちは、藤原さん。今日はどうされましたか?」


「少し話せたらなと思って。」


 直人は少し緊張しながら答えたが、詩織は静かに頷いて、彼の言葉を待った。


「昨日のことだけど、僕は詩織さんの決断をちゃんと理解したし、尊重してる。でも、もう一度言いたかったんだ。詩織さんのことが、今でも本当に大切だって。」


 直人の言葉に、詩織は少し驚いたが、すぐに優しく微笑んだ。


「ありがとうございます、藤原さん。その気持ちを聞けて嬉しいです。でも、私も変わらず、この神社を守り続けます。」


 二人はしばらく静かに向き合っていた。詩織の決断に揺るぎはなかったが、直人はその静けさの中に、深い安らぎを感じていた。


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 こうして、直人の日常は少しずつ戻っていった。優奈とは友達としての距離感を保ち、詩織とは穏やかな時間を共有する。彼の心の中での葛藤は、少しずつ解けていくようだった。

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