第13話 静寂の中で
翌日の朝、藤原直人はいつもより少し早く目が覚めた。昨晩、優奈との会話を何度も思い返しながら眠りに落ちたが、彼女の強さと優しさが自分の心に大きな影響を与えていたことに気づいた。優奈が自分を尊重し、選択の自由を与えてくれたことで、直人はようやく自分の気持ちと正面から向き合う決心を固めた。
「今日は…詩織さんに気持ちを伝えよう。」
直人の心はまだ少し揺れていたが、それでも優奈が背中を押してくれたことで、一歩を踏み出す勇気を得た。詩織に対する特別な感情――彼女と過ごす静かな時間の中で感じた安らぎと安心感――それが直人にとって何よりも大切なものだと気づいたのだ。
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学校が終わった後、直人は神社へ向かった。神社の境内に足を踏み入れると、いつも通りの静寂が彼を包み込んだ。風がそっと木々を揺らし、鳥居をくぐるたびに、直人の心は少しずつ落ち着いていった。
詩織は境内の奥で掃除をしていた。彼女の穏やかな姿は、直人にとって何度見ても心が和むもので、特別な存在であることを改めて感じさせられた。
「こんにちは、詩織さん。」
直人は少し緊張しながら声をかけた。詩織は振り返り、柔らかな微笑みを浮かべた。
「こんにちは、藤原さん。今日も来てくれて嬉しいです。」
詩織の優しい言葉に、直人は少しだけ緊張がほぐれた。しかし、今日はただ話をするだけではなく、彼女に自分の気持ちを伝えるという決意があった。
「詩織さん、少し…話したいことがあるんです。」
直人の真剣な表情に、詩織は少し驚いたようだったが、すぐに頷いた。
「もちろん。どうぞ、お話しください。」
二人は境内の石段に座り、直人は深呼吸をしてから、ゆっくりと口を開いた。
「実は…ずっと迷ってたことがあるんです。詩織さんや優奈さんと過ごす時間が、本当に僕にとって大切で、どちらも大事にしたい気持ちがあって、どうすればいいのか分からなかったんです。」
詩織は静かに頷きながら、直人の言葉を聞いていた。その表情は変わらず穏やかで、直人を包み込むような優しさがあった。
「でも、最近、少しずつ自分の気持ちに気づいてきたんです。詩織さんと過ごす時間が、僕にとって特別で、すごく安らぐ場所なんです。」
直人は少し言葉を詰まらせながら、続けた。
「だから、僕…詩織さんのことが好きなんです。優奈さんも大事だけど、詩織さんと一緒にいると、自分が自然体でいられて、本当に落ち着くんです。」
その告白に、詩織は驚いた表情を見せた。彼女はしばらく沈黙していたが、やがて静かに微笑んだ。
「藤原さん…ありがとうございます。そんな風に思ってくれていたんですね。」
詩織の言葉は静かで、心に響くものだった。直人は少し安堵しながらも、彼女が何を考えているのかを知りたかった。
「でも、私も正直に言いますね。私も、藤原さんと過ごす時間が本当に大切で、あなたのことを大切に思っていました。でも、私には神社を守るという役目があります。」
その言葉に、直人ははっとした。彼女が神社の娘として、家族の伝統を守る責任を負っていることは知っていたが、それが彼女にとってどれほど重いものか、改めて実感した。
「私は、この神社で生きていくことを選んでいます。藤原さんとの時間はとても幸せでしたが、私は…」
詩織の言葉は、直人の心に痛みを伴って響いた。彼女は静かに続けた。
「私は、神社の娘として生きる道を選びます。それが、私の家族にとっても、自分にとっても大切なことだから。」
詩織はその言葉を言い終えると、直人の手にそっと触れた。
「でも、藤原さんのことは本当に大切に思っています。私のこの選択を、どうか理解してもらえたら嬉しいです。」
直人はその言葉を聞いて、胸が締めつけられる思いだった。彼女が自分を選んでくれなかったことは悲しかったが、詩織が自分の人生に対して強い決意を持っていることを尊重するしかなかった。
「分かりました、詩織さん。あなたの決断を尊重します。」
直人はそう言って、静かに微笑んだ。詩織も優しく微笑み返した。
「藤原さん、あなたとの時間は私にとって大切な思い出です。本当にありがとう。」
その言葉に、直人は涙がこみ上げてくるのを感じたが、必死にこらえた。詩織に対する気持ちはまだ強く残っていたが、彼女の選択を受け入れることが、自分にできる唯一の答えだと感じた。
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その夜、直人は一人で自室に戻り、詩織との会話を何度も思い返した。自分の気持ちを伝えたものの、彼女の決断は変わらないことを受け入れるしかなかった。それでも、直人はどこかすっきりとした気持ちを感じていた。
「これでよかったんだ…」
直人は深呼吸をして、静かに目を閉じた。自分が一歩を踏み出したことで、何かが変わるのではないかと、どこかで期待していたのかもしれない。しかし、それでも詩織との時間はかけがえのないものであり、その思い出を大切にしようと心に決めた。
これから先、優奈との関係がどうなるかは分からないが、直人は自分の気持ちに素直に向き合ったことを誇りに思えた。
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