第12話 重なる想い

 それから数日が過ぎた。藤原直人は、依然として優奈と詩織の間で揺れる気持ちを抱えたまま、日常を過ごしていた。優奈とはいつも通りに話をしていたが、どこかよそよそしさが残り、彼女が告白してから微妙な距離感が続いていた。


 詩織との時間は、相変わらず穏やかで安心できるものだったが、その静けさの裏で直人は少しずつ、焦りを感じ始めていた。自分がこのまま二人に対して中途半端なままでいることが、いけないことだと分かっていたからだ。


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 放課後、直人は優奈とすれ違いざまに目が合った。優奈は直人に笑顔を向けたが、その笑顔の奥には、前とは違う感情が見え隠れしていた。いつも無邪気で明るかった彼女が、どこか戸惑っているようにも見えた。


「藤原くん、今日ちょっと話せる?」


 その声には、何かを決心したような響きがあった。直人は優奈の表情を見て、何かが変わる予感を感じた。


「うん、もちろん。」


 二人は学校の裏手にある公園へと向かった。そこは、優奈が告白してきた場所でもあった。夕陽が沈み始める中、風が少し冷たくなってきていた。


 ブランコに腰掛けた優奈は、遠くを見つめながら静かに話し始めた。


「藤原くん、私はずっと君のことが好きだって思ってたけど…」


 彼女の声は少し震えていた。


「でも、君の気持ちをちゃんと聞いてないまま、私ばかりが先走ってたんじゃないかって最近思ってるんだ。」


 直人はその言葉を聞いて、胸が締めつけられる思いだった。優奈は自分の気持ちを素直に伝えてくれたが、直人自身がその答えを出せずにいることで、彼女に余計な苦しみを与えていることに気づいていた。


「優奈さん…僕も、ちゃんと君のことを考えてるんだ。すごく大事な存在だし、君が言ってくれたこと、本当に嬉しかった。」


 直人は正直な気持ちを伝えようとしたが、言葉に詰まってしまった。彼はまだ、自分の心がどちらに傾いているのか分からないままだった。


 優奈は少し寂しげな笑みを浮かべた。


「ありがとう、藤原くん。でもね、私も気づいたんだ。君は私だけじゃなくて、詩織さんのことも大切に思ってるって。」


 直人はハッとした。彼女が自分の心の中を見透かしているかのように感じた。


「詩織さんのこと、すごく大切にしてるの、分かるよ。でも、私はそれでもいいって思ってるんだ。私を選んでくれなくても、君が幸せになるなら、それが一番だと思うから。」


 優奈の言葉は、まるで彼女が自分の気持ちを完全に受け入れているかのように響いた。しかし、その裏には深い悲しみがあることが、直人には分かっていた。


「優奈さん…」


 直人は何も言えずにいた。優奈がこれほどまでに強い気持ちで自分に向き合ってくれているのに、それに応えられない自分が情けなかった。


「私は、これからも君の友達でいたい。もし、君が詩織さんを選んでも、それでいいんだよ。」


 彼女の声は優しく、でもどこか儚げだった。直人は何も言えず、ただ黙って彼女の言葉を聞いていた。


「だから、焦らなくていいよ。私を無理に選んでほしいわけじゃないから。藤原くんには、藤原くんの気持ちに素直でいてほしいんだ。」


 その言葉に、直人は優奈の優しさと強さを改めて感じた。彼女は自分の気持ちを伝えつつも、直人の選択を尊重しようとしてくれている。その覚悟に、直人は心を動かされた。


「ありがとう、優奈さん…君の言葉、ちゃんと受け止めるよ。」


 直人はそう言って、深く息を吸い込んだ。優奈は静かに微笑んだ後、立ち上がった。


「それじゃあ、また明日ね。」


 優奈は軽く手を振って去っていった。その背中は、以前の彼女よりも少し小さく見えた。


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 優奈と別れた後、直人は家に帰りながら、自分の気持ちを改めて考えていた。彼女の告白、そして今日の言葉は、彼にとって大きな意味を持っていた。優奈が自分を尊重してくれたからこそ、直人も自分の気持ちに正直であるべきだと思った。


 それと同時に、詩織のことが頭から離れなかった。彼女との静かな時間は、直人にとって心の拠り所であり、特別な存在だった。


「自分の気持ちに素直にか…」


 直人は優奈の言葉を思い返しながら、何度も考えを巡らせていた。詩織に対する気持ちが日に日に強くなっていることに気づいた直人は、いつか彼女に自分の想いを伝えなければならないと感じ始めていた。


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 その夜、直人は机に向かいながら、静かに決意を固めていた。優奈の告白に対する自分の気持ちと、詩織への感情。どちらも大切にしながら、自分が本当に向き合うべき人が誰なのかを、直人はようやく見つけ始めていた。


 これから先、自分が選ぶ道が何であれ、直人は自分の気持ちに正直に向き合おうと決心した。

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