第6話 静けさと波紋
詩織のいる神社に足を運んだ直人は、彼女の微笑みを見ると、心が少しずつ落ち着いていくのを感じた。詩織は、いつも通りの穏やかな表情で彼を迎え入れ、直人も自然と緊張がほぐれていく。
「今日はお忙しくないですか?」
直人が詩織に声をかけると、彼女は少し首をかしげながら答えた。
「今日は少しだけ、手伝いがありますけど、大丈夫です。よければ、藤原さんもお手伝いしていただけますか?」
その優しい声に誘われるように、直人は神社の手伝いをすることにした。詩織に誘われた理由は単純なものだが、彼女との時間を共有できることが直人にとっては嬉しかった。
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二人は境内の掃除や、神社の備品を整理するなど、穏やかに過ごしていた。詩織の指示に従いながら、一緒に作業をすることで、直人は少しずつ彼女に対する親しみを感じていった。詩織は何をしていても落ち着いていて、静けさをまとっているように見えた。
「藤原さんって、普段は忙しいですか?」
詩織がふいに問いかけた。
「いや、そんなに忙しくはないよ。学校が終わったら、家でのんびりしてるだけだから。」
「そうなんですね。ここでの時間、少しでも安らぎになっているなら嬉しいです。」
詩織はそう言いながら、ゆったりとした仕草で作業を続けていた。その柔らかな動きや言葉に、直人は心の中で何かが解きほぐされていくのを感じた。
しばらくすると、詩織はふと立ち止まり、遠くを見つめた。静かな空気が漂い、直人はその視線の先を追ったが、何も特別なものは見えなかった。
「どうかしましたか?」
直人が尋ねると、詩織は小さく笑いながら答えた。
「いえ、何も。ただ、こうして静かな時間を過ごしていると、いろいろなことを考えます。将来のことや、家族のこと、それから、自分がどうしたいのか…。」
その言葉には、詩織が抱えるものが垣間見えた。彼女はいつも静かで落ち着いているが、心の中には複雑な感情や葛藤が隠されているのかもしれない。直人は、その気持ちにどう寄り添えばいいのか、少し考え込んでしまった。
「詩織さんも、悩むことがあるんだね。」
「ええ、もちろんあります。私もまだ高校生ですし、これからのことはわからないことばかりですから。」
その答えを聞いて、直人は少し意外に思った。詩織が悩みを抱えていることを想像できなかったが、彼女も同じように未来に不安を抱いているのだと気づいた。
「もし、何か困ったことがあれば、僕にできることは少ないけど、いつでも話を聞くよ。」
直人がそう言うと、詩織は少し驚いたように目を見開き、それから柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます。藤原さんは、本当に優しい方ですね。」
詩織のその微笑みは、直人の心に静かな波紋を広げた。彼女との時間が、ますます大切なものになっていくのを感じていた。
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その日の帰り道、直人は詩織とのやりとりを思い返していた。彼女の落ち着いた姿や、時折見せる悩みの影が、自分にとって特別な存在であることを改めて実感した。
だが、同時に優奈のことが頭に浮かぶ。彼女の無邪気な笑顔、孤独を抱えた瞳、そして「安心できる」と言ってくれたあの瞬間。それぞれに異なる魅力を持つ二人が、直人の心を揺さぶっていた。
「…どうすればいいんだろう。」
直人は自分自身に問いかけながら、自転車のペダルを踏み込んだ。詩織との静かな時間が安らぎをもたらす一方で、優奈の明るさが彼の心に灯をともす。どちらの感情が本当なのか、今の直人にはまだ分からなかった。
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家に帰り、机に向かう直人は、再び深く考え込んでしまった。優奈と過ごす時間の中に感じる親しみと、詩織との静かな時間にある癒し。その二つの感情が、自分の中で交錯している。
もしかしたら、自分は二人のどちらかを選ばなければならない時が来るのかもしれない。しかし、その選択がどのようなものなのか、直人はまだ決められずにいた。
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こうして、直人の日常は少しずつ変わり続けていた。彼の心は揺れ動きながらも、それぞれの少女に対する気持ちがますます強くなっていく。しかし、その先に待ち受けるのは、さらなる葛藤と選択の時だった。
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