第5話 すれ違う想い

 次の日の朝、藤原直人は学校に向かう途中、頭の中がぐるぐるとまとまらない考えでいっぱいだった。詩織と優奈、二人の少女との出会いが、自分にとってどれほど大きな意味を持ち始めているかがわかってきたからだ。


 しかし、何が「大切なもの」なのかという答えは、まだ見つかっていない。


 教室に着くと、すでに優奈が席に座っていて、いつものように元気に友達と話していた。彼女は明るく、楽しそうに見えたが、直人はふと優奈が見せた寂しげな表情を思い出していた。


「おはよう、藤原くん!」


 いつもの笑顔で優奈が挨拶をしてくる。直人は少しぎこちなく返事をした。


「おはよう、優奈さん。」


「なんだか元気ないね。何かあったの?」


「いや、別に…ちょっと考え事してただけ。」


 直人は気づかれないように気をつけたつもりだったが、優奈の無邪気な目はすぐにそれを見抜いた。


「ふーん、そうなんだ。でも、無理しちゃだめだよ。何かあったら言ってね。」


 優奈はそう言って笑顔を浮かべたが、その無邪気な笑顔の奥には何かを隠しているような気がした。彼女が抱えている孤独を思い出し、直人はそのまま彼女に何も言えなかった。


---


 放課後、直人は友人たちと少しだけ話をしてから、自転車で帰る準備をしていた。すると、廊下の向こう側から優奈が駆け寄ってきた。


「藤原くん、一緒に帰らない?」


 優奈は楽しそうに言ったが、直人は少し驚いた。彼女と一緒に帰る機会は今までほとんどなかったからだ。しかし、優奈の笑顔を見て、断る理由も見つからなかった。


「うん、いいよ。」


 二人は一緒に学校を出て、自転車を押しながら歩き始めた。日が傾き始めた道は、二人の影を長く伸ばしていた。しばらく沈黙が続いたが、優奈がぽつりと話し始めた。


「藤原くんって、いつも一人でいることが多いよね。あんまり友達と一緒に帰るの、見たことないかも。」


「そうかな。まあ、あまり目立たないタイプだからね。」


「でもさ、私と一緒にいるときは、なんか違う感じがするんだよね。もっと、近くにいる感じっていうか…。」


 優奈は直人をちらりと見て、言葉を続けた。


「私、藤原くんと話すのが好きだよ。落ち着くし、なんだか安心できるの。」


 直人はその言葉にドキリとした。優奈が自分に対してこんな風に思っているとは思っていなかった。彼女の無邪気さの裏にある感情に、直人はどう返事をすればいいのか分からなかった。


「そう、かな。ありがとう…」


 直人はそれ以上、何も言えずにいた。自分が優奈に対してどういう気持ちを持っているのか、明確な答えが見つからないまま、ただ彼女と一緒に歩き続けた。


 やがて、優奈は軽く手を振って別れの挨拶をし、自転車に乗って去っていった。彼女の背中を見送りながら、直人の心には優奈の言葉が重くのしかかっていた。


---


 その日の夜、直人は自室で机に向かっていたが、全く集中できなかった。優奈が言った「安心できる」という言葉が、何度も頭の中で反芻されていた。


 一方で、詩織の静けさと優しさにも心が惹かれているのを感じていた。詩織との時間は、自分を落ち着かせてくれる一方で、優奈の無邪気さは、自分の中にある不安や戸惑いをかき乱していた。


 自分はどちらの気持ちに答えるべきなのか。


 そんな考えがぐるぐると巡る中、直人は少しずつ自分の心が二つに分かれていくような感覚に襲われていた。


---


次の日の朝、直人は再び神社へ向かった。詩織の存在が自分の心を整理してくれるような気がしていた。境内に足を踏み入れると、いつものように詩織が社の前で佇んでいた。


「こんにちは、詩織さん。」


 直人が声をかけると、詩織は優雅に振り返り、微笑んだ。


「こんにちは、藤原さん。今日も来てくれたんですね。」


 その微笑みは、直人の心にまた静かな波紋を広げた。詩織の静けさが、自分にとってどれほど大切なものなのかが、少しずつ分かり始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る